2009年8月26日
本澤二郎の「日本の風景」(234)
<アフガン大統領選挙>
ワシントンのメンツがかかっているようなアフガン大統領選挙が、昨日の8月20日実施された。およそ自由で公正な民主的選挙とは程遠いものである。誰もがわかる。しかし、カブールに軍事力で傀儡政権を樹立したワシントンにとって、それでも多少の意味合いを持たせる必要があったのであろう。実に空しい。一体、何人の無辜の民を殺せばワシントンは軍事侵略から手を引くのであろうか。
現実のカブールは腐敗政府そのものである。各国の援助は日本資金を含めて、ほとんどが要人などの懐に消えてしまい、大衆までに届くことはない。カルザイの失政なのだが、それでも同じ人物を継続させる、というのがワシントンの思惑という。ひどい話である。
ロケット弾が飛び交い、爆弾が破裂する異常な環境において、厳戒態勢でもって投票することの意味などない。それでも、それを演出するというワシントンの役人も気の毒である。タリバンは公然と武力で妨害をする。26人が死んだ、いや50人以上だと現地から伝えてきている。実際はもっとではないだろうか。
武器弾薬から平和がもたらされることはない。わかっているはずのオバマがなぜ、アフガンに執着するのか。
<政治色報道>
日本のマスコミの中には、インドの都市から原稿を送ってきていた記者もいた。パキスタン情勢であれば、多少はわかるだろうが、アフガンについてはわかるはずがない。作文・創造・想像記事というのであろう。いくら危険だといっても、それを信じさせようと考えるほうがおかしい。
案の定、選挙はうまくいった、という現地報道が目立つ。ワシントンとカルザイ政権の立場からの広報報道である。公正・客観的なものではない。
「予想されたほど混乱はなかった」という形容も付く。ならば「予想した混乱」とはどういうものだったのか。これには応えていない報道ばかりである。要するに政治的報道ばかりといっていい。
投票率もわからない。アフガンの選挙担当者でもわからない。いわんや第三者には不明である。腐敗にまみれたカルザイを再選させるためか、投票所で意気軒高なところをテレビは見せてはいた。しかし、そもそも選挙運動すら出来ないような選挙だった。
過半数をとらないと決選投票ということになるが、そうなるとタリバンに足元をすくわれかねない。投票率から投票数を操作することになるのか。こんな選挙に駆り出された国際選挙監視団も大変だろう。既に日本人監視団は「順調な選挙」と偽りのラッパを吹いている。彼らにも血税が使われている。民主党はこの部分の費用を削る責任と義務がある。
<米国民の冷ややか反応>
現地からの報道では100か所以上で選挙妨害が行われたとか、投票総数は数百万人と伝えているが、これも定かではない。厳戒体制下の選挙だから、監視団でもそのごく一部しか確認できない。民主主義を正当化させるためのお祭りだとしても、狂気の沙汰ではないだろうか。
数日前、米メディアのワシントン・ポスト紙とABCテレビは、共同の世論調査結果を公表した。それによると、米国のアフガン軍事作戦を「価値のないものである」と考えている国民は51%に達していた。「米軍を縮小すべきだ」は45%で、反対の「もっと増派すべきだ」の24%の倍だった。
米国民は大義のないイラク戦争の大失敗を目撃してきたばかりである。それをアフガンにも当てはめているかのようなのだ。莫大な費用と若い将来ある兵士の命が失われていることに、国民はいらだちを隠そうとしていない。このまま泥沼にはまり込む確率が高いわけだから、アフガン問題はオバマ政権を根底から揺さぶることになろう。
日本もブッシュ命令に従うだけだったが、その実、インド洋での給油作戦も腐敗と無意味な殺害に関与していたことになる。これが「国際貢献」であろうか。断じてNOである。次期鳩山政権の判断と決断が試されることになろう。
<社会主義・アメリカ>
アメリカは2つの戦争と金融崩壊で、資本主義の本家から脱落したしまった。オバマ政権は社会主義政策で危機を乗り越えようとしているが、お先は真っ暗である。
国民の借金で巨大銀行と巨大企業を救済した。倒産企業を公的資金で救ったのだ。日本の小泉政権がやったことと同じである。中小企業は資本の論理で倒産させたが、財閥は国・国民の負担で救済したのである。
しかも、さらに公的資金を投入、車購入者などに資金を特別に援助した。これで日本車は多少のおこぼれに預かった。儲けは東京本社にはいり、その後に値下げが確実な米国債を買わされている。米財政を悪化させる、日本もドル下落による損失を受けるだろう。車の購入者にはむろん、ローンの支払いが追いかけてくる。温情あふれる社会主義政策をずっと続けると、国も企業も家計も破たんすることになろうか。
