本澤二郎の「日本の風景」(284)

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<東京タイムズ同窓会>
 昨夜、ノルウェーからオバマのノーベル平和賞受賞の一報が世界の電波に乗った。まだ大統領就任9カ月の快挙に世界は驚き、かつ歓迎に浸った。筆者の場合「これでオバマ暗殺は出来なくなった」という安堵感が脳裏を走った。個人的には、アフリカ系アメリカ人と何も関係がないのに、不思議とオバマのことを気にかけている自分に驚いてしまった。正直よかった、のである。受章は、彼の平和戦略をいい意味で拘束することになろう。軍部の圧力・軍需産業のロビー活動を抑制する楯を手にしたことになるからである。米朝関係にもプラス、日本国民の米軍基地縮小要求にも前向きに対応するであろう。オバマの変革は、ますます地球規模に拡大するはずである。

 昨夜は筆者が働いてきた首都圏新聞・東京タイムズが廃刊17年になるのだという確認できる集まりに顔を出した。東京タイムズの同窓会である。筆者は廃刊1年前に辞めて自由人として歩きだしていたのだから、18年ぶりに諸先輩に再会する機会ともなった。
 当方も老人社会に足を踏み入れているわけである。大半の先輩が誰なのかわからない。第一、東京タイムズに所属していても、20年のほとんどを自宅から国会記者会館に直行した。首相官邸・自民党本部・国会議事堂・議員会館・派閥事務所が、いうなれば戦場だった。時には外務省の記者クラブに足を延ばすこともあった。だから、会社内の様子も知らないで過ごしてきた幸運な東京タイムズ政治記者だった。
 筆者をこの新聞社に引き入れてくれた友人にも会えたのだが、それこそ30年ぶりかもしれない。其の彼が「東タイでよかったよ。普通は自分が書きたいことを書けないのだから」といった言葉にハッとした。
 倒産寸前、給料は低かった。しかし、思う存分、原稿を書くことが出来た。馬が食べきれないほど書きまくってきたではないか。遠方からの勤務だから原稿のほとんどを電車の中でまとめた。在京政治部長会8年9カ月という最長記録を、今後も破るものは出てはこないだろう。政治部長をしながら取材をし、遠慮することなく何でも書いた。
 一度だけ記事の扱いで編集局長と衝突、さっさと会社を去った。「自民党派閥」(ぴいぴる社)を出版、在京政治部長会の全てのメンバーを発起人にして、日本記者クラブで出版会をやってのけた。得意の絶頂期だった。朝日新聞や産経新聞の政治部長らが仕事を探そうか、といってくれたが耳を貸さなかった。もし、応じていたらテレビ芸者になってしまったかも。でも、これでよかったのだ。小泉純一郎ではないが、人生いろいろなのだから。
 この間、宇都宮徳馬という平和・軍縮派の稀有な政治家を知り、彼の政治理想の全てを体得した。これが筆者のジャーナリストとしての骨格を形成している。12年前に、息子を医療過誤で潰されるまでの人生は、さしずめ順風満帆そのものだった、といっていい。
 同僚や先輩たちの話を聞くと、不幸は自分だけでないことを悟らされる。妻を10年も介護して亡くしたというS先輩、息子を脳腫瘍で亡くしたY先輩などである。年下の何人かの同僚が亡くなっていた。その中には明らかに医療過誤も含まれていた。友人の医療過誤に拙著「医師失格」(長崎出版)を買い求めて、「読ませている」という後輩も目の前で語ってくれた。
 右翼的テレビ番組に出演したさい、筆者の9条憲法を擁護した発言に「偉い」と誉めてくれた仲間も現れた。防衛省の広報新聞を出している後輩に対して「9条で一番守られているのは防衛省・自衛隊ではないか。改憲は論外」と普段、言いたいことをいってやった。このブログを見ているという先輩もいたのには驚いてしまった。
<アメリカのメディア事情>
 東京タイムズは戦後の平和憲法のお陰で、誕生した新聞である。東タイのはるか以前に東京新聞は中日新聞に買収されていた。大手新聞の販売競争に呑み込まれたのだが、その朝毎読の大手3大新聞のうち、既に毎日が敗退苦戦を強いられている。だが、昨今の広告収入の激減によって朝日、読売も厳しい。日本の新聞はテレビどころか、インターネットの挑戦を受けている。テレビでさえ視聴率減少から広告が逃げている。
 かつての東タイを、相応に後追いしているのである。それはネット社会のアメリカでも新聞の廃刊は相次いでいる。活字離れに手を焼いている現代なのである。
 10月5日に日本記者クラブで米国メディア事情を聴く機会があった。それによると「アメリカでは90年代から破壊的技術革新を恐れずにデジタル技術を取り込んできた。全ての記事を無料でネット公開した。既にニュースは無料という認識が定着して15年になる。ネット課金はウォール・ストリート・ジャーナルの一部くらいである」という。
 他方、広告は激減、紙を印刷すればするほど赤字が増える。第一、紙は環境に悪い。日本はここまで進行していないが、アメリカでは新聞そのものが問われている。当然、人員を3分の2に減らすことになる。
 「政府からの援助論も出ているが、これでは権力批判を前提にしている新聞の自殺行為になる。できないし、やってはいけない。広告収入で対応するということも、読者を忘れた紙面になるので、これまた新聞でなくなる」
 日本ではこぞって政府からの広告に頼る傾向が見られる。日本の右傾化の元凶の一つとなっている。言論の自由が拘束されているのである。
 生き残りにかけるアメリカのマスコミの中には、思い切って発行部数を激減させて、ライターを少なくしてスリム化させる。有能な論説記事を集中させて読者を確保するメディアも現れている。「発生ものは通信社に任せる。300万部を150万部に、さらに100万部にして記者を辞めさせている。論説委員だけで記事をつくることで成功している例もある」という。
 こんな指摘もあった。「日本の記事は事実だけを報道するため、流れがわからない。アメリカでは論理の中に事実を挿入させている。これからは質の勝負、差別化がネットでの課金を可能にするだろう」「欧米はアジアの市場にシフトしている。日本にはそれがない」    2009年10月10日8時55分記

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このページは、webmasterが2009年10月12日 10:35に書いたブログ記事です。

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