本澤二郎の「日本の風景」(229)

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<金大中元大統領逝去>
 友人と別れて市政会館の長沼さんの職場に足を向けた。昨夜の彼の電話要件を伝えるためだった。その時、彼が韓国の元大統領・金大中氏の病死を知らせてくれた。入院していることは承知しているが、いざ死亡を伝えられると、韓国民主化の勇気ある指導者のことだから、個人的関係はないものの、やはり悲しい。




 長沼さんとは取材を通して特別な関係があったのだから、さぞかし心中は辛かろう。「思い出を吐き出してほしい」と頼んだ。彼は、金大中氏インタビューをした未発表原稿があることに気付いた。間もなく、このブログに登場するはずである。
<議員辞職した宇都宮徳馬>
 金大中氏のことを身近に感じさせてくれたのは、宇都宮徳馬さんである。彼が亡くなってからわかったのだが、73年に都内のホテルでKCIAに拉致されたさい、殺害されるところだった。宇都宮さんが、首相官邸にいる後輩の官房副長官・後藤田正晴氏に緊急連絡したことで一命を取り止めることが出来た。
 彼は警察官僚である。即座に警察庁・警視庁、そしてアメリカ大使館と連絡を取った。米軍も捜査に動いた。もしも、宇都宮さんがいなかったらどうなったであろうか。あるいは後藤田氏でなかったら、手遅れになっていたかもしれない。
 金大中氏は実に波乱万丈の人生を送ったのだが、しかし、それでいて幸運なものだった。彼には、日本で宇都宮さんのような人権派政治家が守ってくれた。孫文がそうだったように、金大中氏にも海外にたくさんの味方がいた。ケネディのように銃弾に倒れることはなかった。
 しかも宇都宮さんは、この重大な主権侵害事件を政治決着した日本政府に抗議して、国民の代表である議員を辞職した。まだ、駆け出しの政治記者のため、日韓の不可解な関係もわからなかったため、議員バッジをはずした宇都宮さんの真意が理解できなかった。今思うと、宇都宮決断は実にすごいことであることがわかる。偉大な政治家である。こんな人物が日本にいたことを誇りに思う。
 
<衆議院選挙公示>
 長沼さんが日本記者クラブで夕刊記事を見ようというので、一緒について行った。まだ、記事には出ていなかった。全ての夕刊は、衆議院選挙公示日の党首の第一声の顔写真で埋まっていた。
 ついでなので、筆者の地元の候補者が誰なのかを確認してみた。自民、民主、共産の3候補の写真と経歴を見つけた。「投票したい人物がいないではないか」というのが、第一印象である。
 今回は政権交代の選挙である。当然、民主党に入れればいい。自民党は極右知事のセガレだ。鎖で引きずられても投票できる相手ではない。民主党も改憲派の右翼である。いかに政権交代だからといっても、平和憲法を大事にしようとしない民主党候補では、投票など出来るわけがない。
 残るは共産党であるが、見たことも聞いたこともない候補である。護憲派で申し分ないだろうが、投票しても当選などしない。どうして有権者が納得できそうな候補を擁立しようとしないのか。民主党、共産党も人材不足なのだ。
 8割の国民は必ず投票するという世論調査があるらしいが、筆者の住む選挙区は最悪といっていい。リベラルな護憲派がいない。8月30日をどう過ごすべきか。考えると、うんざりしてしまいそうだ。
<小選挙区制と民意>
 問題は小選挙区制である。民意が反映しない選挙制度である。小政党に不利な制度でもある。小粒な政治家しか生まれない。いいところは何もない。
 しかも、比例制も加味した制度だから、小選挙区で落選した候補が、比例で当選するという、とんでもない当選者が誕生するのである。実に、いかがわしい選挙制度なのだ。
 この制度にいち早く飛びついたのが、安倍の祖父と鳩山の祖父である。孫は対立しているが、祖父同士は仲間だった。日本の民主のレベルがわかろうというものだ。改善されるのはいつのことだろうか。嘆かわしい制度である。
 民意が反映しない選挙制度では、権力による暴走が表面化することになる。社民党の役割の重さがここにある。問題は来夏の参院選である。社民党後退後の新政権の足取りが気にはなる。
2009年8月18日記

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