<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rdf:RDF
xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
xmlns="http://purl.org/rss/1.0/">
<channel rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/">
</channel>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no19.html">
<title>映写室　新NO.19エスター：犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/30/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no19.html</link_Individual>
<description>　　―愛らしい少女のポスターの不思議なインパクト― 　最初から最後まで恐怖で息を詰めた。とにかく怖い。それも、絵空事ではなく身につまされて怖かった。そんな内容をよく表しているのがポスターだ。古風な服装をして黒い髪と黒い瞳で、真っ直ぐ前を見て...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　　<strong>―愛らしい少女のポスターの不思議なインパクト―</strong></p>

<p>　最初から最後まで恐怖で息を詰めた。とにかく怖い。それも、絵空事ではなく身につまされて怖かった。そんな内容をよく表しているのがポスターだ。古風な服装をして黒い髪と黒い瞳で、真っ直ぐ前を見ている少女の映像は、可愛いのだけれど、よく見ると、ほんのすんでの所で不気味さも漂う。キャプションの通り「この娘、どこかが変」なのだ。<br />
＜誰もの心を掴んでしまうポスターの力で＞、この秋、彼女の事が評判になるかもしれない。もちろん、観ればもっと虜になるはず。じわじわと迫ってくる恐怖感がたまらない。監督は「蝋人形の館」のハウメ・コジェ＝セラで、製作にはレオナルド・ディカプリオも名を連ねている。ミステリーファンだけでなく、人間ドラマが好きな方にもお勧めしたい。</p>

<p><a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-205.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-30T09:41:33+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/ken-3.html">
<title>◆現代時評：「政治にも哲学的思考を」　　ken</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/29/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/ken-3.html</link_Individual>
<description>◆◆　麻生内閣メールマガジン第４４号　「私は、景気対策を最優先に、果敢に政策を進めてきました。・・・異常な状況には、異例の対応が必要です。このため、半年で４回の予算編成を行いました。役人主導では、決してできません。その結果、今年４－６月期の...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>◆◆　麻生内閣メールマガジン第４４号　「私は、景気対策を最優先に、果敢に政策を進めてきました。・・・異常な状況には、異例の対応が必要です。このため、半年で４回の予算編成を行いました。役人主導では、決してできません。その結果、今年４－６月期の実質経済成長率は、年率で３.７％。先進国では一番高い成長を実現しました。経済対策の成果が出始めた、と思います。」　</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>■■　天声人語子が先般触れていたが、一昔前に中曽根元首相が鳩山由紀夫氏に対して「政治は動詞でやるもので、形容詞ではいけない」と意見したとのこと。　はやく言えば、政治は果敢な実行あるのみ、文学的な軟弱さはいけないということらしい。　言われてみるとなるほど、政治とは斬ったはったの修羅場で、鳩山由紀夫氏流の「友愛」から程遠い場にあると思えぬこともない。</p>

<p>■■　それかあらぬか、麻生首相は「私は景気対策を最優先に、果敢に政策を進め、実質経済成長率で先進国ではいちばん高い成長を実現しました」と負け戦のＭＭでなお自民党による経済戦線での勝利を誇っている。　</p>

<p>■■　マスコミの世評でも、鳩山民主党首がしょっちゅう口にする「友愛」はどちらかといえば不評のようだ。　友愛などという実態の無い言葉は文士か詩人の用語で、政治家に不向きな形容詞であるとは、中曽根大勲位だけでなく、国民のほぼ総てがそう思っている。　「この厳しい経済環境では友愛どころではない」というのが国民大方の見解なのだ。　仕事を寄越せ、カネ寄越せの全国民による合唱は、いまも戦後の混乱期も少しも変っていないようにマスコミは報道する。　ならば日本はこの６０年、いったいどうしてきたのか。　世界一の金持ち国家になったというのは幻想に過ぎなかったのだろうか。</p>

<p>■■　とここまで考えてきて、待て暫しとボクは思う。　この話、どこかおかしいのではないか。　ひょっとすると、今回のリーマンショック以後の日本は、政治の結果がすなわち経済の結果であると超短絡化してしまっているのではないだろうか。　経済がデフレであれば、それはつまり政治そのものが悪いということにしてしまっているのではないか。　政治イーコール経済、経済イーコール政治と、直結しているようだが、政治に責めを負わせられぬ経済の不調もじゅうぶんありうるのだ。　とくに最近のグローバル化経済のもとでは、いかに一国の政治が適切であろうと、それを越した国際経済に起因する突発事故が発生しないとも限らない。　そうした場合、景気悪化は政府が悪いからだ、仕事をよこせ、カネをよこせと国民が合唱するのは政府に対する無理強いというものではないだろうか。</p>

<p>■■　１８世紀英国の産業革命は労働力を商品化した。　世界の産業社会の運命はそれで大転換した。　それから２００年、米国は金融と称するマネーゲームを産業化し、製造業と同列に位置づけた。　我々がいまなお苦しんでいる今回の国際経済危機は、その節度を失ったマネーゲームの産物だったことはいまさら言うまでもない。　ところがそれに懲りたハズの元凶米国政府は、もうすでに同じマネーゲームとしての危険な金融再建に懸命である。　その言訳けとして、景気回復への最短距離は金融産業のリバイバルにあると明言する。　これではワイマール政府変じてナチスドイツに急変身した第２次大戦前のドイツと同じではないか。</p>

<p>■■　もっとも現在の米国は航空機製造か農業以外の製造業が殆ど無くなっていて、金融くらいしか振興を図る産業がないという弱みを抱えている。　輪転機でドル紙幣を増刷して消費景気を図るにしても、米国民の懐へそのドル札を回すには名目が必要であり、そのためには配分方法に著しい不均衡があるのを承知の上で、なお危険きわまりない金融産業再建に頼らざるを得ないのが米国の弱みである。</p>

<p>■■　日本政府も負けてはいない。今回の衆議院選挙へのマニフェスト・インデックスでは民主・自民両党とも「国民の皆様」への阿諛迎合のためか、ばら撒き約束により要らざるインフレ策ばかりを図っている。　国民もまた、頼れぬ政府を頼りにして出来もせぬ景気振興を要求してはばからない。　要らぬものを造ってもしようがないし、要らぬ労働力を投入しても、不要なものは不要なのである。　だからボクはこうした官民こぞっての要らざる景気振興策にひじょうに大きな<br />
疑問を持っている。　</p>

<p>■■　だいたい今回のわが国における不況は消費と生産のインバランスが主原因である。　生産のほうは長年の生産性向上のお蔭で省力化が徹底し、殆どの耐久消費財を含む消費物資の過剰生産が想像以上に進み、それをさらに押し上げたのが中国からの消費財輸入であると考<br />
えられる。　だから先般の軽井沢における財界の会議でも、日本の生産業は海外市場を頼らざるを得ぬと弱音を吐いたのである。<br />
  財界がああした発言をしたということを我々国民はもっと深刻に受 け止める必要がある。　財界や政府を咎めるばかりが能ではない。</p>

<p>■■　だいたい現在我々が適用している経済政策もしくは経済学は、いかにして生産性を高めるかをベクトルとしてその論理思考を積み重ねてきた。　ところがここに至って、その方向修正が必要である時代が来たと考えたい。　ちょうど人間が「エントロピー増大の方向を未来と名づける」としてきたのが１００％逆にエントロピー減少の方向を未来と考える宇宙物理の必要が生じたようなものと思えばいい。　</p>

<p>■■　地球上の多くの国々はいまなお物資不足に喘いでいる。　しかし少なくとも日本という国では、モノ余りとか生産性向上による労働力過剰に悩む時代を確実に来させてしまった。　そうした時代にあって、なにをどれだけ多く造ろうか、どこの国へ売りつけようかばかりを専心考えていては、国民の福祉や豊かな生活とますますかけ離れた方向へ進むばかりである。　おまけに地球上の有限物資を浪費するばかりで、宇宙物理学者たちをして「このままでは地球上での生活はあと１００年持ち堪えられない」と言わしめる状態になっている。</p>

