2009年11月15日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
日曜日恒例の 日曜新聞読書欄簡単レビュー。まずは外国人介護士をめぐる論考から。
出井康博『長寿大国の虚構』(新潮社、1575円)-朝日―のサブタイトルは「外国人介護士の現場を追う」である。インドネシアから昨年介護士が来日し、私が住む奈良の病院でも働いている。そのルポを読んだことがあるが(日経)、その病院は通常の2-3倍の時間を割いて日本語習得をする取り組みをしていた。それは素晴らしいことだが、この病院がいくらがんばっても、介護試験では受からないと祖国に返されるのだ。日本人と同じ試験というから酷以外にない。この本の評者小杉泰が「定着してもらいたいのか、本音はほしくないのか、方針に根本的な矛盾がある」と書いているように、外国人介護士に対する根本的は議論がない。目を輝かせで日本に来たインドネシア、フィリピンの人たちに本当に日本で働いてよかったとする心情をいまの制度では育てることができない。ホ書は受け入れの日本政府、送り出し側のインドネシア、フィリピン政府を取材している。「政府の当時たちが個別の利権を優先し、現場のニーズを無視している実態を活写している、と評者は書いている。
外国人の移入問題が実は21世紀日本が取り組まねばならない課題である。日経が「今を読み解く変わる例を稲葉佳子『オオクボ 都市の力』(学芸出版社)で述べている。東京・大久保の変貌はJR大久保駅周辺に住む外国人比率は4割に迫るという。韓国、中国、タイ、ベトナム、インドなどの飲食店が並ぶほか、美容院、ホテル、旅行会社など外国人経営の店が立ち並ぶ。日本人か変わるという。ブラジルに移民した日本人の後裔がデカセギとして日本に戻り暮らすその姿を描いたのが杉山春『移民漂流』。この書では不況での「派遣切り」が相次いだ日本でブラジルに帰国した人が1割程度としている。定住指向が強いことを示しているわけだが、それを受けて日本の施策として強めねばならないのは日本語教育や子どもたちの教育だろう。紹介文を書いた藤巻秀樹が指摘していることだが、これまでの積み重ねがないのかとも思う。つまり識字政策での弱さである。社会観が問われるのが識字政策だから、今後も模索が続くだろう。増谷英樹編『移民・難民・外国人労働者と多文化化共生』(有志舎)はドイツの例は戦後すぐ移民受け入れに転じたが、その実例は日本の政策を考える場合に参照になる。
朝日の書評欄から紹介した寿命についての関連本の紹介では、池田清『寿命はどこまで延ばせるか?』(PHPサイエンス・ワールド新書、840円)と、祖父江逸郎『長寿を科学する』(岩波新書、735円)ーいずれも中日ーがある。前者は生物学者が寿命、老化のシステムを分かりやすく説き明かしたもの。後者は100歳を数える人が日本では4万を数えるが、現代の長寿科学の知見の俯瞰図を示した者。後者はとりわけ人間の寿命は老化のプログラムが組み込まれた結果だが、文明の発達で得たのが長い老後というわけだ。その意味とは何かを問た本でもある。
税について社会学者が論じた本が出た。立石真也ほか『税を直す』(青土社、2310円)ー中日ーである。累進課税と所得控除による所得再分配を財源問題の軸として分析している。公平や応分負担の視点から論じる。
(文中敬称略)
2009年11月 1日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
今日はあまり取上げたことがないジャンルを重点的に紹介したい。哲学関連は紹介しているので、今回の趣旨とは違うが、哲学史とも読める哲学の本から。高村薫が評者のサイモン・ルリッチリー『哲学者たちの死に方』(河出書房新社、3150円)-朝日―では、「古今東西190人余の哲学者たちの臨終図鑑」とある。毒杯をあおいだソクラテスは自らの死を弟子たちに示したように、自身の死は弟子、すなわち他者に示したものであった。つまりソクラテスは自らの死を他者によって定まるをことを知っていたのである。そういう意味では、「他者の死が私に思索を要請するのであり、私は自分の生を通して他者の死を考察し、その考察がまた私の生をつくってゆくのである」(評者)ということになる。この書は哲学書で哲学をするのではなく、哲学者の死をかんがえることで読者に哲学することを迫る。それぞれの哲学が獲得した理念、概念から哲学を考えるのではなく、こういう迫り方は、意外と哲学を身近に手繰り寄せることになるかもしれない。
