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    <title>蛇行社通信「今こそ「Manifest」を」；吉田智弥</title>
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    <published>2010-04-16T05:49:42Z</published>
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    <summary> 　蛇行社通信最新号ヵらの転載です。吉田さんはこの1年間の自由学校ポポロの活動をまとめた『ポポロ２００９　自由学校の゛失敗゛』を出しました。頒布価格は５００円です。送料は実費必要です。希望者は川瀬まで...</summary>
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        <![CDATA[<p> 　蛇行社通信最新号ヵらの転載です。吉田さんはこの1年間の自由学校ポポロの活動をまとめた『ポポロ２００９　自由学校の゛失敗゛』を出しました。頒布価格は５００円です。送料は実費必要です。希望者は川瀬までお知らせ下さい。<br />
*********************************<br />
<strong>今こそ「Manifest」を</strong><br />
 <br />
  3月下旬の主要な新聞に、二つの政治的な広告が相次いで掲載された。宝島社の『外国人参政権で日本がなくなる日』と、幻冬社の『昭和天皇論』である。書籍広告の形をとっているが、中身は「意見広告」そのもの。<br />
　前者は、時の人(?)田母神俊雄(元航空幕僚長)の「特別寄稿」をトップに、外国人参政権は「日本への間接侵略だ」と訴える。後者は「敗戦後、日本中が一つになれたのはなぜか」というヘッドコピーを掲げて、昭和天皇を賛美する。<br />
  これらに対しては、本当は「歯牙にもかけない」態度で無視するのが正しいのかもしれない。が、我が方には、テキを軽んじたり侮ったりするような余裕はない。<br />
  どうすればいいのか?　いやその前に、なぜ今、旧態依然の、偏狭な国家主義を基調とする「意見」が臆面もなく、社会の中心部に浮上してきたのか?<br />
  これらの「広告」の背景に、又は、それと同調するの流れの中に「在日特権を許さない市民の会」による「朝鮮人は日本から出て行け」式の挑発があり、高校授業料の無償化をめぐって「朝鮮高校を適用除外」にする動きがある。少し色合いが異なるかに見えるが、内閣府の世論調査で「死刑容認最多85%」(2月20日付『朝日』ほか)という結果が出たことも、世間の気分としては一連のモノと解釈することができる。<br />
　昨今「右翼的な」文化潮流がのさばってきた淵源は、大雑把に言って二つある。<br />
　一つは、この十年来、「新自由主義」が多数派の中に根を下ろして、戦後民主主義を丸ごと軽侮するような空気が広がってきた。「勝ち組が勝ち組になったのは合理的」で、「負け組が負け組になったのは自己責任」という考え方である。そうした立場から、マイノリティに関わるセーフティネットなどの「社会的負担」を攻撃する。<br />
  二つめは、わが日本国それ自体が劣化して、その「勝ち組」の足許さえ危うくなってきた。オリンピックで獲得したメダル数が韓国にボロ負けした例は分かりやすいが、国内的には、自殺者の増大、失業者の増大、家族内殺人の頻発などが身近に迫って、安心・安全・安定が揺らぐ。「このままではアカン」という悲鳴。<br />
  ところが、こうした「未曾有の」危機に対して、鳩山「おぼっちゃま」内閣はいかにも頼りない。選挙前には、政治への不満や自民党に対する批判を掻き集めて、〈羊頭〉ならぬ「マニフェスト」を掲げたが、それが財政的な裏付けどころか、党内での意志一致も、共有すべき哲学もないことがここに来て露見した。おいおい。<br />
  今や、上に書いたような「先行きが見えない」に端を発した国民レベルの不安神経症は、バックラッシュ(反動)や、旧権力からの意図的な巻き返しと連動して、焦燥感を隠さない「広告」的表現に至る。定見のないマスコミがそれを煽る。<br />
  最大の不幸は、問題解決に無力な新政権が、実は我々の姿の投影でもあることだ。<br />
****************************************************************************<br />
 </p>]]>
        
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    <title>蛇行社通信「明るい花を咲かせよう」：吉田智弥</title>
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    <published>2009-11-13T20:46:51Z</published>
    <updated>2009-11-13T13:50:01Z</updated>

