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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-51.html">
<title>＜ジャ同エッセー＞訃報・金大中元韓国大統領　国葬取材で３日間のソウルへの旅：長沼節夫（ジャーナリスト、写真も）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/31/</link_daily>
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<description>（写真１）韓国国会議事堂での金大中氏弔問風景（８月２２日夜）。 　巨星墜つ。韓国の金大中元大統領が２００９年８月18日、死去した。１９２５年生まれの85歳。韓国の軍事政権化で民主化を叫び、それが理由で時の軍事政権から逮捕・軟禁・投獄・死刑判...</description>
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<![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082801-391.html" onclick="window.open('http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082801-391.html','popup','width=400,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082801-thumb-150x112-391.jpg" width="150" height="112" alt="2009082801.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><em>（写真１）韓国国会議事堂での金大中氏弔問風景（８月２２日夜）。</em><br />
　巨星墜つ。韓国の金大中元大統領が２００９年８月18日、死去した。１９２５年生まれの85歳。韓国の軍事政権化で民主化を叫び、それが理由で時の軍事政権から逮捕・軟禁・投獄・死刑判決など数々の迫害を受けながらも生き延び、ついに大統領に選ばれた人物だ。（本稿の一部は「週刊金曜日」８月28日号アンテナ欄とダブります。）<br />
</p>]]>
</content>
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<![CDATA[<p>　筆者が金氏と初めて知り合ったのは彼が４６歳だった１９７１年。韓国で大統領選のさなかだった。演説会場である小学校の校庭に行くと、４月の日差しの中、びっしりと隙間もないほどの聴衆が地べたに座って、彼の演説を待っていた。座れなかった人々が皇帝を囲む「ロクボク」や木々によじ登っていた。筆者は前座を務める新民党幹部らの演説中に金氏の前に行き、日本から来た。インタビューしたいと申し入れると、明日遊説に出かける前に自宅に来なさいと言ってくれた。今からあなたの演説を録音したいと言うと、<br />
　「ほほう、これが最近発売されたカセットテープというやつですか。私はまだ持っていませんが。こことここを同時に押せば録音できるんですか。では私が壇上に上がる時に持って行って、演説の時に押して上げます」とも。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082802-394.html" onclick="window.open('http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082802-394.html','popup','width=400,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082802-thumb-150x112-394.jpg" width="150" height="112" alt="2009082802.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><em>（写真２）金大中氏の国葬風景（８月２３日）。</em></p>

<p>　演説は40分以上の長時間にわたった。</p>

<p>　「皆さん、普通の国では新聞は新聞記者たちが作っている。しかし我が国で今、新聞を作っているのは韓国中央情報部ＫＣＩＡだ。彼らは朝、新聞社にやって来て、記事をチェックし、気に食わない記事は破って屑かごに投げ込む。ＫＣＩＡは男に子を産ませること以外、何でもやる。私が当選したら、これを廃止する」「南北の対話が全く許されていないのは異常だ。私はまず手紙だけでも往復させ、次いで代表団の接触、市民の交流と段階的に北との門戸を開いて行く」などと、熱っぽく語った。</p>

<p>　しかし彼の主張は翌日の新聞で、ほんの僅か報道されただけだった。朴政権もまさか相手候補を逮捕するわけには行かなかったが、「金候補の主張は反共法違反の疑いがある」といった政府談話が載った。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082803-397.html" onclick="window.open('http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082803-397.html','popup','width=400,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082803-thumb-150x112-397.jpg" width="150" height="112" alt="2009082803.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><em>（写真３）国葬を終え、遺影を先頭に市内行進に移る葬列（８月２３日）。</em></p>

<p>　２年後に東京で再会した金氏からはあの時の精かんな風貌はすっかり消えて、大きくびっこを引いていた。聞けばあれから間もなく遊説中、自分の車に大型トラックが正面から突っ込んで来る事故に遭い、運転手は即死、自分は九死に一生を得たが、この通りの体になったと言う。こちらが知らなかったはずだ。そんな大事件が報道もされず、犯人捜しさえ行われなかったそうだ。この分では韓国で治療を受けていても、いつ殺されるか分からないので、こちらで治療を受けるつもりで来日したと言った。</p>

