2009年6月 2日
編集局からの手紙「丹波マンガン記念館閉館はニュースでないのか」;川瀬俊治
丹波マンガン記念館が31日、20年の歴史を閉じた。この日は閉館式だっったが、テレビ取材を見かけることなく、多くのメディアは沈黙した。そこには歴史意識が色濃く映し出された。
丹波マンガン記念館の閉館は入場者の減少が最大の理由。年間のメンテナンスは何100万とかかるから、赤字が積み重なったきた。これ以上継続することは無理だろう。閉館もやむなしかもしれない。
しかし、朝鮮人強制連行の現場を在日朝鮮人が保存して博物館として立ち上げたのは、日本ではこの記念館が唯一だ。それだけに日本人の側の反応がおづだったのかが問われるところだろう。行政は一切の補助もしなかったし、歴史の現場に学ぶための重要な施設として公教育の現場で位置付けられることもなかった。
そういう意味では李龍植館長が31日の挨拶で「レジスタンスだ」と言った思いがよくわかった。強固な岩盤を砕かないと日本の戦争責任や植民地支配の歴史の反省が表面化しない社会。それへの抵抗の20年だったのだ。
31日の閉館式には300人くらいの参加者があっただろうか。しかしテレビクルーの取材などメディアの取材はみられなかった。毎日新聞の写真記者がシャッターを押して懸命に取材していたのが目立った程度だ。
丹波マンガン記念館の閉館はメデイアにとりニュースではないのだ。その日の夕方のテレビニュースにかける値打ちもないということなのか。そういう判断だからテレビの取材が出なかったのではないか。閉館のニュースはそんなにも軽いものなのか。
ニュースは社会意識を映し出す鏡だ。朝鮮人強制連行問題や植民地支配問題を問うことは社会の意識の底に沈殿してしまったようだ。李館長が31日午後の最後の挨拶で流した涙は何だったのか。日本社会への悲しみの涙ではあってはならない。
2009年6月 2日 17:17
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