川瀬俊治の「森羅万象」

2009年10月27日

編集局からの手紙 ジャーナリズムが堕落しない方法:川瀬俊治

ジャーナリズムは当然行なってよいはずの取材をしないとき堕落が始まる。そういう意味では守屋武昌元防衛事務次官のインタビューを25日朝刊で掲載した「琉球新報」は逆の位置にいることがわかる。

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2009年9月15日

編集局からの手紙「人が励まされる伝統の遺産とは」:川瀬俊治

 作家金達寿(キム・ダルス)は慶州の石窟庵本尊仏(国宝)を訪れ、まじかに端正にして気品あふれる石仏を見てこう語った。「先祖の素晴らしい作品を見てわれわれは励まされる。勇気を与えられる」と(NHK「我が心の旅」から)。そうだ。過去の文化遺産というものはそういうものなのだ。

 奈良の長谷寺を訪れて、本尊十一面観世音菩薩立像を拝した。いわゆる長谷の観音さんとして知られる仏像だ。300余の回廊の階段を上り本堂にたどり着いて、その偉容を拝した時、これこそ時を越えてわれわれを励ます民族遺産だと思った。

 過去のすばらしい作品や営みがわれわれを叱咤し勇気づける。そのとおりだと思う。ただここで大きな問題に直面する。その傑作の多くが日本の場合、天皇制と関係している。歴代天皇が病気快癒祈願で建立されたとか、である。日本の文化の価値はこうした座標軸をもつ。

 その伝統的営みを否定しようとは思わない。しかし民衆の残した文化遺産にわれわれは励まされることができるならこれほど幸せなことはない。なぜならそこには等身大の心身から出た「応援歌」を聞くことができるからだ。

柳宗悦(やなぎ むねよし)が民芸運動を起し評価したのが朝鮮の陶磁器であった点は意味深い。あるいは親鸞が格闘した信仰の追求にわれわれは励まされ、その慧眼に奮い立つ。しかし、日本の文化をそういう側面から考えることがあまり重視されない。作家井すゑは水平社宣言を最高の近代の遺産だと評した。その視点が長編小説「橋のない川」を生んだ。水平社宣言に励まされたのである。

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2009年9月 8日

編集局からの手紙「民主政権の責任は重大」:川瀬俊治

民主党政権誕生から1週間余が過ぎた。この政権をどうみる―という特集が新聞で組まれている。今日の日本経済新聞の特集は秀逸であった。連載4回目である。早稲田大学の論者は論理的に見ていくことの重要性を説いた。

今回の選挙は対立軸が「政権選択」とメディアが報じたが、自民党は「自民党の政策実現力」を訴えた。これは対立軸を形成していない。民主党は党を選べとは主張していない。「政権交代」だけ説いた。

これでは論争は対象的ではないというわけだ。非対象であり、政策を問う自民に票を投じなかった有権者は、政策ではない政治を選んだというわけだ。

ここまでは政治行動論専攻された早稲田大学教授の論点前半の簡略なまとめだが、以下は筆者の見解である。政治を選ぶというのは、どういういうことなのか。これは限りなく大きな問題を秘めている。

政策がどうのこうのというのではなく、政治を選ぶという有権者の行動は、政策を生み出す政治行動に賛同を示すことなのだ。それは脱官僚で志向された政策決定の官邸主導のあり方や、日米関係の脱帰属は、これまでの政治行動で違いが際立つ。

この政治志向は少なくとも「半年で何らかの成果をみせないと」と注文をつけたのが、毎日新聞の今日の連載で佐藤優だ。政治に期待する人はその論理的帰結として政治の場の目に見える成果を当然求める。ここで足引っ張りがあり、旧態依然のままの自民党にとって変わられるようなことがあれば、日本の現状は本当に東アジアで旧態依然の態勢でしか国際社会でも市民社会で講じていくしかない場となりさがる。だからこそ、民主の責任は大きいし、連立を組む社民、国民新党の責務も問われる。


