島村初吉の「ブログ」

2009年6月27日

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」総集編

 8回にわたり連載した「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」は今回は総集編です。一挙連載します。

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2009年6月25日

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」8

メソジストの伝道師、曾田嘉伊智(そだ・かいち)を紹介します。連載の最後では新たな人物を韓国人本外交官(現・大学教授)からの取材で知った人物である。

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2009年6月23日

メソジストの伝道師、曾田嘉伊智(そだ・かいち)を紹介します。連載の最後では新たな人物を韓国人本外交官(現・大学教授)からの取材で知った人物である。
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2009年6月19日

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」5

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」5です。◆白は悲哀の色か  をテーマに論じます。

 

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2009年6月18日

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」4

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」4です。◆三・一独立運動と関東大震災の長文の力作です(編集局)。

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2009年6月17日

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」3:嶋村初吉

 朝鮮の土となった日本人―浅川巧― 3回目です。以後は毎日連載します。ご期待ください。
                      

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2009年6月 9日

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」2

 朝鮮の土となった日本人―浅川巧― 2


                      

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2009年6月 8日

「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」1

 朝鮮の土となった日本人―浅川巧―

はじめに
朝鮮半島から日本へと、大規模な人の移動が起こったのは、弥生時代、百済滅亡後、秀吉の朝鮮侵略、植民地時代がピークとなる。それによって生まれた新しい産業、新しい文化が日本社会に刺激を与えた。日韓の歴史は、秀吉の朝鮮侵略、近代の植民地時代を除くと、古代より長い友好交流の歴史が続いた。それを、「日韓あわせ鏡の世界~韓国の中の日本、日本の中の韓国~」として紹介していきたい。

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2009年6月 7日

「日韓 食の交流史」10

 「秀吉、家康の残した「食文化の懸け橋」を4回にわたり連載しましたが、一挙掲載します。

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2009年6月 6日

「日韓 食の交流史」9;嶋村初吉

 「秀吉、家康の残した『食文化の懸け橋』」4で、このテーマでの連載は最終回です。

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2009年6月 5日

「日韓 食の交流史」8

 「秀吉、家康の残した『食文化の懸け橋』」3です。今回は★トウガラシの伝来経路

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2009年6月 4日

「日韓 食の交流史」7

 昨日に続き、「秀吉、家康の残した『食文化の懸け橋』」2 です。

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2009年6月 2日

「日韓 食の交流史」6


  秀吉、家康の残した「食文化の懸け橋」 1
                             
 高知市生まれの作家、山本一力氏の直木賞受賞作『あかね空』は江戸時代中期、京都で豆腐づくりを修業した主人公が江戸に出て、腕一本で成功する親子二代にわたる話である。なぜ、豆腐職人の話を描こうとしたのか。それには、子供のころ、長屋住まいの彼は豆腐に親しんだ生活環境が下地にあった。『あかね空』の主人公は、江戸の固い木綿豆腐をしのぐ美味しさの京都・絹豆腐を作った。物語のなかには出てこないが、土佐(高知)の唐人豆腐は、縄で括って運ぶほどの固さという。土佐といえば黒潮、カツオというイメージがわくが、豆腐も土佐独特のもので、なかでも唐人豆腐は土佐の名産である。その固さは「豆腐のかどに頭をぶつけて死ね」ということわざ通りであった。興味深いのは、その始祖が意外にも朝鮮人であることだ。

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日韓 食の交流史」5

「日韓 食の交流史」の4回分をまとめました。以下のとおりです。

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