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    <title>夜間中学教師からの「夜間中学その日その日」</title>
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    <title>夜間中学その日その日（８８）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-11-22T08:50:32Z</published>
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    <summary>橋下知事！　夜間中学生は立ち上がった　３２ 夜間中学生は就学援助、補食給食の大阪府負担の継続を求め、闘いを継続している。...</summary>
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        <name>夜間中学教師</name>
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        <![CDATA[<p>橋下知事！　夜間中学生は立ち上がった　３２<br />
夜間中学生は就学援助、補食給食の大阪府負担の継続を求め、闘いを継続している。</p>]]>
        <![CDATA[<p>「夜間中学の長い歴史の中で、私たちは少しずつ学ぶ環境を作ってきました。しかし、2009年4月以降、学校に来られなくなる夜間中学生がでてきました。夜間中学が再び義務教育未修了者を作ることになります。在学している間の学習を保障するために、生徒会連合会は一致団結して、声をあげていきます」との近畿夜間中学校生徒会連合会『学習会』決議に基づき2009年11月13日、守口市長、守口市教育委員会教育長に、補食給食の再開を求める、署名を手交した。大阪府（11月2日）、岸和田市（11月4日）に続く行動である。会場の都合で、市長には８人、教育長には20人の人数制限となったが、府内の夜間中学から、8人の夜間中学生・教員の参加もあった。<br />
守口夜間中学生が集めた署名、4571筆を手渡し、（大阪全体で14798筆）夜間中学生は補食給食の再開を訴えた。<br />
「大阪府は居住市、設置市で。居住市、設置市は、大阪府でと責任の押し付け合いをしている。教育はシステムがころころ変わってはいけない。この制度は、私たち夜間中学生の先輩が苦労して作り上げた制度です」<br />
「守口市もこれまで通り、続けて頂きたい」<br />
「安心して学べる夜間中学にしていただきたい」<br />
「私たちの学校では、これまで通り、補食給食は実施されているが、同じ夜間中学生なのに、（給食の）ない夜間中学生のことを考えると、心苦しい。年度途中でも実施してください」<br />
「私たち夜間中学生にとって補食給食の時間は国籍も違う夜間中学生同士、お互いを知りあう大切な時間であり、これは夜間中学の大切な学びの一環です。昼の小中学生が訪問に来たときなど、パンと牛乳を和やかに食べながら、学ぶ意義を伝えています。こんな時間でした。<br />
　ところが、４月から、この補食給食がなくなったのです。教室の中の空気が一変しました。食べる人と食べない人、後ろの席に移って会話を避ける人、教室から出てひとり夜空を眺める人、もうばらばらです。何でも相談にのってきたクラスの仲間です。でもお互いに心配をかけまいとして、それぞれが孤独な行動を取っています。これは学校ではありません。これまでのクラスは、和気あいあい、自分を出せる時間と空間だったのです。たかがパン一つの問題ではなかったのです。学ぶ私たちには意義ある時間だったのです。<br />
　私たちは小学校もでていません。義務教育をいま取り戻している私たちからどうか補食給食を取り上げるようなことをしないで、ぜひ復活させてください。<br />
　財政事情はよくわかっているつもりです。私たちは納税もしていますし、地域にボランティアなど貢献もしています。どうか、ご理解のうえ、努力してください」<br />
　この問いかけに対し、市長は「皆さんからいただいた話は、その通りだと思います。教育を受ける権利、市、社会への貢献などは理解しています」「大阪府が出したＰＴ案で給食がカットされた。だから本来は府に強く言ってほしい」そして守口市の財政状況を説明したあと、「教育の重要性を考えて事業を続けているし、補食についても検討はする」「夜間中学だけはがんばろうとおもう」と語った。<br />
教育長への手交では、夜間中学生の問いかけに対し、教育長は、<br />
「大阪全体で14798筆、守口にお渡し頂いた 4571筆の署名、重く感じています」<br />
「夜間学級（守口夜間中学）は北河内、大阪の夜間中学です。一市だけの夜間学級ではありません。大阪府としての援助と支援が必要です」<br />
「復活について、財政的に好転すればと考えている」と述べ、「夜間学級の灯を消さないために努力している」と初めて「存続問題」に言及した。</p>

<p>守口市在住の夜間中学生が10％、その守口市立の夜間中学だからといってどうして守口市が100％負担する必要があるのかとの考えに基づく主張である。<br />
私たちはこの主張は承服できない。私たちは、学齢の時に保障されなかった学習権の補償を求めている。財政の問題が背景にあるにしても、権利の値切りは絶対認めることはできない。<br />
安心して学べる夜間中学の土台に揺さぶりをかけ、不安を煽り立て、夜間中学生の学ぶ意欲に水を差す、制度変更である。それだけに、橋下知事の責任は重大だ。大阪府（広域自治体）が持つ行政の役割は市町村ができない広域機能としての役割を果たすことだ。それは大阪府の仕事だ。守口市の仕事ではない。<br />
そのことをさして私たちはこれまでから"大阪府立の夜間中学"の言い方で表してきた。<br />
「もう一度大きな集会を開き、昨年以上に頑張っていこう。夜間中学を育てる会の活動の再開を！」と近畿夜間中学校生徒会の統一と団結の大切さを確認し決意した。</p>]]>
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    <title>夜間中学その日その日（８７）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-11-14T05:13:47Z</published>
    <updated>2009-11-14T05:15:23Z</updated>

    <summary>「（夜間中学生は）本当に一生懸命。授業をじゃまする人がいる私たちの授業中の態度と比べ、うらやましい」 夜間中学生の横に座り、夜間中学の授業を体験した中学２年生が交流会の席で述べた感想だ。 ...</summary>
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        <![CDATA[<p>「（夜間中学生は）本当に一生懸命。授業をじゃまする人がいる私たちの授業中の態度と比べ、うらやましい」<br />
夜間中学生の横に座り、夜間中学の授業を体験した中学２年生が交流会の席で述べた感想だ。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>発表は続く。<br />
「生き生きとしていて、学びたいという気持ちが伝わってきました」<br />
「夜間のみなさんは頑張っているみたい、私も頑張っていきたい」<br />
「これからに生活に役立つ、楽しい（夜間中学の）授業。もう少しやりたかった」<br />
「横からみていて、楽しそう。授業態度は見習わないと」<br />
「いい体験ができた。みなさんの勉強したいというのが表れていた」</p>

<p>　2009年11月４日、守口夜間中学に、"夜間中学探検隊"27名がやってきた。大阪府大東市の中学２年生だ。<br />
　80分の夜間中学の授業を体験した後、夜間中学生も参加した全体交流会が開かれた。一緒に受けた夜間中学の学習体験を述べた後、昼の中学生から夜間中学生に質問があった。</p>

<p>－　夜間中学に入学してから生活や性格はどう変わりましたか？<br />
「それまでは顔が沈んでいた。最近、友だちから、あんたものすごく明るく、笑顔が多くなったといわれた。楽しい」<br />
「ずーっと働いて、人としゃべるのに自信がなかったが、夜間中学に来て学んで、自信がついた」</p>

<p>－　勉強を楽しく思う方法は？<br />
「疎開生活、戻っても学校は焼けてなく、10歳から働いて、生活を助け、学校に行けない、辛く悲しい時代であった。68歳になって、やっと自分の時間ができ、夜間中学に入学した。学んでもすぐ抜けてしまう、それが残念だ。勉強できるとき、頑張とかんと」</p>

<p>－　夜間中学に通ってよかったと思うのはどんなとき？<br />
「学校は本当に楽しいところだと思いました。みなさん頑張ってください」<br />
「いろんなところに連れて行ってくれる。健康に気をつけ、がんばって」</p>

<p>－　夜間中学の先生にも質問があります。教えるときはどんな気持ちで？<br />
「長く昼の中学の先生をして夜間中学に来ました。何を用意したら、失敗だらけの毎日でした。日々工夫を繰り返すこと、私が先生か生徒かわかりません。私の先生は夜間中学の生徒さんです」</p>

<p>－　勉強のことばっかり続いていますが、夜間中学で学んだこといっぱいあると思います。勉強以外で学べたことありますか？<br />
「去年まではパンと牛乳を食べながら、交流ができたのに。この時間まで何も食べず、遅くまでおつきあい、本当にご苦労様。補食給食の府の補助がなくなり、私たちは街頭署名、府庁、府議会の傍聴など、教室で学ぶこと以外でも、いろいろな経験、勉強をしてきました。いろんな人たちに話をし、訴えました。今になって、やっと人生の第一歩を歩み出した感じです。それまでは引け目を感じ、会話ができませんでした。会社でも差別がありました。抗議することもできませでした。夜間中学に来て、初めて社会に胸張って生きていけるすばらしい体験を今、しています」<br />
「小学は卒業した。それから10年間仕事の手伝いをし、学校のない生活を送った。修学旅行に行く子どもがトラックの中にいる私に手を振ってくれた。仕事している人の話の中にもよく学校の話が出てきた。もの作り、仕事には学校の勉強が大きく影響していることがわかった。私は２５歳で夜間中学に入学した。みなさんの10代20代は大切な時期だと思います」</p>