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2009年8月25日

編集局からの手紙 2項対立が小選挙制度の特徴―今回も:川瀬俊治

政党のマニフェストは選挙管理委員会の旗があるところでは無作為に配布できる。大阪の繁華街での配布の光景を見た。

ある政党は差し出されたマニフェストを通行人の反応はいい。かなりの確率で受け取る。受け取らず通り過ぎた人の中には、戻って来てまでもらうから驚く。ところがある政党ではそうではなかった。なかなか受け取らないのである。

ボランテアと思われる候補者応援者はマニフェストを渡そうとするが、通行人で受け取る人はまれ。かといってマニフェストの内容がおかしいとは思わない。

今回の総選挙は「政権選択」とメディアが伝えるように、単純化したフレーズが力をもっている。一定の流れがコトバ政治により突き進む。前回選挙と同様の構造に現代政治の深層構造を垣間見た。麻生さんが「政権選択ではない。政策選択だ」と強調しても、メディアは「政権選択が最大の争点」と規定する。「政権選択」は民主党の「政権交代」とそう変わらない。ほかの党のキャッチフレーズなど聞こえてこない。

有権者はマニフェストがすべて実現するなどみていない。そういう意味ではコトバ不信が背後にあるが、しかしそれでも「政権選択」には敏感に反応する。コトバは垂直に落ちるのである。

小選挙区選挙は「これか、あれか」「イエスか、ノーか」など2項対立の構図が支配する。だから垂直に落ちるコトバと近い政党が圧倒的に有利なのだ。結果は劇的に変わるのだ。変わってほしいと思わないものまで変わる。いまの選挙で予想しなかったものまであるかもしれない。

憲法問題がそうだ。いまの論争では浮上しない。しかし国民投票法問題など用意されている。そういうもの全てを考えて投票する配慮は、コトバ政治支配では
鮮明化するはずない。投票まであと6日である。

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2009年7月28日

編集局からの手紙「民主党のマニフェストが発表されて」:川瀬俊治

民主党のマニフェストが発表されて、各紙を読んだが、それぞれの特徴が出て面白かった。

現実路線の転換が弱いと食いついたのが読売らしい。毎日は官僚政治からの脱却を評価、朝日は歴史的転換に説得力をもたせられるかと抵抗勢力(官僚たち)の存在を指摘することで、プラス評価している。日経はいくつかの疑問をかかげ財源問題の裏付けの弱さを指摘する。

鳩山代表は実現できなければ政治家としての責任をとるとまで記者会見で言い切ったから、退路を断った政治表明と受け止めたい。麻生さんもそれを上回る行動に出ないとだめだろ。つまり選挙に負ければ自民党政権が終焉を迎えるわけだから、「退路を断つ」という覚悟ではとても勝負にならないからだ。今週土曜日のマニフェスト発表に注目したい。

しかし小選挙区制度は弱小政党のアピールは本当に世論化しない。社民党も「民主の一人がちはさせない」などと、民主の勝利を見据えたようなことを言っていてはだめだ。しかし生活再建にかかわる主なものは民主がもっていってしまうから、最後は「憲法9条を守る社民党」しかなくなる。これは安部政権時は広がったが、有権者へのアピールとしては弱い。

東京都議選では共産は伸び悩み、社民は全敗した。何か今度の総選挙を告知するような結果だ。格差社会が広がった2008、2009年になぜ伸びないのか。これは大きな課題ではなのか。言えることは、幅広い市民運動をどれだけ結集できるようにかがカギ。社会の基層にある人々の声をどれだけ生かせるのか。民主は「国民が主役の政治」と言う。いまさら言われなくてもわかっていることだが、いまの状況だけに新鮮なのだ。新鮮な言葉が勝負だ。ただ小泉さんの時のように「言葉政治」の弊害だけは御免だ。

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2009年6月30日

編集局からの手紙「カフカに近づく」:川瀬俊治

 丸谷才一さんの編の『私の選んだ文庫 ベスト3』(毎日新聞社)という本の中で作家の古井由吉さんがフランツ・カフカの3作品をあげている。その解説が面白い。

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2009年6月 2日

編集局からの手紙「丹波マンガン記念館閉館はニュースでないのか」;川瀬俊治

 丹波マンガン記念館が31日、20年の歴史を閉じた。この日は閉館式だっったが、テレビ取材を見かけることなく、多くのメディアは沈黙した。そこには歴史意識が色濃く映し出された。

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