'."\n" ?> 島村初吉の「ブログ」:「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」1
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2009年6月 8日

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」1

 朝鮮の土となった日本人―浅川巧―

はじめに
朝鮮半島から日本へと、大規模な人の移動が起こったのは、弥生時代、百済滅亡後、秀吉の朝鮮侵略、植民地時代がピークとなる。それによって生まれた新しい産業、新しい文化が日本社会に刺激を与えた。日韓の歴史は、秀吉の朝鮮侵略、近代の植民地時代を除くと、古代より長い友好交流の歴史が続いた。それを、「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」として紹介していきたい。


◆朝鮮の土となった日本人
秋田県に劇団「わらび座」がある。その代表、是永幹夫氏が今春、福岡市に来られたとき、映画「白磁の人」の話を聞いた。この映画は、江宮隆之氏が書いた同名の小説(河出書房新書)をもとに、神山征二郎監督がメガホンをとって制作されるというのである。小説は、山梨県高根町(旧北巨摩郡甲村)出身の浅川巧(たくみ)を主人公にした物語である。浅川巧は、日本が植民地支配していた朝鮮に渡った人で、朝鮮総督府林業試験場に勤め、林業技師として朝鮮の緑化に尽した。朝鮮語を取得して、朝鮮文化を愛し、兄の伯教(のりたか)とともに朝鮮の陶磁器、工芸品に朝鮮民族の美を見出し、民芸運動家の柳宗悦も巻き込みながら、日韓の懸け橋になった人である。以前、高崎宗司著『朝鮮の土となった日本人―浅川巧の生涯』(草風館、1982年刊)を読んで、浅川巧を知っていたことから、映画制作には興味が湧いた。映画制作には推進本部を組織。日韓の代表に長坂紘司氏=(株)小泉社長=と崔季煥氏を据えて、今年9月の完成に向けて制作が進んでいる。制作・配給はシネカノン、脚本は荒井晴彦氏が担当している。そのようなことを、是永氏から聞いた。

昨秋、東京の友人が山梨県高根町を訪れ、浅川巧・伯教兄弟資料館を見学したときに入手したパンフレットをわざわざ送ってくれた。表紙には「朝鮮の山と民芸を愛し、朝鮮人を愛した弟」巧、「朝鮮の陶磁史の研究にその生涯を捧げた兄」伯教、と書かれていた。館内には、二人の著書や、植民地時代の韓国で二人が触れた韓国の様子、伯教の長女牧枝氏、次女の美恵子氏らが寄贈した資料、韓国陶芸界の巨匠といわれる池順鐸(チスンテク)、柳海剛(ユヘガン)両氏の寄贈品などが並ぶ。
「池順鐸は、伯教の通訳兼案内役として窯跡調査に同行、陶芸の道に進んだ。柳海剛は、伯教と交友、陶芸の道に励んだ。共に高麗青磁、李朝白磁の再現に努め、多くの名作を残した。特に池順鐸は『私の今日あるは、浅川伯教先生のお陰です』と言い残している」(同館のパンフレットより)。

浅川兄弟を通じて、高根町は「日韓友好親善の情報発信基地」でありたいと、韓国ゆかりの地との交流を進めている。

植民地時代、朝鮮の芸術に憧れた伯教は一家をあげて朝鮮に渡り、京城(現、ソウル)で尋常小学校教員になる。弟の巧も、兄を頼って京城に移住し、朝鮮総督府林業試験場に勤務する。兄弟が生活を送った朝鮮に、どんなドラマがあったのか。その足跡を追った。

2009年6月 8日 21:13

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