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2009年9月 6日
夜間中学その日その日(80); 守口夜間中学 白井善吾
「識字の意味するものとは、を考える研究集会」
「識字の意味するものとは、を考える研究集会」(主催:全国大学人権教育交流集会)が開催された。2009年8月27日のことだ。初めての試みで、大学の人権教育を担当している教員を中心に識字教室、夜間中学の学習者、など全国から100名を超える参加者があった。来阪中の髙野雅夫さんの参加もあった。
午後1時から5時過ぎまで、途中休憩10分があっただけ、ぶっ通しで行われた。参加者は学習者の学ぶ喜びと、力強さに圧倒された、意義深い集会となったのではないだろうか。日の出、道祖本、富田林、各識字学級。京都東九条オモニハッキョ。奈良春日、東生野、守口の夜間中学生が発表を行った。
国連識字の10年の7年目にもかかわらず、識字、夜間中学の根幹を揺るがす大きな変化に直面していることが語られた。識字教室の縮小、識字施策の大きな後退、そして夜間中学の就学援助、補食給食の大阪府負担廃止がそれだ。
それだからこそ、語り合い、お互いを知り、連帯・共闘により、跳ね返していく大きな力にする、機会の大切さを確認することができた。歴史を伝えていくことの大切さについても発言が相次いだ。
守口夜間中学生が語った、本名を呼び合うことの大切さに関連して、オモニハッキョの担当者は「高2の時、外国人登録で訪れた区役所で名前が書けないオモニを「日本に来て何年になるのか」と係官が大声で叱りつけている場面に出くわした。その時、係官に抗議することもせず、自分は逃げ帰ってしまった」。その時の口惜しさをバネに、「オモニハッキョで活動を続けている。一世の世代が少なくなっていく、いま歴史を記録しておかなければと、自分史を綴ることを取り組んでいる」と語った。
参加した守口夜間中学生は「大阪府が就学援助、補食給食を補助しないと聞いたとき、夜間中学が潰される、いても立ってもいられず、声をあげた。大きな力となり、取り組むことができた。闘いはいまも継続している」「韓国の文解(識字)教室で学ぶ仲間を訪問し交流して、ずいぶん勇気づけられた」。この訪問が、私たちの闘いの原動力になったと報告した。また夜間中学生が小中高校生、大学生、社会人と行っている交流と学校公開の意義についても語った。
識字活動に参加している学習パートナーは「勤務している学校現場は忙しさが増し、余裕がなくなり、識字活動に参加できにくい状態になってきている」「識字の危機だ」「このように活動できている夜間中学がうらやましい」「夜間中学から報告があったように、奪い返した文字とコトバで、社会をどう変えるかが、識字の目標だ」と語った。
冒頭、髙野さんは「俺たちはどこの集会で話を聞いているのか?東京か?耳を疑った」「国連識字の10年のポスターもまだ作られていない」、1990年国際識字年とそれに続く、10年の取り組みの活気と元気はどこにいったかと語った。
引揚げの途中、殺された赤ちゃん。身代わりになって殺されたゴンチ。99.9%死んでいた髙野さんを救い、いろはカルタで文字を教えてくれた朝鮮人のお爺さんの恨みをどうすれば果たすことができるかが髙野さんの学びの原点だ。
そして2009年の現在、橋下知事の暴挙をうち破る、武器になる文字とコトバを獲得する活動が、学びが夜間中学はできているのか。社会の出来事に、挑み、取り組みの中からでないと、「文字やコトバは奪い返すことができない」など想いを語った。
夜間中学、識字に取り組む学習者、関係者が連帯・共闘し、セイフティーネットをズタズタにする流れをうち砕き、跳ね返していく大きな力にする意義を確認することができた。この集会の記録誌は発行される予定である。
2009年9月 6日 21:07
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