    <summary>　吉田智弥さんの個人誌「蛇行社通信」１２月号の巻頭エッセーを転載します。 ******************************************* 　「明るい花を咲かせよう」     1...</summary>
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        <![CDATA[<p>　吉田智弥さんの個人誌「蛇行社通信」１２月号の巻頭エッセーを転載します。<br />
*******************************************<br />
　<strong>「明るい花を咲かせよう」</strong><br />
 <br />
  10月の初めに 『明るい花を咲かせよう』 という冊子を発行した。下市中学は「障害」を理由に谷口明花さんの入学を拒否したが、その「事件」の問題点をまとめて、今後の討議資料として活用してもらおうと編集したものである。<br />
　その中に「インターネットの掲示板などに書き込まれた意見」を掲載している。全文は冊子を参照して頂くとして、以下のABCはその一部を抜粋したもの。<br />
--------------------------------------------------------------------------------------------<br />
A「こういう言い方すると誤解を招くけれど、「強いものが弱いものに合わせる社会」は　いずれ滅びると思う。なにしろどんどん弱くなるから。もちろん程度にもよるが、彼女　の場合は周囲にかかる負担が大きすぎるような気がする」。<br />
B「そもそも手足の一本欠如しているとかではなく、脳性マヒで両足と片手が使えなくて　普通の子供と同じ学校に通って楽しいの？」　<br />
C「難しい問題ですね。現実問題、お金でしょう。障害の子も普通に教育を受ける権利は　あるのと同様、健常な子も、普通に教育を受ける権利があるのです。その子一人のため　に、多くの生徒が不利益を受けるのです」。<br />
--------------------------------------------------------------------------------------------<br />
  パソコンのネット空間にあふれる上記のような文言は、二重の意味でとても読み切れない。第一に、量が多すぎて「読み切れない」。第二に、少し読むだけで心が疲れる。ため息が出て「読み切れない」。標的にされている当事者には尚更だろう。<br />
  だが、これらの匿名の「意見」については、それがいかに差別的で無内容であったとしても、無視すればよいというものではない。〈 障害者は我慢すべきだ 〉 という考え方は単なる「ネット右翼」の謬論(びゅうろん)にとどまらないからである。<br />
  上記ABCの「意見」は偶然目についたものなので、これらで同種の反応の全てを代表させるわけにはいかないが、基本的な点で共通している部分がある。<br />
　一つは、これらは教室の中のイジメと同じ理屈だということである。「強い」「普通の」「多くの」集団の利益がすべての判断の基準になっている。ここでは加害者側であるが、日常的には彼らは「イジメられっ子」か、又はその予備軍である可能性も大きい。自分が助かるためにより弱い立場の者を攻撃する、そうした性向が身についているのだ。<br />
  二つめは、実際に「障害をもつ」友人がいないことである。だから自分のイメージの中の「弱い立場」の障害者に同情することはできても、自己主張をする障害者を認めることができない。ABCらが少しの「負担」「不利益」でも避けようとするのは、毎日の学校生活がすでに限度いっぱいの「負担」「不利益」を彼らに強いているからである。<br />
　これらは「障害者」問題である以上に、「健常者」にとってより深刻な問題である。<br />
*********************************************************************<br />
以上<br />
</p>]]>
        
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    <title>映写室　NO.25　eatrip（イートリップ）：犬塚芳美</title>
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    <published>2009-11-11T00:16:34Z</published>
    <updated>2009-11-11T00:20:26Z</updated>

    <summary>　　　　―ごはんのじかんです。― 　おなかよりは心のごはんのような作品だ。食にこだわりを持つ、職業も年齢も違う出演者たちが身にまとう、クリエイティブな匂いに心を擽られた。「人と食を巡る、映画のかたちを...</summary>
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        <![CDATA[<p>　　　　<strong>―ごはんのじかんです。―</strong></p>

<p>　おなかよりは心のごはんのような作品だ。食にこだわりを持つ、職業も年齢も違う出演者たちが身にまとう、クリエイティブな匂いに心を擽られた。「人と食を巡る、映画のかたちをした、ごはん」と言うキャプションがついているが、まさに食は生き方だ。誰もの生き方のセンスがよくて、このドキュメンタリーをお洒落に仕上げる。監督はテレビ、ラジオ、雑誌等で幅広く活躍するフードディレクターの野村友里（のむらゆり）さん。全編フィルム撮影と言うこだわり様で、"食"の周りの言葉にならない空気感を映します。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-217.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>映写室　「無防備」市井昌秀監督インタビュー（後編）:犬塚芳美</title>
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    <published>2009-11-05T23:00:32Z</published>
    <updated>2009-11-05T23:08:02Z</updated>

    <summary> ―息子の誕生に命の大切さを思う― ＜昨日の続き＞ ―富山と東京の違いはどうですか？　物を書く仕事で、東京は時間の流れが速く、情報が多過ぎて自分を見失いそうだからと、敢えて不便な地方に住み距離をとって...</summary>
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        <![CDATA[<p> <strong>―息子の誕生に命の大切さを思う―</strong></p>

<p>＜昨日の続き＞<br />
<strong>―富山と東京の違いはどうですか？　物を書く仕事で、東京は時間の流れが速く、情報が多過ぎて自分を見失いそうだからと、敢えて不便な地方に住み距離をとっている知人がいますが。</strong><br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-214.html">＜続きを読む＞</a></p>]]>
        
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    <title>映写室　「1000年の山古志」橋本信一監督インタビュー（後編）:犬塚芳美</title>
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    <published>2009-11-05T22:56:23Z</published>
    <updated>2009-11-05T22:59:43Z</updated>

    <summary>　　　―中越大震災と闘った小さな村の物語― ＜昨日の続き＞ ―ええ、そうでしたね。 橋本：山古志は元々地震や地すべりがあった土地で、それを乗り越えて命を繋いで来ている。ここの様な中山間地は日本の大部分...</summary>
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        <![CDATA[<p>　　　<strong>―中越大震災と闘った小さな村の物語―</strong></p>

<p>＜昨日の続き＞<br />
<strong>―ええ、そうでしたね。</strong><br />
<strong>橋本：</strong>山古志は元々地震や地すべりがあった土地で、それを乗り越えて命を繋いで来ている。ここの様な中山間地は日本の大部分を占めています。映画に出てくる人々がどう生きているかを描いたら、日本人の生きてきた姿が浮かび上がるはずだと思いました。元々日本人は人の繋がりを大事にして、自然と共生して生きてきたんですよね。「掘るまいか」を撮った時から、（この村の深さは何だろう？）と思っていました。腹にすとんと落ちなかったそんなものが「1000年の山古志」のテーマに繋がったんです。（これは日本の村の物語だよね）という、うっすらと感じていたものが、ラストまで撮って解ったというか。俺達が作りたかったのはこういうものだったんだと、作りながら解りました。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-216.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
        