<p>時間も8時近くなってきた。<br />
「本当にありがとうございました。3年生の先輩が、守口夜間中学の体験をよく話をしていました。どんなところだろう、知ってみたいと思っていました。今日体験することができました。あったかいところでした。学校に帰って、クラスのみんなに報告します。19日学校に来てください。交流楽しみにしています」<br />
夜間中学生の拍手に送られ、夜間中学探検隊は校門を後にした。<br />
</p>]]>
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    <title>夜間中学その日その日（８６）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-11-08T13:16:10Z</published>
    <updated>2009-11-08T13:18:51Z</updated>

    <summary>近畿夜間中学校生徒会連合会の学習会 近畿夜間中学校生徒会連合会の学習会が2009年11月8日、天満夜間中学で開催された。参加者は150人を超えた。「夜間中学生にとっての就学援助はどうあるべきか」をテー...</summary>
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        <![CDATA[<p>近畿夜間中学校生徒会連合会の学習会<br />
近畿夜間中学校生徒会連合会の学習会が2009年11月8日、天満夜間中学で開催された。参加者は150人を超えた。「夜間中学生にとっての就学援助はどうあるべきか」をテーマに熱い議論が展開された。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>兵庫県、大阪府、奈良県の就学援助制度の実態についての報告があった。また八尾と守口夜間中学から闘いの報告を受けた後、各夜間中学から意見発表に入っていった。<br />
「橋下知事は何を考えているのか？私は８年目を迎えたが、（就学援助が認められなくなっても）這ってでもでてくる決意です。みんなで闘いに立ち上がろう」<br />
「就学援助は多くても1市で5人。守口市は30年以上、守口市以外の人にも支給をしてきた。私たちに言ってきたことと、現実に起こっていることと、この違いは納得できない。府教委の責任は重大だ。運動を続けていきましょう」<br />
「どこに住んでいても、どの学校に通っていても、就学援助に違いがないような制度でなくてはいけない。認定されても、されない人があると心苦しい。力を合わせて闘っていこう」<br />
「補食給食は継続されても、一方で就学援助は大きく削られた。以前の内容に戻すようあきらめず、運動を続けよう」<br />
「府や府教委は弱いものいじめをした。みんな力を合わせて、復活させよう」<br />
「初心に返り。市民の協力も得て、運動を続けていこう。私たちには選挙権がない。味方を作っていかないと、大きな力にしていこう」<br />
「所得制限のため、受けられない人がでてきている」<br />
「奈良には、各夜間中学に作り育てる会がある。夜間中学を支援する市民の団体だ。大阪にも市民の支援団体ができないのか」<br />
生徒会の団結を大切に、闘いに立ち上がろう。力強い意見が相次いだ。<br />
これらを受け、国に向けての取り組みと、方向性の報告を受けた。とりわけ、すべての人の学習権を守る「教育環境整備法案」の立法化を実現させようとの提起であった。国に夜間中学生の声を届ける。府が２年間と期限をつけている通学費の大阪府補助の問題についても、夜間中学生の闘いが重要である。<br />
生徒会連合会会長は次の決議案を提起、全員で確認した。<br />
決議文<br />
大阪府が2009年度就学援助費・補食給食費を廃止し、居住市が負担することになりましたが、大きな問題点を残しました。<br />
①出席日数...仕事や高齢や介護などいろいろな状況の中で学校に通っているので、昼の学校の子どもたちと違い、毎日通うことは難しいのです。<br />
②支給年限...近くに夜間中学がなかったり、高齢などで通学手段が必要です。在学している間は支給してほしいのです。<br />
③所得制限...厳しい所得制限のために、今年になって不認定になった人がいます。<br />
④支給項目...居住市によって、学用品費や通学用品費などの項目がなくなったところがあります。<br />
　夜間中学の長い歴史の中で、私たちは少しずつ学ぶ環境を作ってきました。しかし、上のような現状で学校に来られなくなる夜間中学生がでてきました。夜間中学が再び義務教育未修了者を作ることになります。在学している間の学習を保障するために、生徒会連合会は一致団結して、声をあげていきます。以上決議します。　　　　　　2009年11月8日<br />
近畿夜間中学校生徒会連合会『学習会』参加者一同</p>

<p>　副会長は、近畿夜間中学校生徒会の統一と団結の大切さを主張。「もう一度大きな集会を開き、昨年以上に頑張っていこう。夜間中学を育てる会の活動の再開を！」と訴えた。<br />
　元気のわき上がる、学習会となった。<br />
</p>]]>
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    <title>夜間中学その日その日（８４）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-11-07T11:46:22Z</published>
    <updated>2009-11-07T11:49:45Z</updated>

    <summary>夜間中学生の胸を借りる！ 2学期が始まって、1週目の金曜日、守口夜間中学に20数名の守口市内小、中学の教員が集まった。日ごろ温めている学習内容を、夜間中学で実践する。夜間中学生の胸を借りるのだ。...</summary>
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        <name>夜間中学教師</name>
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        <![CDATA[<p>夜間中学生の胸を借りる！<br />
2学期が始まって、1週目の金曜日、守口夜間中学に20数名の守口市内小、中学の教員が集まった。日ごろ温めている学習内容を、夜間中学で実践する。夜間中学生の胸を借りるのだ。</p>]]>
        <![CDATA[<p>昨年に続き、２回目の取り組みだ。社会、数学、日本語の三教科で実施するという。1学期から、各教科に分かれ、打ち合わせを重ね準備をされていた。<br />
８月２５日準備のため来られた、若い先生たちは夜間中学の授業参観の後、準備の打ち合わせを入念に行われていた。どんな内容で、どんな展開をするか、遅くまで、議論は続いていた。私も、少し思いを語る時間をいただいた。昼の学校の運営システムやカリキュラムの流用を克服し、自主編成による学びを、夜間中学生と向きあって、検証していただきたいと考えを述べ、私の夜間中学との出会いに触れ話した。<br />
授業者から手紙が届いた。紹介する。<br />
「夜間中学で授業をさせていただく中で不安がありました。普段は子どもたちを相手にしているのに、自分よりはるかに経験のある人たちに向けての授業というのは難しいものだと思いました。本当はこちらから生徒さんの緊張をとかなければいけないのに、逆に、生徒さんに助けられました。話をたくさん聞くことができ、「学校に来るだけで元気になる」という言葉には自分もクラスの子どもたちからそういってもらえるように頑張らないといけないと思いました」<br />
「授業をさせてもらって、一番感じたこと、それは生徒さんたちは温かく、何を言っても、何をしても受け入れられる「安心感」が教室にあふれていました。こんな教室を自分も作りたいと思いました」<br />
クラスの子どもたちが「平和」について考えたことを夜間中学生に伝え、そのことをもう一度クラスの子どもに返したいというねらいを持って夜間中学の授業を行った授業者の手紙があった。<br />
「授業をするまでに（夜間中学生が）気分を害されるんではと心配をしていた。しかし、いざ授業を始めるや、（夜間中学生は）子どもたちの考えに興味を持ち、熱心に参加、同時にご自身の経験をふまえたコメントを子どもたちにと書いていただきました。それをもってクラスの子どもたちにも授業をしたところ普段とは違う顔つきで熱心に授業を取り組んでくれました」と子どもたちの普段とは違う反応を書かれていました。夜間中学の授業した体験を子どもたちに話したとき、子どもたちは夜間中学に関する最近の出来事に対し、「夜間中学の実情を知り、涙する子や、憤る子、様々な子がいましたが、みんな往々に「学ぶ」ことの大切さを自分なりに感じてくれたと思います」と書かれていた。<br />
「授業をさせていただくまで、準備・計画となかなかすすまず大変でしたが、本当にやってよかったと思いました。三中夜間の生徒さん達にわかりやすいように、と考えることが、力になったと思います。また機会があれば、やってみたいです」<br />
九月の保護者参観の授業で夜間中学をテーマに展開し、夜間中学の授業体験を子どもたちに伝えられた先生もあったそうだ。<br />
若い授業者の問いかけに答える夜間中学生の瞳は学齢の子どもたちと決して劣ることのない輝きを持っていた。何の気兼ねもない、前に立つ、若い先生を相手に、体全体で学ぶ喜びを表現していた。<br />
「明日を豊かに、飛び出せ教室、つながれみんなの願い！」をスローガンに、守口の若い授業者たちは、「今年度　もう一回やらしてください」先日、申し出があった。来年２月、夜間中学生の胸を借りることになった。</p>]]>
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    <title>夜間中学その日その日（８３）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-10-17T09:09:20Z</published>
    <updated>2009-10-17T09:11:09Z</updated>