<p>　東京での治療中も頻繁に会った。自分はいつ韓国当局に殺されるか分からないと言うので、ではマスコミにも知り合いを作り、あなたの存在を日本人に知らせておきなさいと勧めたが、まだ知り合いがないと言う。それで朝日新聞の本多勝一記者（現在ＯＢ）に紹介して、月刊「現代の眼」にインタビューを、また産経の千野境子記者（現在論説委員）に頼んで、「夕刊フジ」に１頁インタビューをしてもらった。しかし間もなく、何者かに誘拐されてしまった。いわゆる「金大中事件」の発生だった。やがて読売新聞が「事件に情報機関が関与か」と書いた途端、同社は韓国から追放されてしまい、以後、各紙とも犯人像を書けなくなった。一方、金氏はよくぞ生き延びた。以来筆者自身、自宅軟禁の金氏、米国亡命中の金氏と何度会見を重ねたことか。以来幾星霜、ついに１９９８年から５年間、第16代大統領を務めた。</p>

<p>　そんな金大中氏が亡くなった。せめて葬儀に参列・取材して、見送って上げたいと思った。ところが20日付各紙に「金大中氏国葬は８月23日」という記事が出た。それは以前から長男が申し込んでくれていた「一緒に富士登山」のその当日に重なる。困った。しかし長男に言うと、「いいよ、富士山よりも韓国に行ってきなよ」と背中を押してくれた。直ちに登山を断念して準備に入る。22日訪韓、23日国葬参列、24日帰国という予定を決めてソウル行きの切符を探すと、代理店が「羽田発が２席だけ残っている」という返事だ。直ぐに買った。</p>

<p>　出発前夜、ソウルの人権派弁護士の韓勝憲氏に「訪韓します」とファクスする。同弁護士もかつて朴正煕政権下で民主運動家の弁護をしたために資格はく奪を受けたり、全斗煥政権下でも金大中氏を弁護したため、自身逮捕・投獄されるなど苦労した。金大中氏は大統領になると直ぐ、韓氏を閣僚級の監査院長に抜擢してその労に報いた。その韓氏から折り返し電話。</p>

<p>　「もう少し早い便で来られませんか。私自身葬儀委員になっていて、明日は夕方まで金大中夫人と一緒に国会で個人の方からの弔問の応対をしているので、それに間に合うように来なさい」と言ってくれた。結果的には間に合わず、彼は「長沼さんが来るというので、夫人を引き止めていたのに」と残念がった。そして「国葬は既に参列者に招待状を渡しており、当日受付はない。しかし一切は政府が仕切っているので、私が招待券を出せない。他方で政府はあまりに閉鎖的だという批判も出ている。どうなるか分からないから、当日現場に行ってみなさい」と弁護士。帰国の日の再会を約す。</p>

<p>　国葬前夜のソウル。空港に出迎えてくれたのは40年来の友人の徐さんだ。国会議事堂から遺族らが引き揚げても、弔問所は24時間開いているというので、国会議事堂に向かう。筆者には夫婦で大統領就任式に招かれてきて以来、ここに立つのは２度目だ。弔問に訪れる人々の長蛇の列に驚く。４～５人が並んで、約８００メートルの帯になり、それが中央祭壇まで続いている。列の最後尾では「謹弔」と印刷したリボンを渡してくれたので、胸にピンで留める。列の中ほど辺りでは、飲料水のペットボトルをくれた。祭壇への通路には、各界著名人から寄せられた多数の豪華な花輪が立ち並び、それらが視野の果てまで続いている。韓国人に交じって朝日新聞社長・副社長・出版局長・編集局長・ソウル支局長など日本人の名前も見える。</p>

<p>　列の最後尾についてから１時間後ようやく、ひときわ明るい祭壇に近づくと陸・海・空軍の兵士が白い菊の花を渡してくれる。祭壇は中央の巨大な遺影を何千本という菊の花が囲んで作られ、筆者のように弔問を献花と拝礼で簡単に済ませる者が多数派だが、立ってお辞儀しては地上にひざまずくのを繰り返す丁寧な弔問もかなりあった。礼拝を終えて帰りかけるところに多数の葬儀委員が立って、弔問者一人ずつにお礼の握手を返している。記帳所で、「あなたは韓国だけでなく、日本の市民運動にも貢献されました。ありがとう。さようなら。日本人記者長沼節夫」と記帳した。</p>

