2009年5月30日
「日韓 食の交流史」4
朝鮮通信使と在日コリアンの影響力(4)
★技あり 在日コリアン
牛肉の料理法は、江戸時代に朝鮮通信使が伝えた。しかし、仏教の教えにひきずられ、魚や野菜に頼る江戸時代の食文化を揺るがすことにはならなかった。1862(文久2)年、横浜で牛鍋(ぎゅうなべ)屋がオープン。啓蒙(けいもう)家であり、教育者である福沢諭吉が「肉食の説」を書いて明治の世に肉食をすすめ、牛鍋屋が増えていく。ただし、牛や豚を屠殺することにためらいがあった。福沢諭吉が、「食物史」に次のように書いている。
2009年5月29日
「日韓 食の交流史」3
朝鮮通信使と在日コリアンの影響力(3)
★犬肉を食べた江戸っ子
江戸後期、喜多川守貞が著した『近世風俗志』(岩波文庫)に、生業という項目があり、当時、江戸や大坂の大都市にどんな店があったか、詳しく書いている。肉屋がないか調べていくが、なかなか見出せない。やっと「鯨」「獣肉屋」の項目に出会った程度である。
2009年5月28日
「日韓 食の交流史」2
朝鮮通信使と在日コリアンの影響力(2)
★通信使がカルビ料理伝授
太平洋戦争中、善隣友好の歴史は抹殺(まっさつ)された。そのシンボルともいえる朝鮮通信使の歴史が消されてしまったのはいうまでもない。戦後、その歴史を蘇(よみがえ)らせたのは在日の研究者だった。