2009年9月 7日
本澤二郎の「日本の風景」(246)
<高速道路無料化へ>
政権の交代を期待していた若者の多くは、高速道路の高額料金が無料化するという民主党の公約に心を踊らせて投票場に向かった。若者のほとんどは無党派層である。特定の政党に拘束されたりはしていない。昔と違って車をローンで購入できる。しかし、車の税金はいくつもあって合計すると、世界一といっていいくらいなのだ。財務官僚の悪しき成果である。しかも、ガソリンも高額課税だから車を所有しているだけで、庶民は予想外の税金を払わされている。暫定税率などという恐ろしい課税も存在した。官尊民卑の象徴の一つである。
地下鉄などを利用できる都心では車の必要はない。せいぜい1台あれば十分である。昨今のガソリン価格の値上がりで、車を手放す家庭が増えてきている。必要な時、レンタカーを利用する賢い節約家庭も増えてきている。
車を取り巻く環境は大きく変化してきた。だが、地方の家庭ではそうするわけにいかない。車を3台、4台所有する家庭も珍しくない。むろん、軽自動車が主流だが。たとえ軽でも車への課税はただごとではあるまい。
よほどのことでもない限り高額な高速道路を利用しない。北海道の高速では鹿が占拠しているというし、東北でもほとんど車が走っていない。北陸でもそうだ。筆者が確認している。いえることは土建屋政治家のための高速道路建設であったのである。官僚政治の悪しき典型である。
<一般道を走る貨物車>
筆者は月数回車に乗る。むろん、一般道を利用する。結構渋滞が激しい。原因の一つは大型貨物車がたくさん走っているからである。土日の安い時でも、かなりの貨物車が一般道を走っている。安くなった片道の高速料金1000円を節約しているのである。
流通関連業界のいじらしいほどの節約ぶりには頭が下がるのだが、其の分、運転手のストレスはたまる一方なのだ。事故の原因ともなる。いいことは一つもない。
むろん、普通車も一般道を利用している。ETCなる装置がないことと、1000円を節約するためである。東京湾のアクアラインは、以前だとほとんど車が走らなかった。休日に金持ちがゴルフに行くためくらいだった。
選挙向けに自公政権が土日片道1000円にしたことで、ようやく混雑するようになったというのが実情である。1兆円の投資は政財官腐敗の温床でしかなかったのだ。官尊民卑も極まっているではないか。よくぞ耐えてきた日本人であろうか。
<経済活性化>
無料化すると、真っ先に貨物車が利用するだろう。彼らは効率よく走ることを心得ている。大渋滞に合わせようとはしない。夜中、深夜でも走る。「無料化すると、大渋滞して二酸化炭素が増加する」と関係当局はがんがんと偽情報を垂れ流して、大衆の頭脳を支配することに懸命である。無料化にブレーキをかけているのである。
無料化で普段、車を利用しない市民が高速を利用するだろうか。それはない。車は一定である。ドライバーは渋滞情報を避ける。一般道と高速を自在に利用するのである。深刻な大気汚染を発生させる、という情報も一概に正しくない。
最近、国土交通省が調査した試算データでも年間2・7兆円の経済効果が出るとしている。お上も先刻無料化の効用を認めている。
流通面での効果は計り知れないものがあろう。其の分、コストが下がるだろう。ガソリンの節約も相当なものである。物価を抑制する。良いことずくめである。一般の家庭でも、それは恩恵を受けられるのである。
高速料金を集金する人経費がなくなる。ETC装置も不要だ。道路の保全のみになる。無駄・不要の高速道路建設はなくなるだけでも、すごい効果が期待できる。2005年に道路公団は民営化されたが、依然としてお上の冠をかぶったままだ。官尊民卑の体質に変化はない。解体するしかない。総合すると、相当の無駄をなくすことが出来る。
利用されない動物のための道路を、人が利用できるだけでも市民に恩恵を与えられるではないか。民主党の公約は正しい。全てを無料化するだけでも、世の中は明るくなる。ガソリンの暫定税率を廃止することで価格を下げることも同時にやれば、少しは日本経済に元気が出てこよう。急ぐべし、例外不要である。これがアメリカ流でもあるのである。
<官尊民卑の風土>
話は変わるが、神奈川新聞が南足柄市のお粗末な市政を紹介していた。
日本丸は財政悪化で沈没しているが、地方の自治体も同じようなものだ。節約するしか生き延びられない。どうしているのか。足柄市を例に取り上げている。この地区の民度を測定できるだろう。
同市は文化会館などを休館し、肝心かなめの人件費にも斬り込んでいる。これはすごいと思ったのだが、一皮むくと正体がばれてしまった。人件費削減はたったの1億2000万円のみ。このうちの7割は、かの役人天国のためにのみ暴走してきた人事院の勧告を受け入れてのものである。大衆から悪魔の組織と見られている人事院の意向に配慮した分にすぎない。残る3割は、役人の住居手当、時間外手当という特権をなくすというレベルの削減である。
役人の懐はほとんど痛まない削減なのだ。ちなみに同市の人件費の割合は、神奈川県平均19・7%に対して、23・6%と突出している。同市の役人の平均年収は767万円、市民のそれは526万円である。
典型的な官尊民卑といえるだろう。市の財政が破たんしているのに役人は、自身の身を削ろうとはしない。他方、旧道路公団は高額の高速道路料金の温存に躍起となっている。こんな日本にした自公政権から反省の弁を聞くことが出来ない日本なのである。
2009年9月7日17時00分記
2009年9月 6日
本澤二郎の「上海1日旅」4
<1匹の蚊>
この古めかしく優雅に大改装したホテルは、エレベーターを降りて、そのあと部屋鍵を使わないと客室コーナーに入ることはできない。途中の壁は、素敵な骨董を置く場所になっており、そこに壺や硯など中国文化の代表的品々を飾ってある。それだけで風情がある。
部屋の凝った机にも筆類一式を置いて部屋に安定感と落ち着きを醸し出している。それでいてテレビは薄型の人気製品である。パソコンも使用できる。実に気配り満点の客室にしてある。
窓は二重窓だから、大通りの車騒音は聞こえてはこない。贅沢なつくりのホテルだ。だが、完璧を期待してはいけないらしい。夜中に1匹の蚊が暴れ出した。近代的な白壁という白一色の部屋であれば、明かりを煌々とつけて蚊を見つけ出し、小さな吸血鬼を退治することが出来る。しかし、クリーム色をふんだんに用いた部屋だから、そうはいかなかった。これには閉口してしまった。
恐らく部屋掃除の従業員が外気を入れようとして窓を開けた瞬間、蚊が入り込んだのであろう。悔しいが、蚊は夜中に少しだけ活動すれば十分な栄養をたっぷりと補給できる。幸運な蚊である。それとも、今年は気候変動の影響で蚊が大量発生したものか。
地方都市を旅すると、ホテル側も心得たもので蚊取り線香を用意してくれてある。そうでない宿泊所もある。そんな失敗談を同行した中国人に話すと「皿にビールをついでおけばいい」と教えてくれたことがある。これぞ知恵だ。彼の説だと、蚊は人間の血よりビールの方が好きだという。まだ試したことがない。
今回は眠くて実験できなかった。
<朝食にキムチ・たくわん>
8月27日の朝、4階の食堂でバイキング方式の朝食をとった。このレストランも凝った作りで客を歓迎してくれる。クリーム色の細い木材を天井に張り巡らせているだけではない。テーブルも椅子も、そして敷物も芸術品のような材料でまとめて、風情をかもしだしてくれている。ゆったりとくつろげる雰囲気だ。旅人を落ち着かせてくれる。
「書家世家」という名前にぴったりの奥ゆかしいホテルなのだ。繁栄する中国の豊かさを象徴している。79年から中国を見聞してきた日本人には、こうした芸術的な造りのホテルを膚で感じられるのは、我がことのようにうれしいものである。
中国での朝食は粥が一番なのだが、それ用の漬物にキムチとたくわんも用意されていた。韓国人と日本人への配慮なのだ。もちろん、味噌汁と韓国のスープも揃っていた。洋食、中華はいうまでもない。韓国と日本の客が多いのであろう。
食後に、親しい友人がそばにいれば、コーヒーを飲みながら談笑したい場所としても最高である。忙しげにそそくさと席を立つサラリーマンを見ると、昔の自分を見るようでかわいそうになってしまった。
<少ない自転車、バイクは農民工>
部屋のカーテンを開けた。大通りの反対側に左右に長い大きな建造物が建設中であるのが見えた。しかし、作業員の姿が見えない。工事が中断しているらしい。金融危機による融資ストップによる中断なのか。
大通りの手前はバイクと自転車専用の道路である。ちょうど通勤の時間帯だが、自転車のほうがバイクに比べて少ない。地元では「自転車は上海人、バイクは農民工」とささやかれている。3Kの働き蜂である農民工は、自転車では活動範囲が狭くて稼ぎにならない。無理してでもバイクを買って、わずかでも収入を増やして故郷に錦を飾ろうというのである。50年代、60年代の日本そのもののようでもある。
自転車にしても車輪の小さいのが流行していた。歩行者は少ない。
<タクシーに日本語案内>
9時30分に範君がロビーに現れた。午後の講演と勉強会の前に新市街・浦東に昨年完成した金融センターを案内してくれるのだという。ホテルからタクシーに乗った。
タクシーは言わずと知れた中独合弁車「サンタナ」である。中国の発展を信じられなかった日本の自動車メーカーに対して、ドイツはいち早く進出した。その成果である。北京のタクシーは韓国「現代」車である。日中友好が形式にすぎなかったことを物語っている。先見の明のあるドイツと、それがない日本企業なのだ。
しばらくして運転手の背もたれに日本語が出ているのを見つけた。よく見ると英語と日本語である。その日本語は「運転手と言葉が通じなかったら相談無料の上海コールセンターまでお電話ください」とある。電話番号も載っているではないか。