<p>■■　かって１０人で生産した物資をいまでは５人で生産する、ならば５人は余剰休暇を楽しめばいい。　かって原料５０キロを必要とした産物は３０キロの原料で同じものが造れる時代が来た、ならば余った３０キロの原料やエネルギーは地球に還せばいい。　にも拘らず、従来と同じビヘビアで要らざる物資を２倍も造り、２倍の人員で２倍の報酬を社会から強奪しようとする。　言い訳として、「日本には年収２００万円以下の低所得層が１０００万人も存在する。そうした格差を無くせ」と、マスコミは煽動する。　そして職寄越せ、景気を良くせよ、給料を上げろの合唱である。　どこか間違っていないか。</p>

<p>■■　豊かな日本であるのに、つい先般の各国別住み易さランキングでは、日本は世界の第４５位とか報じられていた。　ならばもうこの辺りで日本の社会システムのパラダイムを変換し、年収２００万円でもじゅうぶん文化的な生活ができる社会に造り替えるべきではないか。　現に先進諸国の中には年収２００万円平均で文化的な生活をしている国もたくさん存在するし、ワークシェアリング・システムがほぼ完成したオランダやフィンランドのような国もあるのだ。　</p>

<p>■■　夢よ再びと、景気回復ばかりを政府に強請るのがよいかどうか、ボクら日本人は今ここでもう一度考え直して見ようでは無いか。　そのためには政治に於ける哲学的思考こそ必要である。鳩山由紀夫氏のいう「友愛」はなにも文士詩人だけのものではない。　いま中央ヨーロッパでひときわ目立ち輝いているのは、チューリップ革命で名をあげた詩人大統領のバーツラフ・ハベルのチェコという国で、そこでは国民の所得平均がいまなお年収２００万円に満たないが、日本のようにがつがつしていない。</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-09-29T17:44:19+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/ken-2.html">
<title>◆現代時評：「回勅レールム・ノヴァルムと米国発の市場主義」　Ken</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/28/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/ken-2.html</link_Individual>
<description>◆◆　ＣＮＮ　２００９．９．１５　オバマ米大統領は１４日、米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻から１年を迎えることを受けて、ニューヨーク市内の金融街ウォールストリートで演説し、公的支援などで金融システムがおおむね安定したものの、危機再発...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>◆◆　ＣＮＮ　２００９．９．１５　オバマ米大統領は１４日、米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻から１年を迎えることを受けて、ニューヨーク市内の金融街ウォールストリートで演説し、公的支援などで金融システムがおおむね安定したものの、危機再発防止策が必要であると強調した。大統領は、景気と金融部門が立ち直リを見せるなか、リーマン破綻や、　依然続いている危機から教訓を得る代わりに、これらを無視する軽率な動きが金融業界にあると指摘。<br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>■■　マルクス・エンゲルスの共産党宣言から遅れること44年、ローマ教皇レオ13世は１８９１年、有名な回勅「レールム・ ノヴァールムRerum Novarum」を発布した。副題「資本主義の弊害と社会主義の幻想」が示す通り、行き過ぎ資本主義にも弊害があるが、唯物史観の社会主義への過度な期待もまた禁物であると教皇は警鐘を鳴らした。</p>

<p>■■　それからちょうど１００年後の１９９１年、共産主義国家は次々と崩壊したが、なお世界は共産主義に換わる新しい経済的脅威と課題に直面しているとして、ローマ教皇ヨハネ・パウロ２世はレールム・ノヴァルムを再確認した回勅『新しい課題(Centesimus　Annus)』を発布して再び警告した。　その文末には「種々のイデオロギーがますます信頼を失う」現代世界の、「新しい課題」としての「来るべき世紀」への備えを訴えた。　</p>

<p>■■　ではその「共産主義に換わる新しい経済的脅威」とはなにか。また「益々信頼を失っている種々のイデオロギー」とはいったい何であろうか。　それを教皇は次の二つに要約している。先ず第一は、第三世界の貧困と搾取の拡大。いわゆる（米国式）グローバリズムの結果として、先進国の搾取による後発国との貧富格差の増大が進む。次に、台頭し始めた『市場原理主義』が、労働者・個人の権利や生活などよりも経済戦争に勝ったものを上位に置くという態度が問題である。つまり、「勝ったものの勝ち」という勝者絶対優先の考え方が、共産主義の後に続く新たな経済的脅威になっている。<br />
　<br />
■■　そうした新たな経済的脅威は、「すべての行為は自己責任で」、つまり失敗も不幸もすべて自分が背負うべきであるというドライで無機的な論理から発したものようである。　そうした考え方では、いったん脱落すればどうしようもないという不幸な人々たちへの思いやりが皆無で、それがこの社会をより住み難くする原因となっている。</p>

<p>■■　「グローバリズム」と「新自由主義または市場原理主義」は近年米国の経済学者たちが主導してきたイデオロギーで、その理論的指導者としてノーベル経済学賞のミルトン・フリードマンが挙げられる<br />
。<br />
■■　そしてその危険を予知したローマ教皇ヨハネ・パウロ２世が再び警告したのが回勅「新しい課題（Sentesumus Annus）」で、かってのレオ１３世の回勅「レールム・ノヴァルム」をなぞり「新レールム・ノヴァルム」とも称する。　しかもその回勅で示された危険は早くも今回のリーマン・ショックで実証された通りである。</p>

<p>■■　わが国でもつい先般、小泉内閣の竹中経済財務相がフリードマンとそっくり同じ主張を繰り返し、わが小泉内閣がそれに同調し、社会的経済格差を生んでしまったのは、いまになって考えると「魔がさした小泉政府の浅はかな経済政策」としか言いようがない。</p>

<p>■■　ところがこのフリードマンの「新自由主義、市場原理主義」に日本で反対する経済学者が居なかったかというと必ずしもそうではない。真っ向からフリードマンに立ち向かってその危険性を論じた日本人経済学者も居た。　それが文化勲章の宇沢弘文東大名誉教授である。　宇沢教授とフリードマンはシカゴ大学教授時代の同僚で、もし宇沢教授が帰日していなければとうぜんフリードマンより先に宇沢氏がノーベル経済学賞をもらう順番だったと言われるほど、宇沢博士は世界的に超有名な大経済学者であった。</p>

<p>■■　しかのみならず、ヨハネ・パウロ２世が１９９２年に更なるレールム・ノヴァルムの回勅「新しい課題Centesums Annus」を出すにあたって、教皇から日本の宇沢教授に相談が寄せられ、教授の参画があったことは広く知られている。　宇沢教授がフリードマンよりも優れた経済学者であることは、彼がシカゴ大学、コロンビア大学を辞して帰国したときすでにわが国でもよく知られており、そのゆえにこそ日本は彼に東大教授の地位とともに、のち文化勲章なども授けている。　そしてその大学者宇沢弘文博士が声を大きくして「フリードマンの頑なな新自由主義、市場原理主義は危険きわまりない」と唱えているにも拘らず、それを敢えて無視したレーガン・ブッシュに続く小泉劇場内閣の日本は米国に惑わされ、ノーベル賞フリードマンに目を眩まされていたからであった。政治外交だけでなく、経済学においても日本は米国に追随し過ぎていたのである。</p>

<p>■■　ローマ法王庁は１８９２年も１９９２年のときも一貫して、行過ぎた資本主義や共産主義の危険を社会に向けて訴え続けた。　その理由は、いかに論理が精緻であろうと、思いやりの心がないイデオロギーは危険であるということだった。　たとい少々迂遠であろうと、政治や経済には人を思いやる心が、より大事であるというのであった。　そしてわが日本の現代政治に、その「心」の典型がようやく出現した。　それが鳩山新首相の政治観である。</p>

<p>■■　鳩山由紀夫氏の論文「日本の新しい道」が「ヘラルド・トリビューン」紙に、去る８月２７日付で掲載された。「反米的」だとして、米国知識人らのあいだに瞬時に広がり、「ニューヨーク・タイムズ」にも掲載された。鳩山氏は、それは月刊誌「Voice」９月号に寄稿した「私の政治哲学」が一部曲解されて翻訳され、載せられていると語った。</p>