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    <title>徒然のサハリン「寒い！！」：オリホヴィク　美香</title>
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    <published>2009-11-05T04:38:32Z</published>
    <updated>2009-11-05T04:40:08Z</updated>

    <summary>  前回の選挙の様子の話で、「選挙前だから暖房は予定通り入るだろう」と書きました。その通り、うちのアパートの暖房＆給湯は10月に入ってすぐに始まりました。良かったと思ったのもわずかのこと。 ...</summary>
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        <category term="寄稿「徒然のサハリン」" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>  <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://j-net.obei.jp/contributor/images/091105mo.jpg"><img alt="091105mo.jpg" src="http://j-net.obei.jp/contributor/assets_c/2009/11/091105mo-thumb-130x97-667.jpg" width="130" height="97" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span>前回の選挙の様子の話で、「選挙前だから暖房は予定通り入るだろう」と書きました。その通り、うちのアパートの暖房＆給湯は10月に入ってすぐに始まりました。良かったと思ったのもわずかのこと。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>　　選挙の2週間後くらいから暖房が止まる地区が出始めました。人々は「やっぱり、選挙が終わったからね」とあきらめムード。しかし10月の最終週の終わりに雪が本格的に降り始め、外はマイナス気温になったところで、約1週間前からうちのアパートのある地区も暖房＆給湯が止まってしまいました。よく暖まった後なので２、３日は我慢できますが、それ以降は室内も寒くて仕方がありません。<br />
　2週間前に息子がインフルエンザにかかり、やっと治ったばかりだというのに、こんなに寒くては風邪をひいてしまいそうで心配です。</p>

<p>　ところで、2週間ほど前にうちのアパートの前が舗装されました。ただし、写真のように本当にアパートの前だけなのです。アパートの前から一歩出れば、相変わらずのドロドログチャグチャの土の道路。何でこんなことになっているのか不思議でたまりません。しかも、工事の仕方がおもしろい。素人の私が見ても大きな？がつく工事。雨続きでグチャグチャ水たまりだらけの道路に砂利をしいてアスファルトを敷いただけ。いったいどのくらい持たせるつもりなのか。わけが分からん！<br />
　現在、ユジノサハリンスク市では古いアパートの外壁の補強工事を行っています。補強工事といっても、古いコンクリートの壁の上にサイディング材をはっていくだけなのです。それも、そのはり方がすごい。目地を埋めるとかしていないのです。しばらくはいいでしょうが、何億円ものお金を使った割にはお粗末な工事としかいいようがありません。せっかく良い材料を使っても、その使い方が悪ければどうにもならないということまでは頭がいかないのでしょうか。夫に言わせると、こうして粗悪な工事をしていればエンドレスなので、いつまでも中央からお金を引き出せて自分のポケットに入るお金が続く、というのです。そう、偉い人は頭の使い方が違うのです。</p>]]>
    </content>
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    <title>映写室　「1000年の山古志」橋本信一監督インタビュー（前編）:犬塚芳美</title>
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    <published>2009-11-05T00:11:26Z</published>
    <updated>2009-11-05T00:16:26Z</updated>

    <summary>　―中越大震災と闘った小さな村の物語― 　未曾有の災害となった2004年の中越地震からもう5年。私が山古志の名前を知ったのは、あの時流れた全村避難のニュースでした。半分崩れ落ちた道、美しい棚田や錦鯉の...</summary>
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        <![CDATA[<p>　<strong>―中越大震災と闘った小さな村の物語―</strong></p>

<p>　未曾有の災害となった2004年の中越地震からもう5年。私が山古志の名前を知ったのは、あの時流れた全村避難のニュースでした。半分崩れ落ちた道、美しい棚田や錦鯉の池の崩壊、牛舎に取り残された牛たちの姿と、自然の猛威を見せ付けた映像が忘れられません。それと共に、暫くして届き始めた、あれほどの破壊の後でも村の人々が少しずつ山に帰っているというニュースに驚いたものです。<br />
　この作品は、山古志村を舞台に「掘るまいか」を撮った橋本信一監督が、震災の2週間後からカメラを回し続けたもの。1000年の歴史を持つ村が、災害に負けずどうして再生を目指せたのか。村人たちの不屈の魂、英知を探っていきます。そこから浮き上がるのは、山古志だけではない、私たち日本人がもっていた生きる力、普遍的なものでした。橋本監督にお話を伺います。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-215.html">＜続きを読む＞</p>]]>
        
    </content>
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    <title>映写室　「無防備」市井昌秀監督インタビュー（前編）:犬塚芳美</title>
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    <published>2009-11-05T00:07:59Z</published>
    <updated>2009-11-05T00:10:54Z</updated>

    <summary>　　　　　―息子の誕生に命の大切さを思う― 　妻の懐妊で思いついたという、大きいお腹と同時進行のこの物語は、ドキュメンタリーなのか、劇映画なのか？　題材と共に、境界を曖昧にした斬新な手法が光ります。そ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　　　　　<strong>―息子の誕生に命の大切さを思う―</strong></p>