    <summary>夜間中学その学び　④ 夜間中学生の横に座り、夜間中学の授業を体験した高校生が印象的なことを言っ...</summary>
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        <name>夜間中学教師</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/shirai/">
        <![CDATA[<p>夜間中学その学び　④<br />
夜間中学生の横に座り、夜間中学の授業を体験した高校生が印象的なことを言っ</p>]]>
        <![CDATA[<p>夜間中学の授業には「学び」がある。自分たちの授業は「習い」ばかりであった。「学び」には能動性があり、「習い」は受身だ。二つあわせて学習だ。これから、夜間中学で体験した「学び」の姿勢で頑張ってみると。おそらくこの高校生にとっては目から鱗が落ちる体験だったと思う。<br />
これまで、勉強なんて面白いと思ったことはない、しかし夜間中学生の人は勉強が面白い、好きだという。驚いたように、こう、言ったのは昼の中学生だ。先月17日、修学旅行で守口夜間中学を訪れ、夜間中学の授業を体験した中学生も「あっという間に時間が来てしまった。帰りたくない、もっと一緒に勉強がしたかった」とお礼の手紙に書いていた。<br />
教育関係者は「教育の原点」という言葉で語る部分かもしれないが、この語彙を用いず夜間中学の学びを考えてみたい。<br />
学校教育はとかく「分かっている」教員が、「分かっていない」子どもに教え指導して「分からせて」「教えたようにやらせる」という仕組みになっている。そして「評価」するという仕組みといわれる。この仕組みに慣らされ、疑問をはさむこともなかった子どもや教員が夜間中学の授業を見たとき、新鮮に映ったと考える。<br />
夜間中学生は授業が始まると、今学んでいることは、これまでの自分の体験、経験集の何ページのことに関係する学習だ。そのときのことを想起しながら、準備態勢を整えている。ヒットしなければ、手繰り寄せるため、質問をしてくる、そして各自の経験集の分厚いページを繰り始めている。授業の始まりはこんな状態だと私は理解している。授業が進んでくると、夜間中学生の体験、経験した、そのときの疑問点が質問として出てくるようになる。批判的な観点からの質問、意見も出てくる。それらを束ねて学習が展開されていく。そのときには、役割交代である。流れと方向を押えて、授業者は一人の学習者になる。こんな中に身をおいた高校生、中学生のコトバであると考えている。<br />
夜間中学生の質問攻めにあい、立ち往生し、組み立てを余儀なくされた授業も多い。夜間中学生の導きに任せ、新たな地平を見いだした授業もある。<br />
どのような生き方、社会のあり方を目指した学習なのかということも夜間中学の学びとして重要だと考えている。夜間中学生の人生で、自分たちを痛めつけてきた、能力主義・能率優先・競争・高速化・大量生産・大量廃棄・といったものの考え方に対し、暮らしている地域にこだわり、助け合い、持続可能で自然循環型のものの考え方をめざす学習をと考えている。後でわかったことであるが、52次日教組教研理科分科会（2003年2月）では、この考え方を「ハードパス」から「ソフトパス」へ、との議論を展開されていた。<br />
多量のエネルギーと資源を消費し、生産を上げ、進歩発展こそが人類の未来であるとするハードパス（ごりごり路線）。これに対し、資源の枯渇・エネルギーの危機を全地球の問題と考え、環境に負担をかけないようにし、人間の叡智で対処するとするソフトパス（ほどほど路線）の考え方である。<br />
学校の教育は「教育をする」側から論じられることが多かった。真理や知識の断片を、子どもたちに注入する「貯金型教育」を行ない、それを測定できる物差しで計り、序列化する。これに対峙する学び、これが夜間中学の生命線だと考える。<br />
髙野雅夫さん（東京荒川九中夜間中学の卒業生）は次のように指摘している。高度経済成長のささやかなお恵みを受けた夜間中学生たちが「文字とコトバ」を奪われた、「空気」を奪われた怒りを再び奪い返されて、「知識」を詰め込むことが〈勉強〉だと信じこみ、詰め込ませることが〈教育〉だと信じている教師が生まれていた。（『夜間中学生タカノマサオ』解放出版社）このように、「教育をする」位置に夜間中学を置いている問題性を指摘している。</p>

<p><br />
</p>]]>
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    <title>夜間中学その日その日（84）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-10-09T21:24:02Z</published>
    <updated>2009-10-09T21:26:12Z</updated>

    <summary>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。 夜間中学資料　解題　①　 塚原雄太著『夜間中学－疎外された「義務教育」－』社会新報社196...</summary>
    <author>
        <name>夜間中学教師</name>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/shirai/">
        <![CDATA[<p>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。<br />
夜間中学資料　解題　①　<br />
塚原雄太著『夜間中学－疎外された「義務教育」－』社会新報社1969年9月<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>「鬼の塚原、仏の桜井、神様の見城」と東京荒川九中夜間中学生から慕われた、塚原雄太さんの著書である。夜間中学に関する本で私がはじめて手にした書籍だ。<br />
　塚原さんは新しく併設される夜間部に移ったいきさつを次のように書いている。「当時の校長が「誰か夜間学級の専任になってもらえないだろうか」と職員会議で発言したときの沈黙の重さが私にはたまらなかっただけのことであった」「結果は夜間学級に移ってよかったと思う。教育的にも、人間というものについても夜間学級は宝の山であった」と記している。<br />
　1965年頃の夜間中学生、44人を登場、実態を記している。内訳は12歳－1人、13歳－8人、14歳－11人、15歳－8人。学齢超過者10代－12人、20歳代－4人。最高齢は26歳の2人である。<br />
　神戸市立駒ヶ林中学校に最初の夜間中学を開校した経緯を次のように記述している。駒ヶ林の教員、校長は「昼間は仕事をしているから登校できないが、仕事が終わってからの夜間なら、何とか出席できるという生徒たちの悲痛な叫びをくみ取った、やむにやまれぬ唯一の手段だった」（1949年2月）。<br />
　東京都ではじめての夜間中学・足立区立第４中学の開設も８㌻にわたって、記述している。東京都から開設にあたって、つけられた７項目の条件の中で、「生徒の健康に留意することについては私が最も腐心したところである」と伊藤泰治校長（当時）は述べている。そして、「都立の定時制高等学校の生徒と同様に学校給食が実施せられねばならない」と記している。夜間の学習と学習環境、健康と給食制度は不可分なのだ。<br />
　1968年頃の文部省の夜間中学校観は参議院予算委員会の議事録に現れている（1968年4月12日）。質問者は山高しげり議員である。灘尾弘吉文部大臣など、政府委員の答弁を詳細に分析している。当時の文部省は「夜間中学を認めるのかどうかはっきりしない。心情的には認めるが、建前としては認められない」。一方で文部省は「夜間中学に入るような生徒はなくならない」と答えている。<br />
　髙野さんがドキュメント映画「夜間中学生」をつくる経緯について塚原さんは次のように書いている。<br />
　「先生、先生は行政管理庁の勧告をどう思いますか」髙野雅夫は、ていねいに、しかも重い口調で、私にこう聞いた。1966年12月も押し迫った日。東京・池袋の本屋の地下室の喫茶店。髙野雅夫には、決意がある、と私は思う。目がぎらっとしたからだ。「君の方は？」「あります。協力していただけますか」「どんな協力？」「キャメラを回してもらいたいんです」「映画を作るのか」「ええ」「夜間中学生の現実の姿を、ぶつけてやりたいんです」彼はこの映画を証言映画にしたいという。夜間中学校の必要性を証言したいという。<br />
　夜間中学を卒業後も夜間中学につながり、夜間中学の存在する意味を追及する。教育、社会に突きつけていく、髙野さんの並々ならぬ決意が伝わってくる。<br />
　1968年10月11日からの「大阪冬の陣（夜間中学開設運動）」について、髙野さんの毎日の活動は「わらじ通信」と名づけたはがきで母校に届けられた。その数450通にもなる。塚原さんはこの「わらじ通信」を引用、髙野さんの活動を記述、紹介している。<br />
1969年2月6日、大阪で夜間中学設置を計画しているとの新聞報道があっても、「あと一歩、だぞ、このあと一歩が危ない」と「「沈黙は死」と生き証人発掘に活動をゆるめない」と髙野さんの姿を紹介している。<br />
本のおわりの部分で3㌻にわたって、夜間中学の入学案内がひらがなで書いてある。<br />
あなたも　やかんちゅうがっこうで　べんきょう　しませんか。<br />
もっていくのは、「べんきょうしたい」という「きもち」でけでよいのです。<br />
「やかんちゅうがっこう」のあるところを　かいておきますから、だれかにたのんで「てがみ」をかくか、「でんわ」をかけてください。いつでもかまいません。いつでも「にゅうがく」できるはずです。もし、なにかの「てちがい」で、「にゅうがく」をことわられたら、つぎのところに、「てがみ」か「でんわ」をしてください。と書き、最後に髙野さんの住所と電話番号を掲載している。<br />
私が夜間中学に勤務し始めた1987年頃、12月頃の入学生があった。まさに「校門をくぐったときが入学式」だ。夜間中学にたどり着く人たちには、制度的にこんな度量を持っておかないといけない。たどり着いた人たちにどのように話を聞くか、夜間中学の姿勢が問われているのだ。<br />
夜間中学生の発する文字とコトバと語りに、耳を傾け、実践を続けた。こんな歴史をもった、今の夜間中学がある。その思いを強く持った。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>夜間中学その日その日（８２）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-09-26T13:18:22Z</published>
    <updated>2009-09-26T13:22:54Z</updated>