<p>　１９７３年８月に発生した金大中事件。日韓両政府は真相究明をうやむやにするという「政治決着」で葬った。それでも軍事政権の力が圧倒的に強かった韓国市民は、身動きも出来なかったが、他方、日本人は主要都市を中心にデモやハンストで事件に抗議し、金氏を殺すな、金氏の身柄を東京に戻せという「原状回復運動」も続いた。それまで韓国人に対してかなり閉鎖的だった日本人が、この運動をきっかけに韓国の市民と交流し始めた。第一、日本人が外国人の個人の救命運動にうねるように取り組んだことなど、弾圧にあえいだ金氏には気の毒だったが、日本人には史上初めての快挙と言ってもいい。言い換えれば金氏は日本の市民運動に極めて大きな貢献をしたことになる。筆者の記帳はそのことを踏まえている。また記帳所のテントとは別のテント内のボードには何千という、おもに子供たちからの個人メッセージがべたべたと貼り付けられている。弔問を終えて出口に向かうと、兵士らが車に山積みしたドーナッツのパックを弔問客一人ひとりに配給してくれた。結構うまい。</p>

<p>　帰り道、市内のあちこちに黒い横断幕が張られていた。「哀悼・金大中元大統領」「謹弔・私たちはあなたの『行動する良心」を忘れない」など、横断幕のハングル文字が風に踊った。弔問所は都心の市庁舎前広場にもあった。こちらは多数が並んでひざまずく礼拝のできるように、広場に帯状の絨毯が何列にも敷かれていた。このような弔問所が今回、全国で２００カ所近く設けられ、死去から国葬までの６日間に推定数百万人が弔問した。ソウルでは警官や軍人ら公務員の全員、また市民の多くが胸に「謹弔」の黒リボンを着けた。<br />
　　　　　　※　　　　　※　　　　　※<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082804-400.html" onclick="window.open('http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082804-400.html','popup','width=400,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://j-net.obei.jp/jlj/assets_c/2009/08/2009082804-thumb-150x112-400.jpg" width="150" height="112" alt="2009082804.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><em>（写真４）ソウル市内各所に翻った「哀悼」の横断幕。（８月22日）</em></p>

<p>　23日の 国葬当日。快晴。案内の徐さんと国会に行くが、閉鎖された国会正門前では招待状をもった人だけが入場を許されている。私は持ってないが、「東京で大使館に聞いたら一般人も入れると聞いた。入れてくれ。もう一人は私の通訳だ」と言うが、「あなたは招待者名簿に名前がない」と追い返される。徐さんが、「私に構わずあなただけでも会場に入りなさい。私は道の向かいのホテル前で、何時間でも待っている」と言う。彼の助言の正しさというか、案ずるより生むが易しというか。いくつかの入口に行って、日本記者クラブの記者証をかざしながら、「チョヌン・イルボネ・シンムンキジャヨ」（私は日本の記者だ）と繰り返していると、「それじゃあま、いいか」と思ってくれる役人がいるものだ。それで検問突破。国葬会場の後方で取材開始したのは正解だった。招待席に座ったら国葬の間、炎天下で身動きも出来ず、祭壇の状況も分からなかったろう。私は会場全体が見渡せる後方の木陰で、自由に動き回って写真取材が出来た。祭壇の様子は巨大スクリーンが映している。樹上を鷹揚に行き交っている大きな鳥は本州では見かけないカササギの一種だ。中国山東省と朝鮮半島に多い黒地に白いストライプのしゃれた姿。地上にはサルスベリと国花ムクゲが咲き乱れる国会広場。</p>

