'."\n" ?> 今西富幸の「思考する読書」:編集局からの手紙 23
今西富幸の「思考する読書」

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2009年6月16日

編集局からの手紙 23

どうなるマスメディア③
 噂には聞いていたが、まさかこんなところで出会えるとは夢にも思わなかった。夜間中学の取材でなんども耳にした伝説的なテレビ番組「浮浪児マサの復讐」である。それを先日、ある集会の席で偶然、見ることができたのである。TBSが1969年1月に制作した24分のドキュメンタリー。"切れば血が出る"という表現があるが、まさにこの言葉にぴったりの内容だった。真のドキュメンタリーとは何か。そんな課題が現代のマスメディアに突き付けられている気がした。
 

 浮浪児マサとは、大阪に天王寺夜間中学ができる礎をつくった髙野雅夫さんのことである。髙野さんは満州から引き揚げてくる途中、家族と生き別れになった戦争孤児。命からがら流れついた東京・山谷で在日朝鮮人のハラボジ(おじいさん)と出会い、自分の名前の文字を初めてイロハカルタで教えてもらう。「高」ではなく「髙」でなければならない文字。髙野さん自ら、野良犬から人間になったと語る体験だ。
 そして21歳のとき、東京・荒川区立第9中学夜間学級(夜間中学)に入学し、奪われた文字とコトバを奪い返す運動に乗り出すことになるのは、当時、行政管理庁が夜間中学の廃止を勧告したからだ。荒川9中の夜間学級の生徒たちの姿を撮影した自主映画をつくり、それを上映するため、髙野さんは全国を行脚する。その途上で訪れた大阪では市内に夜間中学が一校もないことを知り、教育委員会へと乗りこんでいく。ドキュメンタリーはこのときの様子を撮影したものだ。
 とにかく、髙野さんを追っかけて東京からやって来た女性ディレクターとのやりとりがスリリングだ。教育委員会にひとりで乗り込もうとする髙野さんに対し、女性ディレクターはその交渉現場の撮影をしたいと一歩も引かない。
「カメラが入るとお決まりの答えしか返ってこない。俺たちはその身構えを突き破っていかないと」
「テレビカメラがなければ、それができるというのですか」
「そうです」
「カメラがついていかなければ、その可能性があるということですか」
「そうです」
「わかりました。あなたの可能性をつぶしてはダメだから、私はここで待っています」
 こんなやりとりのあと、髙野さんだけがひとり、市庁舎へと入っていくのだ。
 また、こんなシーンもあった。夜間中学の増設を街頭で訴える髙野さんに女性ディレクターがマイクを向ける。
「あなた、食べたり、寝たりはどうしているんですか」
「僕にとっては食うとか寝るとかは二義的なことですよ。全力を尽くしている余力で食ったり、寝ているだけ」
「まさか、泥棒しているわけじゃないんでしょ」
「生きる権利がすべてに優先するんです。そのために泥棒をしなければならないのなら、やりますよ。僕の生きる権利を法律は守ってくれなかったんだから」
 こうしたやりとりから浮かび上がってくるのは、マスコミがいつの時代も取材相手からストックフレーズを必死に引きだそうとしているということだろう。いわゆる、決まり文句というやつだ。しかし、髙野さんにはそうした論法はいっさい通用しない。生きるために文字とコトバを奪い返した彼の言語は、マスコミの言語とは明らかに違うのだ。そのギャップが面白い。そのギャップをギャップのまま提示したからこそ、この番組は面白いのだろう。
 現代のマスメディアに共通する風潮はおそらく、「予定調和」というキーワードで語れるかもしれない。つまり、取材行為として投げるべきボールの球筋があらかじめ決まってしまっているのだ。最近のドキュメンタリー番組を見ても、このことがいえる。しかし、ストックフレーズに塗り固められたドキュメンタリーはもはや、ドキュメンタリーとはいえまい。ひとつの明確な意志にもとづいてつくられた虚構である。思えば、「浮浪児」という言葉さえ、いまでは使えなくなった。言語規制と予定調和のなかで生まれてくる作品はどんなものか。推して知るべし。息苦しい時代になったものである。
 余談だが、この集会には髙野さん本人も出席し、約40年前の自らの映像に目を凝らした。そして、はからずも彼はこう言った。
「この映像を見るのが恥ずかしい。いま現在、自分がどれだけ堕落しているかがわかりますから」
 美化することの無意味を、彼ほど身をもって実践しているひとも少ない。
この番組が放送されて5カ月後、大阪市内で初めて天王寺中学夜間学級(夜間中学)が開設される。くしくも、今年はその40周年という節目の年である。

2009年6月16日 12:47

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