音楽批評の本をこの欄で紹介したことはなかったが、鈴木淳史『背徳のクラッシック・ガイド』(洋泉社、777円)―朝日―は、多くの演奏、楽曲をとりあげて、ギャグをまじえて「快速な音楽批評の芸を楽しませる」(評者 苅部直)。掘り出しもの演奏録音を聴くときのように、一気に読ませると評者は書く。
同じくテーマとして紹介したことがないものに、探検にかかわる書がある。フェリペ・フェルナンデス・アルメスト『世界探検全史』上・下(青土社、各2400円)ー日経ーは、探検が決して愚行ではない容易周到なものであることを記述する。片路だけは冒険ではないのだ。帰りを見越した情報の習得がある。インド洋、大西洋、太平洋などの航海drは風と海流を知り尽くして新たな土地を目指すのだ。季節風、貿易風を計算して往路を考えての出発である。評者横山紘一は機知にあふれた解釈が秀逸だ、と書いている。どんな記述なのか。六〇〇ページを一気に読ますと評してもいる。
石川公彌子(くみこ)『〈弱さ〉と〈抵抗〉の近代国学』(講談社選書メチエ、1600円)ー日経ーでは、著者の共同体論に評者(安藤礼二)は異論を寄せている。折口信夫の「まれびと」と柳田國夫の民俗学を基底とした共同体でくくれないというわけである。その批判はわからないわけではない。しかし著書をひもとけば、実は弱者としての体験がベースとして本書が書かれていることがわかる(「あとがき」)。これほどあけすけに自己を語る学者もいないとその「あとがき」を読み感じた。それは自己の弱さと強者の傲慢さを痛切に体験した人だから書けると思った。そこに学問研究が重なる。しかしこれほど自己の体験を語り家族に感謝できる人は本当に幸せな日常を送られていると痛感した。本書の紹介から少しづれてしまったが、評者が批判している折口のテキストと格闘したのが著者の学問的出発なのだ。国家学会雑誌に発表した「『道念』の政治思想ー折口信夫における『抵抗』の方法」がそれだ。本書の「はじめに」と「序章」の元になったものだ。著者は本書の最後で丸山真男の「個人析出のさまざまなパターン」で書かれた真の民主化された個人を念頭におきながらこう書いている。「近代国学は〈弱さ〉すなわち「やさしさ」を本質とする人間やイエや親密圏、郷土などの共同体形成しながら、国家から自立した主体性を獲得するための方法を模索した思想にほかならなかったのである」。「序章」で著者は「柳田、折口、保田が思想の核に据えたのは、本居宣長と平田篤胤の国学であった」とまず規定して論を進める。本居は「めめし」(女々し)を人間の本質として「ををし」(雄々し)に手厳しい評価を下す。平田は「幽冥界」も同じ系譜にある。天皇も「無縁の「めめし」い「凡人」が政治権力とは距離を置いた「めめし」い天皇を戴いて共同するという構造を理想化することになったのである」(いずれも「序章」から)と説く。以降、詳しく書けないが、本書のサブタイトルである「戦時下の柳田国男、保田與重郎、折口信夫」にあるように、戦時下の硬直した状況を抵抗としたのは、その「めめし」さなのだ。柳田らの思想の根底を探り近代国学を現代に甦らせたところに本書の大きな意義がある。
2009年10月18日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
毎週恒例の日曜新聞読書欄簡単レビューです。まず小説から。