間もなく米国は、失業率が10%の大台に乗ることが間違いないのだという。10%失業がどういうことか、日本人には想像もつかないだろうが、筆者は失業率9%台のカリフォルニア州を見聞した経験がある。どえらい社会になること請け合いである。
これが今の仕事のないアメリカである。この国の人々がアフガン戦争について、どう判断しているのか、今回の世論調査を見なくてもわかることなのだ。アフガン戦争から抜け出さないと、オバマがせっかくつかんだ政権の墓穴を掘ることは、かなりの確率で予測可能なのだ。
日本と違ってアメリカ社会は財政の赤字について厳しい。景気の足を引っ張るからである。日本の失敗をよく学んでいる。 2009年8月21日記
2009年7月25日
夜間中学その日その日(73); 守口夜間中学 白井善吾
夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで,変わっていく。
橋下知事! 夜間中学生は立ち上がった 29
太平寺夜間中学(東大阪市)講堂で大阪府教育委員会との話し合いが行われた。2009年7月12日のことだ。夜間中学生と教員136人が参加した。
夜間中学生の主張は ① 学齢時、就学猶予、免除の扱いを受けた人たちの夜間中学での、学習条件の改善 ② 就学援助制度の確立 ③ 補食給食の再開の3点だ。15人の夜間中学生の意見発表を受け、府教委からの回答、さらに10人の夜間中学生がマイクを握り、7人の府教委担当者に熱のこもった、夜間中学生の主張を行った。
「戦争による貧困が原因で、私たちは義務教育を受けることができなかった。今の社会の様子を見ていると格差が進行し、あのころとよく似てきた」と述べ、「夜間中学がいかに大切な学びの場であるか」を発表した。
「小さいときなくしたものを取り戻すため、夜間中学に入学した。府は今まで通り、変わらないと言っておられましたが、6年間、通学距離6㎞の制限が付いていた。これでは、私は通学できなくなる。人生で二回悲しい思いをすることになる」
「就学援助は市によって異なり、条件の低い方にあわされていく。1学期が終わるこの時期になっても、返事が来ない。毎日、喜びどころか、悲しい思いで、学校生活を送っている」
「これまでの給食の時間は、食事を用意できる人、できない人、弁当を用意しても、食べることができず、気まずい、学校生活の時間になってしまった」
「橋下知事は地方分権、地方自治を声高に言っているが、夜間中学の府の対応はどこが地方分権か、怒りがこみ上げてくる」
これに答えた、府の教育委員会の説明は夜間中学生の真摯な問いかけに、論理破綻をきたした回答との印象は否めない。
「府のプログラム案が出て、補食給食が困難になった。府・市の役割分担から各市教育委員会に継続をお願いした」
「府が補助をなくしたので、(夜間中学設置市)に強く補食給食の継続を言えなかった」
「去年、この場で夜間中学生のみなさんから、「学びを二回奪うのか」との発言があった。奪ってはいけないと一年間頑張ってきた。しかし、府でやめたものを各市にお願いするのは、難しいことでした」
「まず、すべての市で制度を作ってもらうことに力を注いだ。次にばらつきだ」
教育の論理では越えがたい制度の変更。それに伴う繕い、と対応に追われてきたことは府教委担当者のこれら発言で明らかだ。
府教育委員会は教育の論理を無視することはできない。むしろ行政の理屈を超え、教育の論理を主張し、知事部局に理解を促す役割があるところだと考える。その逡巡がよくわかる答弁であった。橋下知事も「夜間中学の就学援助、これはもうほんとうに必要な援助だと思うんですが」と2008年9月議会で答えたように、知事にも逡巡があった。
夜間中学生は、橋下知事の夜間中学訪問と、夜間中学生との話し合いを強く要請した。そして補食給食の即時実施と就学援助制度の改悪を許さない署名活動を近畿夜間中学校生徒会連合会は組織をあげてとりくむ。
2009年6月24日
夜間中学その日その日(70):守口夜間中学 白井善吾
夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで,変わっていく。
「敗者復活・コヤシの思想」
NHKラジオから髙野雅夫さんの声が流れた。
2009年6月17日
夜間中学その日その日(69)守口夜間中学:中本伸子
夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで,変わっていく。
2009年5月26日
夜間中学その日その日(68):守口夜間中学 白井善吾
夜間中学のある日の出来事に関連させて、考えていることを書いていこうと思う。執筆者は持ち回りで,変わっていく。
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