    <summary>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。 夜間中学の明日を考える　① 戦後の義務教育制度下、夜間中学が発足したのは1947年10月、...</summary>
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        <![CDATA[<p>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。<br />
夜間中学の明日を考える　①<br />
戦後の義務教育制度下、夜間中学が発足したのは1947年10月、大阪市立生野第二中学校の夕間学級である。</p>]]>
        <![CDATA[<p>以来、開設された学校数は延べ121校を数える。卒業生数16087人（2008年３月末、現在ある35校の学校のみの統計で、121校すべての卒業生数は不明）。制度発足から60年を超える今日、夜間中学にたどり着けた、夜間中学生もますます高齢になってきている。夜間中学生数も1999年の3424人を最高に減少し、2478人（2008年）となっている。一方、夜間中学は偏在し、夜間中学が開設されていない地域では、多くの義務教育未修了者が自主夜間中学で学んでいる現実がある。<br />
5年後、10年後、20年後を見通し、夜間中学の今をどうするかを議論する必要を痛感する。1954年11月、第１回の研究大会を開き、今年55回を迎える全国夜間中学校研究大会も「義務教育の完全普及に寄与」と会則に明記し、とり組みを行ってきた。私たちは、すべての都道府県で公立夜間中学の開設を訴えているが、様々な観点から分析を行い、議論を積み上げ、夜間中学の将来について提起していく役割があるのと考えている。<br />
守口夜間中学では、先人の論考も大いに参考にしてと、夜間中学関連の出版物・文献の解題を行っている。（『不思議な力　夜間中学』宇多出版企画　に一部収録）<br />
川瀬俊治著『奈良からの報告　夜間中学設立運動』（たいまつ社1978年12月）を読み直した。<br />
自主夜間中学「うどん学校」の公立化をめざす闘いを当時、奈良新聞の記者であった著者は、うどん学校の教師をし、ペンで夜間中学問題を訴える取り組みを行っていた。30年を経た今も、輝きを増す、多くの示唆を与える記述がある。</p>

<p>いくつかを書いてみる。<br />
「公教育は制度があって人間がいるという関係だ。ここに実は制度にのっかかった教育の堕落が始まる。おおよそ教育と名付けるにそぐわない装置になりさがる」。耳が痛い指摘である。そして「制度が主で、生徒が従である公教育はこうして役目を終える」。夜間中学は「生徒が主であり、制度が従である。何よりもまず生徒から出発する」（110㌻）。私たちが、「個に制度を合わす」といっている部分だ。<br />
生涯学習と決定的に異なる夜間中学の理論についての記述もある。Ｅ・Ｈ　エリクソンが提起した、人生の8段階を経てライフサイクルが完了するという生涯教育理論にたいし、「発達段階を保障するためには、何よりも解放の視点が根を張らなくてはならない」。「夜間中学生は発達課題を十分に保障されなかったからこそ、いっそう力を入れて、損なわれた発達、教育が必要だ」（153㌻）と記している。<br />
公立化を追求する増設運動の過程を自主夜間中学に学ぶ夜間中学生の文字とコトバで編み上げ、教育委員会の理屈を突き崩す増設運動側の論理を詳しく書いている。<br />
1977年12月奈良市議会で公立化が決定。自主夜間中学から、教育委員会に委ねられた公立化は惨憺たるものであった。「官制の教育とはこんなもんだろうか。教育が公権力によってまるごと吸い取られたとき、その生命はかくも色褪せるのだろうか」（170㌻）と述べ、私たちが直面している、就学援助、補食給食の闘いに教訓を提示している。すなわち、「反差別の闘いが、一つの目標、要求をかち取り、もの申すことを止めれば、公権力はこれ幸いと従来の価値観をわれわれに押し付けてくるのである」。文字を知らぬ人のために配慮一つされていない募集要項。形式卒業者の入学不許可、年齢制限、地域制限を例としてあげた後、「絶えず運動は生徒の教育権を脅かす諸々を撃ち続けねば、強者の傲慢さに圧迫されるのである」と述べている。<br />
「2年間の運動で公立化に成功したが、いざ公立夜間中学が開校すると、容れ物教育でしかなかったという現状。状況を変え、脱しようと始めた教育の復権運動は、形の上では成功したが、教育の中身では公教育の体質を何一つ変えていなかった」（177㌻）<br />
2009年9月、政治状況が大きく変化した今、重みを増す指摘である。</p>]]>
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    <title>夜間中学その日その日（８１）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-09-19T14:12:58Z</published>
    <updated>2009-09-19T14:16:37Z</updated>

    <summary>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。 橋下知事！　夜間中学生は立ち上がった　３１ 「署名用紙ください」夜間中学生が汗をかきかき、...</summary>
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        <name>夜間中学教師</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/shirai/">
        <![CDATA[<p>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。<br />
橋下知事！　夜間中学生は立ち上がった　３１<br />
「署名用紙ください」夜間中学生が汗をかきかき、集めた署名用紙を持って、職員室に入ってきた。8月初めの昼下がりのことである。</p>]]>
        <![CDATA[<p>「先生がた、これ食べてください」といい、おやつをおいて、署名用紙を手にして帰っていった。夜間中学生は、友だちに会うとき、親戚の家に行くときなど様々な機会を捉え、署名活動を行っている。闘いに休みはない。<br />
守口夜間中学の私たち教員も負けてはおれない。「守口夜間中学　2009年夏・夜間中学連続討論学習会」を行った。第一日　「守口夜間中学の学び」をテーマに夜間中学が発信してきていること。夜間中学を訪れ、交流会に参加した人たちが、抱いた考えの分析。それらから明らかになる、夜間中学の学びについて。<br />
第二日　「守口夜間中学の明日」をテーマに夜間中学は、なくてはならない学校なのか？今の守口夜間中学が持つ課題、問題を考える。夜間中学生の変化、経済的状況、教員の意識について分析。<br />
第三日　「タカノマサオが提起していること」をテーマに、髙野雅夫ＩＮ守口。１９６９年の髙野雅夫の主張から見た、「守口夜間中学」の問題点と課題について。<br />
第四日　まとめ、総括討論、各個人の公開質問の回答。<br />
　これらを各自が選んだ内容で報告をし、報告に基づいて討論を行う方法だ。授業のないこの期間、時間をかけ準備を行った。<br />
昼の学校であれば、自分たちがしなくても、休憩していても、他の誰かが議論をし、提起がある。夜間中学はそうはいかない。圧倒的に少ない夜間中学生、教員、関係者が声をあげないと何も変わらない。いま夜間中学を巡って大きな動きが起こっている。明確な意思表示と方向を提起しなければと考えたからである。いま、連続学習会のまとめを行っている。<br />
大きな動きというのは、学齢時、義務教育を保障してこなかった人たちに、国をはじめ教育行政はどのように学習権を保障するのかという問題が一つだ。例えば沖縄ではやっと、学習権保障の必要性は認めたが、積極的な就学支援、就学環境の整備は行わず、卒業証書だけは発行する。経費は負担しませんという段階であり、動きだ。二つ目には大阪で確立していた、夜間中学の就学援助、補食給食に広域行政体である、大阪府は補助を行わない、夜間中学生の居住している市区町村が行えとする動きである。それによって、通えなくなる夜間中学生が生まれ、安心して学べる夜間中学なのかという不安が生じていることをあげることができる。<br />
昨年来の近畿夜間中学校生徒会連合会の立ち上がりと闘いをうけ、国会を舞台に動きもでてきた。夜間中学の増設と教育環境の充実を推進する立法化をめざす動きだ。民主党が参議院に「学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律（教育環境整備法）（案）」に学習する機会が失われたたちの学習権保障を明記した項目を追加し、提出した(2009.3.25)。参議院は通過（2009.6.10）、衆議院の解散で、今国会では成立を見なかった。<br />
この「教育環境整備法案」は、各地方公共団体がより良い教育環境を整備するため、安定的な財源の確保・充実を図るもの。今回の留意点として、中学校夜間学級や外国人の子どもに対する学校教育の環境の整備などを念頭に置いた規定を追加することを盛り込んだと民主党はブログ記事で報じている。<br />
教育環境整備法案は第１条（目的）で「学校教育の環境の整備に関し、基本方針を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、学校教育環境整備指針等を策定し、学校教育に関連する予算の確保及び充実の目標を定めること等を通じてその着実な達成を図ることにより、学校教育の環境の整備を推進し、もって教育の振興に資することを目的とする」と目的を明記している。<br />
夜間中学に関しては、第３条（学校教育の環境の整備の基本方針）に「７．学習する機会が失われた者がその希望するときに再び学習する機会が与えられるようにすること」がある。是非とも立法化を夜間中学生の力で実現したい。</p>