植えつけられた知識を活用して小説を書く手法は、事実に根ざした時代小説で当然採用される手法だ。それをひっくり返すことはない。ところが折原一『逃亡者』(文芸春秋、1995円)-朝日―はそうではない。自らを整形してまで時効まで逃げとおそうとした容疑者がいたが、この事件をモデルにしている。折原は最初に事件の犯人が誰かを読者に提示するのである。すると読者は犯人探しを通例とする推理小説とは違い、犯人を追いかける探偵、刑事の行動に自分を投影して、すでに事件として知られた舞台に乗り出していく。ところが、容疑者は新聞報道で有名になった事件とは違う展開をみせ、最後のドンデン返しの罠にはまるのである。既存の知識によりかかることの危うさを折原は教えているのかもしれない。評者は江上剛。
推理小説の次はホラー小説である。スティーブン・キング『悪霊の島』(上・下)(文芸春秋、各2000円)―日経―は、決してありがちな内容ではない。身体の欠損部分が傷む錯覚を「幻肢」というが、キングのこの小説は「幻肢」が出ると、予知、透視能力があらわれる超能力が起きる主人公の物語だ。妻と別れ南の島デュマ・キーに住むことになるが少女誘拐事件をきっかけに超能力が起きる。それは南の島デュマ・キーでは「壊れた人間こそ特別な人間」という、島の霊力が宿ることになるのだ。モダンホラーの王者といわれるキングの小説手法を評者風間賢一は絶賛している。人生に対する哀歓、深い洞察がここにあるという。
名著と評者三浦雅士が評するのが富岡多恵子『隠者はめぐる』(岩波書店、1890円)―毎日―である。14章からなる本書は世間話で綴る。巧妙な語り口で一気に読ます。著者の視点は「学問、文芸のような、生涯にかかわらぬことを好んでするために『社会外に居る者』は、その本人をだれが養うかが問題である」と書く。ただ隠者になろうとして仏門をたたいた僧侶(女性)に「お金をもっていますか」と返されたエピソードを著者は書いている。隠者といえども現世と結びつくのだ。露伴に西鶴の面白さを教えたのが寒月だが、生涯遊び暮らした。名利に無欲恬淡。父の遺産で遊び暮らせたのだ。何のども親類に無心した曙覧は、福井の老舗で生まれた人。評者は長流と契沖の同性愛を示唆する第8章以下を白眉とする。
歴史研究書では神奈川大学日本常民研究所編『海と非農業民 網野義彦の学問的軌跡をたどる』(岩波書店、3570円)-奈良―がある。2004年に亡くなった網野の歴史研究は着実に受け継がれている。研究所の人たちによる共著なのだが、網野が非農業民の歴史を掘り起こした能登での調査を思い出す。評者西村博美は平家滅亡後、能登に赴いた平時忠の末裔の「時国家」調査を紹介しているが、ここで非農業民の数多くの歴史を発見した。回船交易を行なったいわゆる「水呑み百姓」と呼ばれた人たち。「百姓」は農民を示すものではないという今では常識になっておいる史実は網野の歴史研究による。網野の「海民」についての講演がCDとして本書はついている。敬称略
2009年10月 4日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
日曜日恒例の新聞読書欄簡単レビュー。歴史関係を中心に紹介しよう。以下、敬称略。
歴史小説から始める。野口良平『「大菩薩峠」の世界像』(平凡社、2940円)ー奈良ーだ。幕末史としても読んだり、忘れられた史実として天狗党処刑(1865年)など知るには格好の素材と評者(嘉瀬井整夫)は説く。無論小説だから事実として読めないが、世界一長い小説を多様な読み方から教えてくれる書として紹介している。「大菩薩峠」はそういう意味では読み方の指南もあって手にとり読み進められる書かもしれない。筆者は全巻買ってもっているが、はじめの50ページほどしか読んでいない。さて野口氏の書で完読のヒントが与えられるか。
歴史関連書といえばジェフリー・エリス『ナポレオン帝国』(岩波書店、2730円)ー毎日ーだ。ナポレオンが旧体制を一変したのではないことを論じる書なのだ。というのは評者鹿島茂によれば英語圏にはロバート・ダートンのような様々な学説を解説、比較判定してくれる歴史家がいるというのである。その1人が著者だというわけである。「軍隊、文官組織、法制、経済、文化などの面でのバランス・シートを作りあげ、ナポレオン研究の現状についての的確な見取り図を書き上げている」と紹介している。評者があげているのが土地流動化と行政・司法組織改革、ナポレオンの軍隊、軍事的栄光の見直し、民法典など論じている。軍事的栄光についてジェフリー・エリスは「ナポレオン自身が戦場で手にした成功には、なにかその場しのぎの結果だった、という印象をぬぐい切れない」とする。将校クラスが欲得にまみれていたとしても、兵士クラスは純粋ではなかったのかという反論にも、「貧困層出身の兵士は愛国心に燃えていたどころか、徴兵逃れや脱走を試みようとあの手この手を使ったのだと。実際、脱走兵と徴兵忌避者は全兵員の五分の一に匹敵していた」。継続史観の典型と評者はいう。バルザック『人間喜劇』の細部を読み解く最良のハンドブックと評者は紹介している。