<p>　問題とされた鳩山氏のもとの論文はほぼ次の通りである。</p>

<p>　冷戦期、日本は米国主導のグローバル化という名前の市場原理主義に、間断なくもてあそばれた。結果として、人間の尊厳も失われた。自由の中に潜む行き過ぎの危険を緩和する力としての友愛に、われわれは立ち戻るべきである。友愛の精神から生まれるもう１つの国家目標は、東アジア共同体の創造である。金融危機は米国一国主導の時代が終焉を迎えたことを示唆し、ドル基軸通貨体制の永続をも疑わせる。<br />
　日本は、超大国の地位を保つべく闘い続ける米国と、大国への道を探る中国とのあいだで、いかにして政治的経済的独立を保ち、国益を守るべきか。地域統合と集団的安全保障が日本国憲法のうたう平和主義と多国間協力を実現する道である。　すべての歴史的哲学はユートピアの夢として始まり、現実となるのである。</p>

<p>■■　上記は鳩山新首相の日頃の持論とそっくりであり、ボクらが非難すべきところは何処も見当たらない、むしろ賞賛に値する。　ところがわが国の多くの政治家や政治評論家たちは、鳩山氏のそうした理想主義<br />
、友愛主義は苛烈な国際政治の波間では翻弄されるばかりで他国の侮りを誘発し、日本国家としての実利が望めない、と非難する。</p>

<p>■■　がしかし考えてみるがいい。　そうした鳩山氏の身上や態度であるからこそ、今回の民主党内閣の「これは革命に近い」という政治改革にも国民は安心して新内閣支持率７５％を示している。　もしこれが仮に小沢首班にＮ大臣、Ｋ大臣、Ｓ大臣など荒事師の陣立てならば、国民のあいだに幾許（いくばく）かの行き過ぎに対する危惧の念が醸成される可能性が無いとはいえまい。　政治は喧嘩だけではない。先ず誠意を尽くして相手と交渉するのが筋である。新内閣の態度を危惧している米国も、鳩山首相の誠意ある友愛外交に対してはそれなりの扱いをしないわけにはいかないだろう。　</p>

<p>■■　それにしても、鳩山首相の「友愛」精神と、ローマ教皇の回勅「レールム・ノヴァルム」および「新レールム・ノヴァルム（新しい課題）」とは不思議によく似通っている。　ひょっとして鳩山はカトリックかも知れないと思ったりもする。　もしそうでなければ故鳩山一郎によるフリーメーソンの友愛同志会や、その母鳩山春子の共立女学校校訓の「誠実・勤勉・友愛」が隔世遺伝している可能性も考えられる。　駆け引きと恐喝まがいの政治手法ももうこの辺りで終わりにして、友愛による政治社会の出現を望みたい。</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-09-28T17:34:15+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no18.html">
<title>映写室　新NO.18あの日、欲望の大地で：犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/23/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no18.html</link_Individual>
<description>　　　　　―消せない記憶― 　＜原題の「THE　BURNING  PLAIN」の示す＞通り、農薬散布の飛行機が墜落して炎上するシーンから始まる。これがその後の、まるで関係なさそうな物語にどう繋がっていくのかは、後半位までお預けだ。謎解きの後...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　　　　<strong>　―消せない記憶―</strong></p>

<p>　<strong>＜原題の「THE　BURNING  PLAIN」の示す＞</strong>通り、農薬散布の飛行機が墜落して炎上するシーンから始まる。これがその後の、まるで関係なさそうな物語にどう繋がっていくのかは、後半位までお預けだ。謎解きの後でなるほどと唸らされる、念入りに計算されたストーリーだけれど、それもそのはず。脚本は、小説家出身で「バベル」や「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」等で多くの脚本賞を受賞しているギジェルモ・アリアガで、この作品で初の長編監督を務める。他の作品でも見られるように、アリアガの出身地メキシコを絡め、場所と時空を交差させた複数の物語を、女たちの愛が貫いていく。何ともスケールが大きい構成が魅力だ。</p>

<p><a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-203.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-23T07:34:31+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-60.html">
<title>徒然のサハリン「新学期は大変（ロシアの中学校）」：オリホヴィク　美香</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/21/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-60.html</link_Individual>
<description>  日本の実家でのグータラで楽しい夏休みが終わり、9月1日から新学期が始まりました。怠惰な生活がたたり、私も息子も朝の早起きが一番大変です。日本とサハリンの時差は２時間（夏時間）。朝6時（日本時間4時）に起きるのは正直しんどいです。実際、他...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>  日本の実家でのグータラで楽しい夏休みが終わり、9月1日から新学期が始まりました。怠惰な生活がたたり、私も息子も朝の早起きが一番大変です。日本とサハリンの時差は２時間（夏時間）。朝6時（日本時間4時）に起きるのは正直しんどいです。実際、他の人に聞いても、この2時間の時差というのはなかなか体が慣れず辛いもので、かえって朝晩逆の方が合わせやすいくらいです。<br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　息子は今年の9月1日から５年生。ロシアでは5年生から9年生が中学校になります。１番ギムナジアという学校に入りました。息子がいる５年生は３クラスで各クラスに25～28名の生徒がいます。教科書代は学校図書館からの貸与。今まで本屋を巡り高いお金を払っていたのに終われば不要なものになってしまう本が多かったので、助かります。教科書にはカバーをかけ、書き込みはせず、学年末に図書館に返します。ただし、ワークブックは購入しなければなりません。手元に置いておきたい本があれば買えばよいのです。<br />
ロシアでは義務教育（9年）でも学校ごとにカリキュラムが異なります。特にギムナジア、リセと名のつく学校はそれぞれに特色があります。ロシアの文豪、詩人のプーシキンの名を冠した1番ギムナジアは文科系に強く、５年生から第２外国語でフランス語が必修です。10年生（高校）になると、さらに日本語、ドイツ語かラテン語のうち１つを選択しなければならないとか。学校レベルでこれだけの教育ができるなんて、感嘆の念を覚えます。<br />
私も夫も地元の人間ではないので学校に関する情報が乏しく、詳しいカリキュラムも知らないまま、とりあえず評判の良さそうな学校に申し込んだので、フランス語については入学式で回りのPTAの話を聞いて驚きました。こればっかりは私も夫も習ったことがないので、今までの英語や他の科目のように助けてあげられません。本人が今のところ楽しそうにやっているのが幸いです。<br />
そして、中学校からは土曜日も授業があります。おかげで土日に惰眠を貪るのが楽しみな私には大打撃。早起きが苦手な息子を学校へ送り出すためにいつもの通り起きなければなりません。<br />
給食は実費制で一食40ルーブル（約120円）で、土曜日に次の週の希望を聞いて支払いをします。その一食は温食（肉又は魚の料理とマカロニやマッシュポテトの付け合せ）で、食堂でさらにサラダや飲み物、パン類などを実費で買うことができます。<br />
さて、今のところ新しい学校が気に入っている息子ですが、一つだけ落ち込ませるのが、クラスで一番おチビなことだそうです。さすがに子供の１，２歳の年齢差は大きなものがあって、普通7歳で入学するところを5歳で入学した息子は体が小さいのです。5年生ともなると大人と変わらないくらい大きい子もいます。体育でバレーボールをする時にとても不利なのだと肩を落としていました。でも、これはフランス語よりもどうしようもありません。その分、頭で勝負しろ！！とハッパをかけています。</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-09-21T10:31:30+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no17.html">
<title>映写室　新NO.17「ココ・シャネル」＆「ココ・アヴァン・シャネル」：犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/16/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no17.html</link_Individual>
<description>　　　　　―シャネルの映画2本― 　独特のマークを思い出させる題名だけでも魅惑的な、公開中の「ココ・シャネル」、公開直前の「ココ・アヴァン・シャネル」、来年早々公開の「シャネル＆ストレヴィンスキー」と、ココ・シャネルを題材にした作品が続く。...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　　　　　<strong>―シャネルの映画2本―</strong></p>

