<胡さん来訪>
北京に行くと、多忙な時間をさいて筆者に会いにやってくる胡さんが、今回も盧溝橋から戻ると外交学院国際交流中心に訪ねてきてくれた。以前、国際シンポジウムでの筆者の見解に賛同してくれて、俄然ファンのようになってくれた日本研究者だ。「勇気」に感動してくれたというのだが、実際は人間としての当たり前のことを発言したまでだった。ありがたいことに、いつも貧者に対して食事に誘ってくれる優しい人物である。そこでの四方山話に興味と関心を抱いてくれる。もっとも最近は子供の教育のことで、それも研究を兼ねながらだから、てんてこ舞いの日常生活らしい。パートナーのお陰で広い住宅と車も所有する、昨今の中国中流家庭の代表のような存在でもある。
北京に行くと、多忙な時間をさいて筆者に会いにやってくる胡さんが、今回も盧溝橋から戻ると外交学院国際交流中心に訪ねてきてくれた。以前、国際シンポジウムでの筆者の見解に賛同してくれて、俄然ファンのようになってくれた日本研究者だ。「勇気」に感動してくれたというのだが、実際は人間としての当たり前のことを発言したまでだった。ありがたいことに、いつも貧者に対して食事に誘ってくれる優しい人物である。そこでの四方山話に興味と関心を抱いてくれる。もっとも最近は子供の教育のことで、それも研究を兼ねながらだから、てんてこ舞いの日常生活らしい。パートナーのお陰で広い住宅と車も所有する、昨今の中国中流家庭の代表のような存在でもある。
<娘の日本印象>
高校生の娘がいる。今夏、両親は日本留学中の大学を中心に旅をさせたそうだ。中学生を海外旅行させる中国の中流家庭にも驚きである。むろん、浦安のディズニーランドにも足を向けた。これほどのテーマパークはまだ北京にはないので、大いに驚き楽しんだという。筆者でも新聞記者時代、ここを経営するオリエンタルランドから招待券をもらい、何度も足を運んだ。大人でも楽しめるのだから、子供や若者の人気は今も続いている。
だが、それ以外で何か特別に興味を抱いたり、あるいは驚いたり、感心するところがあったろうか。そこに当方の関心があった。
「街が清潔だった」が唯一の印象であったという。これは何を意味するであろうか。
今の北京には何もかもが揃っている、ということを裏付けているのである。
80年代を思い出す。まだ何もない中国だった。特にお土産には女性のストッキングが最高に喜ばれたものである。一度、大失敗したことがある。中国青年報の社長へのお土産に成田空港で置時計を買った。なんとそれは中国製だった。
胡さん宅に岐阜県の高校生が数日、ホームステイをした。最近のことだという。片言の英語と筆談での高校生同士の交流が始まった。日本人高校生は北京の街中を見学して驚いてしまった。「岐阜市の高層ビルは1か所だけ」がその理由だった。
<東アジア共同体>
鳩山由紀夫の民主党がぶち上げた東アジア共同体構想に目下、中国の学者たちは自由に発言し、その可能性と困難さを論じている。もとはといえばマレーシア首相のマハティールが提唱したEUのアジア版構想である。
中国や韓国の反応はすばやく、これに向けた布石を打っている。ワシントンに操作されてきた日本政府は、どちらかというと構想に水をかけてきた。したがって、これは夢のまた夢の絵空事のような印象を内外に与えてきた。
この間、中国や韓国はASEANと関係を強化して、かつての日本のお株を奪ってしまった。国家主義的な右翼政権は、もっぱら日米同盟強化というワシントン服従外交に邁進してきたからである。だが、そのアメリカが衰退、同時に自民党も政権を失ってしまった。
もはやアメリカ相手のみの経済貿易・同盟外交では日本は生きてはいけなくなってしまった。アジアに重心を移すしか日本人は生活できなくなっている。東アジア共同体を推進するしか、日本の生きる道はないのである。したがって民主党の政策判断は、何も特別な狙いで打ち出したものではないと思う。日本はそこへと針路を向けるしか手はないのであるから、それを同党は選挙公約に掲げただけのことである。筆者の理解である。アジアの日本としては、明治以来の福沢諭吉の脱亜入欧路線はしなびたリンゴでしかないのだ。小学生でもわかる理屈であろう。
しかし、そのことを北京には十分に伝わっていない。それを胡さんの話からもわかった。
「共通の価値観を持つことが出来るのかどうか。そのためには民間交流が重要である。NPOやNGOなどの民間指導者の交流もとても大事」という。すなわち、72年に国交を正常化している日中だが、民間の交流はまだまだ不十分ではないか、という指摘である。
小泉後遺症の大きさを言っているのである。靖国効果である。
思えば国交回復は田中―大平連合で実現した。当時、岸―福田連合が強く反対した。小泉は後者の思いを靖国参拝で反撃したのであろう。両国民を72年以前に引き戻したのである。小泉の罪は大きい。反共勢力の第一人者としては申し分ないだろうが、安心・安全の生活を求めるだけの国民にとって、とても迷惑なことなのだ。東アジア共同体構想に向けた方針を打ち出した現政権にとって、ものすごく高い壁となっている。
こうした指摘は、両国の指導者間の合意だけでは構想そのものが進展しないことを物語っている。
<映画「南京、南京」>
今年の夏の北京映画の話題作品というと「南京、南京」だったという。
どんな内容・筋書きだったのか。どうやら真実を伝えるものではなかったようだ。創作映画であった。
「南京を占領した日本軍の一兵士に焦点を当てたものだった。その兵士はクリスチャンで大虐殺する日本軍の蛮行に耐えられず、遂に自殺するとう筋書きである。しかし、自殺した兵士は日本軍を代表していないのは明らかだった」
監督は、ハンサムなクリスチャン兵士をヒーローに仕立て上げて「日本兵の中にもいい兵士がいたのだ」ということを中国人民に訴えたかったらしい。当然、専門家は批判している。その批判を理解できるが、このような映画が中国でヒットすることに仰天するばかりである。これも改革の成果なのか。
ちなみに胡さんは共産党員ではない。民主党派のメンバーである。「共産党に建設的提言を行っている」という。政治改革への助走なのか。
2009年11月10日9時20分記
コメントする