いやはや、これにはびっくりである。上海万博を先取りしたものか。
タクシーは浦東に向かって走った。黄浦江を渡れば金融センター街である。その手前は旧市街の中心地だが、ここまで来るのに渋滞の波にもまれる必要があった。都心は道路工事や地下鉄工事だけではなかった。この世界的不況期というのに、高層ビルやら高層マンションの建設がいくつも進行していた。金融危機どこ吹く風である。
範君の話では「1平方メートル当たり3万元もする。住宅価格はまた上がっている」というのである。「杭州・温州などの金持ちが今も購入している」というのだ。別の友人は「台湾・香港・日本の金持ちが買い込んでいるので下がらない」とぼやいたものである。
本日、人民日報の日本語版には4万元のものも売り出されて、買い手が付いていると報じていた。不思議な上海景気であろうか。
バブルでないことを祈るばかりである。
2009年8月31日20時30分記
2009年9月 2日
本澤二郎の「日本の風景」(244)
<さびしい列島>
戦後64年も経過して、ようやく本格的な政治変動が起きた日本である。議会とマスコミが勇気と見識でもって国民のために対応すれば、沈没日本に歯止めがかかるかもしれない。ぼろぼろになった日本再生も夢ではない。しかし、現状はあまりにもさびしすぎる。若者に夢と希望がない。それを持てないのである。これの政治責任は重い。そこまで追い込んだ自公政権は、国民の審判を受けて敗退したというのに、いまだ反省の色が見えない。これも物悲しい。
<消費者庁は官僚主導>
9月1日に旗揚げした消費者庁も、スタートから揺らいでいる。担当大臣は小選挙区で落選、比例区で救われての当選という。地元での支持さえ十分ではなかった。新政権に委ねるのが筋だろう。それでいて、あわてて「消費者庁」の看板を書いて、これを置き土産にしようというのだ。むろん、官僚に突き上げられての作業に違いない。
しかも、庶民とかい離している官僚を長官に起用したのである。脱官僚依存を求めている主権者に歯向かっているのである。未だに官僚に操られる悲しき自民党政治家を演じている。
8億円もする民間のビルに居座ったのも、官僚そのものの消費者庁である。こんなものを消費者が信じられようか。これが悲しい官僚政治の正体といえよう。新政権は、この無駄に直ちに斬り込んだらいい。
<日本の独立度は東チィモール並み>
インドネシアから独立した東チィモールは早や10年になる。治安が収まったと当局は宣伝に努めている。だが、まだ外国の軍隊に頼っている。
昨夜、NHKが現地取材の様子を放送していた。記者は元大統領と会見、そこで「外国軍に頼らない独立はいつになるのか」という趣旨の質問をした。するとどうだろう、元大統領は「日本や韓国にも外国の軍隊がいるではないか」と明解に答えたものである。
要するに、日本の独立にしても東チィモールと同じレベルというのである。これに反論できる日本人がいるだろうか。隣国のロシア・北朝鮮・中国には外国軍は駐留してはいない。日本には首都圏に米軍司令部まである。「アメリカ51番目の州」という現実に不感症になっている。これに右翼・左翼も沈黙している日本である。
不思議な日本人であろうか。新政権がこれにどう立ち向かうのか。注目したい。
<まだ尾を引く強制連行>
韓国メディアによると、北朝鮮が朝鮮人強制連行について「日本政府と大企業が深く関与している」として、このほど三菱重工神戸造船所による強制連行と強制労働の実態調査報告書を公表したという。
「被害者は4000人余りに及ぶ」と朝鮮中央通信が報道、それを韓国の聯合ニュースが伝えた。
中国の老外交官の言葉を思い出した。「日本が靖国にこだわっていると、次から次へとおぞましい過去が表ざたになる」と。その通りの展開である。
北朝鮮との正常化を放置してきた戦後の日本政府・官僚政治のツケは、まだ残されたままである。これも新政権の課題なのである。武器弾薬でぼろもうけしている三菱の企業責任は、軽くないことがこの一事をもってしてもわかろう。国際社会は過去を忘却してはくれない。
<米マスコミも不甲斐ない>
米紙が鳩山新政権に、そろって懸念を示す論調を流している、と右翼のマスコミが、ここぞとばかり吹聴している。もしも、それが事実だとすると、米紙もまた日本の自由・独立を抑制し、服従を求めていることになろう。民主主義さえ理解していない。
こんなレベルのアメリカ新聞だから、ケネディ暗殺の真犯人を挙げることが出来ないのであろう。こう言いたくなるではないか。まともなメディアであれば、外国に軍隊と基地を置く不当な行為を止めさせる論陣を張るのが、まともな言論である。猛省を促したい。
それかあらぬか、9月1日に米国防総省高官はブッシュ政権下、イラクやアフガンの戦闘取材をする記者を徹底的に洗い、規制を加えていたことを認めた。記者を選別していたのである。自由な言論は名ばかりで統制していたのだ。そのための広報企業と契約を結んでいた。
情けない、ひどい話である。人権を規制する独裁国と変わりではないのか。
このレベルの政府に追随するマスコミだから、ワシントンの変革を評価しても、東京の変革は喜べないものか。
秋の物悲しさはワシントンも同様なのか。
2009年9月2日記
2009年8月30日
本澤二郎の「日本の風景」(239)
<医療の課題>
最近、大学の医学部長が会合を開いて、医師不足その他の医療課題を政界へ訴えていた。要するに「金を出せ」である。政府や自治体に金はない。それでも「出せ」というのは、もっと借金をせよ、ということなのか。それとも、政府・自治体の支出の仕方に問題があるよ、ということなのか。医学分野に限らない。いたるところで「金を出せ」という叫びばかりである。日本丸が沈没しているのだから、なんとか知恵を出せないものか。相変わらず「声の大きいことが良いことだ」という流行に変化はないらしい。政治の変化に各界も変われないものか。
医師不足は本当なのか。事実なら増やせばいい。対応次第では可能である。問題はその先にある。いい医者をどう生み出すのか。地方はいや、産婦人科医はいやという医師を増やしても、問題は解決しないだろう。医師の教育はどうあるべきなのか。失敗を認めない人間性のない「医師失格者」をいくらたくさん増員しても、医療ミス・事故は減少しない。むしろマイナスである。人間性のある真面目な医師を、そして看護師を増やし、しかも同時に大胆な医療関係者のワークシェアリングも実施してはどうか。
金もうけに熱中する医師よりも、報酬は少なくても人間らしい家庭生活に満足する医師である。余裕のある家庭生活と余裕のある治療をしてくれる医師である。そうする制度改革も必要であろう。殺人的な忙しさから解放させる工夫は、制度面で対応可能である。単なる増員論では、地方の医師不足や産婦人科医・小児科医の不足は解消しない。
<高額医療器具>
近年の医学の進歩というと、それは医療器具がはるかに先行している。そのため、せっかくの医療器具が揃っていても、それを完全に使いこなせる専門医がいないか、著しく不足しているのが現実である。これは医療事故の多発とも、保険料とも深く関係している。
筆者の息子はCTやMRIを十分に使いこなせない医師団が、それこそ想定外の診断ミスを冒してしまい、あっけなく人生を奪われてしまった。不運とあきらめるしかないのか。医師団からの生の謝罪は10年経ってもない。人間性にも問題がある医師である。当人以外の周囲の人生も奪われてしまうものだから、医師のミスは多大な影響を与える。
医療事故には、医師の能力と医師の油断・不注意の一方か双方が関係して起きる。息子の場合は、医療器具を正しく使いこなせなかっただけでなく、その後の不注意が重なってしまった最悪の事例である。
知り合いにがん患者がいる。転移を察知できなかったことから、二度もがん手術を受ける羽目になった。その結果、副作用のある重い治療を今も受けている。これも怒り狂う悲劇である。こうした例はいたるところに転がっている。せっかくの高度・高額の医療器具を十分生かし切れていない。開発・販売企業と医師の連携・研修が欠落しているのである。宝の持ち腐れどころではない。
友人弁護士の説明では、医療器具はどうしてなのか、べらぼうに高額である。武器弾薬がそうだが、ややこれに似ていて高いのである。独占企業なのかどうか。いうなれば、高額医療器具の影響を、病院・医師・患者が受けているのである。これも深刻な医療界の重要課題として無視できない。
筆者にもこんな経験がある。息子の入院していた大学病院が、大腸がんの検診を推奨している貼り紙を見た。「一度くらいいいのかな」という単純な理由で受診してみた。胃の中の全てを薬で吐き出して、そこへとカメラを押し込むのだが、痛いこと痛いこと人生で初めて体験した痛さだった。二度と受けまいと誓った。
あとで気付いたのだが、担当医は若い女医だった。研修医ではなかったのか。そばに中年の医師がついていた。筆者はモルモットにされていたのである。妻が同じ検査をするというので、このときは知り合いの医師に相談した。「千葉大のOO先生がいい」と教えてくれた。あとで妻に聞くと、平然と「全く痛くなかった」と答えたものである。ピンからキリまでいる医師の世界なのだ。
高額医療器具を遊ばせていると、病院の利益は上がらない。医師も使いこなせないままだ。そこで無理やり患者をつくる、検査をすることになる。健康保険を食いつぶすことにもつながる。ここには、さまざまな好ましくない環境が整うことになる。
医療事故は一般人が想像する以上にたくさん起きている。あるいはそれによって保健費用がべらぼうにかさむことになる。
<医療器具に振り回される病院・医師と患者>
