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2009年8月 8日
夜間中学その日その日(76):守口夜間中学 白井善吾
夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで,変わっていく。
橋下知事! 夜間中学生は立ち上がった 31
近畿夜間中学校生徒会連合会臨時総会(2008.9.7)に参加した、各党府会議員は「学ぶことは光であり、誇りであるは、まったく同感です」「夜間中学を守るのは議会の責任です」「議会の中で知事に制度の継続を求めていきます」「学んでおられる夜間中学生の皆さんに迷惑をかけることは絶対にありません。がんばりましょう」。力強い決意表明があった。
2009年2月府議会の決定により、4月から実施された就学援助、補食給食の実施内容は夜間中学生の不安は現実のものとなった。補食給食はなくなり、就学援助も居住市町村によりバラバラ、所得制限の違いにより、就学援助の対象から外されてしまう夜間中学生がでてきた。近隣の教育委員会を訪ね、担当者からあった話と大きく異なる、示された申請用紙の記載内容であった。
夜間中学生は一つ、一人の悩みはみんなの悩み、守口夜間中学生徒会は、話し合いを重ね、居住市教育委員会を訪問することを決め、いま実施している。
「これまでの給食の時間は、食事を用意できる人、できない人、弁当を用意しても、食べることができず、気まずい、学校生活の時間になってしまった」と語る夜間中学生に、大阪府教育委員会担当者は、「府のプログラム案が出て、補食給食が困難になった。府・市の役割分担から各市教育委員会に継続をお願いした」「府が補助をなくしたので、(夜間中学設置市)に強く補食給食の継続を言えなかった」と話した。まったく答えになっていない。
夜間中学生の声を広く市民に訴え、署名を集め、闘いを継続することを確認した。次のような署名用紙が出来上がった。
夜間中学校に対する「補食給食」の復活を求めます
私たち夜間中学生は、戦争、植民地支配、差別、貧困、障碍による就学免除など様々な事情により、学齢期に義務教育を受ける権利を奪われました。私たちは、ようやくたどり着いた夜間中学校で必死に学んでいます。
ところが、「大阪府財政再建策」により、2009年度から大阪府は通学費の半額のみを負担し、就学援助費は居住市負担となりました。しかし、各市の内容がまちまちで夜間中学生間に大きな不公平が生じています。また、大阪府は補食費の補助を全額廃止にしたので、それにともない4市においても補食費を打ち切りました。そのため補食給食がある学校とない学校ができています。
職場から学校にかけつける仲間たちの中には、弁当を持って来れない人や、家に帰って食べてくるため、大幅に遅刻する人がいます。弁当を持ってきても、弁当がない人のことを考えると食べられません。同じ教室の中で気まずい空気が生まれています。私たちの 学習の権利と健康を守るため、補食給食が大きな役割を果たしていることは言うまでもありません。
私たちは、補食給食の復活を要望します。
2009年7月
近畿夜間中学校生徒会連合会
会長 李光燮(リクワンソプ)
「文字とコトバを奪い返すということは何なのかを夜間中学生が考える。橋下知事がけしからんのは、勿論だが、すごい歴史を生きてきたみんなが勝てないはずがない。夜間中学で何を学んできたかが試されている。信じられない可能性を夜間中学生は持っている」 髙野雅夫さんはこのように語った。
暑い昼下がり、集めた署名を届けに夜間中学生が登校してきた。さらに署名用紙を手にして帰っていった。
髙野雅夫さんが語ったラジオ深夜便を聞いて、夜間中学の校門をくぐった夜間中学生は母親と二人で街頭に立って夜間中学生募集のビラを配った。
取り組みは続く。
2009年8月 8日 02:13
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