<p>　午後２時に国葬開始。国歌吹奏と黙祷の後、葬儀委員長の韓昇洙首相が「民主義と人権のために闘い、初の南北会談・和解・交流の道を開いた。ノーベル平和賞受賞もわが民族の誇りだ」と金氏を称賛した。キリスト教、仏教各２派計４派による祭式に続いて李明博大統領ほか歴代大統領、各国代表らが次々献花する。その間会場各所に設けられた大型スクリーンに金氏の苦難と栄光の生涯が映された。全斗煥氏が献花したとき、画面は丁度、全政権下で死刑判決を受けた金氏の法廷写真を映していた。その生涯写真が２０００年の「南北首脳握手」の場面を写したとき、参列者の間から拍手が湧いた。</p>

<p>　国葬の中で流れた国軍の吹奏楽にも興味を引かれた。愛国歌という名の国歌、ベートーベンの交響曲第３「英雄」の中で英雄の死を悼むとされる楽章、同７番の第２楽章、ショパンの葬送行進曲、グリークの「組曲ペールギュント」から「オーゼの死」など。特に後半で流れた「朝露」は感動的だった。１９７０年に生まれたこの歌は、学生運動で愛唱された抵抗の歌で、１９７５年には朴政権下で「禁止歌謡」となった。以降、韓国市民運動のシンボル歌となり、金大中氏が００年、ソウルからピョンヤンに発つとき、空港で歌われた。その抵抗歌を今、保守政権の韓国で、しかも国軍が吹奏している。葬儀の場で言うのは不謹慎だが、愉快な気分にもなった。</p>

<p>　開始１時間余り。陸海空3軍兵士らが弔砲を放って式を終えると、巨大な遺影と棺を先頭に車列が出発。金氏の自宅、ソウル市庁舎前広場を巡り国立墓地に至り埋葬されたが、沿道はどこも人の波。市民が涙ながらに車列に手を振った。「金氏と言えば任期の後半には支持率の低下に苦しんだ。それなのに７年後の今、金氏の人気がこれほど高いとは」と驚く記者に、沿道にいた元会社役員、許元九さん（62）は「生涯民主主義の闘いに命をかけ人だから当然です」と話した。<br />
　　　※　　　　　※　　　　　　※<br />
　一夜明けて帰国の日、国葬の葬儀委員を務めた韓勝憲弁護士を事務所に訪ねた。韓氏は金大中氏について、「韓国では政治的指導者も出たし、非政治的指導者も出た。しかしその両方から指導者と仰がれたのは、金氏が史上初めてだ」と語った。また北朝鮮からの弔問団について、「北の弔問団が来たおかげで、李明博大統領が初めて南北対話の糸口をつかんだ。緊張緩和を願った金大中氏が国民に送った最後のプレゼントのような気がする」などと総括した。（おわり）（本社東京分室）</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-31T00:19:34+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/239.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（239）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/30/</link_daily>
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<description>＜医療の課題＞ 　最近、大学の医学部長が会合を開いて、医師不足その他の医療課題を政界へ訴えていた。要するに「金を出せ」である。政府や自治体に金はない。それでも「出せ」というのは、もっと借金をせよ、ということなのか。それとも、政府・自治体の支...</description>
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<![CDATA[<p><strong>＜医療の課題＞</strong><br />
　最近、大学の医学部長が会合を開いて、医師不足その他の医療課題を政界へ訴えていた。要するに「金を出せ」である。政府や自治体に金はない。それでも「出せ」というのは、もっと借金をせよ、ということなのか。それとも、政府・自治体の支出の仕方に問題があるよ、ということなのか。医学分野に限らない。いたるところで「金を出せ」という叫びばかりである。日本丸が沈没しているのだから、なんとか知恵を出せないものか。相変わらず「声の大きいことが良いことだ」という流行に変化はないらしい。政治の変化に各界も変われないものか。</p>

<p>　医師不足は本当なのか。事実なら増やせばいい。対応次第では可能である。問題はその先にある。いい医者をどう生み出すのか。地方はいや、産婦人科医はいやという医師を増やしても、問題は解決しないだろう。医師の教育はどうあるべきなのか。失敗を認めない人間性のない「医師失格者」をいくらたくさん増員しても、医療ミス・事故は減少しない。むしろマイナスである。人間性のある真面目な医師を、そして看護師を増やし、しかも同時に大胆な医療関係者のワークシェアリングも実施してはどうか。<br />
　金もうけに熱中する医師よりも、報酬は少なくても人間らしい家庭生活に満足する医師である。余裕のある家庭生活と余裕のある治療をしてくれる医師である。そうする制度改革も必要であろう。殺人的な忙しさから解放させる工夫は、制度面で対応可能である。単なる増員論では、地方の医師不足や産婦人科医・小児科医の不足は解消しない。</p>