「病院は治療するところで、治すところではない」という話を聞いたばかりだが、真相を突いているようである。医学の進歩を裏付ける医療器具が、その実、恐ろしいほど高額なため、病院経営を悪化させる。それを解消しようとして、その回転をよくしようとして、やたら患者の治療にテストよろしく手を出してくる。
高額医療器具メーカーに天下りの官僚がいるはずである。安くならない理由でもある。介護用品の値段も高いが、新政権はここにもメスを入れる必要があろう。薬もそうである。医療・医学関係は何事も高止まっている。政財官の見えない癒着構造が、背景にあるとみていい。
農村では高額な農機具で農家の収入は上がらない。農林官僚・農協・農機具メーカーの癒着が原因だが、命を助ける世界での怪しげな癒着は由々しい事態である。
新政権の取り組む課題の一つであろう。
2009年8月25日19時30分記
2009年8月27日
本澤二郎の「日本の風景」(238)
<政権交代と腐敗の表面化>
権力は限りなく腐敗する。洋の東西を問わない真理である。政権の継続が長いほどそれは比例して膨らむ。これの解明は権力の走狗である捜査当局に期待できない。全く不可能かというと、そうではない。政権の交代である。新しい政権は、前政権の腐敗を暴いている時間、国民に安心をプレゼントすることが出来る。来月になると、多少薄日の差す日本列島になること請け合いである。
<まな板の鯉>
お隣の韓国では、政権の交代後の腐敗暴きがかなり派手に行われる。そこでは財閥も槍玉にあげられる。しかし、それでも政商・財閥は性懲りもなく腐敗を繰り返す。なくならないのだ。裏の権力者として甘い汁を吸うことに躍起になる。さればこそ政権の交代は日常茶飯事でなければ、国民が哀れであろう。
ワシントンでも「前政権の腐敗に手をつけない」と公約していたオバマ政権が、人権団体の圧力に屈して、結局のところ腐敗暴きに動き出した。8月25日にワシントンから届いた情報である。日本でも民主党中心の連立政権に参画する国民新党の綿貫党首は「小泉・郵政改革の化けの皮を剥いでやる」と演説している。ブッシュ政権や小泉・安倍政権の取り巻き連は、さしずめまな板の鯉になるのかもしれない。国民もそれを期待している。
国民の頂点に君臨して、好き放題のことをしていた面々と取り巻き連は、ハラハラドキドキの時間を過ごしているのであろう。これこそが民主政治の長所なのである。
<CIAの拷問公開>
9・11後のCIAの暴走は、アメリカ人でも眉をひそめている。容疑者にされた関係者は、それこそ前世紀の暴君のようなやり口でひどい拷問・虐待を受けた。水攻め・電気ドリルなど非人道的な拷問が、最も民主的、かつ人権のアメリカで繰り広げられてきたのである。世界で最も野蛮なアメリカを印象付けてしまった。これの国家的損失は計り知れないものがあろう。
この戦争犯罪に日本も加担してきている。「知らなかった」ではすむまい。ブッシュと小泉の間で何があったのか。日本国民は知りたがっている。このことはアフガンへのさらなる介入を求めてくるはずのオバマと立ち向かう「鳩山新政権」にも、厳しい判断が待ち構えている。
CIAの秘密報告書は4月に公開されたが、肝心の場面は黒く塗られていた。今回、新たにそれが公開、全世界に明かされることになるという。司法省が「法の下の平等」を貫くというのである。
文句なしの違法行為は明白な犯罪である。当然、処罰をしなければならなくなる。「そうする」というのが、ワシントン情報である。人権団体は安堵しているだろうが、ブッシュの取り巻き連は、当局の捜査にこれから翻弄されることになろう。
<鳩山新政権の対応>
過去4年間の腐敗の最たるものは何か。
一つには金融財閥へのテコ入れがある。小泉―竹中組によって、血税が投入されて救済されたのだが、双方にどんなやりとり、思惑が存在したものか。腐敗の内情がわかるのかどうか。金融財閥は背後で日本丸を操作している一握りの勢力である。「メスを入れることはできない」とみられているが、ただし、これには郵政民営化問題もからむ。
国民新党の郵政民営化に対する真相解明は、異常なほど強い。当然、金融財閥との闇取引がどのようなものであったものか、さらにワシントンとの密約がどういう内容だったのか。三井住友だけか、それとも金融財閥そのものが深く関与したものか。筆者は後者と思うのだが、この重大事件は、関係者の証人喚問だけでも相当の波紋を内外に与えることになろう。
派遣社員化など財界主導の小泉―竹中組の市場万能・弱肉強食政策は、日本の誇りでもあった中流意識社会を崩壊させ、格差を教育分野まで含めて社会の隅々まで蔓延させてしまった。財界と政府の間に何があったのか。これにワシントンは介在したものか。
拉致問題は、圧力一辺倒で対話による解決を封じてきた。そして、これに被害者家族を資金面で動員、マスコミを踊らせてきたのだが、これも関係者や専門家に疑いをもたれている。一体、何があったのか。防衛省幹部が筆者に証言してくれたように、ミサイル防衛システム導入との関係も興味がある。一連の戦争法制や改憲への体制づくりとの関連も。国家主義の右翼片肺飛行の内実が明らかになるのかどうか。
核の持ち込みに関する密約について民主党は解明する構えである。「パンドラの箱」が開くことを人々は重大関心を持っている。
政権発足後、半年の勝負とみたい。「鳩山新政権」の浮沈ぶりを占う材料となろう。
2009年8月25日9時30分記
本澤二郎の「日本の風景」(237)
<壮大なる無駄>
昨夕、珍しい友人が電話をかけてきた。自民党の市会議員である。
「どうして自民党の人気はないのか」という疑問をぶつけてきた。彼にとって政権党は自民党しかない、と信じて現在も自民党市議として働いてきている。「柳の下のドジョウ」のせいか、その不人気の原因がわからないというのである。
やむなく中曽根バブルがはじけて1500兆円が消えてしまい、その後はひたすら借金をして今日を迎えている自公政権。その借金は1000兆円を超えている。借金地獄の日本は、日本沈没そのものである。借金で首が回らない財政だから、年金などの福祉が壊れて将来に不安を抱いて生きるしかない。そんな日本にした自公政権に、ようやく国民は気付いて政権交代を求めている。
「金がないのに、それでも無駄が横行する予算が編成されてきている。政権の交代は天の声といってもいい」という説明に、彼も渋々納得した。
するとどうだろう、彼は自分で調べた「壮大なる役所・役人の無駄」を証言してくれた。国道や県道で草刈りをしている労働者の賃金である。日当6000円から7000円である。直接確認した数字だという。これを県当局者に対して、そのための経費としていくら予算化しているのか、を尋ねると、なんと2万余円という。3倍近い血税を投入しているのである。
作業員に支払われる3倍の予算化という方程式が、日々の生活を必死で生きている庶民には怒り狂う数字だ。理解できるわけがない。作業員を使用している会社が、残りの全てを懐に入れてしまうものか。そうではあるまい。どえらい裏金資金に化けているのかもしれない。
かつて市役所で働いたことのある市民は「役所にいると、何かにかこつけて年中、飲み食いしていた。裏金の世界が横行している役所だ」と決めつけたものだ。
そうしてみると、たとえば50億円で完成できる公共事業に100億、150億の血税が投入されているのであろうか。これこそが政財官癒着の汚職構造ではあるまいか。全てがこうして予算化されている可能性を否定できない。役所が率先して腐敗に手を染めて裏金をつくり出している。霞が関も自治体も。これこそが官尊民卑を象徴している。
これに徹底してメスを入れることが出来れば、民主党の天下はしばらく続くことになろうか。
<配色濃厚の閣僚事務所>
さて、この市議は時折、閣僚の選挙事務所に詰めている。当番制というのである。自民党の県議や市議が交代で留守番をさせられているらしい。
「今回は事務所の雰囲気が全然違う」というのである。「勢いが全くない。事務所内が冷めている」という。戦う前から敗色濃厚という。そういえば、筆者が農作業をしている時、問題事務所の選挙カーが通り過ぎたのだが、ひたすら候補者名を連呼するばかりだった。連呼は普通、投票日前日が相場なのだが、それを1週間前から始めているのである。
危機感の表れなのであろう。現に「明日からは候補者の親父が支持者に檄を飛ばすという。票が逃げると不安がる運動員もいるが、父親は聞く耳を持たないらしい」とも市議は内幕を漏らした。世襲批判などにかまっていられないほど焦っているようなのだ。
家の近くで農作業をしているおばさんに声をかけると「イタリアのトマト」という珍しい野菜を「どうぞ」と言ってプレゼントしてくれた。選挙の話になると「当然、民主党に入れてアクアラインを無料にしてもらう。比例は福島さん。彼女の小泉・郵政改革批判が正しいことがわかったので」と自信をみなぎらせ、快活そうに笑った。政治の流れは変わっていることを、この農婦が教えてくれた。
<小沢は強い>
くだんの自民党市議は民主党候補の手の内を研究していた。元自民党幹事長の小沢一郎のことである。情報は入りやすいのだろう。その上で「小沢はすごい」と断じた。「どうしてか」と聞くと、彼の面倒見の良さについて、であった。
嘘かまことか彼は「小沢は民主党の新人候補にずっと毎月45万円を支給して選挙運動を支援してきた。今の45万円は大きい。小沢の気配りは、やはり選挙する者の身になって対応している。大したものですね。我々が閣僚事務所に詰めてもガソリン代も出ませんから」といって民主党の実力に脱帽していた。
<真夏の農作業>
今朝はぐっすりと寝込んでしまった。昨日の農作業の疲れである。
午前10時過ぎから午後4時ごろまで、それこそ汗で作業着が重くなるほど働いた。曇り空のもとでの、かなり遅くなったジャガイモ掘りである。とっくの昔にジャガイモの茎は消えていた。そこには雑草が生い茂っていた。鍬で雑草を払いのけて、今度はスコップで土をすくい上げると、小さな芋が数個出てくる。情けないことに芽が出ていた。