<p>新学期が始まった9月13日、近畿夜間中学校生徒会連合会は「補食給食の再開を求める」街頭署名活動を近鉄八尾駅前で行った。守口夜間中学は23人が参加した。こんな出来事があった。ハルモニと一緒に孫の小学一年生も参加した。『「しょめい　おねがいします。おばあちゃんの　がっこうが　つぶれるんです。しょめい　してください」孫がそんなふうにいって、集めてくれました』と語り、さらに新しい署名用紙を受けとり、街頭に繰り出していった。夜間中学生は代わる代わる、ハンドマイクで市民に訴えた。<br />
私たち夜間中学は政治の大きな変化をたぐり寄せ、夜間中学にまだたどり着けていない義務教育未修了者に夜間中学を届ける。夜間中学開設運動に大きな役割を果たしていく決意を新たにした。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>夜間中学その日その日（８０）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-09-06T12:07:40Z</published>
    <updated>2009-09-06T12:11:30Z</updated>

    <summary>「識字の意味するものとは、を考える研究集会」 「識字の意味するものとは、を考える研究集会」（主催：全国大学人権教育交流集会）が開催された。２００９年８月２７日のことだ。初めての試みで、大学の人権教育を...</summary>
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        <![CDATA[<p>「識字の意味するものとは、を考える研究集会」<br />
「識字の意味するものとは、を考える研究集会」（主催：全国大学人権教育交流集会）が開催された。２００９年８月２７日のことだ。初めての試みで、大学の人権教育を担当している教員を中心に識字教室、夜間中学の学習者、など全国から１００名を超える参加者があった。来阪中の髙野雅夫さんの参加もあった。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>午後１時から５時過ぎまで、途中休憩１０分があっただけ、ぶっ通しで行われた。参加者は学習者の学ぶ喜びと、力強さに圧倒された、意義深い集会となったのではないだろうか。日の出、道祖本、富田林、各識字学級。京都東九条オモニハッキョ。奈良春日、東生野、守口の夜間中学生が発表を行った。<br />
国連識字の１０年の７年目にもかかわらず、識字、夜間中学の根幹を揺るがす大きな変化に直面していることが語られた。識字教室の縮小、識字施策の大きな後退、そして夜間中学の就学援助、補食給食の大阪府負担廃止がそれだ。<br />
それだからこそ、語り合い、お互いを知り、連帯・共闘により、跳ね返していく大きな力にする、機会の大切さを確認することができた。歴史を伝えていくことの大切さについても発言が相次いだ。<br />
守口夜間中学生が語った、本名を呼び合うことの大切さに関連して、オモニハッキョの担当者は「高２の時、外国人登録で訪れた区役所で名前が書けないオモニを「日本に来て何年になるのか」と係官が大声で叱りつけている場面に出くわした。その時、係官に抗議することもせず、自分は逃げ帰ってしまった」。その時の口惜しさをバネに、「オモニハッキョで活動を続けている。一世の世代が少なくなっていく、いま歴史を記録しておかなければと、自分史を綴ることを取り組んでいる」と語った。<br />
参加した守口夜間中学生は「大阪府が就学援助、補食給食を補助しないと聞いたとき、夜間中学が潰される、いても立ってもいられず、声をあげた。大きな力となり、取り組むことができた。闘いはいまも継続している」「韓国の文解（識字）教室で学ぶ仲間を訪問し交流して、ずいぶん勇気づけられた」。この訪問が、私たちの闘いの原動力になったと報告した。また夜間中学生が小中高校生、大学生、社会人と行っている交流と学校公開の意義についても語った。<br />
識字活動に参加している学習パートナーは「勤務している学校現場は忙しさが増し、余裕がなくなり、識字活動に参加できにくい状態になってきている」「識字の危機だ」「このように活動できている夜間中学がうらやましい」「夜間中学から報告があったように、奪い返した文字とコトバで、社会をどう変えるかが、識字の目標だ」と語った。<br />
冒頭、髙野さんは「俺たちはどこの集会で話を聞いているのか？東京か？耳を疑った」「国連識字の10年のポスターもまだ作られていない」、1990年国際識字年とそれに続く、10年の取り組みの活気と元気はどこにいったかと語った。<br />
引揚げの途中、殺された赤ちゃん。身代わりになって殺されたゴンチ。99.9％死んでいた髙野さんを救い、いろはカルタで文字を教えてくれた朝鮮人のお爺さんの恨みをどうすれば果たすことができるかが髙野さんの学びの原点だ。<br />
そして2009年の現在、橋下知事の暴挙をうち破る、武器になる文字とコトバを獲得する活動が、学びが夜間中学はできているのか。社会の出来事に、挑み、取り組みの中からでないと、「文字やコトバは奪い返すことができない」など想いを語った。<br />
夜間中学、識字に取り組む学習者、関係者が連帯・共闘し、セイフティーネットをズタズタにする流れをうち砕き、跳ね返していく大きな力にする意義を確認することができた。この集会の記録誌は発行される予定である。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>夜間中学その日その日（７９）；　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-08-31T05:28:37Z</published>
    <updated>2009-08-31T05:34:43Z</updated>

    <summary>夜間中学その日その日（７９）；　守口夜間中学　　白井善吾 夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。 　　夜間中学増設運動とその現状 ...</summary>
    <author>
        <name>夜間中学教師</name>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/shirai/">
        <![CDATA[<p>夜間中学その日その日（７９）；　守口夜間中学　　白井善吾<br />
夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。<br />
　　夜間中学増設運動とその現状<br />
2009年8月29～30日、静岡県浜松で夜間中学開設運動全国交流集会が開催された。今年で28回を迎えた。関西、関東から公立、自主夜間中学７団体から、学習者、スタッフ、一般併せて、34人の参加であった。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>一日目は各組織の活動報告を受け、夜間中学の現状交流と課題分析を行った。二日目は、学習者とスタッフの2分科会に別れ、議論を深めた。<br />
各組織の活発な活動を聞き、交流集会に参加し、元気になったと多くの学習者が語った。スタッフの分科会は、就学援助に関わる問題点。増設運動の方向性。夜間中学の法制化について論議を行った。<br />
市町村の財政状況悪化は就学援助をはじめ、夜間中学生の学習条件の悪化となり、その状況が進行している報告が東京、大阪、奈良から相次いだ。<br />
沖縄の状況も報告された。「夜間中学にも不況の波　授業料２倍に」（2009年2月.6日琉球新報）の記事で、授業料15750円が2009年4月から31500円になり、給食費を加えると、65000円を夜間中学生は負担しているということも議論を行った。<br />
記事で紹介された夜間中学生の話も話題になった。<br />
一人は「楽しく学べるのは全部学校のおかげ。こんな学校が沖縄全島にあってほしい。わたしたちの教育を守るのは遺骨収集や不発弾処理と同じ国や県の戦後処理だ」と述べ、自主夜間中学で学んでいる人たちの学びは、戦後補償だと主張している。<br />
74歳の夜間中学生は「自分の名前も書けなかったのに、手取り足取り教えてもらいうれしい。でも、少ない年金で続けられるか心配」と語っている。<br />
69歳の夜間中学生は「せっかく学ぶ場ができたのに、値上げで次の学生が来られなくなっては困る」と。<br />
授業料以外に、通学費、学用品費が必要だろうから、個人の負担は大変な額になる。守口夜間中学生は学生証と通学定期券を握りしめ、これが「私の宝」だと、テレビのインタビューで語っていた。通勤定期を買って通学しているかたもおられるはずだ。年金がない自主夜間中学生もきっといるであろう。通えなくなる人や、せっかく希望しても、経済的な問題から入学を断念する人が出てくることが心配される。<br />
珊瑚舎スコーレ「自主夜間中学」は民間で運営されている。個人や私に負担を押しつけ、国をはじめ行政は何もしない。行政はお金は出さないが、学籍を起こした公立の中学校が卒業認定はするという。義務教育これは無償とする。この原則はどうなったんだろう。<br />
今、珊瑚舎スコーレ自主夜間中学は54名在籍、平均年齢70歳。月から金曜日の18時半から21時半まで開かれている。高齢者がほとんどで、対応が急がれている。<br />
義務教育を受けられなかった人たちの学習権を認めさせ、卒業証書を発行させるようになったのは大きな前進と評価する声も聞くが、いま学んでいる、学習者の負担をなくす手だてを直ちに、講じるべきではないだろうか。<br />
　就学援助、補食給食に大阪府の補助を継続し、夜間中学の学習環境の改善を求め、大阪の夜間中学生は近畿夜間中学校生徒会連合会に結集し闘いを継続中である。<br />
昼の学校にほとんど通うことができず、本人の同意もなく、卒業証書が発行され、書類上義務教育を終えたことになっている人たち多くあり、夜間中学で学習を希望する人たちの学び保障の問題、新たに日本に住むようになった人たちの学習保障の問題も議論された。<br />
民主党が参議院に「学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律（案）」を提出した。（2009．3．25）参議院を通過したものの、衆議院の解散により、今国会で成立しなかった。この法案の成立を公立夜間中学、自主夜間中学生が連帯し国会に成立を求める取り組みを通して、夜間中学の学習条件改善を働きかけていく、公立、自主夜間中学生大きな動きを作っていくことも話し合われた。<br />
政権交代が実現した、第45回衆議院選挙結果は夜間中学に大きな影響をあたえるであろう。<br />
ますます重要性が増している夜間中学の課題、夜間中学の活動の発信など、情報交流センターの設立についても議論を行った。<br />
極めて意義深い夜間中学増設運動全国交流集会であった。</p>]]>
    </content>
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    <title>夜間中学その日その日（７８）；　　　　　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-08-20T16:01:10Z</published>
    <updated>2009-08-20T16:03:53Z</updated>

