2009年10月29日
牧田清さんの遺作展を一緒にしてくれませんか?:豊里友行
写真家の牧田清さんが亡くなって久しい。
それまでに遺作展は成されたのだろうか?!
誰か牧田清さんの遺作展を一緒にしてくれませんか?
協力者 募集中!! 豊里友行
2008年09月29日
写真集「我肝沖縄」(開放出版社)の写真家・牧田清さんは、チビチリガマの代表作の写真などすごい写真が多い。
昨年突然の牧田清さんの訃報をジャーナリスト・ネットで知る。
写真家がなくなってからは、誰が写真を管理・保存してくれるだろうか。
せっかくの貴重な映像記録をみすみす消滅させてはいけない。
美ら島フォトミュージアムや沖縄県立博物館・美術館の中に文化の杜という施設があり、沖縄に縁のある写真やフイルムを収集しているらしい。
作家の作品を分散させないためにも「大阪人権博物館リバティおおさか」あたりで収集していただくといいのだが・・・。
友人知人の輪を広げながらぜひこの大阪の写真家の牧田清さんの遺作展と写真収集をしたい。
ということだったが、周辺の牧田清さんの知人から「よしときゃ」と断られる。
そう私は写真家 牧田清さんとは写真を通してし知らない。
面識もない。
家族とはあまり仲良くなかったらしいと聞く。
プライベートまで知る由もない。
私にはそこまで突っ込んで遺作展をできる勇気などなかった。
行動も伴わないイイカッコッシーだった。
なんとか大阪に行ってみたいが、私にもやるべきことがあるのだ。
自分のことを優先する。
写真家の財産とはこんなモノなのだろうか!
牧田清さんの訃報= http://toyoanneru123.ti-da.net/e1154330.html
美ら島フォトミュージアム= http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-22214-storytopic-6.html
= http://www.okinawa-yuru.jp/feature/photo/001.php
沖縄県立博物館・美術館= http://www.museums.pref.okinawa.jp/
大阪人権博物館リバティおおさか = http://www.liberty.or.jp/
2009年10月22日
遺骨収集をホームレスの労働に!:豊里友行
「貧困のない世界を創る ムハマド・ユヌス」という「序~北の国からこんにちは」さんのコラムを読む。
= http://setsunaexia.blog105.fc2.com/blog-entry-348.html
どうしてもこの社会において自立した生き方を考える時、労働を抜きには話が進まない。
人生の半分以上を占める労働をどうよりよい生きがいにしていくか?
重大な問題といえる。
そう、より十実した人生を送るためにもその人にあったよりよい労働と出会うことが必要だ。
今沖縄では遺骨収集という仕事によってホームレスの自立を試みる活動がある。
戦没者の遺骨収集を行うボランティア団体の「ガマフヤー」(具志堅隆松代表)とともにホームレスの自立支援を行う特定非営利活動法人(NPO法人)「プロミスキーパーズ」(山内昌良代表)に那覇市の行政が委託する形で那覇市真嘉比地区で遺骨収集事業を開始する。
労働という手のひらからこぼれ落ちたホームレスなどの貧困の現状に新しい希望の光が差している。
2009年10月15日
沖縄・泡瀬干潟事業中断の公算大 二審も県、市の支出認めず:豊里友行
沖縄県沖縄市の泡瀬干潟を埋め立ててホテルなどを作る計画について、福岡高等裁判所那覇支部は「今の段階では経済的な合理性があるとは認められない」として、1審に続いて沖縄県などに事業費を支出しないよう命じました。
泡瀬の海に魅せられて私はかれこれ11年経つ。
日本自然保護協会会報『自然保護』(2005年7/8月号No.486)のミナミコメツキガニの撮影によっていろいろな泡瀬の蟹たちに魅せられる。
泡瀬の干潟を中心に歩く。
蟹たちの分布から沖縄諸島とアジア圏内との交流に想いをはせた「ニライカナイの地図(初期)」のシリーズの構想がもくもくと立ち上がって来た。
それ以降ジャーナリスト・ネットに随時コラムで泡瀬干潟とそこの埋立工事近況を掲載してきた。
沖縄・泡瀬干潟事業中断の公算大。
これからは守り育てる事を中心に考えて行く必要がある。
ニライカナイの地図(初期)= http://toyoanneru123.ti-da.net/e1882666.html
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e1882654.html
ミナミコメツキガニ撮影日記= http://toyoanneru123.ti-da.net/e1882592.html
(会報『自然保護』に載る)= http://toyoanneru123.ti-da.net/e719600.html
塩漬けの街= http://toyoanneru123.ti-da.net/e2066957.html
ニライカナイの地図 ~ 泡 瀬 ~
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e1628058.html
ニライカナイの地図-泡瀬干潟ー パート2
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e1655476.html
まなざしの行方 (沖縄タイムス)= http://toyoanneru123.ti-da.net/e2568457.html
2009年10月13日
写真家 平敷兼七さん逝く:豊里友行
中学の同級生主催の婚活ならぬ合コンに行って帰るともう朝刊が配達されている。
何気なく目を通そうとして目を疑う。
つい先日電話で写真展会場について平敷兼七さんとは話をしたばかりだった。
それより自分の世界、(ニコンのユーナにポトンした作品を)私だって一回はポトンしたんだからとホロ-を入れながら、もっと煮詰めて見たらと私を叱咤激励してくれていた。