しかし、ここには化学肥料は使っていない。土壌も健全だ。ミネラル分を吸収したジャガイモに相違ないだろう。そう思って懸命に鍬を持ち上げた。もはや鶯の美しい音色を聞くことはない。騒々しい蝉の大合唱ばかりである。
太陽が顔を出すと、あわてて木陰に入り、ブルーベリーを摘み、茗荷を採取した。庭の雑草も。午後3時ごろになると、うれしいことに急に涼しくなった。すばらしい秋風がほほをなでてくれた。元気が出てきた。
悲願のジャガイモ掘りは無事に完了した。体力に感謝した。自然と、80歳になっても畑を耕していた母方の祖父のことが目に浮かんできた。遺伝であろう。実家の91歳になる母も元気だった。弟が毎日、母の好物のバナナとゆで卵を持参、栄養補給をしてくれているからなのであろう。 2009年8月24日21時15分記
本澤二郎の「日本の風景」(236)
<おかしな選挙制度>
アフガンのおかしな選挙の開票は続けられている。人々はその結果を、有無を言わせずに容認しなければならないのだろう。悲しい現実である。銃に支配された社会に安定がもたらされることはない。しからば8月30日の日本はどうか。「変革」が勝利するはずだが、他方で人々は4年前と同じような嫌な気分にさせられるだろう。落選者が当選するという、この世の不思議な事態を見せつけられるからだ。どんな手品師でもできない芸当が、国政の場で現出するのである。
<定員300人で十分>
現在の衆院議員の定数は480、このうち小選挙区300、比例180である。誰が考えたものか、一人の候補者が双方の選挙区に出馬できるという驚くべき仕掛けをしている。
この結果、小選挙区で落選した人物が、比例で当選してしまうという偽装議員が誕生する。
どうみてもおかしい選挙制度である。第一、落選者の当選者という矛盾する「国民の代表」を国民は理解できないだろう。即刻廃止すべきだろう。
翻ってみて多くの国民は、国民の代表を信頼しているだろうか。NOである。人格・識見のある人物がいかにも少ない。不正・腐敗の代表のようにも映っている。まぎれもない実感だろうが、それでは身も蓋もないものだから、赤じゅうたんを敷いてその上を歩かせて、あまつさえ豪華な宿舎を提供して格好をつけさせている。官僚に馬鹿にされて当然といっていい。
180の定員は無駄である。民主党は80減らすといっているが、180全てをなくしたらいい。国費の無駄が少なくなる。国民の願いだ。社民党や共産党も反対すべきではない。300でも多いくらいだ。少ない方が国民の監視は行き届くだろう。480人もいると、どこで何をしているのか、真面目に国政を担当しているのか、マスコミでさえも掌握できない。180人分の税金は、莫大な借金返済に回せばいい。
当然、参院議員も定数を100にする。これで十分である。いてもいなくてもいい国民の代表など不要なのだから。このことで世論調査をしてみたいものである。恐らく9割の国民は賛成するだろう。議員報酬も半減すれば、まともな見識と憂国の人材が集まるかもしれない。一石二鳥であろう。しかも政治不信が解消する。これの効果が絶大である。
これにまともに反論できる政党があるだろうか。ことほど政治不信は深刻なのである。
<役人半減・給与半減で借金解消、景気回復も>
国民の代表を半減すると、役人も半減することへとつながるだろう。仕事をしない税金泥棒という認識が、国民の偽らざる気持ちである。人員だけではない。給与も半減にすればいい。
それでも仕事をしたいという役人なら、日本再生も可能となろう。ボーナスのないサラリーマン、倒産して自殺者を出している家族の苦悩を理解する公務員・公僕の誕生を期待できるからである。民主党は役人の給与2割削減を公約しているが、全然まともとはいえない。
国と地方の借金は1000兆円である。これの返済を考えない政府は、自公政権と大同小異である。民主党の岡田幹事長は日本の財政に詳しいはずだ。親類の村上誠一郎は自民党きっての財政通である。彼から内情を聞いて知っている。政党は違うが、村上を財政顧問か財務大臣にしてはどうか。
こんな手もある。役人の給与半減は、質のいい公僕の誕生という成果だけではない。浮いた資金で、仕事のない若者を大量採用、福祉分野で働かせるのである。失業問題を解消できよう。日本の将来はそれだけで明るくなる。借金を返済する日本にすると、国際的信用がつく。円が安定する。つまりは景気に弾みをつけることが出来る。敗戦後の復興期ほどではないが、とことん汗をかく者に夢と希望を与えることが出来るだろう。
役人のお手盛り高額給与の震源地は、官僚国家のなせる技でもあるのだが、それは人事院である。彼らの説明によると、事実かどうか不明だが、1万1100事業所・46万人の平均給与からはじき出して、役人の給与を決めているとほざいている。この調査は事実なのかどうか。また、この中に倒産寸前、ボーナスもない、給与削減企業がどれくらい含まれているのかどうか。そうではあるまい。勝ち組企業のいいところで数字合わせをしている可能性が高い。人事院は即刻解体すべきなのだ。国民の怒りなのだ。
民間企業では、日本財政のような企業はつぶれて存続できない。倒産している。それでいて、どうして高額給与体系なのか。政治不信の根源であることを、あえて指摘しておきたい。
これに手をつければ、再び日が昇る日本になる。世界に希望を発信できるだろう。以上が本物の日本変革の中身である。
<チルドレン政治>
話を戻すと、4年前もそうだったが、選挙のたびごとに大量のチルドレンが誕生する。彼らの議員報酬だけでも、借金地獄の日本財政のもとではきつい。ましてや彼らチルドレンの教育に役人の多くが仕事を止めて彼らに時間を取られてしまう。莫大な損失である。
普通の秘書レベルになるまでの投資資金は途方もなく高くつく。成長期の日本であれば、多少はそれも許されるが、今の日本にそれは無理だ。即戦力がバッジ族の前提である。
4年前の小泉チルドレンの国家的損失を測定すればわかろう。今度は小沢チルドレンの誕生である。国民はいたたまれない気分にさせられる。
チルドレン政治を放置すると、日本の変革は前に進むことが出来ない。
沈む太陽を止めることが出来なくなる。現在ワシントンも苦戦しているが、新しい日本政府も厳しい。財源が底をついている日本である。本物の変革が求められているのだが、チルドレン政治では、それを真正面から受け止めることができないのではないだろうか。
悲しいかな民主党公約を見る限り、ほとんど絶望的といっていい。そこに自民復活の可能性が垣間見えるのだが、たとえ復活しても日本を沈没させた政党には、もはや力量不足であろう。この国は、とことん地獄を見るまで落ちるしかないのか。前述した議員・役人を徹底して改革をする勢力の誕生を待つしかないものかどうか。
<民意反映の制度改正へ>
改めて指摘する必要があろう。この国のうさんくさい選挙制度のことである。制度がおかしい分、胡散臭い人物が永田町を往来することになる。小泉チルドレンが小沢チルドレンに代わるだけのことなのだから。
この際、民意が反映しにくい現行制度を変える必要がある。民意が出来るだけ反映できる選挙制度である。中選挙区制の復活がいいのかもしれない。定数300の中選挙区制であれば、国民の合意を容易に取り付けることが出来るだろう。
民意の反映しにくい小選挙区制は少数政党に不利だけではない、小粒な政治家ばかり輩出させる。しかも激しい選挙になるため腐敗・金権選挙が横行する。政治不信の元凶ともなる。独裁政治が容易に実現する。いいことは何もない。
民意が反映しやすい選挙制度に改正する世論を、大いに盛り上げる必要がある。
2009年8月22日9時25分記
2009年8月26日
本澤二郎の「日本の風景」(235)
<政権交代の総選挙>
自民党の勢いがない。中選挙区制を廃止、小選挙区制にしたからである。そのため自民党政治の活力となってきていた派閥が消滅してしまったことによる。政府や執行部の失政に対して、党内批判を許さない不自由政党になってしまった。言論の自由を喪失してしまった自民党には、国民を引きつける魅力がなくなった。自業自得である。森内閣以降の右翼片肺飛行をずっと強行してきたツケでもある。したがって、自民党復活の鍵は中選挙区制に戻せるか否かが目安となろう。
自民党の強さの秘訣は、音楽に例えると、交響楽団のようなものである。バイオリン弾き、太鼓たたき、笛吹き、ピアノありとたくさんの合奏が美しい音色を生み出していた。それがここ10年近く雅楽ばかりとなっていたものだから、とうとう聞き手もしびれを切らしてしまったのだ。
最近の世論調査によると、雅楽を聞きたいという人は相当減少してしまった。小選挙区300、比例区180のうち、なんと300議席を民主党が占めるとの数字が出ている。自民党の歴史的敗北は間違いない。この民主圧勝の世論調査は、逆に自民支持を広げることになるが、それでも自公そろっても過半数確保はありえない。政権の交代は歴史の必然なのである。
中曽根バブル以降の失政が積もり積もって、人々に不信と不安をまき散らした結果である。日本を沈没させたことに尽きるのである。バブル経済の脅威を軽く見てきたツケは、あまりにも巨大すぎる。年金・医療など福祉国家をぶち壊したのだから。
<新顔右翼宗教政党?>
こうした非常時には、予想外の勢力が内部から噴き出してくる。
本日、あるJR駅前で大型の選挙カーの天井から、マイクを握って大声でわめきたてる一団を目にした。これまでの選挙で見たこともない新顔政党、それも宗教政党である。真夏だというのに背広に白手袋といういで立ちは、ごく普通だが、演説の中身がすごい。「憲法9条を改正する」というのである。極右である。