<p><strong>＜高額医療器具＞</strong><br />
　近年の医学の進歩というと、それは医療器具がはるかに先行している。そのため、せっかくの医療器具が揃っていても、それを完全に使いこなせる専門医がいないか、著しく不足しているのが現実である。これは医療事故の多発とも、保険料とも深く関係している。<br />
　筆者の息子はCTやMRIを十分に使いこなせない医師団が、それこそ想定外の診断ミスを冒してしまい、あっけなく人生を奪われてしまった。不運とあきらめるしかないのか。医師団からの生の謝罪は１０年経ってもない。人間性にも問題がある医師である。当人以外の周囲の人生も奪われてしまうものだから、医師のミスは多大な影響を与える。<br />
　医療事故には、医師の能力と医師の油断・不注意の一方か双方が関係して起きる。息子の場合は、医療器具を正しく使いこなせなかっただけでなく、その後の不注意が重なってしまった最悪の事例である。<br />
　知り合いにがん患者がいる。転移を察知できなかったことから、二度もがん手術を受ける羽目になった。その結果、副作用のある重い治療を今も受けている。これも怒り狂う悲劇である。こうした例はいたるところに転がっている。せっかくの高度・高額の医療器具を十分生かし切れていない。開発・販売企業と医師の連携・研修が欠落しているのである。宝の持ち腐れどころではない。</p>

<p>　友人弁護士の説明では、医療器具はどうしてなのか、べらぼうに高額である。武器弾薬がそうだが、ややこれに似ていて高いのである。独占企業なのかどうか。いうなれば、高額医療器具の影響を、病院・医師・患者が受けているのである。これも深刻な医療界の重要課題として無視できない。<br />
　筆者にもこんな経験がある。息子の入院していた大学病院が、大腸がんの検診を推奨している貼り紙を見た。「一度くらいいいのかな」という単純な理由で受診してみた。胃の中の全てを薬で吐き出して、そこへとカメラを押し込むのだが、痛いこと痛いこと人生で初めて体験した痛さだった。二度と受けまいと誓った。<br />
　あとで気付いたのだが、担当医は若い女医だった。研修医ではなかったのか。そばに中年の医師がついていた。筆者はモルモットにされていたのである。妻が同じ検査をするというので、このときは知り合いの医師に相談した。「千葉大のOO先生がいい」と教えてくれた。あとで妻に聞くと、平然と「全く痛くなかった」と答えたものである。ピンからキリまでいる医師の世界なのだ。</p>

<p>　高額医療器具を遊ばせていると、病院の利益は上がらない。医師も使いこなせないままだ。そこで無理やり患者をつくる、検査をすることになる。健康保険を食いつぶすことにもつながる。ここには、さまざまな好ましくない環境が整うことになる。<br />
　医療事故は一般人が想像する以上にたくさん起きている。あるいはそれによって保健費用がべらぼうにかさむことになる。</p>

<p><strong>＜医療器具に振り回される病院・医師と患者＞</strong><br />
「病院は治療するところで、治すところではない」という話を聞いたばかりだが、真相を突いているようである。医学の進歩を裏付ける医療器具が、その実、恐ろしいほど高額なため、病院経営を悪化させる。それを解消しようとして、その回転をよくしようとして、やたら患者の治療にテストよろしく手を出してくる。<br />
高額医療器具メーカーに天下りの官僚がいるはずである。安くならない理由でもある。介護用品の値段も高いが、新政権はここにもメスを入れる必要があろう。薬もそうである。医療・医学関係は何事も高止まっている。政財官の見えない癒着構造が、背景にあるとみていい。<br />
農村では高額な農機具で農家の収入は上がらない。農林官僚・農協・農機具メーカーの癒着が原因だが、命を助ける世界での怪しげな癒着は由々しい事態である。</p>