<p>　独特のマークを思い出させる題名だけでも魅惑的な、公開中の「ココ・シャネル」、公開直前の「ココ・アヴァン・シャネル」、来年早々公開の「シャネル＆ストレヴィンスキー」と、ココ・シャネルを題材にした作品が続く。こうなったら全部を見比べたい。これほどの競作は珍しいけれど、なんでもそれらが作られた2008年は、シャネルの生誕125周年に当たったのだそうだ。もちろんそれだけではなく、時代の要請やシャネルの戦略もあると思う。若者主導のチープなファッションに流されっぱなしの今、シャネルのモードが一杯のこれらの映画をきっかけに、大人の服に目覚めて欲しいと考えても不思議ではない。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-202.html">＜続きを読む＞</a></p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-16T09:23:20+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-59.html">
<title>障害者用駐車施設の存在とその現状：中川昌紀 </title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/14/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-59.html</link_Individual>
<description>  奈良市内で身体に重い障害を持っている人が入所している施設と深い関わりを持っている。利用者の中には介護が必要なため出かける機会があまりない人も多い。深いお付き合いがある利用者とは、買い物や食事など必要に応じて個人外出をしている。...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>  奈良市内で身体に重い障害を持っている人が入所している施設と深い関わりを持っている。利用者の中には介護が必要なため出かける機会があまりない人も多い。深いお付き合いがある利用者とは、買い物や食事など必要に応じて個人外出をしている。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>先日1人の利用者（知人）と自動車で出かけた。彼は車いすを用いて生活をしている。行き先のお店の駐車場は比較的狭かったが、幸い広いスペースを設けた障害者用駐車施設（以降、障害者用スペースと記す）があった。彼は助手席に乗っていたのだが、車いすへの移乗時には抱きかかえる必要がある。障害者用スペースとはいえ、ドアを全開にして車いすを間際へ着けられるように、運転席側に余分なスペースを空けずに止めていた。</p>

<p>買い物が終わって駐車場へ戻ってきたときだ。私が止めている横へ別の車が入ってきた。障害者用スペース内なので、マナーの守れない人だと思った。ただその車が出ない限りドアを全開にしたり、車いすをドアのそばへ付けられない。子どもならともかく大人の身体を片手で抱きながらドアを開けたり、半分しか開けられない狭い空間から座席へ乗せるのは限界もある。<br />
移動してもらおうと思えば、向こうから気付いてすぐに空けてもらえた。しかし車を移してもらった後の空間を見てびっくりした。なんと、障害者用スペース内に2台分のタイヤ止めがあったのだ。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://j-net.obei.jp/contributor/images/090914mn-1.jpg"><img alt="090914mn-1.jpg" src="http://j-net.obei.jp/contributor/assets_c/2009/09/090914mn-1-thumb-130x97-451.jpg" width="130" height="97" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span>地元（和歌山県内）にある大手ドラッグストアーでも同じような仕組みの障害者用スペースが設けられている。写真はそこで撮影したものだ。空車状態（図1）を見る限り、地面に白い文字で記した身障者マークはあまり目立たない。むしろ地面から浮き上がったタイヤ止めの位置を意識し、2台止められると認識してしまいがちだ。2台止めたとき（図2）は一般のところに駐車したときと同じぐらいのスペースしかなく、障害者用スペースの本来の意味がなくなっている。<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://j-net.obei.jp/contributor/images/090915mn-2.jpg"><img alt="090915mn-2.jpg" src="http://j-net.obei.jp/contributor/assets_c/2009/09/090915mn-2-thumb-130x97-453.jpg" width="130" height="97" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span></p>

<p>このような設計をした理由として2通りの可能性が考えられる。<br />
１つの推測として、障害者が乗っている車内位置や駐車する方向によりどちら側へ寄せてもタイヤ止めを活用できるような配慮になっているのかも知れない。そういう想定ならむしろタイヤ止めを長めの一本化にして、この場所は1台しか止められないと認識させる必要がある。<br />
もう1つの可能性として、経営者の要望に応じての作り方だとも伺える。経営者側にとっては狭い駐車場に1台でも多く止められるような工夫をしたい気持ちはよく理解できる。しかし障害者用スペースの本来の意味も真剣に考えて欲しいのだ。ドアを全開にしないと降りられない障害者も身近な街に住んでおり、彼（彼女）らも同じように来店すると言うことを。</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-09-14T11:29:43+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/bsura.html">
<title>映写室　「BSURA（バスーラ）」四宮浩監督インタビュー:犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/11/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/bsura.html</link_Individual>
<description>　　　―「巨大なゴミ捨て場」僕は、ここで生きている― 　フィリピンと言うと、真っ先に思い浮かぶのは「スモーキーマウンテン」。マニラ市内のありとあらゆるゴミが運び込まれるこの地には、ガラス瓶、アルミ、鉄等、再生できる資源を拾って生活する人々が...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　　　<strong>―「巨大なゴミ捨て場」僕は、ここで生きている―</strong></p>

<p>　フィリピンと言うと、真っ先に思い浮かぶのは「スモーキーマウンテン」。マニラ市内のありとあらゆるゴミが運び込まれるこの地には、ガラス瓶、アルミ、鉄等、再生できる資源を拾って生活する人々が大勢住んでいた。閉鎖されたけれど、場所を移しても多くの人が今もそんな仕事を続けている。89年にこの地を訪れて以来「忘れられた子供たち　スカベンジャー」、「神の子たち」と、痛ましい現実の中でも輝き続ける子供の生を記録し続ける四宮浩監督が、その後の家族を追ったのが新作「BSURA（バスーラ）」です。作品の背景等を伺いました。</p>

<p><a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-200.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-11T09:24:02+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no16.html">
<title>映写室　新NO.16キャデラック・レコード:犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/09/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no16.html</link_Individual>
<description>　　　―ポピュラー音楽の創成期― 踊りださないまでも体でリズムを取りながら観てしまう。ロックが誕生する以前のカントリーやブルース、ジャズが流れ、音楽好きなら見逃せない作品だ。   ＜舞台はちょっと古い＞　1950年代から60年代、70年代に...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　　<strong>　―ポピュラー音楽の創成期―</strong></p>