自民党や民主党の右翼でも、街頭演説で9条改正を叫ぶ者はいない。票が逃げるからである。筆者の知る元自民党議員だった平沼赳夫は例外だった。その代わり彼には右翼宗教団体が総力で選挙支援をしていた。並みの右翼候補は、右翼であることを隠して選挙してきている。
政権交代に危機感をもって飛び出してきたものなのか、宗教団体と政治団体の二つの衣を着て決起したものか。公明党の成功に勢い付いたものか。一般人には宗教という仮面をかぶっていると、いい感じはしないものである。
幸か不幸か、街頭宣伝車の周囲には、人だかりがなかった。よく見ると10数人である。関心を持つ有権者はいない。支持者への動員力が弱い。支持者がいないものか、地域に偏っているものか。平和主義者には安心する場面である。
むろん、選挙には莫大な金を必要とする。一定の票獲得がないと、供託金没収である。金はあるのだ。テレビもしっかりと候補者を紹介しているのだから。宗教団体と資金力は比例するものらしい。
<大政党に紛れ込む右翼>
これまでのところ、右翼ないし、極右の面々は与党の自民党に潜り込むことで、彼らの好ましい政策を実現してきた。靖国参拝派はその典型であろう。文教関係、国防関係、外交関係に首を突っ込んで、右傾化への流れをつけてきた。
特異な極右勢力として筆者が注目しているのは、松下政経塾である。ここの塾生を、PHPというコントール機関が、自民党と民主党に割り振っている。共産党や公明党、社民党には入れていない。入ってもはじかれるという判断なのか。それとも極右という価値観が邪魔しているからなのか。ともかく巧妙なのである。
二つの大政党を手玉に取ろうとしている。これまでも森派という右派の権力中枢に政経塾生は存在した。民主党には一度党首になったものもいる。神奈川県は現在もそうだが、最近までの横浜市の首長も政経塾が握った。松下財閥の広告を利用してマスコミ操作も上手である。例の「つくる会」とも深い関係がある。
それでいて政経塾の正体は、ほとんど明かされていない。それでも改憲軍拡・天皇制国家主義に近いことははっきりしている。むろん、反共主義である。彼らの賢い点は、自己の思いを強引に押し出そうとしないところにある。この点が、また不気味なのである。
<右傾化する日本>
筆者が政治記者になったころの70年代の右翼は、大した脅威ではなかった。保守本流・リベラルが自民党の主流を占めていたからである。右翼の暴走は72年の日中国交回復の場面で、永田町に浮上した。
背後には岸信介と台湾の蒋介石が控えていたからである。それでも日中関係にブレーキをかけることはできなかった。中曽根が靖国参拝をしても、それは一度で止めるしかなかった。リベラルの力を立証して余りあろう。
小泉が6回も参拝できたということは、保守本流が実質、消滅してしまったからである。森―小泉―安倍―麻生の4代の時代は、文字通り右翼時代の日本を象徴している。
民主党が取って代わるが、その分、日本のリベラル化が期待できるのだが、党内の政経塾がどう動いてくるのか。平和国民とアジア諸国民の関心事は、ここに集中するのかもしれない。
最大の弱点は、松下財閥が金もうけ集団という点にある。
2009年8月21日20時00分記
本澤二郎の「日本の風景」(234)
<アフガン大統領選挙>
ワシントンのメンツがかかっているようなアフガン大統領選挙が、昨日の8月20日実施された。およそ自由で公正な民主的選挙とは程遠いものである。誰もがわかる。しかし、カブールに軍事力で傀儡政権を樹立したワシントンにとって、それでも多少の意味合いを持たせる必要があったのであろう。実に空しい。一体、何人の無辜の民を殺せばワシントンは軍事侵略から手を引くのであろうか。
現実のカブールは腐敗政府そのものである。各国の援助は日本資金を含めて、ほとんどが要人などの懐に消えてしまい、大衆までに届くことはない。カルザイの失政なのだが、それでも同じ人物を継続させる、というのがワシントンの思惑という。ひどい話である。
ロケット弾が飛び交い、爆弾が破裂する異常な環境において、厳戒態勢でもって投票することの意味などない。それでも、それを演出するというワシントンの役人も気の毒である。タリバンは公然と武力で妨害をする。26人が死んだ、いや50人以上だと現地から伝えてきている。実際はもっとではないだろうか。
武器弾薬から平和がもたらされることはない。わかっているはずのオバマがなぜ、アフガンに執着するのか。
<政治色報道>
日本のマスコミの中には、インドの都市から原稿を送ってきていた記者もいた。パキスタン情勢であれば、多少はわかるだろうが、アフガンについてはわかるはずがない。作文・創造・想像記事というのであろう。いくら危険だといっても、それを信じさせようと考えるほうがおかしい。
案の定、選挙はうまくいった、という現地報道が目立つ。ワシントンとカルザイ政権の立場からの広報報道である。公正・客観的なものではない。
「予想されたほど混乱はなかった」という形容も付く。ならば「予想した混乱」とはどういうものだったのか。これには応えていない報道ばかりである。要するに政治的報道ばかりといっていい。
投票率もわからない。アフガンの選挙担当者でもわからない。いわんや第三者には不明である。腐敗にまみれたカルザイを再選させるためか、投票所で意気軒高なところをテレビは見せてはいた。しかし、そもそも選挙運動すら出来ないような選挙だった。
過半数をとらないと決選投票ということになるが、そうなるとタリバンに足元をすくわれかねない。投票率から投票数を操作することになるのか。こんな選挙に駆り出された国際選挙監視団も大変だろう。既に日本人監視団は「順調な選挙」と偽りのラッパを吹いている。彼らにも血税が使われている。民主党はこの部分の費用を削る責任と義務がある。
<米国民の冷ややか反応>
現地からの報道では100か所以上で選挙妨害が行われたとか、投票総数は数百万人と伝えているが、これも定かではない。厳戒体制下の選挙だから、監視団でもそのごく一部しか確認できない。民主主義を正当化させるためのお祭りだとしても、狂気の沙汰ではないだろうか。
数日前、米メディアのワシントン・ポスト紙とABCテレビは、共同の世論調査結果を公表した。それによると、米国のアフガン軍事作戦を「価値のないものである」と考えている国民は51%に達していた。「米軍を縮小すべきだ」は45%で、反対の「もっと増派すべきだ」の24%の倍だった。
米国民は大義のないイラク戦争の大失敗を目撃してきたばかりである。それをアフガンにも当てはめているかのようなのだ。莫大な費用と若い将来ある兵士の命が失われていることに、国民はいらだちを隠そうとしていない。このまま泥沼にはまり込む確率が高いわけだから、アフガン問題はオバマ政権を根底から揺さぶることになろう。
日本もブッシュ命令に従うだけだったが、その実、インド洋での給油作戦も腐敗と無意味な殺害に関与していたことになる。これが「国際貢献」であろうか。断じてNOである。次期鳩山政権の判断と決断が試されることになろう。
<社会主義・アメリカ>
アメリカは2つの戦争と金融崩壊で、資本主義の本家から脱落したしまった。オバマ政権は社会主義政策で危機を乗り越えようとしているが、お先は真っ暗である。
国民の借金で巨大銀行と巨大企業を救済した。倒産企業を公的資金で救ったのだ。日本の小泉政権がやったことと同じである。中小企業は資本の論理で倒産させたが、財閥は国・国民の負担で救済したのである。
しかも、さらに公的資金を投入、車購入者などに資金を特別に援助した。これで日本車は多少のおこぼれに預かった。儲けは東京本社にはいり、その後に値下げが確実な米国債を買わされている。米財政を悪化させる、日本もドル下落による損失を受けるだろう。車の購入者にはむろん、ローンの支払いが追いかけてくる。温情あふれる社会主義政策をずっと続けると、国も企業も家計も破たんすることになろうか。
間もなく米国は、失業率が10%の大台に乗ることが間違いないのだという。10%失業がどういうことか、日本人には想像もつかないだろうが、筆者は失業率9%台のカリフォルニア州を見聞した経験がある。どえらい社会になること請け合いである。
これが今の仕事のないアメリカである。この国の人々がアフガン戦争について、どう判断しているのか、今回の世論調査を見なくてもわかることなのだ。アフガン戦争から抜け出さないと、オバマがせっかくつかんだ政権の墓穴を掘ることは、かなりの確率で予測可能なのだ。
日本と違ってアメリカ社会は財政の赤字について厳しい。景気の足を引っ張るからである。日本の失敗をよく学んでいる。 2009年8月21日記
2009年8月23日
本澤二郎の「日本の風景」(233)
<民主党の公約>
手元の民主党の政権公約は、当然のことながら失政続きの自公政権よりもましな公約が羅列されている。「自公政権の政策・支出を全て見直す」としている。政財官癒着の政策を改める、というのである。実際問題として自公政権のそれらは、財界寄り・ワシントン寄りの政策が少なくないのだが、それらにもメスを入れるというのであれば、大いに歓迎したい。国民の生活を第一に考える、とも約束している。主権者は国民である。国民のための当たり前の政治をやるというのだ。
企業団体献金を禁止するという。腐敗の元凶を断つというのである。これからは、小沢問題のような事件は起きない、ということらしい。是非そうしてもらいたい。そうしないと、民主党が掲げる「無駄遣い」にメスを入れての支出削減は不可能だからである。
世襲議員を禁じるという。小泉のような政治家は認めないのだという。子育て・教育に血税を投入するのは良いとしても、財源の制約をやや軽視している。それよりも年金・医療への国民の期待は大きい。
地域主権を確立するのもいい。国の出先機関を廃止するだけでも相当の無駄排除が可能となる。ガソリンなどの暫定税率を廃止する。高速道路を原則無料化する。物流面で大きな成果が約束されよう。
