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2009年8月14日
夜間中学その日その日(77); 守口夜間中学 白井善吾
夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで,変わっていく。
夜間中学その学び ③
夜間中学でどんな学びを提供するか、社会の出来事に注意を払いながら、教科の視点でもって教材化を試みている。
岩波書店が発行する雑誌に「科学」がある。1931年に石原純、寺田寅彦らによって創刊されたというから、79年を迎える総合科学雑誌だ。熱心な読者ではないが、関心のあるテーマの特集が組まれているときは購読している。その雑誌に「夜間中学」が登場したことがある。2008年3月号に掲載された。巻頭エッセイ『「夜間中学の生徒さん」に学ぶ』盛口満(沖縄大学)である。「市民の科学リテラシー」の特集号であったので購入した。その中で「夜間中学」の活字を目にしたとき、本当にびっくりした。と同時にうれしくなった。教育関係者にもよく知られているとはいえない、夜間中学が「科学」に登場したからである。
沖縄大学人文学部 准教授 盛口満さんは那覇市に開校している自主夜間中学「珊瑚舎スコーレ」で理科の授業も担当されている。夜間中学の授業について次の記述があった。
「...土の話から野菜の話が飛び出す、「粘土をシャンプーがわりに使ったよ...」という戦前の回顧談も登場する。こんなやりとりでまた思う。僕の教える理科という教科の原点がここにあると。自らの生活体験を体系づけられていくことこそ、理科の学びの王道だ。生活体験を奪われているコンビニ世代の子どもたちの前に、どう立つべきか、夜間中学の生徒さんから出された問題の解答は、まだ模索中だ」
私も同様の考えだ。そこで浮かんできた授業は夜間中学その日その日(45)で紹介した「野アサガオ(琉球アサガオ)」をルーペで観察するところから始まる学習だ。酸性雨、サンポール、石灰水、消石灰、生石灰、乾燥剤、とすすむ学習は、夜間中学生と私の共同作業によって編まれた学習である。夜間中学生の体験、経験がうまく引き出される学習展開に心がけると、様々な語りが始まり、夜間中学生の目が輝いてくるのだ。人の意見を聞いて、自分の考えを発表する。そんな学習に心がけている。
わからなければ、聞いたらよい、真似したらよい、辞書を引けばよい。引き方がわからなければ、それを学習する。暗記はしなくてよい。
2年目を迎えた野アサガオはすこぶる元気である。野アサガオに自転車とられ...ではないが、金曜日に乗った自転車に月曜日には車輪につるを絡めている。一方、日陰が増え、苔が土の上を覆い始めた。そんな環境の変化にも目を転じ、討論をしてみたい。そんな学びが夜間中学で行っている理科である。
今年で14回を数える、理科のミニ教研が新潟で開かれた。全国から手弁当で集まる、自主教研だ。そこで次のような報告があった。
7月22日は全国で日食が見られた。その学校では、終業式の時間を変更して、全校一斉に観察会をした。生徒会でアンケートを採って、学校に一斉学習の申し入れをした。その学校長 「そんな前例がない」とけったそうだが、理科の教員が中心に、それぞれの教科で日食の学習を展開した。安倍晴明や藤原定家の「明月記」を取りあげた教科など。担当教科で様々な工夫をし、生徒会の申し入れに答えることができた。地学が専門であった、その校長、大きな天体望遠鏡を持ち込み、その時間、覗いていたという。柔軟な対応が求められる、子どもたちの喜々とした、学びが提供できるなら、と応用問題が解ける、そんな現場の長であって欲しい。
「多分、夜間中学では、日食の勉強をしているやろうなぁ。せっかくの機会、これを扱った勉強をしたらいいのにと思っていました」と定時制高校に行っている夜間中学卒業生がこのように言っていたと、後で聞くこととなった。どうして、日食の勉強がしたいと申し入れなかったのか?と思う。
夜間中学の対極にあるのが昼の学校で行われているいまの教育だ。月毎の指導案、週毎の指導案(週案)の提出を求められ、ガチガチに固められた学習しか行えなくなっている。そしてどの観点で評価するかが書き込まれた授業案だという。そこには授業中に出てきた核心をつく疑問に答えることもできない、寄り道もできない授業だという。
夜間中学生の発言で展開を大きくかえる夜間中学の授業を体験した訪問者は大人も子どもも評価していた。こんな学習に拘っている。
2009年8月14日 00:31
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