<p>踊りださないまでも体でリズムを取りながら観てしまう。ロックが誕生する以前のカントリーやブルース、ジャズが流れ、音楽好きなら見逃せない作品だ。<br />
  <strong>＜舞台はちょっと古い＞</strong>　1950年代から60年代、70年代にシカゴに存在した名門のレコード会社、チェス・レコードとその周辺のアーティストたちの光と影を、実話に基づいて描いていく。そう言うとまるで業界裏話だけれど、黒人と白人に象徴される人種問題も絡まり、音楽の向うに当時の社会背景も浮かび上がるのが優れた所だ。<br />
  <strong>＜時流に翻弄される流行業界のこと＞</strong>、光が強ければ影も濃い。しかも、熱狂が大きければ大きいほど、舞台前の緊張感は計り知れない。押しつぶされまいとするそれぞれの苦悩、音楽を聴きながら人生を思う作品にもなっている。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-201.html">＜続きを読む＞</a></p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-09T09:18:44+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/6246.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（246）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/07/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/6246.html</link_Individual>
<description>＜高速道路無料化へ＞ 　政権の交代を期待していた若者の多くは、高速道路の高額料金が無料化するという民主党の公約に心を踊らせて投票場に向かった。若者のほとんどは無党派層である。特定の政党に拘束されたりはしていない。昔と違って車をローンで購入で...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜高速道路無料化へ＞<br />
　政権の交代を期待していた若者の多くは、高速道路の高額料金が無料化するという民主党の公約に心を踊らせて投票場に向かった。若者のほとんどは無党派層である。特定の政党に拘束されたりはしていない。昔と違って車をローンで購入できる。しかし、車の税金はいくつもあって合計すると、世界一といっていいくらいなのだ。財務官僚の悪しき成果である。しかも、ガソリンも高額課税だから車を所有しているだけで、庶民は予想外の税金を払わされている。暫定税率などという恐ろしい課税も存在した。官尊民卑の象徴の一つである。<br />
　地下鉄などを利用できる都心では車の必要はない。せいぜい１台あれば十分である。昨今のガソリン価格の値上がりで、車を手放す家庭が増えてきている。必要な時、レンタカーを利用する賢い節約家庭も増えてきている。<br />
　車を取り巻く環境は大きく変化してきた。だが、地方の家庭ではそうするわけにいかない。車を３台、４台所有する家庭も珍しくない。むろん、軽自動車が主流だが。たとえ軽でも車への課税はただごとではあるまい。<br />
　よほどのことでもない限り高額な高速道路を利用しない。北海道の高速では鹿が占拠しているというし、東北でもほとんど車が走っていない。北陸でもそうだ。筆者が確認している。いえることは土建屋政治家のための高速道路建設であったのである。官僚政治の悪しき典型である。<br />
＜一般道を走る貨物車＞<br />
　筆者は月数回車に乗る。むろん、一般道を利用する。結構渋滞が激しい。原因の一つは大型貨物車がたくさん走っているからである。土日の安い時でも、かなりの貨物車が一般道を走っている。安くなった片道の高速料金１０００円を節約しているのである。<br />
　流通関連業界のいじらしいほどの節約ぶりには頭が下がるのだが、其の分、運転手のストレスはたまる一方なのだ。事故の原因ともなる。いいことは一つもない。<br />
　むろん、普通車も一般道を利用している。ETCなる装置がないことと、１０００円を節約するためである。東京湾のアクアラインは、以前だとほとんど車が走らなかった。休日に金持ちがゴルフに行くためくらいだった。<br />
　選挙向けに自公政権が土日片道１０００円にしたことで、ようやく混雑するようになったというのが実情である。１兆円の投資は政財官腐敗の温床でしかなかったのだ。官尊民卑も極まっているではないか。よくぞ耐えてきた日本人であろうか。<br />
＜経済活性化＞<br />
　無料化すると、真っ先に貨物車が利用するだろう。彼らは効率よく走ることを心得ている。大渋滞に合わせようとはしない。夜中、深夜でも走る。「無料化すると、大渋滞して二酸化炭素が増加する」と関係当局はがんがんと偽情報を垂れ流して、大衆の頭脳を支配することに懸命である。無料化にブレーキをかけているのである。<br />
　無料化で普段、車を利用しない市民が高速を利用するだろうか。それはない。車は一定である。ドライバーは渋滞情報を避ける。一般道と高速を自在に利用するのである。深刻な大気汚染を発生させる、という情報も一概に正しくない。<br />
　最近、国土交通省が調査した試算データでも年間２・７兆円の経済効果が出るとしている。お上も先刻無料化の効用を認めている。<br />
　流通面での効果は計り知れないものがあろう。其の分、コストが下がるだろう。ガソリンの節約も相当なものである。物価を抑制する。良いことずくめである。一般の家庭でも、それは恩恵を受けられるのである。<br />
　高速料金を集金する人経費がなくなる。ETC装置も不要だ。道路の保全のみになる。無駄・不要の高速道路建設はなくなるだけでも、すごい効果が期待できる。２００５年に道路公団は民営化されたが、依然としてお上の冠をかぶったままだ。官尊民卑の体質に変化はない。解体するしかない。総合すると、相当の無駄をなくすことが出来る。<br />
　利用されない動物のための道路を、人が利用できるだけでも市民に恩恵を与えられるではないか。民主党の公約は正しい。全てを無料化するだけでも、世の中は明るくなる。ガソリンの暫定税率を廃止することで価格を下げることも同時にやれば、少しは日本経済に元気が出てこよう。急ぐべし、例外不要である。これがアメリカ流でもあるのである。<br />
＜官尊民卑の風土＞<br />
　話は変わるが、神奈川新聞が南足柄市のお粗末な市政を紹介していた。<br />
　日本丸は財政悪化で沈没しているが、地方の自治体も同じようなものだ。節約するしか生き延びられない。どうしているのか。足柄市を例に取り上げている。この地区の民度を測定できるだろう。<br />
　同市は文化会館などを休館し、肝心かなめの人件費にも斬り込んでいる。これはすごいと思ったのだが、一皮むくと正体がばれてしまった。人件費削減はたったの１億２０００万円のみ。このうちの７割は、かの役人天国のためにのみ暴走してきた人事院の勧告を受け入れてのものである。大衆から悪魔の組織と見られている人事院の意向に配慮した分にすぎない。残る３割は、役人の住居手当、時間外手当という特権をなくすというレベルの削減である。<br />
　役人の懐はほとんど痛まない削減なのだ。ちなみに同市の人件費の割合は、神奈川県平均１９・７％に対して、２３・６％と突出している。同市の役人の平均年収は７６７万円、市民のそれは５２６万円である。<br />
　典型的な官尊民卑といえるだろう。市の財政が破たんしているのに役人は、自身の身を削ろうとはしない。他方、旧道路公団は高額の高速道路料金の温存に躍起となっている。こんな日本にした自公政権から反省の弁を聞くことが出来ない日本なのである。<br />
２００９年９月７日１７時００分記<br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-07T17:54:03+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-55.html">
<title>金吉浩の日本日記　　追悼金大中元大統領</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/07/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-55.html</link_Individual>
<description>　日本で最も尊敬を受けた大統領だった。保守と進歩に関係なく金大中元大統領に対して語るときは、「大政治家」という修飾語がいつもついて回った。アジアだけでなくて世界的にも金元大統領と同じ様に波瀾万丈の政治経歴を積んだ方はいないとしとまた注釈を付...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　日本で最も尊敬を受けた大統領だった。保守と進歩に関係なく金大中元大統領に対して語るときは、「大政治家」という修飾語がいつもついて回った。アジアだけでなくて世界的にも金元大統領と同じ様に波瀾万丈の政治経歴を積んだ方はいないとしとまた注釈を付けた.<br />
　８月18日の金元大統領の逝去後、日本のメディアは衆議院選挙の公示をトップニュースで扱いながらも、金元大統領のニュースに解説を付けて報道した。１９日朝刊では朝日、毎日、東京、日本経済新聞が金元大統領の逝去を社説と共に解説記事を載せた。このような外国の記事を例にあげるまでもなく、金元大統領の半生はそれこそ韓国現代政治史の生きた辞典であった。<br />
　1971年金元大統領が初めて大統領に立候補した時は筆者が釜山（プサン）で陸軍三等陸曹として軍隊に服務している時であった。金大中候補者が釜山（プサン）遊説に来た時は時宜外れの非常事態になり、軍属(軍部隊に勤務する民間人)らまで領内待機しなければならなかった。 しかし朴正煕（パク・チョンヒ）候補者の遊説の時は軍属らは家族らまで連れて部隊にやって来て、軍用車両で遊説会場まで乗せて行った。もちろん一般兵士たちもその日は自由外出だった。<br />
　投票は当時不思議にも部隊内ではなくて管轄の町役場で軍人らも投票をした。筆者は迷わず金大中候補者に入れた。朴正煕候補者が嫌いというよりも、朴候補の追従する勢力が露骨で差別的に選挙に介入にすることに対する反抗心がより大きかったといえる。また40代の若い覇気に満ち堂々と大統領に立候補した金大中候補者に対する羨望と同情心があった。その当時私たちは<朝つゆ>を軍歌のようによく歌っていた。<br />
　2000年金元大統領がノーベル平和賞受賞者に選ばれたと発表があった日、筆者は大阪に来られた小説家李浩哲（イ・ホチョル）先生らと夕食をとっていた。詩人の金時鐘（キム・シジョン）先生をはじめとして、元秀一（ウオン・スイル）、玄月（ヒョン・ウオル）、金真須美（キム・マスミ）など同胞作家らと<スカンポ>という有名な韓国飲み屋がその場で、楽しく食事をする中、日本のマスコミ関係者も集まった。金元大統領のノーベル平和賞受賞の感想を金時鐘先生に聞くためであった。朝日新聞の音谷記者は私たちに了解をえて金時鐘先生を家にお連れすると言った。翌日の朝刊に金時鐘先生の一文を掲載するためにすぐにでも自宅にお連れして記事を書いていただきたいということであった。私たちはやむを得ず応諾したが。このときに「朝日新聞は堂々とした拉致をする」という筆者の冗談に、その場の一度が大笑したことも記憶に新しい。<br />
　また金時鐘先生が５０余年ぶりに済州（チェジュ）に帰郷するために先生夫婦と筆者が日までみな決めた時、総領事館でちょっと延期してくれという要請があった。金元大統領が大阪に来られて、同胞らとの晩餐会の時に金時鐘先生を招請するというのが要請の理由だった。それで私たちが計画していた済州行きは遅れてしまった。〔金元大統領の晩餐会招待に〕朝鮮籍で初めて招請受けた金時鐘先生に対して、日本のマスコミは大々的に報道していた。忘れられない金元大統領の思い出の一こまだ。<br />
　金元大統領の冥福を祈ります。　 <済州（チェジュ）トゥデイ>２００９年８月１９日より　訳　川瀬俊治</p>