主導的な環境外交を展開する。これもすばらしい。財界を抑え込めるかどうか。全ての労働者に雇用保険を適用する。消費者保護と人権尊重にも力を入れる。いいことずくめだ。
<外交政策>
外交面では「緊密で対等な日米関係を築く」と公約、ワシントンに服従してきた自公政策との違いを打ち出している。これは評価できる。具体的にどうなるかは、今後の対応、判断によるだろう。「米国と役割分担しながら、日本の責任を積極的に果たす」という。この部分は今後を見ないとわからないが要注意だ。
米国との自由貿易協定を締結するとして財界の意向を公約に掲げた。さっそく農協・農民の反発を呼んでいる。財界との危うい関係を示したものか。
日米地位協定の改定を提起する。これは自公政権が出来なかったものだ。米軍再編・在日米軍基地の見直しもする。当然であろう。服従から対等への証しとなれば成果となろう。
「アジア外交を重視する」「東アジア共同体の構築を目指す」という。これは小泉・安倍・麻生政権が排除してきたもので、大いに期待していいだろう。具体的なステップを注視していきたい。そのために「アジア諸国との信頼関係の構築に全力を挙げる」ことになる。
オバマ政権に連動して「核廃絶の先頭に立つ」とも公約した。自民党が出来なかったことである。オバマの被爆地訪問に弾みをつけるだろう。
<憲法認識に危うさ>
おおむね民主党公約は、よりましな政権を印象付けている。だが、不安なこともないではない。その最大の点は憲法についてである。筆者は知らなかったが、民主党は2005年秋に「憲法提言」を行っている。鳩山兄弟は共に改憲論者で知られる。軍用車両に用いられているタイヤは、ブリジストンである。兄弟が大量に所有しているのは、いうまでもなくブリジストン株だ。祖父・一郎も改憲論者だった。小沢にも同じような認識があったことを承知している。
彼らは改憲論に言及していないが、選挙を意識して意図的に蓋をかけているのかもしれない。筆者の唯一の懸念材料である。民主党公約の最後に「国民の自由闊達な憲法論議を」と呼びかけている。これは臭い。
<第2自民党への懸念>
同党内には、これまでも何度も指摘していることだが、松下政経塾から民主党議員になった面々は、いずれも右翼の立場を貫いている。反共・民族・国家主義を信奉している。改憲軍拡論者である。これまでも軍需産業や防衛省との関係が深い。能ある鷹は爪を隠すというが、彼らこそ爪を隠して地方の首長や党幹部の地位をつかんできている。したたかな面々である。訓練・組織された本物の右翼勢力である。
こうした内情から、民主党の自民党化が懸念される。そうなると第2自民党でしかないだろう。
公約では「現行憲法に足らざる点があれば補い、改める点があれば改めることを、国民の皆さんに責任を持って提案する」と公言している。どこが足らざる点か、どこを改めるのか、にはぼかしている。改憲をあおっているのである。
社民党の力量が問われる場面である。
ともあれ、ここが民主党公約の一番の問題点であることを、現時点であえて警鐘を鳴らしておきたい。アジアの平和と安定のために。
2009年8月20日19時50分記
本澤二郎の「日本の風景」(232)
<地球は生きられるか>
日々世界から報じられる情報だけでも、この地球が生きるための最後の抵抗をしていることがわかる。地球の悲鳴を無視し続ける人類の代表ばかりである、という愚かな事実をも同時に伝えている。地球は生きられるのか、という問いかけに真正面から体当たりする指導者が現れようとしない。
フランスでは連日、猛暑で眠れない市民の姿をテレビが報じている。同じテレビは牧歌的な内モンゴルの郵便配達人を取り上げていた。広大な草原で馬に乗り、長時間かけての郵便配達風景は、人々に安らぎさえ印象付けてくれる。ところが、現地住民は「干ばつで食べるものも、水も不足している」と泣き叫んでいた。
日本の夏は日照不足で農作物に被害が出ており、野菜の高騰を招いている。豪雨にも見舞われた。水不足の心配はなくなったが、災害で命を奪われた住民は哀れだ。台湾の山間部でも台風は、とてつもない被害を与えた。
地球は間違いなく悲鳴を上げている。異常気象はフランスや中国、日本だけではない。地球全てで起きている。温暖化・変動というレベルの話ではない。科学はその原因を突き止めている。その科学が地球をむしばんできているのである。
科学は地球をやたら掘り起こしてエネルギーを掘り起こし、二酸化炭素を吐きだしてきた。先進国という国々は、それでもいまだ石油・天然ガス・石炭などを掘りつくして地球の肺や心臓を破壊している。調整・コントロールできないのである。
この調子で進むとどうなるか。大方の常識・教養のある人間であれば予測可能である。
宇宙から眺めた地球は青い。惑星の中で一番美しい。だが、虫眼鏡を使用しなくても、そこは飢餓と貧困と殺し合いの殺伐とした地獄の世界なのだ。
<人間は生きられるか> 地球は人間が栽培する農作物からも命を削られている。先進国の農地は農薬によって汚染されてしまっている。それでも農薬土壌で作物を栽培している。化学肥料を大量に使用して、もやしのような栄養不足の野菜・穀物を生産して人々の胃袋に流し込んでいる。抵抗力喪失の現代人を誕生させ続けている。
現代病の原因は明白である。それでいて有機農法に立ち戻ることが出来ない。大気も土壌も汚染されてしまっている。これでは人間は生き伸びられないだろう。これも普通の人間であれば、誰でも理解できるし、わかっている。それでいて、農薬と化学肥料万能による生産から決別しようとしない。
石炭と石油主体のエネルギー社会による気候変動は、途上国の大地にも波及、そこで生きる人々の命を奪っている。生きる糧を失っている。そこにわずかな支援が国際社会からあっても、ほとんどが悪しき為政者の懐に入り、飢餓と貧困は解消しない。無数の子供たちが貴重な人生を数年で奪われている。
正に先進国も後進国も、人間が安全に安心して生きる環境にない。地球を壊した人間に寄って、人間は地球から遺棄されている。地球にその力がなくなっているのが、本当のところである。
<武器を放棄すれば可能> 中東に限らないが、先進国の軍事力は資源確保のために暴走を繰り広げている。イラク・アフガンでの殺し合いは、中東全域に及んでいる。21世紀になって新たな資源確保のための植民地政策である。話し合いによる公正な取引をしないで、持てる軍事力を駆使しているのである。
弱肉強食の時代に逆戻りしている人間・人類がそこにある。人殺しのための武器弾薬政策を資源確保に用いている大国を、一体誰が尊敬出来ようか。抵抗者を「テロ」と決めつけて自己を正当化できようか。
そこでは無数の民が命を奪われている。生きる権利を奪われている。これこそが戦争犯罪・人権侵害の最たるものであろう。
なぜ、こんな狼藉を働くのか。一人笑っている者のためである。武器商人・死の商人の存在である。人殺しで甘い汁を吸う悪魔である。彼らに操られたブッシュ・ブレア・小泉なのだった。今やそれがオバマ・ブラウン・麻生ということになろうか。兵器財閥に操られる先進大国の為政者という現実を、我々はどう受け止めるべきなのか。
北朝鮮を脅威とみなして改憲軍拡を推し進めようとしてきた歴代の日本政府である。愚かにも程があろう。
オバマは一つだけいいことをしている。核廃絶である。これに広島と長崎が即座に反応を示したが、東京は戸惑いを見せただけだった。そんな政府がずっと続いてきた日本なのである。右翼片肺政権の怖いところである。霞が関の官僚にも重い責任があろう。それを当人たちが全く理解していないのだから、お話にならない。
今問われているのは通常兵器である。これが地球の至る所で使用されている。
英BBCテレビのアフガン担当記者は「派兵兵士一人の費用で、この地域の住民が貧困と 餓死から救われる」とレポートしていたが、これこそが真相をついている。
武器弾薬を放棄すればいいのである。軍縮である。巨大軍縮をやればいい。ボーイングやロッキード・マーチンなど不要にすればいいのである。三菱もいらない。武器弾薬の費用を、中東やアフリカに流せばいいのである。軍縮による浮いた資金で地球保護に回すのである。
人類から武器を放棄させる国連にすることが、真の国連改革なのである。その資金で人間と地球は救済可能なのである。石油に頼らないエネルギーも確保可能なのだ。これを夢物語と笑うのであれば、地球も人類も間違いなく破滅が待っている。
人間と地球が生きるために世界は、戦争放棄に舵を切るのである。9条憲法を世界が、採用すればいいのである。その時期を迎えている。 2009年8月20日記
2009年8月12日
本澤二郎の「日本の風景」(219)
<豪雨と格闘>
昨日(8月10日)は大荒れの房総半島だった。9号台風が四国・東海に接近していたことも関係していたのであろう。土砂降りの雨の中で農作業に取り組んだ。さすがに畑に出ている農民はいなかった。しかし、こちらは大事な1日である。豪雨に負けてはいられない。家の中で寝転んでいたら、はるばる帰省した意味がない。幸い夏の暑さが、濡れた体を保護してくれた。
そのうちに、大粒の雨が上着とズボンを伝わって長靴に滲みてきたのには閉口した。靴下が雨水をたっぷりと含んで、歩くと音がしてきた。経験のないことだった。まるで体力試験をする生徒のようである。
本澤二郎の「日本の風景」(218)
<政権選択・交代選挙>
今回の総選挙は政権選択選挙である。自民党の官僚丸投げ政治がとうとう行き詰まり、国民に不安と不信をまき散らしている中での政権交代選挙となるだろう。派閥論からすると、最後の角福戦争ともいえる。右翼対リベラルの決戦という見方も可能である。従って一部右派系マスコミが期待している自民と民主の大連立はありえない。あってはならない。