<p>　妻の懐妊で思いついたという、大きいお腹と同時進行のこの物語は、ドキュメンタリーなのか、劇映画なのか？　題材と共に、境界を曖昧にした斬新な手法が光ります。そんな独特のスタイルと出産を真正面から扱った大胆さに、第30回PFF(ぴあフィルムフェスティバル)はグランプリを含め3部門の賞で応えました。さらに第13回釜山国際映画祭コンペティション部門ではグランプリを受賞し、第59回ベルリン国際映画祭への正式出品と勢いが止まりません。市井昌秀監督に制作秘話等を伺いました。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-213.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
        
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    <title>◆現代時評：「金色のネクタイ」　ken</title>
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    <published>2009-11-04T01:56:43Z</published>
    <updated>2009-11-02T02:01:42Z</updated>

    <summary>◆◆　アサヒコム　２００９，１０．０３　鳩山由紀夫首相が大事な場面で「勝負ネクタイ」として締める金色を基調としたネクタイが、注目されている。問い合わせが相次ぎ、売り場にコーナーまでできた百貨店も。その...</summary>
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        <category term="寄稿「現代時評」" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>◆◆　アサヒコム　２００９，１０．０３　鳩山由紀夫首相が大事な場面で「勝負ネクタイ」として締める金色を基調としたネクタイが、注目されている。問い合わせが相次ぎ、売り場にコーナーまでできた百貨店も。その神通力と人気、いつまで続くか。（中略）　売り場には、首相が愛用していると伝えられるイタリア製を含む、金色ネクタイ６種を集めた小さなコーナーがつくられ、陳列棚には「勝負ネクタイはＧＯＬＤ」と書かれた表示板があった。金一色のネクタイがあれば、金のストライプ入りのものもある。 </p>]]>
        <![CDATA[<p>■■　鳩山首相がステージで一席喋るとき、必ずといっていいほど金色のネクタイを締めている。　ファースト・レディー幸夫人のお見立てだそうで、イタリアの服飾メーカー、 ゼニア（zegna）のブランド品とのこと。　試みに、ゼニアのネットで調べると、金色タイの９４３番はいま売り切れになっているが、日本における小売標準価格は１６８００円前後、海外では１６０ドルから９５ドルていどで、普通に値引き販売しているらしい。　<br />
　<br />
■■だいたい、表立った場所へ紳士が出てゆくときの、ネクタイ柄はストライプか無地物がほぼ絶対になっている。それ以外の柄物を締めることは先ず無い、というのが然るべき紳士の身嗜みと決まっている。ストライプとは太目の斜め横縞柄で、ふつう業界でレジメンタル・ストライプと称する。　縞は、英国は右上がり（カタカナのノの字の方向）、米国はその反対向きの縞だが、最近のオバマ大統領は英国式の右上がり縞タイを着用しているようだ。　レジメンタルとは「連隊」の意。もともと所属各連隊がスコットランドのターターン・チェックのようにそれぞれ別の縞の太さや色彩の組み合わせで他連隊との識別をしていたのが起源で、いわば各所属集団の紋章のようなものである。</p>

<p>■■　ボクの古い顧客にシアーズ百貨店へ納入するネクタイ・メーカーがあり、４０年前にシカゴのその工場を訪問したとき、記念に同社製品のネクタイ半ダースをくれたことがあった。　それがすべて同一の縞柄で、ただ縞の色だけが６本ともそれぞれ異なっていた。　どうせ呉れるなら柄違いのものをと思ったが、貰ってのち数年、その異色で同柄の縞ネクタイを上着の色に応じ交互に着用してみて、その便利さと、趣味の不思議な高尚さに感心した記憶がある。</p>

<p>■■　それともう一つ、１０年ほど前に北イングランド数都市へホームステイで親善訪問したことがある。宿泊のお礼にネクタイでもお送りしたいと申し出ると、先方の紳士方は異口同音に「ネクタイをもらうのはいいが、必ずストライプ柄のものにして欲しい」という。　ボクは日本独特の美しい友禅柄のものでもと思っていたが、「カリフォルニアの百姓でもあるまいし、英国ではストライプ柄でないと締めるわけにはいかない」とのこと。　それでボクは、ネクタイ柄にもそれなりの伝統があり、日本のように美しければどんな柄でもいいというわけではない、と知ったのであった。</p>

<p>■■それにしても今回の鳩山首相の金色燦然としたネクタイはいかがなものか、あまりにもけばけばし過ぎないか、と初めのころボクは思った。　ところがネット上の議論で見る限り、だいぶおおぜいの日本人が、あの首相のネクタイに目をつけ、格好いいと思っている形跡がある。　だから街の洋品百貨店では、いま金色ネクタイの品切れが続いているとのこと。　そう思い、あらためて10月２６日の議会所信表明演説のときの首相の写真を見直してみた。　するとこれはしたり、なかなか立派ではないか。　</p>

<p>■■　なるほど、過去の首相の正装をした風体（ふうてい）とは少々異なるが、だからといって例えば、小泉劇場首相のような胡散臭さは微塵もない。鳩山首相６２歳とはいえ、どことなく昔の若殿ばらの初陣のような清心溌剌の感じがなかなかいい、これはいかす。　幸夫人のファッション・センスの良さだろうか。　争いの修羅場にある政治家たちも、今後こうした身なりの美的感覚が必要だ。</p>