<p>		 </p>

<p>▲著者紹介　作家　　　1949年12月済州市（チェジュシ）出身。1979年「現代文学」11月号短編「汚染地帯」、1980年<大阪文学学校>1年修了(本科52期)、中編「生野 アリラン」で2005年第7回海外文学賞受賞、2006年小説集「生野アリラン」発刊、2007年「生野アリラン」で第16回海外韓国文学賞受賞。インターネット新聞「済州トゥデイ」でコラム「金吉浩の日本の話」連載中。韓国文人協会、海外文人協会、済州文人協会会員。 現在大阪に住み執筆活動を続けている。  </p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-07T13:05:32+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-54.html">
<title>本澤二郎の「上海１日旅」４</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/06/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-54.html</link_Individual>
<description>＜１匹の蚊＞ 　この古めかしく優雅に大改装したホテルは、エレベーターを降りて、そのあと部屋鍵を使わないと客室コーナーに入ることはできない。途中の壁は、素敵な骨董を置く場所になっており、そこに壺や硯など中国文化の代表的品々を飾ってある。それだ...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜１匹の蚊＞<br />
　この古めかしく優雅に大改装したホテルは、エレベーターを降りて、そのあと部屋鍵を使わないと客室コーナーに入ることはできない。途中の壁は、素敵な骨董を置く場所になっており、そこに壺や硯など中国文化の代表的品々を飾ってある。それだけで風情がある。<br />
　部屋の凝った机にも筆類一式を置いて部屋に安定感と落ち着きを醸し出している。それでいてテレビは薄型の人気製品である。パソコンも使用できる。実に気配り満点の客室にしてある。<br />
　窓は二重窓だから、大通りの車騒音は聞こえてはこない。贅沢なつくりのホテルだ。だが、完璧を期待してはいけないらしい。夜中に１匹の蚊が暴れ出した。近代的な白壁という白一色の部屋であれば、明かりを煌々とつけて蚊を見つけ出し、小さな吸血鬼を退治することが出来る。しかし、クリーム色をふんだんに用いた部屋だから、そうはいかなかった。これには閉口してしまった。<br />
　恐らく部屋掃除の従業員が外気を入れようとして窓を開けた瞬間、蚊が入り込んだのであろう。悔しいが、蚊は夜中に少しだけ活動すれば十分な栄養をたっぷりと補給できる。幸運な蚊である。それとも、今年は気候変動の影響で蚊が大量発生したものか。</p>

<p>　地方都市を旅すると、ホテル側も心得たもので蚊取り線香を用意してくれてある。そうでない宿泊所もある。そんな失敗談を同行した中国人に話すと「皿にビールをついでおけばいい」と教えてくれたことがある。これぞ知恵だ。彼の説だと、蚊は人間の血よりビールの方が好きだという。まだ試したことがない。<br />
　今回は眠くて実験できなかった。<br />
＜朝食にキムチ・たくわん＞<br />
　８月２７日の朝、４階の食堂でバイキング方式の朝食をとった。このレストランも凝った作りで客を歓迎してくれる。クリーム色の細い木材を天井に張り巡らせているだけではない。テーブルも椅子も、そして敷物も芸術品のような材料でまとめて、風情をかもしだしてくれている。ゆったりとくつろげる雰囲気だ。旅人を落ち着かせてくれる。<br />
　「書家世家」という名前にぴったりの奥ゆかしいホテルなのだ。繁栄する中国の豊かさを象徴している。７９年から中国を見聞してきた日本人には、こうした芸術的な造りのホテルを膚で感じられるのは、我がことのようにうれしいものである。</p>

<p>　中国での朝食は粥が一番なのだが、それ用の漬物にキムチとたくわんも用意されていた。韓国人と日本人への配慮なのだ。もちろん、味噌汁と韓国のスープも揃っていた。洋食、中華はいうまでもない。韓国と日本の客が多いのであろう。<br />
　食後に、親しい友人がそばにいれば、コーヒーを飲みながら談笑したい場所としても最高である。忙しげにそそくさと席を立つサラリーマンを見ると、昔の自分を見るようでかわいそうになってしまった。<br />
＜少ない自転車、バイクは農民工＞<br />
　部屋のカーテンを開けた。大通りの反対側に左右に長い大きな建造物が建設中であるのが見えた。しかし、作業員の姿が見えない。工事が中断しているらしい。金融危機による融資ストップによる中断なのか。<br />
　大通りの手前はバイクと自転車専用の道路である。ちょうど通勤の時間帯だが、自転車のほうがバイクに比べて少ない。地元では「自転車は上海人、バイクは農民工」とささやかれている。３Kの働き蜂である農民工は、自転車では活動範囲が狭くて稼ぎにならない。無理してでもバイクを買って、わずかでも収入を増やして故郷に錦を飾ろうというのである。５０年代、６０年代の日本そのもののようでもある。<br />
　自転車にしても車輪の小さいのが流行していた。歩行者は少ない。<br />
＜タクシーに日本語案内＞<br />
　９時３０分に範君がロビーに現れた。午後の講演と勉強会の前に新市街・浦東に昨年完成した金融センターを案内してくれるのだという。ホテルからタクシーに乗った。<br />
　タクシーは言わずと知れた中独合弁車「サンタナ」である。中国の発展を信じられなかった日本の自動車メーカーに対して、ドイツはいち早く進出した。その成果である。北京のタクシーは韓国「現代」車である。日中友好が形式にすぎなかったことを物語っている。先見の明のあるドイツと、それがない日本企業なのだ。<br />
　しばらくして運転手の背もたれに日本語が出ているのを見つけた。よく見ると英語と日本語である。その日本語は「運転手と言葉が通じなかったら相談無料の上海コールセンターまでお電話ください」とある。電話番号も載っているではないか。<br />
　いやはや、これにはびっくりである。上海万博を先取りしたものか。</p>