<p>新政権の取り組む課題の一つであろう。<br />
２００９年８月２５日１９時３０分記<br />
</p>]]>
</content>
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<dc:date>2009-08-30T00:49:45+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-50.html">
<title>金大中さんの国葬に参列して；古野喜政</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/29/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-50.html</link_Individual>
<description>　金大中さんが亡くなった。二〇〇九年八月二三日、ソウル・汝矣島の国会議事堂前広場で国葬が営まれ、参席した。 　祭壇の両脇に備えられた大スクリーンに生前の金大中さんの姿が繰り返し映し出された。一九七一年の大統領選、朴正熙との一騎打ちで演説する...</description>
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<![CDATA[<p>　金大中さんが亡くなった。二〇〇九年八月二三日、ソウル・汝矣島の国会議事堂前広場で国葬が営まれ、参席した。<br />
　祭壇の両脇に備えられた大スクリーンに生前の金大中さんの姿が繰り返し映し出された。一九七一年の大統領選、朴正熙との一騎打ちで演説する南山公園での金大中さん。東京から拉致され、顔にケガをした金大中さん。政治決着で談笑する田中角栄首相、大平正芳外相、金鍾泌首相。死刑判決を言い渡された光州事件の軍法会議。<br />
　金鍾泌氏と盧泰愚元大統領は、重病で葬儀に姿は見せなかった。金大中さんを殺そうとした全斗煥元大統領が献花する瞬間、スクリーンには緑の獄衣を着せられ、丸坊主にされた金大中さんの無惨な姿が映し出された。<br />
　日本政府はなぜ金大中さんを見殺しにしたのだろうか。一時間二〇分の葬儀の間中、私の耳元では「日本政府はなぜあんな解決をしなければならなかったのか」という金大中さんの押し殺した声が響き続けた。<br />
　二次にわたる政治決着で、日本政府は主権を放棄し、韓国政府機関による拉致であることを承知の上で金大中さんを見殺しにし、現状回復（金大中さんの再来日）をもとめなかった。その結果、金大中さんは自宅軟禁、逮捕、投獄の日々を送り、七年後には死刑判決を受け、あわや命を落とすところまで追い込まれた。<br />
　第一次政治決着から三週間たった一九七三年一一月二三日午後七時から二時間、私はソウル市東橋洞の金大中さん宅の奥の間で話を聞いている。<br />
　あの頃、金大中さんの家の中は、どこにいても盗聴されていると考えられていた。ラジオのボリュームをいっぱいに上げ、声は自然と押し殺したようになった。</p>