<p>■■　ややこしい政治の駆け引き、鬩ぎあいはいっさい部下の大臣、副大臣に任せきりで、「最後は私が決めます」といいつつ、国内のみならず海外の国際会議で「友愛外交」を吹きまくるのにはあの金色のネクイがいちばんお似合いであろう、とボクは思った。とくに金色服飾品は白人には向かず、有色人種にぴたりと合う。</p>

<p>■■　だいたい日本の、近年の首相・政治家たちは形振（なりふり）を構わなさ過ぎた。　と言うより、「これはいい男」と外国人をして思わしめるような政治家が日本には居なかった。　大久保・牧野・吉田以来の名家の御曹司を売り看板の麻生首相も、いいのは洋服の仕立てだけで、口元が野卑で紳士にほど遠かった。　安部晋三元首相は泣きべその病気姿だけが印象に残った。　福田康夫氏については、実直さは理解できたものの、首相の地位に位負けしてか終始影が薄過ぎた。　小泉元首相の風体は、ポチが飼い主に愛想笑いするさもしさだけがクローズアップされ、議会では大根役者の立ち回り、つまりは品の無さがまともに見て居れなかった。</p>

<p>■■　そこへ行くと今回の鳩山首相。最初、あのぎょろ目とコミカルな人相が気になった。　が、首相に就任したとたん、アレッと驚くほど人相・人品が大きく変わった。　穏やかで貴族的な雰囲気になり、まさに源平時代の若殿ばらの初陣といった感じなのだ。　なぜあのように急激に変身できたか、それを不思議とこそ思え。</p>

<p>■■　おそらくその変身の最大の理由は、よかれあしかれ、斬った張ったの政界闘争の現場から一人距離を置き、世間でいう宇宙人に変身したからであろう。　ややこしいことはすべて並び大名の大臣・副大臣ら政務三役に任せきり、「よろしく頼む、内輪で結論が出ぬときは首相が最後に決断するから」と言い切り、ご自身は国際舞台のスターになりきっている。　まさに大国日本の、天晴れな御大将ぶりと言えよう。　</p>

<p>■■　鳩山首相の説く「友愛・博愛精神・人間のための経済・世界の架け橋・国民生活第一・弱者救済」は、決して宇宙人の「甘っちょろい夢」では無い。　日本という立派な国の、首相による立派な理想目標であると感心するだけでいい。　首相たるもの、そうした大目標を先ず立て、目先のこまごました政治実務は政務三役に総てこなさせれば、首相の役目はじゅうぶんに果たしている、と解釈すべきである。　それを、「甘っちょろい首相の夢物語」などと貶す（けなす）ような、野に嘯く庶士の下卑た評論などは、とうぶん黙過すればいい。　将に将たるものは些事に拘ってはならない。</p>

<p>■■もし後日、不幸にして鳩山内閣が失政したときは、その軌跡を追って鳩山首相を弾劾するのはとうぜんであるべきだ。　が、いまからその失敗を期待し杞憂で世を惑わすのは、野党たる自民党の政争技術に任せておけばいい。</p>

<p>■■　もっとも、最近の鳩山首相の華々しい変貌ぶりの、後の半分の理由は、あの金色燦然としたネクタイのせいではないだろうかとボクは思う。　日本人は往々にして言う、「日本の紳士、つまり誇り高き武士たるものは華美を慎むべきだ」と。　しかし、かっての日本の武士（もののふ）、必ずしも質素でなかった。　試みにＴＶ映画を見るがいい、直江山城兼続の鍬型竜頭は、いやが上にも美々しく巨大な「愛」の字の金彫で飾られていた。　</p>

<p>■■　いま我らの首相鳩山由紀夫の晴れの門出は、エルメネジルド・ゼニアの金色ネクタイを「友愛」の胸に飾り、日本の新しきリーダーとしての紳士ここにありと、その見識のほどを世界に誇示するのに何の逡巡が要ろう。　今後は、日本の政治家諸君も西欧並みに美しく着飾り、「さすが世界の一等国日本よ」と、諸外国からその精神のみならず、粋（いき）さも共に称えられるようになりたいものである。　</p>

<p>■■　ところで、粋（いき）ということは大事なことである。　戦前の京都大学を代表する大哲学者九鬼周造は名著「いきの構造」を著わし、それは超ロングセラーとしていまなお版が続いている。　われわれ日本人が粋（いき）の心を忘れなければ、たといＧ８・Ｇ２０に参加しても、集合写真の隅の方に追いやられることはない。　堂々と写真中央に位置し、世界の超一流国家たり得るだろう。　そして、かっての日本国で流行った、あの「どぶねずみルック」は、もうこの辺りで完全に終わりにしたいものである。　</p>]]>
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    <title>映写室　NO.24　スペル:犬塚芳美</title>
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    <published>2009-11-03T23:25:06Z</published>
    <updated>2009-11-03T23:31:15Z</updated>

    <summary>　―小さな不親切が引き起こす悲劇― 　「スパイダーマン」シリーズのサム・ライミ監督の最新作が届いた。あまりの過剰さに悲劇なのか喜劇なのか解らない。恐怖で震え上がってはいても、後ろの席からは笑い声が聞こ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　<strong>―小さな不親切が引き起こす悲劇―</strong></p>

