本澤二郎の「日本の風景」(260)

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<民主党政権の中期展望>
 1、第一歩は革命的成果  民主党中心の3党連立政権の滑り出しは上々のようである。右翼片肺政権そのものの自公連立に比べると、リベラル色を鮮明に打ち出している点がいいが、それよりも何よりも明治期に確立、敗戦後も継承されてきた官僚主導の政治が打破されたことである。正に日本政治における革命的成果と一大変革といっていいだろう。海外の研究者は、この点の理解が今もほとんど欠落している。そもそも官僚政治の内実を認識できないからである。



 基本政策を発信する国家戦略局が政権の帰趨を決めることになるだろう。ここから人民・国民に奉仕する政策指針・針路を打ち出すことが出来れば、それが具体的成果となって人々の評価をさらに高めることになろう。決め手は、責任者の菅副総理の下に有能な人物を起用できるのかどうか、にかかっている。これは簡単なことではない。ミイラ取りがミイラにならないとの保証もない。
 2、民意かい離の官僚政治  自民党政権の失政は、ごく一部の例外を除いて政策の全てを官僚に任せてきたことによる。官僚政治そのものだった。すなわち官僚は、日常的に大きな団体・組織・財閥企業と連携しており、そこに仲間を天下りさせて利権集団と化してきた。政策はそこから表面化した。これを自民党がOKを出して議会で成立させ、法律になって大衆を抑え込んできた。その法律は概して国民・大衆の価値観を正しく反映されることは少なかった。
 民意とのかい離が自民党政治、すなわち官僚政治の欠陥であった。そこでは持てる側の価値が常に優先されて、庶民の政治離れ・政治不信を増大させてきた。また小選挙区制という選挙制度も拍車をかけた。民意が反映されない制度だからである。これを改正しないと、政治は極端にぶれることになる。小泉・郵政選挙と今回と2度も経験したことになる。
 3、落とし穴はないか  ところで、官僚政治を打破しようとする新政権は、一般論でいうと、ようやくにして普通の民主国家になった日本を手にしたことになる。戦後64年目の快挙である。これまでは政策のほとんどを実質、事務次官会議が処理してきた。同会議は123年ぶりに幕を閉じた。これもすごい改革であるが、背景には国民・主権者が民主党の政治主導公約を支持したからである。国民の選択・判断なのである。
 だが、喜んでばかりいられるだろうか。落とし穴はないものか。
 民主党機関紙を広げてみると、そこには「生活が第一」「国民のための政権」という甘い言葉が並んでいる。甘い言葉の裏に何か別の思惑が潜んでいまいか。弱者に目を向けて人気を博すという手口に、一部海外の専門家の間に懸念・疑問を抱く向きもある。
<第2自民党化への懸念>
 1、リベラルから右翼化へ?  自民党の権力抗争には派閥が介在してきた。その派閥の思想は、右翼からリベラルまで幅広い特徴を持ってきた。初代鳩山政権はリベラルの石橋内閣に移行したが、石橋が体調を崩すと、戦後右翼の元祖・A級戦犯容疑者でもあった岸信介が政権を担当した。岸の後にリベラルの池田政権が誕生した。その後に岸の実弟・佐藤栄作が長期間政権を担当した。
 このように自民党内の右翼勢力とリベラル勢力がほぼ交互に政権をたらい回ししてきたことがわかろう。これが自民党長期安定政権の原動力となった。しかし、小選挙区制が自民党内リベラルを駆逐、森内閣以降の自民党は、文字通り右翼片肺政権と化してしまった。同じことが民主党でも起きないものか。猫を被った鳩山政権ではないのか、という一部専門家の重大懸念である。能ある鷹は爪を隠すという。ヒトラーの生きざまが正にそうだった。
 経済の不調が独裁者を誕生させることも、歴史の教訓として念頭に入れておくべきではないだろうか。
 2、本物のリベラル不在  思うに民主党には本物のリベラル議員がいない。ややリベラルとみられている政治家は、市民派の菅直人と岡田克也、それに旧社会党の横路くらいだろうが、横路はそれゆえに小沢によって衆院議長に祭り上げられてしまった。あたかも小泉がリベラル・河野洋平を議長にして動きを止めたように。横路議長の狙いがなんなのか、民主党の近い将来を占えそうで不気味ではある。
 現時点においても、平和憲法を尊重し、それを口走る民主党議員を見つけるのは困難なくらいである。リベラルの真髄は、いうまでもなく護憲と寛容といっていい。
<危うい憲法認識>
1、 松下政経塾の資金と宣伝力  民主党右派の代表格は、松下幸之助が晩年70億円の
基金で立ち上げた松下政経塾である。天皇制国家主義・反共・改憲・民族主義教育を教え込んだ後、自民党と民主党に塾生を送り込んできた。民主党の筆頭が前原元代表である。幸之助イメージをうまく絡ませることで、マスコミ宣伝をテコにしてバッジをつけてきている。特異な右翼思想の組織政治集団である。公明党が創価学会の別働隊で知られるが、政経塾は松下財閥、右翼財閥の政治部隊といっていい。
