本澤二郎の「日本の風景」(274)

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<建国60年の中国>
 南太平洋のサモアやインドネシアのスマトラ島の大地震が、地球で悲しく報じられる中で、北京だけは違った。13億人の人民の多くは建国60年の経済と軍事面での成果に酔いしれていた。日本を含めて西側メディアはやっかみ半分の冷ややかな報道に徹していた。特に軍事的な中国脅威論を、いつもながら宣伝に努めていた。右派系のテレビ局は、なんと三菱の軍事専門家を現地に派遣、中国軍近代化を引き合いに出して、自衛隊の軍拡論をわめかせるという手の込んだ報道をしていた。


 それにしても、さまざまな難題をかかえながらも、貧困国を経済・政治・軍事大国に押し上げた障ナ小平戦略は、お見事といっていい。これを金正日が早くから学んでくれていたら、拉致も核実験も6カ国協議もなかったはずである。為政者の政策が、人民と国家を良くも悪くもする。
 隣国の友人としていえることは、その偉大な成果の影の部分に光を当てることが、現在の指導者の任務だということである。まだまだ為すべきことはたくさんあろう。特に56民族の格差を解消することが、何よりも優先されねばなるまい。社会主義の根幹にかかわる事柄でもある。
<国交正常化37年の日本と中国>
 国慶節もそうだが、筆者は72年9月に国交を正常化した日中指導者の決断に思いを寄せる日本人である。ドイツのように、過去をしっかりと清算した日本であれば、日中両国民が共に9月末から10月1日にかけて喜びを分かち合えたであろう。被害者と加害者が共に手を取り合って、この日を迎えたはずである。
 歴史教科書問題、中曽根靖国参拝、小泉靖国参拝が中国人民の心を、計り知れないほど傷つけてしまった。これにマスコミも議会も有効な手立てを講じることが出来なかった。無念の極みである。日本はドイツと違って愚かな為政者が多すぎたのだ。市民運動や労働運動が弱すぎた。マスコミも。

 37年前の9月29日の日中共同声明は「すべての紛争は平和的手段で解決、武力や武力の威嚇に訴えない」と謳っている。憲法9条の文言が使われている。この声明は世界に通用するすばらしい平和原則である。改めて時の大平外相と周恩来総理の政治的力量に敬意を表したい。
 日本はそれでいて、その後もワシントンに従属する中で経済的に衰退、いまや沈む太陽だ。中国は昇龍である。世界は多極化の中の米中新時代に突入している。

 日本の再生は9条に徹する平和の国になるしかない。そうしてこそ東アジア共同体が花開かせることになるのである。鳩山にその力はあるのか。
<鳩山IOC総会の背景>
 鳩山は夫人にせっつかれたのかもしれない。石原による夫人工作が成果を収めたものか、急きょ今夜コペンハーゲンに専用機で飛び立った。無駄排除を公約にして政権を担当した総理にしては、軽率すぎよう。
 オバマのシカゴも東京も金がない。なぜ借金をつくることを平気でやるのであろうか。
 時あたかも鳩山の政治資金報告書に問題が発覚した。実弟の邦夫によると「兄は黒い鳩になった」とこきおろしている。
 新政権はまだ動き出したばかりである。具体的には何もしていない。それでいて大将の洋服のシミが見つかってきている。野党が強ければ、とても議会を乗り切ることはできまい。一国の指導者は清潔でなければ国民が信用しない。政治不信の元凶なのだから。岡田や菅の出番が早まる可能性もないではない。
<司法も変化>
 変化は司法の分野にも現れてきた。広島地裁は、日本の美しい景観を残している鞆の浦の埋め立て計画に対して中止を求めた。役所に睥睨してきた司法が、ようやく自信を取り戻したようなのだ。画期的判決といいたいところだが、これが当たり前、常識的判断なのである。
 時代・格差・環境が政権を交代させた。空気を察した裁判官もまともになってきているのだろう。これも正直なところ、悲しい日本の現実なのである。人格・識見のある政治家が少なかったように、官僚や司法界にもいなかった日本である。
 これを機会に隣国の強制労働裁判、従軍慰安婦裁判にもまともな判決を期待したい。

 保守的な司法は、政府が任命する最高裁判事15人がそれらを象徴している。2007年の参院選における1票の格差に対して、本日うち5人が違憲判断をした。また判決で「仕組み自体に見直しが必要」とやや踏み込んだ。
 頭の固い最高裁判事もまた、政変と国民の意思には逆らえないのであろう。

 それにしても、早々から鳩山の金問題を見聞させられるのは、いい気分がしない。「よりましな政権」と評価してきた側からすると、とても辛いことである。
 そういえば最近、すっかり永田町に足を向けなくなっている。選挙結果に胸をときめかせたものの、これからどうなるものか。
 オバマは具体的政策を推進する過程で批判を受ける。当然のことだ。鳩山はまだ何もしていない。それでいて石原の手先になって、海外に飛び出した。小泉のように専用機がよほど好きだと見える。いつもの辛口だが、これでは小沢もリリーフを考えなくてはならないのかもしれない。
2009年10月1日21時40分記

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このページは、kawaseが2009年10月 2日 09:09に書いたブログ記事です。

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