お体大切にしてくださいよと私は余計なことをいうと彼は気持ちだけもらっておくと言う。
君には関係ない世界だよと軽くいなされた。
その時は気づかなかったが新聞の訃報記事がポツリと私の目にとまると不思議とわかるような気がした。
写真の正念場に私はいる。
平敷さんの写真学校同期の友人・勇崎哲史さんからケータイに連絡がきた。
私は手伝いをしようと平敷さんの自宅へ一身に向かう。
ついて見て気づく。
自宅ではないだろうが!(平敷さんが生きていたら叱られていただろう・・・)
それからケータイで葬祭場の名前を聞き告別式へ向かう。
家族のみの葬儀と記事に書かれていたが多くの関係者が来たと思う。
みんな平敷さんと話をしたいことがあるように思えた。
長年温めていたテーマのユタの世界を「ユタ巡礼」のシリーズとしてまとめてもいいと零していたじゃないか・・・。
「沖縄の文化人」シリーズも本にまとめたがっていたのに・・・。
南風原文化センターで写真展をしたいなら館長を納得させる作品をと言ってくれたじゃないか。たしか彫刻家 金城実さんともつながりがあるよと教えてくれた。
うつ病がキツイ時に(フイルム現像が一年以上溜まった)数十本のフィルム現像を(一本350円で)手伝ってくれたね。フィルム現像の作業を見守られながら体と心の弱った私は、腰かけに座ると彼に怒られた。その頃の積もり積もったストレスと写真作業。その中には重大な作品になりうるものもあった。
若くても心はよれよれだった私は、平敷兼七さんの写真アトリエで写真のエッセンスをいっぱい頂いた。
土田ヒロミ氏が平敷さんのブログ担当の私に彼との関係は聞いたら、写真仲間ですと答えた。年を考えれば師弟関係かと勘違いしかねないが私のことをライバルだよとまだ若造の私を平敷さんは写真家として対等に見てくれていた。
何故こんなに早く逝ってしまったんだ。
江成常夫氏が沖縄にいらした時、私は夕飯をおごってもらう。
その際に平敷兼七さんの話をしていて、私は平敷さんの写真は坦々と撮られる記録写真が時代の醍醐味だというようなことを話すともっともだと江成氏もうなずいてくれた。
写真の記録の部分を重んじて丁寧に撮影されている平敷さんの姿をみて私も姿勢を正していたものだ。
とくに彫刻家 金城実さんの撮影では平敷さんも撮影していて記録も大切だと私の記録写真『金城実の世界』を楽しみにしていたので残念だ。
私も記録写真を大切に歴史に遺して行きたい。
若い写真家や多くの人々に好かれていた写真家 平敷兼七さんのご冥福を祈るばかりだ。
2009年10月10日
「彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真録:豊里友行

「彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真録
刊行のためのお願い
そもそもこの写真集は、被写体となった高さ3m×134mの「100mレリーフ」を10年かけて完成した。その道のりの記録である。
「戦争と人間」がテーマであった。
沖縄戦体験者としての筆者が未来に伝える遺産である。
豊里友行君の写真を通じ未来の者たちに伝えられて行くことを心から願う。
彫刻家 金城実
刊行の趣旨と賛同人ご参加のお願い
彫刻家 金城実氏の10年間の集大成「100mレリーフ」を中心に彫刻家 金城実の作品世界を写真集という形で出版し、その仕事をより多くの人々に伝えていくことの意味はきわめて大きいと私たちは確信します。つきましては、皆さまにご協力をお願いしたく、ここにご案内いたします。どうぞ趣旨をご理解頂き、お力添え下さいますようお願い申し上げます。
賛同金は、下記の郵便振替口座へお振込み頂ければ幸いです。ご賛同下さった方には、一口につき写真集1冊を贈呈させて頂きます。
「彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真集刊行委員会代表 豊里友行
賛同金一口:3000円(何口でも)郵便振替口座:
【店番】708【普通預金】【口座番号】0169231
加入者名:豊里友行写真集刊行委員会(一口につき、写真集一冊を贈呈いたします。)
連絡先 豊里友行写真集刊行委員会(090-3418-0534 /
toyozato-tomoyuki@hotmail.co.jp )
〒904-2164 沖縄書房 沖縄県沖縄市桃原3-3-12
(〒 - ) 〔*お客様記入欄〕
ご住所
お名前
ご連絡先
電話番号
お振込みされた方は必ずメールや郵送にてお客様記入欄をお教えください。
2009年10月 4日
今週の一枚「野宿者たちの唄」:豊里友行

「アオカン」(上野)
彼らとの最初の出会いは酒盛りの記念写真だった。
僕たちは、陽気な笑顔の裏側にどれだけの人生をみるだろうか・・・。
それから彼らにホームレス問題の報道をさせてほしいというお願いをした。
その友達はやがて仕事を見つけ社会復帰していった。
体調を崩し入院した者もいた。
最後に残った者は、さみしくて話し相手になってほしいと懇願するが、僕には限られた時間しかなかった。
その最後の友達のいたテントは、次に来たときには跡形もなくなっていた。
それが、彼らの言っていた「山狩り」(保健所)というものだった。
それから時間のある限り野宿者たちの話を聞きながら写真を撮らしてもらう。
年金暮らしでホームレスのテント村暮らしの人。
職業に就けなくて路上に座り込む人たちもいる。
野宿者は、自分の食料確保を「餌獲り」といった。
「働かない」という事は、自他ともに差別意識を芽ばえさせる。
彼らの心身ともに脅かされた現状を考えたい。
「うつ病」の深刻な症状に至る場合もある。
野宿者の深刻な社会復帰の難しさにも猶予が必要だ。
そこには彼らの深刻な「基本的人権」の確保の難しさがある。
「ホームレス自立支援法」のよりよい改善と野宿者の「基本的人権の確保」をするためにも彼らの置かれた現状をより多くの人たちに身近な問題として知ってもらい、野宿者たちのさまざまな現状を改善していく手がかりになれたらとせつに願います。
最近のコメント