自民党政治といっても、一皮むくと官僚主導の政治そのものであったのだが、その官僚政治が破綻をきたしたための政権選択選挙である。その点で戦後政治の分岐点だ。民主党など野党は、政党が主導する政治を行うと公約している。本当にそうなるのかどうか、9月以降の成り行きを注視していく必要がある。
常識的に見て自民党の勝利はおぼつかない。敗北するはずである。最近の地方選挙結果が民主党の勝利を裏付けている。2年前の参院選挙結果もそれを克明に証明している。
2009年8月10日
<ジャ同エッセー>追悼・「保守の良心」田川誠一元代議士 取材などで交流した楽しかりし日々:長沼節夫(ジャーナリスト、コラージュも)
![]()
我が家には朝4時前には朝刊が届く。「お、きょうは金大中事件発生の日だな。まあ事件36周年じゃ記事にもなるまいが」などと思いながら新聞を開くと、「田川誠一氏死去/元新自由クラブ代表・自治相」という記事が目に飛び込んだ。91歳か。数年前、「また一度、横須賀に遊びにおいでなさい。一緒に食事を楽しみましょう」という手紙をいただいていながら、その後伺っていなかった。このことは今後、悔恨として残るであろう。
2009年8月 9日
本澤二郎の「日本の風景」(216)
<野島尚武学説>
川口市の岩盤浴「石の力」で、筆者を待ってくれていたのは野島尚武医学博士と川田紀陽子さんである。野島さんの早口には閉口したが、それでも概要をつかむことが出来た。それに本を1冊いただいた。もっとも、野島本を最初に手にしたのは、筆者よりも妻のほうだった。確かに説得力があった。というのも、筆者は田舎生まれで、現在家庭菜園のまねごとをしている。農家の人たちとの交流もある。農薬漬けの土壌や化学肥料漬けの土壌も承知している。ミミズのいない畑での作物栽培ということも。他方で、息子の悲劇を10年余見聞させられてきているため、否応なく医学の内情のお粗末を熟知してしまっている。こうしたことが、筆者のいう野島学説を直感的に受け入れることが出来たのだと思う。
(JLJ会員参考資料):紹介/仮訳:中山敏雄(JLJ会員/無職)
朱徳:掛替えのない総司令
――『炎黄春秋』2009年第7期(第1~7頁)より――
趙于平/著 楊継縄/責任編集
2009年8月 8日
現代時評「さあ選挙、つまり政治屋の地位保全合戦か」:ken
Ken氏の辛口コラム「現代時評」が隔週毎火曜に始まります。このコラムは609studioメールマガジンに掲載されたものを、Ken氏の許可を得て転載いたします。おたのしみに・・・。
◆現代時評:「さあ選挙、つまり政治屋の地位保全合戦か」 ken
(2009年7月28日掲載)
◆◆ 麻生内閣メールマガジン第40号 2009.7.23 「衆議院解散-景気回復と安心社会の実現に向けて」 21日、衆議院を解散して、国民の皆さんに信を問う決意をいたしました。「日本を守り、国民のくらしを守る。」その実現に向け、「政治の責任」を明らかにするためです。 私は、就任以来、景気を回復させ、国民生活を守ることを、最優先に取り組んできました。 その間、私の不用意な発言のために、国民の皆さんに不信を与え、政治に対する信頼を損なわせました。深く反省いたしております。謙虚に反省し、この反省の上に立ち、皆さんの思いを大切にして、責任を全うしてまいります。
本澤二郎の「日本の風景」(215)
<現代病と医学>
1990年に政治評論家に転進した筆者は、講演や執筆に追われる身となった。本も書きまくった。好きではなかったゴルフと縁を切ることが出来た。唯一、健康法はたまに歩く程度のことだった。まだバブル経済が崩壊したばかりで、その余韻が残っていたせいなのか、結構楽しく仕事をすることが出来た。
97年に息子が医療過誤の被害者になるまでは、まるで順風満帆そのものだった。医学に無知な人間だというのに、大学病院に対しては断固たる確信のような認識を抱いていた。高度な医療施設・高度な医術を信頼しきっていた。だから入院した息子の病気もすぐ治るものだと楽観視していた。それこそ誤診と相次ぐ不注意によって植物人間にされるという事態など想定外のことだった。
本澤二郎の「日本の風景」(214)
<表と裏と偽装>
コインに表と裏があるように人間にもそれが、全てとは言わないがある。筆者が知らないタレントなのか女優なのか、夫が麻薬所持で逮捕されるや、幼児と姿を期した妻は数日、悲劇の清純派スターとしてマスコミ、特にテレビ報道を独占していた。それが今日になると、一転して逮捕状が出た。清純派は表の顔で、裏の顔は麻薬を吸う悪役スターだったというのである。一種の偽装である。
世の中には、えてしてこの手の人間が権力を握ったりする、あるいは指導層に食い込んでいる。大衆はそれに迎合することが多いのだが、後で落とし穴に気付いて衝撃を受けたりするものである。
2009年8月 7日
本澤二郎の「日本の風景」(213)
<裁判員制度は間違い>
誰が考えたものか。日本独自の裁判員制度は、司法官僚による浅知恵なのだろうが、なんともあきれてものも言えない。司法の世界は捜査と弁護と判定人の専門家が、それぞれに知恵を絞って競演している複雑怪奇ともいえる舞台である。そこへと突然、無関係な観客を無理やり集めて「さあ、有罪か無罪を決めなさい」「量刑を決めなさい」と命令される。子羊のような観客は「はい、承知しました」といいながら、裁判官の顔色・発言に終始、束縛されて数日間をやり過ごす。ただ、それだけのことである。これをもって国民参加の公正な裁判と言い切れるであろうか。まともな日本人なら、そんな他人を裁くという大それた権力行為など出来る能力などありません、と断るところであろう。
改めてはっきり言わせてもらうと、司法官僚はとんでもない制度を立ち上げたことになる。即刻、止めるべきだろう。以下にその理由を簡単に提示することにする。
本澤二郎の「日本の風景」(212)
<ヘレン・トーマス89歳は現役ジャーナリスト>
昨日は昼のテレビニュースで懐かしい名前が飛び出してきた。本物の米人ジャーナリストのヘレン・トーマス女史である。場所はホワイトハウスの記者会見場である。未だにホワイトハウス詰めの最古参の現役記者であることに驚かされた。息子のようなオバマが、彼女の89歳誕生祝いにケーキを持参したのである。二人とも同じ日に誕生日を迎えたというのだが、大統領は彼女に敬意を表してケーキを渡し、ほほにキスをすると、すばやく退場した。ほほえましくも、うらやましい情景だった。
(JLJ会員参考資料)朱徳:掛替えのない総司令
――『炎黄春秋』2009年第7期(第1~7頁)より――
趙于平/著 楊継縄/責任編集
紹介/仮訳:中山敏雄(JLJ会員/無職)
2009年8月 5日
本澤二郎の「日本の風景」(211)
<日本の新裁判>
裁判員裁判の法廷を目撃はしていないが、テレビ報道からは初めてとはいえ堀田元検事の感想とは裏腹に、関係者のぎこちなさが次から次へと起きている。2日目に裁判員の質問はたったの1件と大きく報道された。突然の素人の市民裁判員であるから、法廷という特異な世界で他人を裁くだけでもただ事ではない。まともな市民だと逃げ出してしまうだろう。1件の質問も十分理由のあるところだろう。その緊張も理解できる。
本澤二郎の「日本の風景」(210)
<派閥の終焉>
旧経世会の会長をしていた津島雄二が、今期限りで政界を引退する。この派閥の源流は田中派だ。角栄軍団とも呼ばれた。旧佐藤派を庶民代表のようか角栄が力でまとめ上げて、岸―佐藤派の流れをくむ福田派を蹴散らして大平派と協力して政権を掌握した。72年のことである。その後に福田派が仕掛けた金脈問題で倒れた。ワシントンからは、中国や資源問題で不運にもロッキード事件を投げ込まれて火の粉をかぶった。それでも大平内閣、鈴木内閣、中曽根内閣を誕生させた。永田町でキングメーカーなる名前が生まれた。
そんな角栄に側近の竹下登と金丸信がクーデターを起こした。中曽根も支援、そして経世会が誕生した。田中派は沈没したが、竹下―金丸派が取って代わった。この大派閥は橋本竜太郎―小渕恵三を経て、やはり崩壊へと突き進む。旧福田派の小泉内閣に糧道を断たれてしまったからである。旧大平派を飛び出した津島が雇われマダムとして会長になっていたのだが、それもとうとう矢尽きて弓折れてしまった。自民党派閥政治の崩壊を象徴するものとなった。
本澤二郎の「日本の風景」(209)
<さすがは米朝>
遂にやってくれた、元大統領・クリントンが8月4日、チャーター機で平壌を電撃訪問した。期待していた通りの展開ともなれば、東アジアに明るさが出てくるだろう。北朝鮮脅威論による対決姿勢で対応してきた、愚かな麻生内閣と霞が関の衝撃は大きかろう。見事に袖にされてしまった。その責任は重大である。幸い、民主党中心の政権が誕生、ワシントンと共同歩調を取ることになろう。
2009年8月 4日
本澤二郎の「日本の風景」(208)
<子育て支援と財源問題>
自民党最後の政権の下での総選挙が8月18日に公示される。各党はバラマキ公約を競っていて興味深いが、しかしながら正直なところ、うんざりさせられるばかりである。今の日本は歴代政権の大失政によって国や地方の金庫に金がない。それどころか子供たちの世代が、釈迦力になっても返済できない借金をしている。孫子の世代を考えない現世代の政党と政治家なのである。
このことは自民党政権・自公政権の罪の重さを物語って余りいる。あらゆる制度、特に福祉関連の制度を破たんさせてしまった、これが何よりの失政の証拠である。借金を返済しないで、新たな借金を増やそうとしている。もはやどうもがいたとしても、落日の太陽の日本なのだ。現時点では昇る太陽を見ることが出来ない。
本澤二郎の「日本の風景」(207)
<裁判員裁判スタート>