<p>　「スパイダーマン」シリーズのサム・ライミ監督の最新作が届いた。あまりの過剰さに悲劇なのか喜劇なのか解らない。恐怖で震え上がってはいても、後ろの席からは笑い声が聞こえてくる。そうなのだ、これって笑い飛ばせば良いんだと気付いても、私のセンスでは固まったままだ。これってセンスを試されているのかも？　誰かの笑いの引き金がいる。たまにはそんな奇想天外なハチャメチャも良いだろう。さあ、史上最悪の敵とは誰か、ほんの些細な不親切から極限に追い詰めらる主人公と一緒に、最悪の3日間を経験してみよう。ちなみに「スペル」とは、呪文や呪縛にかけられている状態を指します。<br />
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</p>]]>
        
    </content>
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    <title>映写室　新NO.23「パリ･オペラ座のすべて」＆「アニエスの浜辺」:犬塚芳美</title>
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    <published>2009-10-27T23:50:29Z</published>
    <updated>2009-10-27T23:52:51Z</updated>

    <summary>　　　　―フランスからのドキュメンタリー2本― 　今週は2本のドキュメンタリーです。両方ともフランス作品で、男女2人の巨匠が、これぞ芸術の世界を熟達の技で描きます。「パリ･オペラ座のすべて」は、題名ど...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/contributor/">
        <![CDATA[<p>　　　　<strong>―フランスからのドキュメンタリー2本―</strong></p>

<p>　今週は2本のドキュメンタリーです。両方ともフランス作品で、男女2人の巨匠が、これぞ芸術の世界を熟達の技で描きます。「パリ･オペラ座のすべて」は、題名どおりにパリ・オペラ座を拠点とする世界最高峰のバレエ団の練習風景と活躍を、フレデリック・ワイズマンならではの肉薄と構成力で。「アニエスの浜辺」もまた題名どおりに、アニエス・ヴェルダが浜辺を舞台に、夢と現の境界で遊ぶ自身を描いた自画像映画だ。前者が芸術と芸術家の本質に迫っていく職人技の端整さなら、後者はクリエイターならではの洒脱な世界。映画で芸術を見るか、映画で芸術するかと、ある意味対照的で、今更ながらにフランスの芸術分野の多様さに驚く。</p>

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</p>]]>
        
    </content>
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    <title>映写室　新NO.22「きみがぼくを見つけた日」＆「アンナと過ごした４日間」:犬塚芳美</title>
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    <published>2009-10-20T23:16:14Z</published>
    <updated>2009-10-20T23:23:57Z</updated>

    <summary>　　　　　―究極の二つの愛の形― 　今週はちょっと風変わりな設定の、二つの愛の物語です。アメリカ映画の「きみがぼくを見つけた日」は、体が勝手に時空を超えてしまう男と、そんな男を愛する妻との切ない物語。...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/contributor/">
        <![CDATA[<p>　　　　　<strong>―究極の二つの愛の形―</strong></p>

<p>　今週はちょっと風変わりな設定の、二つの愛の物語です。アメリカ映画の「きみがぼくを見つけた日」は、体が勝手に時空を超えてしまう男と、そんな男を愛する妻との切ない物語。ポーランド映画の「アンナと過ごした４日間」は、片思いの男のとる驚愕の行動を切なく描写。ハリウッド的な広がりのある豪華な映像と、ヨーロッパ映画らしい絵画的で重い映像という作風の違いだけでなく、時を越えて求め合う魂と一方通行のまま４日間で終わる至福の時と、愛の形や期間も対照的だ。<br />
　<strong>＜形は違っても＞</strong>、それぞれに感じるのは究極の愛。当人だけでなく他者から見ても愛は切ない。あのひと時は夢か現かと、主人公と共に戸惑う。脚本の巧みさ、設定の妙と、どちらも捨てがたいけれど、2本のどちらにより惹かれるかが嗜好の分かれ目だ。</p>

<p><a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-210.html"><続きを読む＞</p>]]>
        
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    <title>◆現代時評：「お役所仕事は旧態依然」　　Ken</title>
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    <published>2009-10-20T03:01:00Z</published>
    <updated>2009-10-19T06:05:27Z</updated>

    <summary>■■アサヒコム　2009．10.14　　　松沢成文（神奈川県）知事は１３日の記者会見で、来年４月から県庁全体で残業をなくすことを目指す「残業ゼロ革命宣言」をした。試行的に今年度中に取り組み始める。都道...</summary>
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        <category term="寄稿「現代時評」" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/contributor/">
        <![CDATA[<p>■■アサヒコム　2009．10.14　　　松沢成文（神奈川県）知事は１３日の記者会見で、来年４月から県庁全体で残業をなくすことを目指す「残業ゼロ革命宣言」をした。試行的に今年度中に取り組み始める。都道府県では初の試みという。　</p>]]>
        <![CDATA[<p>◆◆松沢知事は「仕事と生活の調和を図るワークライフバランスに率先して取り組むためで、人件費の削減が目的ではない」と説明する。具体的にはフレックスタイムを採り入れ、上司への報告書は紙１枚でまとめるなど、効率的に仕事を進めることを目指す。戦国七雄の「韓」の王、昭侯が学者「申不害」に国を治める方法を問うた。すると申は「君たるものよく為さじ、よく知らず」と答えた。つまり法を整備しておきさえすれば、王は何もしなくても国は自然に治まると言うのだ。　１こで昭侯は申不害を宰相にし、取りあえず韓はよく治まった。　史記のなかの話で、この一派を「法家」といい、孔子らの「儒家」よりも少し前のことである。　</p>