<p>　タクシーは浦東に向かって走った。黄浦江を渡れば金融センター街である。その手前は旧市街の中心地だが、ここまで来るのに渋滞の波にもまれる必要があった。都心は道路工事や地下鉄工事だけではなかった。この世界的不況期というのに、高層ビルやら高層マンションの建設がいくつも進行していた。金融危機どこ吹く風である。<br />
　範君の話では「１平方メートル当たり３万元もする。住宅価格はまた上がっている」というのである。「杭州・温州などの金持ちが今も購入している」というのだ。別の友人は「台湾・香港・日本の金持ちが買い込んでいるので下がらない」とぼやいたものである。<br />
　本日、人民日報の日本語版には４万元のものも売り出されて、買い手が付いていると報じていた。不思議な上海景気であろうか。<br />
　バブルでないことを祈るばかりである。<br />
２００９年８月３１日２０時３０分記<br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-06T22:58:29+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-53.html">
<title>「蛇行社通信」―真夏に『反忠』を読む:吉田智弥</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/04/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-53.html</link_Individual>
<description> 真夏に『反忠』を読む     8月15日、「全国戦没者追悼式」のTVニュースを観たあと、田中伸尚さんの 『反忠』(一葉社)を読み直した。戦争責任と戦後責任を問う本である。 　この日、麻生首相は「とりわけアジア諸国の人々に対して、多大の損害...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p> <strong>真夏に『反忠』を読む</strong><br />
 <br />
  8月15日、「全国戦没者追悼式」のTVニュースを観たあと、田中伸尚さんの 『反忠』(一葉社)を読み直した。戦争責任と戦後責任を問う本である。<br />
　この日、麻生首相は「とりわけアジア諸国の人々に対して、多大の損害と苦痛を与えました」と述べた。その程度であれ、「政府式辞」に加害責任の語が盛られたのは、1993年細川内閣の時からである。が、それ以降も、約2000万人にも及ぶ「アジア諸国の人々」の死が、公式行事や公的な文書の中で「追悼」されたことは一度もない。1995年の村山談話は何年たっても「談話」のままで、厄介者の空証文という扱い。<br />
　その30年以上も前、第一回「戦没者追悼式」を準備する閣議(1963年5月)で、「追悼」の対象を「日本国民」に限ると決めていたのだった。「本式典の戦没者の範囲は支那事変以降の戦争による死没者(軍人・軍属及び準軍属のほか、外地において非命にたおれた者、内地における戦災死没者等を含むものとする)」云々。<br />
　精一杯に解釈して、旧日本軍、軍属の約230万人と、原爆や空襲、「満州」や朝鮮などで亡くなった民間人約80万人の、合計310万人。臣民と見なされた人たち。<br />
　ところが、更に問題なのは、上記が、追悼式の行われる「8月15日」一日だけの「戦没者」概念であって、実定法の中の「戦没者」ではないことである。戦火の中を逃げ惑い防空壕で折り重なって死んだ「民間人約80万人」は、「戦傷病者・戦没者遺族等援護法」によるところの、国家補償の対象に含まれていない。<br />
　それどころか、同法に規定された「戦没者」遺族に対する公務扶助料の金額は、旧軍隊の位階に対応しているのだという。「大将に厚く、兵に薄い」制度。ということは、戦争責任の重い方に対して高い給付額が支払われてきたのだ。わが一銭五厘の赤紙で召集された二等兵たちは、最後の最後まで 《犬死》 として扱われる。<br />
  『反忠』 は、大阪・箕面市の住民による、「忠魂碑」の存在を違憲だとして告発した裁判の私的な「記録」である。結果だけをいえば、裁判は一審では勝利したが、控訴審では敗れ、上告も棄却された。足を引っ張ったのは周辺の無関心であった。地裁の広い傍聴席はガラガラで、取材に来る新聞記者もほとんどいなかったという。<br />
　大阪高裁で「忠魂碑は合憲」の逆転判決がなされた時、傍聴席にいた右翼の幹部らしい男が「これがホントの日本の裁判や」と叫んだ。すかさず原告を支援する女性が、その男に向かって、「そうや、これが日本や」と返した(465頁)。<br />
  被告側の箕面市の調べによると、今なお全国各地に4000基以上の「忠魂碑」等がある。<br />
K弁護士事務所で頂いた資料によれば、そのうち117基は奈良県内にある。しかも、少なからずの自治体が、それらの「碑」を管理する団体に助成金を出してきた。<br />
 「終戦記念日」は64回めを迎えたが、私たちはまだ戦後責任をとらないままである。</p>

<p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br />
以上<br />
（蛇行社通信　九月号から）</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-04T14:54:50+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/tajomaru.html">
<title>映写室　「TAJOMARU」小栗旬舞台挨拶レポート:犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/04/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/tajomaru.html</link_Individual>
<description>　―始めに小栗旬ありきの企画だった！― 　芥川龍之介の「藪の中」を新しい解釈で蘇らせた大型時代劇「TAJOMARU」がもうすぐ公開になる。時代劇だけれど、テンポ、テーマと時代劇の枠を超えたエンターテインメントの仕上がり。惚れ惚れするような男...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　<strong>―始めに小栗旬ありきの企画だった！―</strong></p>

<p>　芥川龍之介の「藪の中」を新しい解釈で蘇らせた大型時代劇「TAJOMARU」がもうすぐ公開になる。時代劇だけれど、テンポ、テーマと時代劇の枠を超えたエンターテインメントの仕上がり。惚れ惚れするような男気溢れる人間の魅了をたっぷりと描く。主役は「クローズZERO」、「クローズZEROⅡ」で人気を不動にした小栗旬。世界をまたにかけて数々のヒットを飛ばす山本又一郎プロデューサーと一緒の、舞台挨拶のレポートです。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-198.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-04T09:45:47+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/244.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（244）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/02/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/244.html</link_Individual>
<description>＜さびしい列島＞ 　戦後６４年も経過して、ようやく本格的な政治変動が起きた日本である。議会とマスコミが勇気と見識でもって国民のために対応すれば、沈没日本に歯止めがかかるかもしれない。ぼろぼろになった日本再生も夢ではない。しかし、現状はあまり...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜さびしい列島＞<br />
　戦後６４年も経過して、ようやく本格的な政治変動が起きた日本である。議会とマスコミが勇気と見識でもって国民のために対応すれば、沈没日本に歯止めがかかるかもしれない。ぼろぼろになった日本再生も夢ではない。しかし、現状はあまりにもさびしすぎる。若者に夢と希望がない。それを持てないのである。これの政治責任は重い。そこまで追い込んだ自公政権は、国民の審判を受けて敗退したというのに、いまだ反省の色が見えない。これも物悲しい。</p>

<p>＜消費者庁は官僚主導＞<br />
　９月１日に旗揚げした消費者庁も、スタートから揺らいでいる。担当大臣は小選挙区で落選、比例区で救われての当選という。地元での支持さえ十分ではなかった。新政権に委ねるのが筋だろう。それでいて、あわてて「消費者庁」の看板を書いて、これを置き土産にしようというのだ。むろん、官僚に突き上げられての作業に違いない。<br />
　しかも、庶民とかい離している官僚を長官に起用したのである。脱官僚依存を求めている主権者に歯向かっているのである。未だに官僚に操られる悲しき自民党政治家を演じている。<br />
　８億円もする民間のビルに居座ったのも、官僚そのものの消費者庁である。こんなものを消費者が信じられようか。これが悲しい官僚政治の正体といえよう。新政権は、この無駄に直ちに斬り込んだらいい。<br />
＜日本の独立度は東チィモール並み＞<br />
　インドネシアから独立した東チィモールは早や１０年になる。治安が収まったと当局は宣伝に努めている。だが、まだ外国の軍隊に頼っている。<br />
　昨夜、NHKが現地取材の様子を放送していた。記者は元大統領と会見、そこで「外国軍に頼らない独立はいつになるのか」という趣旨の質問をした。するとどうだろう、元大統領は「日本や韓国にも外国の軍隊がいるではないか」と明解に答えたものである。<br />
　要するに、日本の独立にしても東チィモールと同じレベルというのである。これに反論できる日本人がいるだろうか。隣国のロシア・北朝鮮・中国には外国軍は駐留してはいない。日本には首都圏に米軍司令部まである。「アメリカ５１番目の州」という現実に不感症になっている。これに右翼・左翼も沈黙している日本である。<br />
　不思議な日本人であろうか。新政権がこれにどう立ち向かうのか。注目したい。<br />
＜まだ尾を引く強制連行＞<br />
　韓国メディアによると、北朝鮮が朝鮮人強制連行について「日本政府と大企業が深く関与している」として、このほど三菱重工神戸造船所による強制連行と強制労働の実態調査報告書を公表したという。<br />
　「被害者は４０００人余りに及ぶ」と朝鮮中央通信が報道、それを韓国の聯合ニュースが伝えた。<br />
　中国の老外交官の言葉を思い出した。「日本が靖国にこだわっていると、次から次へとおぞましい過去が表ざたになる」と。その通りの展開である。<br />
　北朝鮮との正常化を放置してきた戦後の日本政府・官僚政治のツケは、まだ残されたままである。これも新政権の課題なのである。武器弾薬でぼろもうけしている三菱の企業責任は、軽くないことがこの一事をもってしてもわかろう。国際社会は過去を忘却してはくれない。<br />
＜米マスコミも不甲斐ない＞<br />
　米紙が鳩山新政権に、そろって懸念を示す論調を流している、と右翼のマスコミが、ここぞとばかり吹聴している。もしも、それが事実だとすると、米紙もまた日本の自由・独立を抑制し、服従を求めていることになろう。民主主義さえ理解していない。<br />
　こんなレベルのアメリカ新聞だから、ケネディ暗殺の真犯人を挙げることが出来ないのであろう。こう言いたくなるではないか。まともなメディアであれば、外国に軍隊と基地を置く不当な行為を止めさせる論陣を張るのが、まともな言論である。猛省を促したい。</p>