 彼らの反共・民族主義・改憲軍拡論が党内で突出している、と見られて久しい。かの「つくる会」との連携は不気味である。自治体にも輪を広げている。その司令塔はPHP研究所なる出版社であるが、これも珍しい布陣である。民主党内には、反共勢力で知られる旧民社党の流れも、まだ存在している。
2、 鳩山とブリジストン  鳩山の資金力は母親の父である石橋・ブリジストンである。
ブリジストン株が鳩山の政治活動の原動力となってきた。自衛隊取材の際、確認できたことの一つは、軍事車両のタイヤが全てブリジストン製であったことである。つまり平和産業としてのタイヤメーカーは、他方で軍需産業でもあったのだ。
 そうしてみると、鳩山の改憲論も理解できる。祖父の一郎内閣が改憲を公約にして総選挙をした経緯も多少わかるだろう。時が来れば、彼が改憲を公約にして選挙を打つかもしれない、という不安は、今後も付きまとうことになろうか。
3、 小沢の日本改造計画  民主党の最高実力者・小沢一郎についてだが、筆者は彼の周
辺取材から「昔の小沢ではない」という認識を強めてきた。彼が台北から北京に乗り換えたことも、そんな彼の変身を物語っていた。だが、本当に変身したのであろうか。世間の目をくらます手段ではないだろうか。
 彼の最初の絶頂期は自民党幹事長のころであった。飛ぶ鳥落とす勢いだった。其の時にゴーストライターを使って書いた本が「日本改造計画」だ。結論をいうと、それは改憲軍拡論・普通の軍隊を活用する日本である。筆者はこれを批判する本を書いた。
 最近まで、彼は自著の訂正をしたという話を聞かない。その代わり、彼をよく知る政界関係者は「民主単独政権になれば、必ず本性を表すよ」と指摘している。今の姿は猫を被っている、というのである。
<来夏の参院選後の行方>
1、 敗北原因を総括できない自民党  9月19日午後、日本記者クラブで自民党総裁
候補の討論会が行われた。NHKがどうしてか従来通り生放送をしたが、国民の関心は低かった。会見場も静かで盛り上がりに欠けた。もはや過去の政党という印象を内外に与えていた。討論に聞くべき内容が少なかった。
 敗北原因を適格に指摘できないのである。これでは再生どころではない。小泉政治に対して本命・谷垣は、小泉内閣の財務大臣なのだからまともに論評さえできない。威勢のいい河野にしても「方向は正しかった」と小泉改革を弁護するありさまだ。西村という新人など見たことも聞いたこともない政治家である。なにやら森喜朗の配下らしい。河野潰しの役割を担わせられた人物という。本人は必死で否定していたが、恐らくそうだろう。森は麻生を自在に操ったが、今度は谷垣を、ということらしい。
 これでは来夏の参院選に自民党が勝てるわけもない。
2、 中曽根バブルと小泉政策  自民党政治の失墜は中曽根バブルである。その崩壊後の
相次ぐ失政、とどのつまりは小泉改革という偽装改革で、国と地方と家計をボロボロにしてしまった。格差社会と福祉崩壊で日本人の全てを将来不安に追い込んでしまった。戦後に勝ち取った安心・安全の日本を崩壊させてしまった。
3、 民主党の勝利はほぼ確実  鳩山内閣がよほどのスキャンダルにまみれるという事態が生じない限り、民主党の参院選勝利はほぼ確実と見ていいだろう。その後に連立の解消が予想される。社民党の抜けた民主党は、晴れて正体をさらけ出すことが出来るようになろう。党内右派が跋扈することになる。
<自民再生の厳しさ>
 繰り返すが、自民党は再生できない可能性が高い。となると、今度は民主党が一転して9条憲法を解体する方向に走るかもしれない。経済の深刻さに変化がないはずだから、余計に政治問題で国民の目をそらせることを考えるかもしれない。安倍内閣が教育基本法や国民投票法を改悪・制定したように。小沢・鳩山・前原が暴れ出すと、どうなるだろうか。この場面で大連立も浮上しようか。
 民主党公約は「国民の自由闊達な憲法論議」を公然と呼び掛けている。改憲に向けた伏線と読める。要注意である。岡田外相の「日本も安保理常任理事国になりたい」という発言は、自民党右派の主張に沿ったものである。
 小沢と前原の上に京セラの稲盛が控えている。海外工場を持つ経営者は改憲軍拡派でもある。ワシントンと北京の対応がカギを握る。それにしても、民主党政権の中期展望となると危うい。杞憂であってほしい。ここ半年の社民党の奮戦にわずかな期待をかけるしかないものか。   2009年9月19日記

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このページは、kawaseが2009年9月20日 17:48に書いたブログ記事です。

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