2009年9月23日
戦争文学を創造していく意義:豊里友行
私はこの沖縄をめぐる俳句と写真の旅で沖縄戦の痕跡に触れ、想像している。
ガマフヤーの具志堅隆松さんの言う沖縄戦を遺骨収集を通して新たに経験していくことの意義をかみ締めて俳句を創りたい。
つまり沖縄戦を2次的に追体験していく世代として戦争文学を詠む。
戦争を体験していない世代の私は、追体験という戦争を想像し、俳句や写真で伝えて行きたい。
私はそこでイメージ俳句の旗揚げをしたい。
戦争を想像し、戦争文学を創造していく意義は戦争体験者Σ( ̄ ̄ ̄Д ̄ ̄ ̄lll)の減少する中で意義がある。
2次的に追体験していくからこそ、あの司馬遼太郎がノモハンについて語れないと涙するように漏らした体験のトラウマを超えていけるのではないだろうか。
もちろん戦争体験者のお話なども記録して行きながらです。
人間が人間でなくなる時を客観的に見詰める過酷な作業を追体験でなら事実を事実をとして伝え、真実へと現実の壁を超えられないだろうか。
戦争のもう戻れない蝉の穴 友行
2009年8月11日
豊里友行の戦争論 :豊里友行
太平洋戦争を海にたとえてみる。
波一つひとつが海全体に突き動かされている。
ヒットラーの戦争、日本のアジア侵略・・・。
戦争で勝てば戦果を得れる、つまり侵略戦争なのだ。
そういった時代だったと納得してはいけない。
どこからその海流がはじまったのか考えねばならない。
日本の軍国美談では、家族を守るために死ぬための戦争へ駆り出されて行った日本兵。
もちろんあの時代ならアメリカのように日本は勝ち続けるまで戦争を繰り広げて行っただろう。
真珠湾攻撃(1941年12月8日未明、ハワイ時間12月7日)から傾斜した戦争の下り坂を犠牲者である日本は加害者の部分をも反省していかなくてはならない。
戦争は全体悪だ。
だが原爆を投下したアメリカの責任をこれからも強く訴え、これからの沖縄、広島、長崎の戦争を繰り返し行わわれてはいけない。
そういう意味でベトナム戦争やイラク戦争を起こさせたアメリカや世界の動きを全体悪として捉えて反省していかなくてはならない。
何故世界中の戦争を止めることができないのだろうか。
戦争は形を変え世界中で繰り返されているのだ。
民族、宗教、貧困、侵略戦争、そして国家間による利害関係の戦争・・・。
戦争、その歴史的経緯をみながら因果応報を読み解けるか。
長い長い憎しみの連鎖の短絡的な因果では解決できない。
たとえるなら争いは海なのだ。
その海全体を見ていく時、地球という星を眺める視点だって必要だ。
それは天気予報のようなもので当てにならないかもしれない。
なら戦争という全体の海をエネルギーとして見てみよう。
エネルギーのベクトルをみる。
怒りの海の断面図をみる。
時には人体の宇宙を見るようにいくつも原因と結果の断面図を見比べてみよう。
怒りを絶えることのない海の満ち引きに置き換えてみる。
人間の感情の脳派を研究してみよう。
人間の怒りや悲しみ、喜びの海を詩に詠おう。
それぞれの人種の音楽や踊りを体感してみよう。
いくつもの歴史の海から泳いでみよう。
きっと人間の叡智なら戦争の海を読み解くことができるだろう。
2009年7月31日
プルーストの描いた恋愛小説:豊里友行
私は高校2年生の夏を費やしてマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の大作を読破した。
その内容の消化は正直いえば無い。
ただ私は初めての長編小説を読み切ることに閉口しながらも専念していた。
だがこの小説の描写力には高校2年生の私にとって驚きの一言だった。
特に紅茶とマドレーヌを浸して食べる(?)描写に驚かされそれ以降高校生活でミルクティーを舌で転がすように味わうようになっていた(笑)。
どこかで読み違えたのか私自身の想像だったかプールストの主人公が一目ぼれの恋に生涯を費やしていくあたりにいたって感銘を受けた覚えがある。
私自身そのあたりの私の記憶を表現してみたいと思う。
高校生の頃の私は、小説家志望であった。
源氏物語やロミオとジュリエットの物語などを書きたいと思っていた高校生時代を思い出す。
こんなことを思い出したのも最近私の片思いの恋を思い出した夢物語からだった。
創作は生産的な行為だと思う。
ただこの生産的な行為に正しい値段がつけられるかは時代の眼が決めることである。
死んでから認められる作家もいるが、やはり自分からしっかりアピールして認められるようでありたい。
これは恋愛にもいえるかもね。
ふりむけば源氏とロミオ葉桜か 友行
与えるも奪うも愛の雪月花 友行
マルセル・プルースト
= http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88
2009年7月21日
『バーコードの森』関連記事:豊里友行
僕は、高校卒業のころから本格的に俳句を始めた。
僕の写真家としての姿勢も俳句から学ぶ点が多い。
「バーコードの森」豊里友行俳句集の関連記事を掲載しておきます。
どうか俳句鑑賞も試みてください。
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