    <summary>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。 　　夜間中学増設運動全国交流集会 夜間中学増設運動全国交流集会が2009年8月29日～30...</summary>
    <author>
        <name>夜間中学教師</name>
        <uri>http://j-net.obei.jp/blog/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=46&amp;id=27</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/shirai/">
        <![CDATA[<p>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。<br />
　　夜間中学増設運動全国交流集会</p>

<p>夜間中学増設運動全国交流集会が2009年8月29日～30日浜松市サンレイク美浜で開催される。今年で２８回を迎える。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>第１回の交流集会は１９８２年８月に開催された。<br />
それは次のような経緯で始まった。１９７６年から自主夜間中学が相次いで活動を開始した。川崎市、千葉県市川市、奈良のうどん学校、天理市、宇治市で開校した自主夜間中学は、市民が中心になり、学習を行いながら、公立化を目指した市民運動を展開していた。相次いで実を結び、奈良市（78年）、天理市（81年）、市川市（82年）、川崎市（82年）に公立の夜間中学を実現させた。これらのとり組みと経験を交流し、夜間中学の開設を進めることを目指して関東、関西の中間地点・静岡県を会場に開催されてきた。各地から学習者、自主夜間中学のスタッフ、教員、市民、研究者等が、年１回、手弁当で集まり、学ぶ喜びを交流し、課題の討議を重ねてきた。<br />
交流集会の成果をまとめ発信も行ってきた。１９８５年の第４回交流集会では尼崎市の夜間中学で教育委員会が行った強制卒業を論議し、「夜間中学の増設と夜間中学生の立場に立った学校運営を求めるアピール」を採択している。また出版も行った。『新編　文字はいのちや、学校はたからや』（開窓社　1997）など４冊を数える。<br />
毎回50人から90人の参加がある。年に１度だけ、顔を合わす、七夕のような集会であるが、活動で鍛えられ、成長の跡著しい若者の学習者は頼もしい限りである。また彼ら彼女らを支えるボランティアスタッフの存在は忘れてはならない。延べの参加者は1000人を超えるのではないだろうか。<br />
自主夜間中学の状況を紹介する。<br />
まず北海道。「生徒200人超　札幌、旭川に続き函館、釧路にも／自主夜間中学続々と／公立化　行政の腰重く」（北海道新聞 2009.4.15）<br />
北海道新聞は社説で「夜間中学　学びの喜びを支えたい」（2009.6.9）と夜間中学を取り上げた。この中で「自主夜間中学のセンター校の役割を持つ公立夜間中学を札幌に開設すること」「道や札幌市は、早急に公立夜間中学の設置を検討すべきだろう」「札幌以外の市でも地元中学の教室を使えるようにしてほしい」そして、「夜間中学のとり組みは、人間が生涯かけて学ぶことの意義を教えてくれている。地域社会もその活動を温かく見守り、支えたい」の言葉で社説を結んでいる。<br />
千葉県松戸市で活動している自主夜間中学は開設26年目を迎えた。戦争の混乱やいじめによる不登校で学ぶ機会を奪われた人たちや、言葉や文化の違いに戸惑う外国籍の人たちなど、学んだ生徒は延べ1300人になる。2009年、学習者に少しでも近くと千葉県柏市でも活動を開始した。「毎週火曜と金曜の夜、松戸市勤労会館を借りて続いている。 生徒は、年齢、国籍、居住地を問わない。授業料もいらない。教えるスタッフも無給。教材はスタッフの手作りだ。カンパやフリーマーケットの収入などで運営してきた」「私たちは松戸自主夜間中学の歴史を刻んできた。一日も早く、松戸公立夜間中学の歴史を刻みたい」（朝日新聞2009.8.18）。<br />
北九州市には自主夜間中学が3校ある。うち2校は昼の中学や小学校の教室で週５日、学習を行っている。<br />
1997年開校した福岡市の自主夜間中学「よみかき教室」は「公立になるとカリキュラムがきっちり組まれ、読み書き主体の現行授業を続けられない可能性がある。義務教育修了者は入学できないため、従来のように学び直しを望む人たちに門戸を開けなくなる。公立化にこだわらない「現実路線」を模索し始めた」（2008.4.23西日本新聞）</p>

<p>那覇市で2004年4月17日活動を始めた珊瑚舎スコーレ「自主夜間中学」は「夜間中学にも不況の波　授業料２倍に」。「昨年の夏以降、不況などの影響で、（全国から寄せられていた寄付）半減」。「授業料を31500円に引き上げざるを得なくなった」（琉球新聞2009.2.6）<br />
沖縄県教委は卒業認定基準を次の３通り決めたと報じた。「①公立中学校に出席して授業を受ける。②珊瑚舎スコーレと公立中学校の授業を並行して受ける。③公立中学校には通わず珊瑚舎スコーレで学ぶーの３通りで対象者の希望を尊重して決める」（琉球新報2008.3.13）<br />
記事を見て目を疑った。学習権を保障する国の責任については頬被り。民間の珊瑚舎スコーレにおんぶにだっこ。支援活動は行わず、卒業認定はお上がするという。話は逆ではないのか。<br />
「腐った物も食べて生き延びながら、「とにかく学校だけは行きたかった。夜間中学に入学した時のあの喜びは忘れない」と涙を流し、別の女性（６９）は「せっかく学ぶ場ができたのに、値上げで次の学生が来られなくなっては困る」と話した」（琉球新聞2009.2.6）<br />
このことを知った女子プロレスラー ジャガー横田は夜間中学の授業参観し、珊瑚舎スコーレ夜間中学応援チャリティー興行を決定した。（2009年11月8日(日)16時から、那覇市民体育館）にて開催される。<br />
多くの課題を持ちながら取り組まれている全国の夜間中学増設運動。参加者多いに議論をし、勇気づけられ、元気になりたい。そんな夜間中学増設運動全国交流集会がまもなく始まる。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>夜間中学その日その日（７７）；　　　　　守口夜間中学　　白井善吾</title>
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    <published>2009-08-13T15:31:39Z</published>
    <updated>2009-08-13T15:34:14Z</updated>

    <summary>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。 　　夜間中学その学び　③ 夜間中学でどんな学びを提供するか、社会の出来事に注意を払いながら...</summary>
    <author>
        <name>夜間中学教師</name>
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        <![CDATA[<p>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。<br />
　　夜間中学その学び　③<br />
夜間中学でどんな学びを提供するか、社会の出来事に注意を払いながら、教科の視点でもって教材化を試みている。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>岩波書店が発行する雑誌に「科学」がある。1931年に石原純、寺田寅彦らによって創刊されたというから、79年を迎える総合科学雑誌だ。熱心な読者ではないが、関心のあるテーマの特集が組まれているときは購読している。その雑誌に「夜間中学」が登場したことがある。2008年3月号に掲載された。巻頭エッセイ『「夜間中学の生徒さん」に学ぶ』盛口満（沖縄大学）である。「市民の科学リテラシー」の特集号であったので購入した。その中で「夜間中学」の活字を目にしたとき、本当にびっくりした。と同時にうれしくなった。教育関係者にもよく知られているとはいえない、夜間中学が「科学」に登場したからである。<br />
沖縄大学人文学部　准教授　盛口満さんは那覇市に開校している自主夜間中学「珊瑚舎スコーレ」で理科の授業も担当されている。夜間中学の授業について次の記述があった。<br />
「...土の話から野菜の話が飛び出す、「粘土をシャンプーがわりに使ったよ...」という戦前の回顧談も登場する。こんなやりとりでまた思う。僕の教える理科という教科の原点がここにあると。自らの生活体験を体系づけられていくことこそ、理科の学びの王道だ。生活体験を奪われているコンビニ世代の子どもたちの前に、どう立つべきか、夜間中学の生徒さんから出された問題の解答は、まだ模索中だ」<br />
私も同様の考えだ。そこで浮かんできた授業は夜間中学その日その日（45）で紹介した「野アサガオ（琉球アサガオ）」をルーペで観察するところから始まる学習だ。酸性雨、サンポール、石灰水、消石灰、生石灰、乾燥剤、とすすむ学習は、夜間中学生と私の共同作業によって編まれた学習である。夜間中学生の体験、経験がうまく引き出される学習展開に心がけると、様々な語りが始まり、夜間中学生の目が輝いてくるのだ。人の意見を聞いて、自分の考えを発表する。そんな学習に心がけている。<br />
わからなければ、聞いたらよい、真似したらよい、辞書を引けばよい。引き方がわからなければ、それを学習する。暗記はしなくてよい。<br />
２年目を迎えた野アサガオはすこぶる元気である。野アサガオに自転車とられ...ではないが、金曜日に乗った自転車に月曜日には車輪につるを絡めている。一方、日陰が増え、苔が土の上を覆い始めた。そんな環境の変化にも目を転じ、討論をしてみたい。そんな学びが夜間中学で行っている理科である。<br />
今年で14回を数える、理科のミニ教研が新潟で開かれた。全国から手弁当で集まる、自主教研だ。そこで次のような報告があった。<br />
7月22日は全国で日食が見られた。その学校では、終業式の時間を変更して、全校一斉に観察会をした。生徒会でアンケートを採って、学校に一斉学習の申し入れをした。その学校長　「そんな前例がない」とけったそうだが、理科の教員が中心に、それぞれの教科で日食の学習を展開した。安倍晴明や藤原定家の「明月記」を取りあげた教科など。担当教科で様々な工夫をし、生徒会の申し入れに答えることができた。地学が専門であった、その校長、大きな天体望遠鏡を持ち込み、その時間、覗いていたという。柔軟な対応が求められる、子どもたちの喜々とした、学びが提供できるなら、と応用問題が解ける、そんな現場の長であって欲しい。<br />
「多分、夜間中学では、日食の勉強をしているやろうなぁ。せっかくの機会、これを扱った勉強をしたらいいのにと思っていました」と定時制高校に行っている夜間中学卒業生がこのように言っていたと、後で聞くこととなった。どうして、日食の勉強がしたいと申し入れなかったのか？と思う。<br />
夜間中学の対極にあるのが昼の学校で行われているいまの教育だ。月毎の指導案、週毎の指導案（週案）の提出を求められ、ガチガチに固められた学習しか行えなくなっている。そしてどの観点で評価するかが書き込まれた授業案だという。そこには授業中に出てきた核心をつく疑問に答えることもできない、寄り道もできない授業だという。<br />
夜間中学生の発言で展開を大きくかえる夜間中学の授業を体験した訪問者は大人も子どもも評価していた。こんな学習に拘っている。</p>]]>
    </content>
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    <title>夜間中学その日その日（７６）：守口夜間中学　白井善吾</title>
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    <published>2009-08-07T17:13:21Z</published>
    <updated>2009-08-08T04:00:27Z</updated>