<p>「自宅監禁中、言葉ではいい表せない目にあった。どこかから電話がかかってくる。電話の横には二四時間捜査員が座っている。だれからかかったのかはいわない。上の息子二人が自宅から軍隊に通っている。その子が帰って来ない。仕事で帰れないと連絡してきたのに教えてくれない。わたしたち夫婦は、ついに子どもも逮捕されたのかとまんじりともせず夜を明かしたことが何度もあった」<br />
「日本政府がなぜあんな解決をしなければならなかったか、わからない。なぜ私を国外に出す約束を取り付けてくれなかったのだろう。日本政府、田中さん（角栄首相）、大平さん（正芳外相）のとった処置は政治家としてそれなりに理解できる。しかし、同じ政治家として、一人の政治家が危険にさらされているのを、どうして救おうとしなかったのか、政治家として、人の命に対する温かみを持ってくれなかったのだろうかと考える」<br />
「なぜ日本政府が強い態度をとらなかったのか。証拠はなく、あくまで情報だが、こんな話をきいた。相当の人から聞いたのだ。自衛隊が事件に関係していたというのだ。問題の探偵社のものは現在行方不明だそうだが、かれらは予備役を装った自衛隊機関員だという。だから金東雲（駐日大使館一等書記官）を割り出し、韓国政府に突き付けたとき、韓国政府は何を言っているのか、と開き直った。調べを受けているいる最中、日本側が私を渡せと言ってきたとき、かれらは私の前でせせら笑っていた」<br />
　　<br />
　この夜のメモを今読み返すと、金大中さんがどんな方法でこんな情報を集めていたのか、驚くばかりだ。<br />
　私は事件の真相に迫る糸口をつかみ、原稿ができあがろうとしていたときに危篤、続いて訃報が届いたのだった。もう数ヶ月生きてくれていたら、とスクリーンを見上げながら私は執筆の遅れを悔やんだ。<br />
　このメモに出で来るように、先妻との間に生まれた長男と二男は当時軍隊にいた。李姫鎬夫人との間に生まえれた三男はまだ国民学校三年生だった。国葬にはこの三人の息子も出席していた。人目を引いたのは長男の弘一さん（六一歳）だった。車椅子に乗って参列していたが、口を開けたまま顔を上向け、遠目に見てもひどい病気であるとわかるほどだった。かんかん照りの式の最中、車いすは木陰に移された。<br />
　通信社電は、弘一さんについて長文の記事を配信した。ふくよかで美男子と言われた往年の弘一さんの写真と、知人でさえわからないほどやつれ、パーキンソン病で言葉も失い歩くこともできない弘一さんの写真を並べて掲載。金大中さんの死の翌日、秘書は次のように話したという。一九八〇年五月一八日、金大中さんが内乱陰謀罪に問われ死刑判決を受けたが、この事件でＫＣＩＡに逮捕された金弘一さんは「ＤＪ（金大中）はアカだと白状しろ」と強要され、これを拒否すると「激しい拷問を受け、投げ飛ばされ、腰などの神経系統に傷を負い、この後遺症でパーキンソン病を発病したとみられる」と話した。<br />
　一九九五年、すでに発病していた弘一さんは国会議員になり三選された。金大中さんの側近からも反対する意見が出たという。こうした声に対して金大中さんは「父親として子供のために何一つしてやれず、弘一は私のために拷問を受け、障害者になった。父親として息子を国会議員にしてやることさえやめろというのか」と断固として拒絶したという話を紹介している。記事は、弘一さんも〝歴史の被害者〟であると書き、「愛し尊敬した父の死に直面して、金弘一前議員が最後にできたのは死力を尽くして〝お父さん〟と叫ぶことだけだった」と結んでいる。<br />
　<br />
　歴史に〝もし〟はないという。あえて〝もし〟を言うなら、日本政府があのとき、国民に約束したように主権侵害行為にたいする国際慣例に則って金大中さんの原状回復を求めておれば、韓国の歴史は違ったものになったかもしれない。少なくとも、金弘一さんが車いすで国葬の場に参列することはなかった。<br />
　田中角栄政権以来、日本には数えきれない政権が誕生した。金大中事件について言えば、どの政権も真相究明のためまったく動こうともしなかった。金大中さんが死んだ日の新聞紙面は、これで事件の真相は闇に包まれたまま終わるだろうという論調だった。だが、私は主権を放棄してまで歴代政権が守ろうとしたものは何だったか、その解明を新しい政権にもう一度期待したいと思う。　</p>]]>
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<dc:date>2009-08-29T07:54:07+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-49.html">
<title>エッセー 継いでいかなければ；朴明子</title>
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<description>エッセー 「金大中」という名を知ったのは、多くの人と同じように１９７３年８月、日本に滞在していた金大中氏が東京のホテルから拉致された時である。 丁度その頃、朝鮮民主主義人民共和国から国立マンスデ芸術団が初めて来日し、全国を公演して回っていた...</description>
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<![CDATA[<p>エッセー</p>