<p>　それかあらぬか、９月１日に米国防総省高官はブッシュ政権下、イラクやアフガンの戦闘取材をする記者を徹底的に洗い、規制を加えていたことを認めた。記者を選別していたのである。自由な言論は名ばかりで統制していたのだ。そのための広報企業と契約を結んでいた。<br />
　情けない、ひどい話である。人権を規制する独裁国と変わりではないのか。<br />
　このレベルの政府に追随するマスコミだから、ワシントンの変革を評価しても、東京の変革は喜べないものか。<br />
　秋の物悲しさはワシントンも同様なのか。<br />
２００９年９月２日記<br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-02T22:41:31+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no15123.html">
<title>映写室　新NO.15サブウェイ123　激突：犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/02/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/no15123.html</link_Individual>
<description>　　　　　―１時23分発の地下鉄でNYをハイジャック― 　こんな作品を観た直後は、電車に乗るのさえ怖くなる。日本でも以前にバスジャックがあったけれど、地下鉄でハイジャックに巻き込まれるなんて災難でしかない。カメラが、事件現場・身代金の輸送・...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　　　　　<strong>―１時23分発の地下鉄でNYをハイジャック―</strong></p>

<p>　こんな作品を観た直後は、電車に乗るのさえ怖くなる。日本でも以前にバスジャックがあったけれど、地下鉄でハイジャックに巻き込まれるなんて災難でしかない。カメラが、事件現場・身代金の輸送・犯人の追走を追って、轟音の響くNYの地下鉄線路構内に潜り、カーチェイスを追っかけてハイウェイをぶっ飛ばし、ヘリコプターで摩天楼を俯瞰してと、縦横の視点が迫力の作品だ。<br />
  <strong>＜原作はジョン・ゴーディのベストセラー小説で＞</strong>、1974年の初映画化作品「サブウェイ・パニック」を、トニー・スコット監督が時代に合わせて翻案したもの。デンゼル・ワシントンとジョン・トラボルタと言う演技派2人の息を詰める頭脳戦が見所だ。人間だけでなく、蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下鉄路線という、内臓までさらした巨大なNYの街も片方の主役だと思う。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-197.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-09-02T09:48:06+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-52.html">
<title>夏史邦の「こりあ・とーく」／金大中さんを悼む／英雄が故郷に入れられるとき</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/02/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/09/post-52.html</link_Individual>
<description>　８月２３日、ソウルで行われた金大中さんの葬儀に参列させてもらった。月並みになってしまうが、まさに「巨星墜つ」の地響きに全身を打たれたという思いである。 ...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　８月２３日、ソウルで行われた金大中さんの葬儀に参列させてもらった。月並みになってしまうが、まさに「巨星墜つ」の地響きに全身を打たれたという思いである。</p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　会場で、いろいろと回想にふけっているうちに、なぜか、２０年前に金大中さんの口から直接聞いたある一言、<br />
　「英雄は、故郷には入れられない」<br />
　という言葉がその場面の情景とともに鮮明に思い起こされてきた。<br />
　１９９０年１月、ソウル駐在日本人特派員の一人として新年の懇談会に招かれた、その席でのことだった。金大中さんは、故郷に入れられなかった英雄の例としてキリストや釈迦を挙げ、「彼らは石をもって故郷を追われた...」と具体的に、熱を込めて説いたのだった。<br />
　当時、金大中さんは野党・平民党の総裁だった。８７年暮れの２度目の大統領選挑戦に敗れて２年余、次への展望も決して明るいとはいえない状況にあった。「キリストや釈迦も...」という熱弁からは、自らをそこに重ねる自負と、韓国民に分かってもらえないことの無念さが伝わってきた。<br />
　そんな金大中さんが最後に何を思い、仮にこの国葬のことを知ったとすれば、どう思ったか。<br />
　歴史の大きな流れの中で「いま」を位置づけ、そこで自らの果たすべき役割をいつも意識していた人だった。そして、その役割のうちの最大のものが分断された国と民族の統一であると心得ていた。<br />
　「われわれは決して統一を放棄できない。１３００年間、統一国家をなしてきたこの民族がどうして５０年の分断で統一を放棄できようか」（２０００年の「３・１独立運動」記念式演説）<br />
　「近代史の１００年は、わが民族にとって過酷な試練の連続だった。日帝の植民地支配がそうだった。分断と戦争がそうだった。...すべては１９世紀末の朝鮮王朝末期、民族的団結と近代化の改革を求める歴史の要請に顔を背けたところにその原因があった。...いま、この１００年の間わが民族が流し続けた涙を止めるときがきたのだ」（００年６月１４日、平壌での南北首脳会談の際の夕食会のあいさつ）<br />
　「首脳会談で南北は民族の問題を自主的に解決することに合意した。自主というのは外国勢力の排除ではない。世界、とくに周辺の米日中ロの４大国と協力して友好関係を維持するなか、わが民族同士でわれわれの運命を決めようという意味だ」（００年６月２５日、朝鮮戦争勃発５０周年にさいしての演説）<br />
　「統一」をめぐる主張は、民族主義をかき立てがちだが、金大中さんのそれは偏狭さとは無縁の「開かれた民族主義」といえるものだった。<br />
　金大中さんの非凡さは、一つには目標達成への執念と、その忍耐強さにあった。国会議員は、初出馬から１０年をかけ５度目の挑戦で初当選を果たした。大統領は２６年がかり、「４度目の正直」で射止めた。忍耐については、金大中さん自らその著書で「私の人生は耐える人生だった」と、次のように書いている。<br />
　「人は耐えなければならない理由、耐える意味を認識していれば、どんな苦痛が襲ってこようとも忍耐を放棄することはない」（金容権訳『新しき出発』）<br />
　高い理想の一方で、現実に即した柔軟さがあった。政治家の心得として後輩に「書生の問題意識と商人の現実感覚を」と説き、自らその手本を示した。<br />
　野党時代、反政府運動の先頭に立ちながら、過激に走る一部勢力を「敵を利するだけだ」と必死にいさめる場面が何度もあった。<br />
　４度目の挑戦となった９７年の大統領選では、理念と経歴のうえで水と油ほども違う宿敵、金鍾泌氏と手を握るという離れ業で最後のチャンスをものにした。<br />
　大統領になって実現させた南北首脳会談では、その直前に北側へ５億ドルの「不正送金」があったことが後に明らかになったとき、「和解と協力のためには非公開に法の枠外で処理せざるを得ない場合がある」と釈明した。実際、北朝鮮を「反国家団体」と定めた冷戦以来の法の枠内では和解へのあの歴史的な一歩は踏み出せなかったといえる。<br />
　そんなもろもろの卓抜さが２０００年６月の南北首脳会談と、そこでの「南北共同宣言」（「６・１５共同宣言」）に結実し、ノーベル平和賞という評価に結びついたのだったが、韓国内ではそれが必ずしも正当に評価されてきたとはいえない。<br />
　最晩年も「後顧の憂えなし」というわけにはいかなかった。<br />
　昨年２月発足した李明博政権は、金大中さんから盧武鉉前大統領へと積み重ねた「太陽政策」と相いれない対北政策をとり、南北首脳会談の成果を無視あるいは否定するような態度をとった。結果、南北関係は破綻し、北朝鮮が再び核実験を強行するという最悪の状況を招いてきた。<br />
　金大中さんはそんな南北関係に心を痛め、李明博政権の対北政策を厳しく批判し、「６・１５共同宣言」の実行などを求めていた。<br />
　北朝鮮の核問題など朝鮮半島の諸問題を平和的に解決するには、どう考えても「太陽政策」で南北関係を解きほぐすしかない。<br />
　金大中さんは、なぜそれがわかってもらえないのかという気持ちだったろう。あるいは、あの「英雄、故郷に...」という思いは最後まで残ったかもしれない。<br />
　国葬の席で、わたしはそんなことを考えながら金大中さんの遺影と向き合い、次のようなことも思った。<br />
　いま、この国葬の席に李明博大統領をはじめ金泳三、全斗煥両元大統領が列席している。北朝鮮の弔問団が運んできた金正日国防委員長からの弔花も金大中さんの遺影のすぐ近くで、金泳三元大統領と潘基文国連事務総長の弔花の間に並んでいる。<br />
　金大中さんが生前、「故郷に真に受け入れられた」時として思い描いたのは、あるいはこのセレモニーの中で実現した世界が現実のものになった時ではなかったか。</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-09-02T01:21:38+09:00</dc:date>
</item>

</rdf:RDF>