<p>◆◆日本の明治維新後もどうやらその「法家」を倣ったらしく、大いに法を整備し、その実務担当者としていわゆる「事務官」を量産した。　その養成機関が、いまなおわが国多くの大学に形骸を留める「法学部」であると、ボクは解している。　いったん法さえ完備すれば、それを忠実に実行するだけなら必ずしも有能な「事務官」である必要はなく、単なる「事務員」でもいいわけで、そこからいまの事務員という言葉が生まれた。　その事務員が、いま日本の官庁には大量に存し、日々取り敢えず、そつ無くお役所仕事をこなしている。</p>

<p>　ところがこの役所の事務員たち、むかしからの決まった仕事をきまった手順でするばかりで、それが時代の変化に合わぬことなど理解しようともしないし、まして仕事の能率など大事と思ってもいない。　それでも毎日、残業手当だけたんまり受け取っている。　ボクはかねがねこのことを疑問に思ってきた。　それをいまようやく松沢神奈川県知事が具体的に指摘し、「残業ゼロ革命宣言」をしはじめたという。　民間会社ではすでに多くが実行していることだ。</p>

<p>　親方日の丸の役所だから遅かったが、遅すぎることはない。　全国の役所がその気になって「残業ゼロ運動」を始めてほしい。それだけで、だいぶ役所の経費が節約できることは自明である。　たまに役所へ行くと、非能率きわまる昼間の仕事振りが垣間見られる。　どうやら、残業というエキストラ収入が欲しさに、昼間の仕事を時間外まで残しておいているようだ。</p>

<p>◆◆ボク、現役で会社を経営していたころ、こうした残業稼ぎの社員たちをしばしば見かけた。　あるとき意を決して、全社員に「明日から会社は残業代をいっさい拒否する。　が、無料サービス残業したい社員の残業は大いに歓迎する」と申し渡した。　すると驚いたことに、毎日夜の９時ごろまで残業していた社員たちの殆どが、午後５時定時にさっさと帰宅するようになった。　それでいて、会社の業務にはいっさい支障がなかった。　おそらく役所仕事も同様であろう。</p>

<p>◆◆もう一つ思い出がある。　先年、ボクはあるボランタリー公益団体を創った。　創立総会の景気付けに地方首長の祝電を貰うべく、役所を訪ねた。　すると、そこの総務部の課長が言う、「なるべくページ数の多い趣旨説明兼事業計画書をつくり、＜祝電お願い＞の文書を提出して<br />
欲しい。　文章は長ければ長いほどよい、少なくとも１センチ以上の厚みがある書類が望ましい」。　これは聊か面倒だ、なにしろ今から始める新団体だから、書くべき内容も、いまのところあまりない。　だいいちそのような煩雑な書類は作る方も、読む役所側も労働時間に無駄がと<br />
もなう。<br />
　ところが、こちらの新団体役員に名を連ねる予定の一人が、こうしたお役所仕事に通暁していて、「私が書きましょう」と簡単に言う。「知事自身は多忙でそのような願い書に目を通すとは思えぬし、内容を真剣に吟味する役人など居ないから中身など皆無でいい、決まりきった定型文句の冗長な文書を作るのに私は慣れている」。</p>

<p>　ということで、然るべき願い書を作成し、提出した。　それについては、役所から何のコメントも照会も無かった。　しかし創立総会には、会場のホテル気付けで、麗々しい知事の祝電が送られてきたのはもちろんであった。</p>

<p>◆◆いま、松沢神奈川県知事の「上司への報告書は紙１枚でまとめよ」という通達をニュースで知って、なるほど、よほどきつく申し渡しておかなないと、役所の文書などはついつい繁文縟礼になり、労働力の不当浪費に直結するものである、と思い当たった。</p>

<p>　役所の人員削減などは、分限令との兼ね合いもあり難しい。それに、旧自治労の幹部連中がおおぜいいまの民主党の幹部の中に潜り込んでいる実態からして、鳩山内閣も公務員の減員に難渋するだろう。　大阪の橋下知事も役人の減給にはいっときバトルを繰り返していた。　私見では、いちばんいい方法は、公務員が定期退職したあと補充をしないことだ。　そのためには先ず予備行動として、普段から公務員には不要不急の業務をさせず、つねに余裕ある勤務状態にとどめておくことである。</p>

<p>　さもなければ、かれら役人どもは「仕事が多過ぎて困るから、補充採用してくれ」と、ついつい言いつのるものである。 </p>]]>
    </content>
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    <title>映写室　新NO.21「ヴィヨンの妻～桜桃とタンポポ～」&amp;「パンドラの匣」：犬塚芳美</title>
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    <published>2009-10-13T22:25:41Z</published>
    <updated>2009-10-13T22:28:55Z</updated>

    <summary>　　　　　　―太宰治生誕100年に送る、映画化作品2本― 　＜2009年は、太宰治の生誕100年＞に当る。この後も「斜陽」、「人間失格」と太宰文学を原作とする映画の公開が控えているが、まずは対照的なこ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　　　　　　<strong>―太宰治生誕100年に送る、映画化作品2本―</strong></p>