同じく歴史関係ではティモシー・ガートン・アッシュ『ヨーロッパに架ける橋』上・下(みすず書房、上5600円、下5400円)ー日経ーがある。1993年の作品だが、いまも色あせてはいないと評者(山内昌之)は書く。この書はドイツ統一を分析した内容だ。西ドイツの政治家たちは大戦後、「東方政策の名でソ連との信頼関係を積み重ねながら、ゴルバチョフの登場を奇貨としてドイツ統一を実現した有り様を分析している」(評者)。つまりそこには高度に洗練されたリアリズム政治があるのだ。ただ「権力なき人びとの力」を見落としていたとの見方も紹介されている。ヨーロッパのドイツとしての役割を継続しているのは、東に位置する国々をヨーロッパ共同体に入れるとの予測を著者は執筆当時に本書に書いていたが、その予測は的中している。東アジアの中の日本という我が身に返す視点から本書も読めるし、評者は「ドイツが自国の行為に対して他国から感謝を期待してはならないという警句は、分別のある日本人であれば我が事のように理解できる」とまとめている。
(第1次入力)
2009年9月20日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
恒例の日曜日読書欄紹介では、まず気軽に手に取れる書から。本ネットの名物連載が書籍化した『力道山』と同じシリーズ・ミネルヴァ書房から出た根立研介『運慶 天下復タ彫刻ナシ』(2940円)-産経―は、新たな運慶作品発見の解釈を加えて運慶像をたしかなものにしている。評者渡部裕明。著者が注目しているのは新発見の中でも興福寺西金堂の仏塔と神奈川・光明院大威徳明王像。評者は従来の運慶研究に変遷や生涯の事績の謎を埋めるものと紹介している。運慶の技術の傑出したものは言うに及ばす、「古典に学びつつ中国からの新しい情報も入手するなどの懸命の努力」もあげている。運慶の時代は源平の争乱から承久の変にいたる激動の時代。その時代が生んだ天才仏師の最新研究を本書で読むことができる。
田中優子『春画のからくり』(ちくま文庫、672円)―毎日―は、日本文学史の大著がある丸谷才一が評者であるから深みがある。春画と布の関係(「エロティックの布」)を書いたのが田中なのだが、丸谷は文学史の中で論及する。春画の布の背景には物語における伝統が控えていると丸谷は指摘する。『源氏物語』夕顔が作中人物の性格は色彩と着こなしで表現されると説く。戦記物語、西鶴、紅葉、荷風までにも筆が及ぶ。その文化的源流を『古今集』に求める。「衣服の名、模様の名、色の名は、日本語の代表のようし女性中心的な生活を飾る」と指摘している。
核問題での本を特集したのは日経である。「核兵器なき世界」をオバマ大統領が掲げて一気に問題が鮮明化したのだが、問題は単純ではない。「欧米型の民主主義国は、対決姿勢を選んだ独裁体制に立ち向かうことができない。相手側の素早い動きと自分たちの緩慢な動きのゆえに、時は自分たちに味方してくれない」といテレーズ・デルペシュ『イランの核問題』(集英社新書)を引用している。これはかなり深刻な問題提起だ。評者の高坂節郎は日本の核問題について最近の『外交フォーラム』(8月号)の内容を紹介してスタンスが二分化されていると解説し、「内なる分裂」を自覚し、国としての総意をつくる努力を説く。吉村慎太郎・飯塚央子『核拡散問題とアジア』(国際書院)は人間間の対立が核問題をエスカレートさせているとする。北欧のノルウェーが中東や南アジアなど核拡散地帯に分け入り緩和させることが日本外交の課題と説く。核持込みの密約があるのにそれを否定することは国民主権の否定である。いまそのハードルを越えようとしている日本だが、焦りの核武装は共通して否定される日本は、その視点をどう外交に生かしていくかだろう。