    <summary>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。 橋下知事！　夜間中学生は立ち上がった　３１ 近畿夜間中学校生徒会連合会臨時総会（2008....</summary>
    <author>
        <name>夜間中学教師</name>
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        <![CDATA[<p>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。</p>

<p>橋下知事！　夜間中学生は立ち上がった　３１<br />
近畿夜間中学校生徒会連合会臨時総会（2008.9.7）に参加した、各党府会議員は「学ぶことは光であり、誇りであるは、まったく同感です」「夜間中学を守るのは議会の責任です」「議会の中で知事に制度の継続を求めていきます」「学んでおられる夜間中学生の皆さんに迷惑をかけることは絶対にありません。がんばりましょう」。力強い決意表明があった。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>2009年2月府議会の決定により、４月から実施された就学援助、補食給食の実施内容は夜間中学生の不安は現実のものとなった。補食給食はなくなり、就学援助も居住市町村によりバラバラ、所得制限の違いにより、就学援助の対象から外されてしまう夜間中学生がでてきた。近隣の教育委員会を訪ね、担当者からあった話と大きく異なる、示された申請用紙の記載内容であった。<br />
夜間中学生は一つ、一人の悩みはみんなの悩み、守口夜間中学生徒会は、話し合いを重ね、居住市教育委員会を訪問することを決め、いま実施している。<br />
「これまでの給食の時間は、食事を用意できる人、できない人、弁当を用意しても、食べることができず、気まずい、学校生活の時間になってしまった」と語る夜間中学生に、大阪府教育委員会担当者は、「府のプログラム案が出て、補食給食が困難になった。府・市の役割分担から各市教育委員会に継続をお願いした」「府が補助をなくしたので、（夜間中学設置市）に強く補食給食の継続を言えなかった」と話した。まったく答えになっていない。<br />
夜間中学生の声を広く市民に訴え、署名を集め、闘いを継続することを確認した。次のような署名用紙が出来上がった。<br />
夜間中学校に対する「補食給食」の復活を求めます<br />
私たち夜間中学生は、戦争、植民地支配、差別、貧困、障碍による就学免除など様々な事情により、学齢期に義務教育を受ける権利を奪われました。私たちは、ようやくたどり着いた夜間中学校で必死に学んでいます。<br />
ところが、「大阪府財政再建策」により、２００９年度から大阪府は通学費の半額のみを負担し、就学援助費は居住市負担となりました。しかし、各市の内容がまちまちで夜間中学生間に大きな不公平が生じています。また、大阪府は補食費の補助を全額廃止にしたので、それにともない４市においても補食費を打ち切りました。そのため補食給食がある学校とない学校ができています。<br />
職場から学校にかけつける仲間たちの中には、弁当を持って来れない人や、家に帰って食べてくるため、大幅に遅刻する人がいます。弁当を持ってきても、弁当がない人のことを考えると食べられません。同じ教室の中で気まずい空気が生まれています。私たちの　学習の権利と健康を守るため、補食給食が大きな役割を果たしていることは言うまでもありません。<br />
私たちは、補食給食の復活を要望します。<br />
　　　　　　　　　　2009年7月<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　近畿夜間中学校生徒会連合会<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　会長　李光燮（リクワンソプ）<br />
「文字とコトバを奪い返すということは何なのかを夜間中学生が考える。橋下知事がけしからんのは、勿論だが、すごい歴史を生きてきたみんなが勝てないはずがない。夜間中学で何を学んできたかが試されている。信じられない可能性を夜間中学生は持っている」　髙野雅夫さんはこのように語った。<br />
暑い昼下がり、集めた署名を届けに夜間中学生が登校してきた。さらに署名用紙を手にして帰っていった。<br />
髙野雅夫さんが語ったラジオ深夜便を聞いて、夜間中学の校門をくぐった夜間中学生は母親と二人で街頭に立って夜間中学生募集のビラを配った。<br />
取り組みは続く。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>夜間中学その日その日（７５）：守口夜間中学　白井善吾</title>
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    <published>2009-08-01T11:40:02Z</published>
    <updated>2009-08-01T12:17:11Z</updated>

    <summary>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。 橋下知事！　夜間中学生は立ち上がった　３０ 経済の急激な悪化により、失業者が増大している。...</summary>
    <author>
        <name>夜間中学教師</name>
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    </author>
    
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        <![CDATA[<p>夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで，変わっていく。</p>

<p>橋下知事！　夜間中学生は立ち上がった　３０</p>

<p>経済の急激な悪化により、失業者が増大している。また、年収200万円以下の労働者は1,000万人を超え、生活保護基準以下で暮らすワーキングプアなども増加している。今年3月末に行われた大阪府立定時制高校（府内15校）の生徒募集（２次）で定員総数571人に対して200人近く出願がオーバーするという、異常な事態が起きた。</p>]]>
        <![CDATA[<p>不況の進行と定時制高校の統廃合による学校減が大きな原因だ。家庭の所得の違いによって、子どもたちの学力や進路などに影響が出ることが懸念される。<br />
この格差社会の進行を、ある夜間中学生は「私の子どもの頃とそっくりだ。私たちと同じ、義務教育を受けることのできなかった人たちを再びつくりだしている」と語った。<br />
自治体が行う、就学援助制度は、国による補助金廃止や地方財政の悪化などの影響により、就学援助の対象となるための所得要件を厳しくしたり、援助金額の引き下げなどが進行している。<br />
夜間中学では、様々な事情により学齢期に義務教育を受ける権利を奪われた人たちが学んでいるが、現行法では学齢を超えた生徒には就学援助制度が適用されていないため、経済的理由により、就学が困難となるケースが多くなっている。<br />
高校・大学は授業料も高くなり、全ての生徒・学生に学びの機会を保障するためには、高校授業料の無償化に向け減免措置制度の拡充や、貸与ではない給付による奨学金制度を整備すべきだ。そして教育の機会均等と学びを保障する、就学・修学保障制度の充実が急がれる。<br />
義務教育の就学援助制度は国と設置自治体が負担すべきもの、夜間中学も義務教育だから、国と設置者である市区町村が負担すべきもの、それを府が負担するのはおかしい、すべきでない。これが橋下大阪府知事の主張である。国に対し、大阪府は文書で申し入れたが、文科省担当者は門前払いでなく、受けとめ、検討する姿勢であったと府教委担当者は夜間中学生に説明していた。</p>

<p>夜間中学生の就学援助、補食給食の大阪府負担継続を求める夜間中学生の闘いを支援し、日教組は「教育の機会均等と学びを保障するための就学・修学保障制度の充実を強く求める」署名活動を全国的とり組んだ。６０万７４８６筆の署名を文科省大臣と国会に提出した。６月５日参議院に「就学・修学保障制度の充実に関する請願」を行った。<br />
これより先、民主党は参議院に「学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律（案）」を提出した。（2009．3．25）<br />
この法案は第１条（目的）学校教育の環境の整備に関し、基本方針を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、学校教育環境整備指針等を策定し、学校教育に関連する予算の確保及び充実の目標を定めること等を通じてその着実な達成を図ることにより、学校教育の環境の整備を推進し、もって教育の振興に資することを目的とすると位置づけ、夜間中学に関しては第３条（学校教育の環境の整備の基本方針）「７．学習する機会が失われた者がその希望するときに再び学習する機会が与えられるようにすること」がある。<br />
この法案は、参議院は通過、衆議院の解散で、今国会では成立を見なかったが、是非とも立法化を実現したい。</p>

