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2009年11月10日
編集局からの手紙 28「どうなるマスメディア4」:今西富幸
世の不景気はマスコミにおいても無縁ではない。かつてわたしが在籍した新聞社で40歳以上50歳未満の社員を対象に希望退職を募る形で大幅な人員削減が行われていることはすでに書いた。今回はその続報。実は経費を減らすための「内制化計画」なるものがいま、ひそかに進められているのである。
いったい何のことかと思われるかもしれないが、読んで字のごとし。新聞社には記者が書く以外、社外に発注している原稿もある。こうした仕事を原則、社内で充足させようというものだ。たとえば、大学の先生など外部の識者に寄稿してもらうと当然ながら原稿料というものが発生するのだが、それを自社制作すれば経費は「ゼロ」。つまり"自給自足"の徹底ということのようである。そして、その号令のもと、どうやら新聞小説でもそれを実行するという話を聞き、さすがに驚いてしまった。現在、朝刊で連載中の堺屋太一氏の小説が終わる来年から、本気で記者に小説を書かせるらしい。
いうまでもなく、新聞小説は各社の売りのひとつだ。人気作家が受け持った場合、原稿料も年間で数千万円と破格の扱いになる。この経費を削減できるのだから、確かに名案かもしれない。一方で無謀な決断という声も聞いたが、古くは夏目漱石が小説を書くための専属社員として朝日新聞に入社したのは有名な話。『三四郎』『それから』『門』『彼岸過迄』など彼の傑作の多くは新聞小説において生み出されたものなのである。ここはぜひとも、職業作家には書けない傑作をものしてもらいたいものだ。
むろん、この英断の真価は経費がどれだけ削減できたかなどという内側の結果ではなく、あくまでも記者が社を代表して書くことになるその作品の中身によってこそ試されることはいうまでもない。
2009年11月10日 00:10
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