アイラ・アブー=ルゴド編著『「女性をつくりかえる」という思想 中東におけるフェミニズム』(明石書店、7140円)ー朝日ーはフェミニズムの多様な視点を要求する本だ。「これまでの近代フェミニズムやイスラーム主義による女性解放を共に反省すること」と評者南塚信吾は指摘する。目指すのは女性の新たな公共圏なのだ。それは男性世界から比較的独立した女性世界内部の結束ということーと評者はもとめている。
エマニュエル・トッド『デモクラシー以後』(藤原書店、3360円)-毎日ーは、2002年に『帝国以後』でアメリカの没落を書いたトッドの最新作だ。ソ連崩壊も予想していた『最後の転落』(1976年)は読んでいなかったが、今回の書は是非読みたい。とおうのは母国フランスを説くこの本は日本を映す鏡でもあるからだ。「サルコジ局面」打破を説くこの本は平等主義の実現を求める本でもある。「平等」や「自由」を家族の形態から学ぶ家族人類学が本業のトッドは、必然的に「平等」「自由」を鮮明化する。フランスの民主制の危機を分析したこの書は、彼の一連の著作(1983年『第三惑星』)から当然たどり着く警告の書なのだ。(文中敬称略)
2009年9月13日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
新藤宗幸『司法官僚 裁判所の権力者たち』(岩波新書、819円)-東京―は最高裁判所の建物の中にいる司法行政を担当する裁判官、予備軍である事務局長付けの判事補の仕事内容を描いたもの。最高裁判所、事務総長などの人事は官僚の申し送りで決められる。司法試験の成績、従順さなどで試験後の1年半で決められるという。
2009年8月30日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
今日は総選挙の投票日。新聞書評紹介はいつもどおり進める(以下敬称略)。池内敏『薩摩藩士朝鮮漂流日記』(講談社選書メチエ、1575円)-毎日―は江戸期の日朝史の一端を解読した書として読める。それは朝鮮に漂流した薩摩藩士の日記を解読したもので、江戸期に朝鮮に漂流した日本人は多かったが、記録としてここまで残されたものはない。日記の主安田喜藤太は漢詩の素養や絵の技量があり無味乾燥な記録を残したのではない点が幸いしてその時代の日朝関係を知ることが出来る。書評ではこと細かい事例が書かれていないが、朝鮮人官僚のこと、民衆のくらしが垣間見える。中国文化を共通の母体としてそれぞれの文化を咲かした日朝の特徴も読める本だ。(評者 五味文彦)
小説ではメアリー・マッカシー『アメリカの鳥』(河出書房新社、2730円)―毎日―は、19歳の若者ピーターが主人公。評者江国香織はピーターの人物造形が素晴らしいと評している。個人的な掟「自分がやったと知られたくないことはやるな」をつくる。それは「性格とはその人の運命である」と評者はギリシャ哲学者の言葉を引用してこの小説の醍醐味を語る。ピーターやフランスに留学し、イタリアに旅行する。それは1つの時代、1つの場所の「かれら」をちりばめていく手法なのだ。1960年代のアメリカ、フランス、イタリアが書かれている。「小さなエピソードの集積が、びっくりするほど輝かしいいい物語となっている」と評者は感想を述べている。
イギリスの医療改革を紹介したのが武内和久、竹之下泰志ら『公平・無料・国営を貫く英国の医療改革』(集英社新書、714円)-毎日―。1948年に医療の無料化をとったイギリスの歴史を追う。開業医の公務員化、全国2600病院の国有化、すべての国民に無料の医療サービス提供という改革を断行した。労働党アトレー内閣のベバン保健相は炭鉱労働者であったなかで見聞した多数の人が医者にかかれない現状を変えるべく、医師会員85パーセント反対を国民世論85パーセント賛成を味方として医療改革をなしとげた。サッチャ政権で競争原理の導入で入院待機患者解消を目指したが裏目に出て逆に増加、ブレア政権では外部評価の導入など行われた。イギリスは医師国家試験がない、医師の収入は日本より少ないなど興味ある事例が紹介されている。(第1次入力)