<p>「夜間中学」「夜間学級」を法体系に位置づけるとり組みは、全国夜間中学研究会も発足当初から議論を行ってきた。<br />
1955年当時の学校教育法に即していえば、一つとして、第25条「経済的理由によって、就学困難と認められる学齢児童又は学齢生徒の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない」を「・・・学齢児童又は学齢生徒並びにその保護者に対しては・・・」と訂正することの提案である。二つ目として、第75条「小学校、中学校及び高等学校には次の各号の一に該当する児童及び生徒のために特殊学級をおくことができる。１．（略）２．（略）３．ろう者及び難聴者　４．（略）　５．言語不自由者　６．（略）　７．身体虚弱者　これらに加え、８．経済的理由による就学困難並びに嫌学等を原因として著しく進学の遅滞をみるおそれがある者　　と８を追項する提案だ。<br />
これを「中学校夜間学級の法的措置に関する陳情書」として　まとめ、全国中学校夜間部教育研究協議会（全国夜間中学校研究会の前身の名称）名で関係各方面に立法化を訴えていった。1954年11月のことだ。</p>

<p>最近の国会では夜間中学に関して国会質問が行われている。畑野君枝（共産）参議院（2003.3.26）。大田昭宏（公明）衆議院予算委員会（2005.2.25）。神本美恵子（民主）参議院決算委員会（2007.4.23）。石井郁子（共産）質問書（2008.12.17）。同答弁書麻生太郎　答弁書（2008.12.26）。　小宮山洋子（民主）衆議院文部科学委員会（2009.3.13）。山下栄一（公明）参議院文教科学委員会（2009.3.17）などである。<br />
大きな流れになってきた、というべきであるが、制度発足にはまだ時間がかかるというべきだろう。にもかかわらず、就学援助、補食給食に大阪府は補助を行わない、夜間中学生の居住している市町村に補助を肩代わりさせる手法による、この大阪府の決定は様々な問題を生んでいる。国に制度を確立させるまでは、補助を行う。これが大阪府のとるべき方法ではないのか。「不安、心配だ」「安心して学べる学校でない」多くの夜間中学生の言葉だ。<br />
夜間中学生は、制度改善に向け、団結を強く、ねばり強い取り組みを展開中だ。</p>]]>
    </content>
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    <title>夜間中学その日その日（７４）：守口夜間中学　白井善吾</title>
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    <published>2009-07-28T13:40:43Z</published>
    <updated>2009-07-28T13:58:00Z</updated>

    <summary>ようこそ髙野先輩 この春、立教大学大学院特任教授となった髙野雅夫さん、田中望教授、大学院生4人、息子・髙野大さんの来校があった。7月16日のことだ。「ようこそ髙野先輩！」として守口夜間中学はお迎えした...</summary>
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        <name>夜間中学教師</name>
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        <category term="夜間中学その日その日" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/shirai/">
        <![CDATA[<p>ようこそ髙野先輩</p>

<p>この春、立教大学大学院特任教授となった髙野雅夫さん、田中望教授、大学院生4人、息子・髙野大さんの来校があった。7月16日のことだ。「ようこそ髙野先輩！」として守口夜間中学はお迎えした。夜間中学の普段の授業を見ていただき、夜間中学生との対話集会を行なった。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>対話集会は夜間中学にたどり着く、半生を夜間中学生が語るところから始まった。<br />
学校には行けず、子守をしていて、転び、起き上がることができず、赤ちゃんも、子守も泣いていたこと。サザエやあわび、わかめを取り、砂まみれになって遊んでいた済州島での幼き日のこと。父の後を追って日本に来、初めて教室に座った日のこと、いじめられた思い出しかない、恐怖の小学校生活。朝鮮人であることを隠して生きてきた日本での生活。60歳を過ぎて、入学した夜間中学。「ここでは本名で呼ばれ、本名を取り戻した」「私の第2の人生は、この守口夜間中学」「夜間中学のためなら、いま、闘っています」<br />
この提起を受け、参加者は語り始めた。「世間も知らなかった私が夜間中学に出会って、自分に自信が持てるようになり、勇気を持って行動できるようになった」「建設現場で働いています。仕事の段取り、仕事を指図する立場になり、遅れて学校に来る日が多くなった。しかし、今まで以上に、文字の読み書きが必要になってきた。（毎日、運動に学習に頑張っている夜間中学生の仲間にも申し訳ないし、）家に帰ったら泣きたい気持ちの毎日です」</p>

<p>大学院生は「見ず知らずの私たちに、このように語りかけてくださる皆さんに感謝の気持ちでいっぱいだ。このような場を作ってくださり、本当に参加してよかったと思っている」「髙野さんが言っている熱い思いを体で感じとることができた」「髙野さんは"生きることは学ぶこと"と言いきられている。その意味は私の想像力を駆使しても分からなかった。この場の皆さんの語りは私にそのことを想像するヒントや手だてをくれた。この緊張感、充実感でいっぱいだ」</p>

<p>就学援助、補食給食存続に向けて、どうすれば解決できるか、夜間中学生は髙野さんに質問をした。髙野さんは「文字とコトバを奪い返すということは何なのかを夜間中学生が考える。橋下知事がけしからんのは、勿論だが、すごい歴史を生きてきたみんなが勝てないはずがない。夜間中学で何を学んできたかが試されている。信じられない可能性を夜間中学生は持っている」このように語った。</p>

<p>夜間中学生は日ごろ思っている疑問を次のような言葉にした。「運動してくれて夜間中学ができて、ありがたいと思っているが、家庭も大事にしたいと思っているのに、家庭を捨て、そこまでする情熱は何なのか？」<br />
息子の髙野大さんは「今回大阪に来て、やはりそうだと思ったが、夜間中学がホーム、家、祖国、故郷なんだ」「僕が思うのは優先順位がはっきりしている人」「優先順位が夜間中学で家族は何とか生きていくであろうと信じていたのではないか」と答えた。夜間中学生の突っ込みの質問が相次ぎ、大さんの発言は途切れ途切れになったが、「父」「親父」の単語は用いられなかった。<br />
「ベールに包まれていた髙野さんが『父の遺書、僕たちの新書』の本が出て分かってきた」と夜間中学生は語り、髙野さんの口が動くのをまった。</p>

<p>「世界は生き残った人間の都合で動いている。志し半ばで亡くなった、引揚げのとき実の母親に殺されていった赤ちゃん、闇市のゴンチ、バタ屋のハラボジ、大阪の歴史を切り開いた小林晃、神部博之、八木秀夫ら死者の想いを伝えなければと、家族を捨てるという認識はないが、体が動いていく」髙野さんはこのように話した。</p>

<p>「髙野さんはいつも生徒が行動してこそかちとれると言い、ヒントをくださいといってものらりくらりとかわされ、掴もうと聞き耳を立てているときも、ヒントをくれない。いや、もしかしたら教えてくれているのかもしれないけど、私たちが受けとめられていないのかもしれない」<br />
「中国引揚げ帰国者は日本語を聞き理解する力が十分でないので、この席に、参加者は少ないが、引揚げ帰国者を代表して、髙野先輩が夜間中学のため、一生懸命取り組んでいることに関し感謝します。ありがとうございます」<br />
「髙野さんと親しく話ができて、大学院生の皆さんをうらやましい。この前やっと話しができた。その時、"劣等感を捨てるな"と言われた。何でやと思ったが、よう考えてみたら、そうや、目からうろこでした。闘い大変ですが、みんなで知恵を出し合い、やっていきます」<br />
田中教授は「夜間中学で勉強して一つ言えるのは、『獲得した力を自分のためだけに使うのではなく、みんなのために使う』『夜間中学で学んでいる人はみんな仲間なんだ』このように言っている、髙野さんを私も知りたい。残された6～7ヶ月ですが、解明しようと思っています」<br />
髙野大さんは「今も、夜間中学卒業生、髙野雅夫と自分を紹介している。夜間中学生である誇りをぶつけていってください。大阪府知事に負けるはずがない」と語った。</p>

<p>会場の後ろに座り、夜間中学生の顔が見える位置に私はいたのだが、一言も聞き漏らすまいとする会場全体の緊張感と発表を聞き終え、夜間中学生の語る、適切なコメントが会場に安堵感を生んでいた。そして次の緊張感が会場全体を包む。訪問者、夜間中学生双方の波動が相互作用を生み、重なりあい、この波動周期が軽快であった。夜間中学生の人生経験がその形成に大きく影響したと思う。<br />
予定時間を大きく越え、夜間中学の先輩との語らいは1時間半続いた。勿論、教科の授業をやり終え、この記念すべき行事を終えた。<br />
髙野さんを結集軸に集まったこの日の出会いは、偶然ではない、必然が生みだしたものだ。<br />
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