<p>　<strong>＜2009年は、太宰治の生誕100年＞</strong>に当る。この後も「斜陽」、「人間失格」と太宰文学を原作とする映画の公開が控えているが、まずは対照的なこの2本だ。対照的といっても、ちょっと気取った言葉のやり取りと、そこから生れる間合いの美しさは共通している。太宰に重なる男の魅力と、女にもてたと言う作家の視点で描く女性たちのたおやかな美しさもそうだ。鮮やかな映像が私の中で時々セピアに揺らぐ。<br />
　<strong>＜終戦前後の世相を濃密に描きながら＞</strong>、どちらの作品の人物像にも今を感じるのは、監督の工夫と共に太宰文学の普遍性だと思う。映画の魅力だけでなく、底流を流れる夭逝作家の魅力にも惹かれる。久しぶりに太宰を読みたくなった。この秋、文芸の世界にいざなう2本です。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-209.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>寄稿「自著を語る」：金子マーティン（日本女子大学教員）</title>
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    <published>2009-10-13T05:40:28Z</published>
    <updated>2009-10-12T05:48:40Z</updated>

    <summary>　オーストリア人著述家ルードウィク・ラーハの編著作『私たちは存在すべきではなかった』の日本語訳を2009年夏に発表したが、その解説本である拙著『「スィンティ女性三代記（上）」を読み解く』も出版社（凱風...</summary>
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        <category term="寄稿" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://j-net.obei.jp/contributor/">
        <![CDATA[<p>　オーストリア人<a href="http://www.ludwig-laher.com">著述家ルードウィク・ラーハ</a>の編著作『私たちは存在すべきではなかった』の日本語訳を2009年夏に発表したが、その解説本である<a href="http://www.j-net.obei.jp/files/gaifu-shinnkann.pdf">拙著『「スィンティ女性三代記（上）」を読み解く』</a>も出版社（凱風社）は同時に刊行した。同書で訴えたかったことは二点に尽きるのだが、その一点についてのみここで言及する。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>   その一点とは、「ジプシー」などの他称＝蔑称で呼ばれるロマの発祥の地がインドであるという起源説の正当性である。それを突き止めたのは「ツィゴイナーの言語とそのインド起源について」を1782年に著した比較言語学者のJ.C.C.リュディガー（Rüdiger, 1751-1822）である。古くからある説すべてが誤認であるわけでもないだろう。「雑多な民族の混合体」が「ジプシー」だとの主張は16世紀初頭からあり、ナチスも同じ説と唱えた。</p>

<p>　現在、その説を掘り起こし「新説」として蒸し返す数名の研究者がいる。その急先鋒はイギリスのジュディス・オークリとオランダのウィム・ウィレムスだが、その立場に偏向した日本人研究者もいる。「ジプシーと呼ばれる人たちの起源は雑多な出自の貧民・流民層にある」との説は「いまだ試論の域を出ない」との冷静な判断を2006年段階でしていたその研究者は、翌年ある出版社を訪れ、「ジプシーを『インド起源の放浪民族』とした」ため、「もはや時代遅れとなった旧版『ジプシー』に代えて新版を出してはどうか」と提案し、出版社がそれを快諾したという。そして、ニコル・マルティネス著（水谷驍＆左地亮子訳）『ジプシー』が白水社から刊行された。だが、その訳本の原書にしても二十数年前の刊行であり、「時代錯誤」もはなはだしいうえ、少なからぬ誤認を含む。さらに「近親結婚」｢法犯罪率｣「精神的退行性」「無気力」「中毒症」などを「ジプシー社会」の特徴として挙げる差別本でもある。「ジプシー／ロマ懇話会主宰」である訳者の水谷驍氏は、「訳者のあとがき」でその本が「ジプシーと呼ばれる人びとの理解に貢献することができれば幸い」と述べているが、どのような「ジプシー理解」を望んでいるのだろうか。ロマが集団として生活していない日本国でも、その少数民族に対する偏見と差別感だけは根強いものがある。日本へ初めて来たロマの名称は「西洋穢多」だった（『京都日出新聞』1901年9月17日）。</p>

<p>　インド北西部から数百年かけたヨーロッパまで移動したロマが「純血民族」であろうはずはないだろう。そもそも、そのような民族はこの世に存在しない。ロマはその移動課程で雑多な人々を吸収し、それらの人々もロマ社会に同化していった。経済的理由から子どもの育児が困難だった極貧の多数派住民が自分の子どもをロマに託したり、多数派の未婚女性が産んだ子どもをロマが引き取った例などが、『私たちは存在すべきではなかった』にも紹介されている。血縁関係がないそれらの子どもたちもロマの子どもたちと分け隔てなく育てられ、ロマ社会に同化した。そして、それらの子どもたちは多数派住民から、当然のように「ジプシー」とみなされた。ロマの先祖がインド起源の人間を核にしていようと、数百年のあいだに多様な人々がロマ社会に吸収され、その社会の構成員となった。ロマ社会は閉鎖的だと言われるが、実際はそうでないため、それが可能だったのだ。ロマの起源を「雑多な社会的脱落者の集合体」と決めつける説は、あまりにも乱暴な論だと考える。</p>]]>
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