2009年8月16日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
日曜日恒例の読書欄簡単レビューは、本日は朝日、読売が夏休みの読書特集。江戸時代の文化、思想を考える本がこのごろよく出版されている。その中で注目作が『江戸演劇史』上下(講談社、各2940円)ー毎日ーだ。評者が三浦雅士氏。概略をまとめたような書評が前半続き不満を感じたがが、渡辺のこの書の迫力は十分伝わった。上下ともで1000ページをこえる大作で、三浦は書評終盤で「不易」なる中心概念にどり着いた。流石だ。つまり不易流行の真理が渡辺のこの本にあるという。江戸演劇史をたどる道は、歴史意識が求められるとも読めるし、演劇史を貫いているものは「生きる人間の官能の歓びと哀しみにほかならない」と三浦は書く。生々しく江戸時代を描いた本書は、演劇と人間の根源が何かを描いた本ともいえる。
劇場型世界が普通となった現代。ややもすれば忘れがちなのは、根源でうごめく人間の官能という裸形の存在である。裸形なるものを覆い隠すのが現代文明だからだ。根源的なものを見つめる視点は歴史をたずねることにより手掛かりがえられる。この書はその導き手となるであろうと予兆させる大著だ。
青木保さんが毎日で「この人・この3冊」で土居健郎の三冊をあげている。無論、トップは『「甘え」の構造』だ。青木の紹介文で知ったことだが、土居は篤実なキリスト者であった。甘えることを排斥した本ではない。土居は普遍的な感情でもある「甘え」について、より良き生を求めた中で「甘え」という精神の一領域にたどり着いたといえる。患者との格闘の中で発見した日本文化論と巷間名高いが、より良き生と「甘え」、そして信仰。『甘えの構造』で語られるのは日本人の生き方ななのだ。
夏休み用の読書の奨めでは、読売は大人向けとも思える本を紹介していた。といっても、子どもと大人を分けるのはおかしいわけで、その点。読売の特集の編集方針に賛同する。村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読売論説副委員長があげたかと思えば、書評欄の常連橋本五郎さんは山本周五郎の『小説 日本人婦道記』を紹介する。いずれも文庫本だから手に取り安い。両書とも新潮文庫で読める。前書では話題の『1Q84』を読んだ評者が、傑作は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』をとも言っているようにも読める。本ネットの今西富幸氏から筆者に奨められた作品。2つの物語が見事に解け合うことに茫然としたという評者。夏休みにチャレンジする子どもたちもいるに違いない。
後者は読後感を書いている。作品「松の花」に幾度となく涙したとある。柱を支える土台のように陰で支える人たちを描く作品だ。橋本さんは「篤厚」「篤敬」「篤考」の文字が浮かぶと書く。それはそれでいいが、「篤敬」が内向きであることに少し不安を感じる。橋本さんがこの本を選んだ理由は明快だ。東大の木村凌二さんが史実と創作が織り成す物語の傑作として谷崎潤一郎の『少将滋幹(しげもと)の母』(中公文庫、724円)をあげている。視点の雄大さにも出会った特集でもある。
2009年7月19日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
日曜恒例の日曜新聞読書欄簡単レビュー。今日は小説、社会評論、アメリカでのベストセラー、現代タイを紹介する本など。(敬称略)
2009年7月 5日
2009年6月21日
2009年6月 7日
2009年5月24日
日曜新聞読書欄簡単レビュー:川瀬俊治
日曜日恒例の新聞読書欄簡単レビューは、京都、朝日、毎日、日経の4紙から紹介しよう。今週は文学作品が多かった。
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