'."\n" ?> 三室勇の「不定期刊ZUBORA」:日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇
三室勇の「不定期刊ZUBORA」

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2009年9月27日

日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇

恒例の日曜新聞書評欄からの紹介。今日は読売新聞から。
村山富市、佐高信『「村山談話」とは何か』(角川oneテーマ21、705円)、評者・岩間陽子。鳩山内閣も村山談話を継承する旨、確か中国に伝えていた。ところで、この「村山談話」は、自社さ政権時代の総理だった村山富市が戦後50周年を迎えた1995年8月15日に出した談話がもとになっている。この政権は瞬く間に瓦解し、社会党は大食漢の自民党に飲み込まれ消化されてしまった。しかし、この談話は、自民党政権になっても対アジア外交を縛ってきた事実は重い。
 「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。」(談話の一部)
 この談話の当事者が佐高との対談に応じた本である。評者は、この談話は当時の連立与党に共有化されず、8人の閣僚が靖国参拝を続けたと書く。そして、その後16年間自民党政権がつづく。今度の政権交代によって、アジア外交がどう展開されるのかが注目されるが、その土台にこの談話があることも確かなことである。

松尾文夫『オバマ大統領がヒロシマに献花する日』(小学館101新書、720円)、評者・渡辺靖。書き出しに、昨年、米国下院議長が広島の原爆慰霊碑に献花し、日本の衆議院議長が真珠湾のアリゾナ記念館で献花を行ったことを書いている。第二次世界大戦を巡る和解は、14年前にドイツと米英間で「ドレスデンの和解」を実らせた。日米間の和解は、相互の国の代表が戦争犠牲者に献花することで始まるのではないか。著者は、それを実現可能にするのに何が必要かを、この本で書いている。著者は共同通信のワシントン支局長を務め、今も活躍するジャーナリストで、「アメリカ・ウォッチ」というブログがある。この本は、ブログと連動して書かれたものだ。

互盛央『フェルディナン・ド・ソシュール 〈言語学の孤独〉、「一般言語学」の夢』(作品社、6000円)、評者・田中純。私たちは、言語は自分たちの外部に自律的に存在していると思っている。その通念を打ち壊したのがソシュールだと、まず評者は紹介する。「本書は、ソシュールが行った晩年の「一般言語学」講義の原資料の緻密な読解を通して、この破壊にいたる錯綜とした知的格闘の過程を」描き出した労作と評している。なぜ「一般言語学」なのか。それは「国語」のない「民族不在のヨーロッパ」の可能性、その「夢」に向けた逡巡と、後半で書いているが、それは普遍への強い欲求があるからだろう。ここらあたりは日本人にはまねできないものと感じる。

金容雲『日本語の正体 倭の大王は百済語で話す』(三五館、1500円)、評者・小倉紀蔵。著者は数学史が専門だが、日韓文化の関する本もいくつか書いている。7世紀頃までは日本語も百済語も新羅語もそんなに違わなかったという。では、今の違いはどこからくるのか。日本語は百済語の影響を強く残し、今の韓国語は中国語化した新羅語の影響をうけて、変形したからだと説明する。韓国では半島統一後の新羅が中国化(唐化)し、中国式の読みをするようになり、音韻が日本語の30倍増えたという。一方、百済の影響を受けた日本語は漢文を訓読する方法が定着し、日本独自の文学が生まれた。韓国ではこの音韻を記述する方法としてハングルが生まれるが、それは15世紀になってからだ。「現韓国語がオリジナルで日本語はその変形」といった誤解が韓国にはあるそうだが、実は日本語のほうが原型に近いというのが、著者の主張のようだ。先のソシュールの「一般言語学」とは違うが、日本語の生成の多面性を知ることができる。

毎日――
濱口桂一郞『新しい労働社会』(岩波新書、735円)、評者・伊東光晴。著者は労働法の研究者。労働をめぐる裁判にもふれているが、労働をめぐる社会に発言しているところがこの本の目新しさのようだ。なぜ日本は長時間労働が多いのか。裁判は、働く者の生活を重視しているのか。事実は反対で、高齢の母と2歳児を抱えて働く保育士の女性が遠距離通勤を要する配転を拒んだところ、会社は解雇し、最高裁も会社を合憲とした事案などをあげて、最高裁の判断を批判している。日本の会社の雇用契約は労働内容を問わずに会社と契約するが、欧米では、仕事内容とその報酬を契約する違いを挙げていた。このあたりも長時間労働につながっている理由である。

アーサー・ミラー『ブラックホールを見つけた男』(草思社、2625円)、評者・海部宣男。この本は京都評(評者・渡部潤一)にもある。ブラックホールがX線天文学により観測されたのは1970年代だが、その存在を予見したインド青年のチャンドラセカールは後年(1983年)ノーベル賞に輝く。彼は18歳の時に高密度に縮んだ星は壊滅的な終わりがあると考え、簡単な数式とともに「英国王立協会報」に送った。チャンドラ青年は英国に渡り、博士号をとり、この論文を仕上げて王立天文学協会で発表する。ところが時の天文物理学の重鎮、エディントンに完膚無きまでにたたかれる。その後も執拗にチャンドラを批判し続ける。京都新聞評は「どん底から頂点、科学者の奮闘」と見出しがついているが、その後、ブラックホールの存在がSFではなく、実際に存在していることが明らかとなり、チャンドラセカールの予見の正しさが理解されるようになるわけだが、この間の天文物理学の歴史とともに読み物として、楽しみたい一書だ。本の題名は「見つけた」となっているが、これは間違いで、その存在を予言したが正確と、評者・海部は書いていた。渡部評は、科学者が感情抜きで判断するというのは大いなる誤解だと、書いていた。

2009年9月27日 09:27

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