国民の理解が得られないまま、専門家の懸念が払しょくされないままに裁判員裁判が、8月3日午前、東京地方裁判所で開廷した。全くの素人に人を裁かせるという愚挙に対して、反対デモも起きていた。傍聴席確保に数千人の市民が並んだ。これにNHKは破格の体制でもって報道、元ロッキード事件で活躍したとされる堀田弁護士から合格点のコメントを出させて、世論操作に一役買っていた。英BBCの姿勢と異なる。
2009年8月 3日
本澤二郎の「日本の風景」(206)
<気象異変>
地球の温暖化をどれほどの為政者が心配しているであろうか。気象異変・気候変動が人類にとっての不安材料である。実際問題、多くの人民も為政者も日々の経済・生活に追いまくられている。環境を破壊している経済人たちは、相変わらず不利になると考えているさまざまな環境規制に反対して、政治や行政に圧力をかけている。
オバマ政権が誕生して、企業代表のブッシュ政権が消滅すると、環境問題の専門家は喜んだものだが、現実には新政権も自国経済の処理に頭を痛めて、その解決の目途さえ立っていない。中東での戦争や軋轢に汲々としている。多かれ少なかれ各国の為政者にとって、環境問題は優先順位の低いものとなっている。
本澤二郎の「日本の風景」(205)
<自由民主党の責任と義務>
いよいよ総選挙の8月である。自公政権を信任するのか、それとも政権の交代なのか。歴史は後者の選択を必然視している。どうしてかというと、自民党・自公政権の失政が国民生活を破壊しているからである。隠しようもない事実なのだ。「日本を守る」という総理大臣がいるが、日本国民を守らなかったことによって主権者は、公正な裁きをしようとしている。そこで国民政党・責任政党として為すべきことがある。それは、この時点で失政を総括する責任と義務があるのである。自民党の再生を期すというのであれば、独裁政党を拒絶するのであれば、これは何としても避けては通れないだろう。
本澤二郎の「日本の風景」(204)
<拉致利用の総選挙>
自民党の麻生太郎総裁は8月1日、地方遊説の第一声に拉致問題の場所となった新潟を選んだ。安保・外交の基本路線は、「対決」「強行」にあるとのメッセージである。拉致問題で国内右翼の票を取り込もうという算段のようである。一見まともなようだが、平和憲法を踏みにじるような強行姿勢は、祖父の吉田茂の経済重視と無縁だ。反吉田で安倍晋三の祖父・岸信介に似ている。戦前の国家主義が好みであることを、改めて露呈してしまった。
本澤二郎の「日本の風景」(203)
<格差・貧困の世界>
経済の大変動は、多くの大衆を貧困に陥れる。追い詰められた家庭・家族の将来は暗くなる。子供の教育さえままならなくなるからである。夢も希望もなくなるだろう。政治を操る財閥と関連企業は、血税を取りこんで生き延びてしまうが、そうしたコネのない企業は詐欺的商法、はては沈没を余儀なくされていく。市場万能主義政策は格差の少なかった日本社会を完璧に破壊つくしてしまった。600万人を超える企業内失業者が、今後首を斬られていく日本だ。若者の仕事がない。犯罪社会に突入することなのか。
2009年8月 2日
(第一日本ジャーナリスト同盟=JLJ=会員参考資料)
朱徳:掛替えのない総司令(第一回):趙于平/著 楊継縄/責任編集
――『炎黄春秋』2009年第7期(第1~7頁)より――
紹介/仮訳:中山敏雄(JLJ会員/無職)
2009年8月 1日
本澤二郎の「日本の風景」(203)
<格差・貧困の世界>
経済の大変動は、多くの大衆を貧困に陥れる。追い詰められた家庭・家族の将来は暗くなる。子供の教育さえままならなくなるからである。夢も希望もなくなるだろう。政治を操る財閥と関連企業は、血税を取りこんで生き延びてしまうが、そうしたコネのない企業は詐欺的商法、はては沈没を余儀なくされていく。市場万能主義政策は格差の少なかった日本社会を完璧に破壊つくしてしまった。600万人を超える企業内失業者が、今後首を斬られていく日本だ。若者の仕事がない。犯罪社会に突入することなのか。
本澤二郎の「日本の風景」(202)
<自民・民主の機関紙>
日本記者クラブに置いてあった自民党と民主党の機関紙を拝借してきた。「自由民主」(7月28日号)と「民主」(同24日号)である。前者はタブロイド版12ページに対して、後者は同8ページである。紙の質はよくわからないが、「自由民主」のほうは一般紙に似てざらざらしている。1ページとバック面のみが色刷り印刷、対して「民主」は前面色刷り印刷である。一見して、お金持ち政党の機関紙が粗末な印象を与えている。作戦かもしれない。
2009年7月31日
本澤二郎の「日本の風景」(201)
<英国に乾杯>
今朝すばらしい外電が届いた。イギリスからだ。詳しくはないが、かのブッシュ戦争に対して「間違いではなかったのか」という国民の疑念に回答を出す独立委員会を7月30日に立ち上げたというのである。さすがは民主主義先進国である。普通の人間であれば「戦争犯罪」と考えている。こうした検証がなされることを期待したい。いかなる戦争にも大義などはないのだから。以前にイギリス知識人が「ブッシュとブレアは戦争犯罪者だ」と叫んでいた報道を知った時、ブッシュ戦争に加担した「小泉も同罪ではないか」と書いた記憶がある。
本澤二郎の「日本の風景」(200)
<世界ウイグル会議のラビア・カーディル会見>
7・5ウルムチ騒乱のあと、にわかに注目を集めているアメリカ在住の世界ウイグル会議という組織のトップ女性が、日本記者クラブで会見を行った。中国政府が事件の「扇動者」としている人物で、現に日本政府に入国させないよう釘を刺していた。会見中の彼女は激しい口調と身振り手振りで騒乱の状況を、まるで目の前で目撃しているかのように語った。その発言通りだとすると、やはり相当深刻なことである。本当にそうなのか?彼女は現場にいたわけではないが、情報はインターネット世界のことだから、どんどん入るであろうことは想像できる。ただし、それは本人の置かれた立場と入手する情報が偏っていることも否定できない。ともあれ中国政府の度量の問題でもあるが、ここは公正を期して譲歩、真相究明に国連の調査団など第三者を受け入れてはどうか。
2009年7月30日
本澤二郎の「日本の風景」(199)
<中国映画「孫文」>
映画「孫文」の試写会(7月28日)が日本記者クラブであった。中国では孫中山で知られ、海峡両岸で尊敬されている。腐敗した清朝を打倒(辛亥革命)した偉大な革命家は、キューバ革命のゲバラと同様に医者であることを知った。魯迅もまた医者である。人間の病は、腐敗政治によってもたらされるということなのである。病は悪政から、である。
政治の病を革命で救済するというのだから、メスの代わりに武器・弾薬を用いることになる。普通の人間は血を見ただけでひるんでしまうが、その点で医師のほうが、それには確実に免疫があるのだろう。
2009年7月28日
本澤二郎の「日本の風景」(198)
<G2始動>
ワシントン時間7月27日から2日間の予定で開かれている「米中戦略・経済対話」は、恐らく21世紀の新しい国際的枠組みを形成する歴史的なものになるのではなかろうか。
米中の関係は、戦後の米ソ関係と全く異質である。核軍拡を基礎にした恐怖の冷戦構造とは全く異なる。政治体制は異なるものの、双方の友好協力によって金融危機による史上空前の災害を乗り越えようという非対決の友好構造である。
2009年7月27日
本澤二郎の「日本の風景」(197)
<品性欠く民放番組に出演>
テレビ朝日から出演の依頼があり、六本木ヒルズの敷地内にあるスタジオに出向いた。テーマがウイグル騒乱という中国・アジアにとって深刻な問題だったので、それこそ久しぶりに顔を出した。テレ朝は朝日新聞系列である。右翼的なものではないだろうとの判断もあった。それに以前に出演していたヤクザ代議士OBは、もう出ていないという解説にも納得した。
本澤二郎の「日本の風景」(196)
<経済財政白書>
経済財政白書なるものが公表されて、波紋を呼んでいる。政府の数字はだいたいが甘い。「中国のデータを信用してはいけない」という元中国大使がいたが、それは日本でも同じではないか。主権者を小馬鹿にした官尊民卑の風土は、儒教の影響下において激しいが、多かれ少なかれ欧米の政府も似ているのではないか。
2009年7月25日
本澤二郎の「日本の風景」(195)
<ウルムチ騒乱>
以前のウルムチ観光というと、ブドウ農園や古城の遺跡見学が主流だった。市内は改革開放の恩恵を受けて、経済が活発化している様子がいたるところで散見できた。夜間の賑わいは大変なもので、不穏だという一部マスコミ報道など無縁だった。それが今回、ウイグル族が激しいデモを行い、漢族と衝突した。被害者の数はいまだ判明していない。当局の発表にウイグル族は納得していない。
2009年7月24日
本澤二郎の「日本の風景」(194)
<民主党の右翼バネ>
昨日、民主党は政権公約を公表した。注目の外交・安全保障政策での予想外の軌道修正を、各紙が指摘した。右寄りマスコミは「現実路線」と持ち上げて一定の評価をした。果たしてそうだろうか。民主党の右翼バネの威力を、早々と見せつけられた格好で、失望した有権者は多かったに違いない。
2009年7月22日
本澤二郎の「日本の風景」(193)
<日本政党の資質>
麻生太郎は7月21日ようやく悲願の伝家の宝刀を抜くことが出来た。麻生降ろしに執念をたぎらせていた小泉一派・郵政民営化推進派の中川秀直は、昨日の両院議員懇談会の場で「麻生支持」を公言した。こんなバツの悪い場面は近年、珍しいことである。敗北を大将の前で認めたわけである。昔だと切腹だろう。麻生は身内の抗争に勝つことが出来たのだが、むろん国民の審判は別であろう。小泉内閣の格差という負の遺産が膨らんで、国民の精神的苦痛はただ事ではないからである。
最近のコメント