2009年9月23日
戦争文学を創造していく意義:豊里友行
私はこの沖縄をめぐる俳句と写真の旅で沖縄戦の痕跡に触れ、想像している。
ガマフヤーの具志堅隆松さんの言う沖縄戦を遺骨収集を通して新たに経験していくことの意義をかみ締めて俳句を創りたい。
つまり沖縄戦を2次的に追体験していく世代として戦争文学を詠む。
戦争を体験していない世代の私は、追体験という戦争を想像し、俳句や写真で伝えて行きたい。
私はそこでイメージ俳句の旗揚げをしたい。
戦争を想像し、戦争文学を創造していく意義は戦争体験者Σ( ̄ ̄ ̄Д ̄ ̄ ̄lll)の減少する中で意義がある。
2次的に追体験していくからこそ、あの司馬遼太郎がノモハンについて語れないと涙するように漏らした体験のトラウマを超えていけるのではないだろうか。
もちろん戦争体験者のお話なども記録して行きながらです。
人間が人間でなくなる時を客観的に見詰める過酷な作業を追体験でなら事実を事実をとして伝え、真実へと現実の壁を超えられないだろうか。
戦争のもう戻れない蝉の穴 友行
2009年9月23日 18:55
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