<p>「金大中」という名を知ったのは、多くの人と同じように１９７３年８月、日本に滞在していた金大中氏が東京のホテルから拉致された時である。</p>

<p>丁度その頃、朝鮮民主主義人民共和国から国立マンスデ芸術団が初めて来日し、全国を公演して回っていた。１００名以上の規模だったと思う。当時大阪の同胞の病院に勤めていた私は、マンスデ芸術団が名古屋で公演の間、芸術団員の健康管理のために名古屋に赴いた。名古屋の都ホテルを宿に３,４日の滞在だった。<br />
初めて母国のオペラや舞踊を間近に見て、そのあでやかで美しい芸術に魅了された。しかしその陰で出演者の厳しい練習があることも知ることとなった。<br />
朝鮮舞踊は膝をゆっくり曲げる動きがあり、膝に負担が掛かってくる。氷の上を滑っているような滑らかな動きは、長いチマ（スカート）の中で、脚がすばやく小刻みに動いているのだ。多くの舞踊家が膝を痛めていた。微笑を浮かべながら踊りを見せてくれる女性たちは公演が終わる度に、にわかこしらえの医務室にやって来た。私は膝に電気治療をしたり、湿布を貼ったりしてあげた。オペラで主人公を演じる女性も、群舞の中央で踊っている人も言い合わせたように控えめだった。私のようにがさつな女性は一人もいなかった。私は母国語が下手だったから、思うように意思疎通が図れなかったのが残念だった。<br />
マンスデ芸術団来日後、朝鮮民主主義人民共和国からいろんな芸術団がやって来た。あの頃に比べると両国の関係はうんと悪くなっている。なんと悲しいことだろう。</p>

<p>その名古屋にいた時「金大中事件」が起きたからよく覚えている。マンスデ芸術団の団長が遺憾な出来事、と声明を発表した。私はそれから韓国の民主化運動に目を向け始めたのかもしれない。氏はその後も波乱万丈の人生だった。軍事政権下で獄に繋がれた他の良心囚たちをも含めて釈放を願う運動が日本でも繰り広げられた。<br />
金大中氏が命を掛けて実現しようとした韓国の民主化と祖国統一。<br />
あれから３０余年、私はいろんなところにシニア料金で入れる年になったが祖国統一の気運は、近づいては遠退くの繰り返しだ。</p>

<p>「国の巨木」といわれた氏が逝ってしまったらどうなるのか。しかし、その懸念は無用かもしれないと韓国のテレビニュースを見て思う。<br />
大統領退任後、国葬で営まれるのは初めてという。例外を作ってはならないという意見もあったらしいが、国民の望む声はそれを押し切ったのだろうか。ソウルの焼香場には９万２０００人余が訪れた。ものすごい数だ。それらの様子を４０分ほどのニュースの間、３０分以上割いて報道していた。インタビューに答えて、むしろ自分の夫や息子が逝った方が良かったと言った人がいた。それを見て、以前国宝の「南大門」が焼失した時に、自分の家が焼ければよかったのにと言った人がいたのを思い出した。封建時代じゃあるまいし、日本人には考えられないコメントだろう。<br />
国を思う気持ちの何と強いことか。かつて国を奪われた亡国の民がいかに惨めなものかを身に沁みて感じているから、民主国家の成立にどれほど多くの犠牲が払われたか、人々は知っているからこんな言葉が口をついて出るのだろうと私は思う。<br />
偉大な人を失ったが、その遺志を継がなければならないという決意を抱いていることを窺わせる人々の姿だった。何があってもその決意が萎えることが無いことを祈りたい。<br />
</p>]]>
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<dc:date>2009-08-28T12:39:21+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/238.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（238）</title>
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<description>＜政権交代と腐敗の表面化＞ 　権力は限りなく腐敗する。洋の東西を問わない真理である。政権の継続が長いほどそれは比例して膨らむ。これの解明は権力の走狗である捜査当局に期待できない。全く不可能かというと、そうではない。政権の交代である。新しい政...</description>
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<![CDATA[<p>＜政権交代と腐敗の表面化＞<br />
　権力は限りなく腐敗する。洋の東西を問わない真理である。政権の継続が長いほどそれは比例して膨らむ。これの解明は権力の走狗である捜査当局に期待できない。全く不可能かというと、そうではない。政権の交代である。新しい政権は、前政権の腐敗を暴いている時間、国民に安心をプレゼントすることが出来る。来月になると、多少薄日の差す日本列島になること請け合いである。</p>

<p>＜まな板の鯉＞<br />
　お隣の韓国では、政権の交代後の腐敗暴きがかなり派手に行われる。そこでは財閥も槍玉にあげられる。しかし、それでも政商・財閥は性懲りもなく腐敗を繰り返す。なくならないのだ。裏の権力者として甘い汁を吸うことに躍起になる。さればこそ政権の交代は日常茶飯事でなければ、国民が哀れであろう。<br />
　ワシントンでも「前政権の腐敗に手をつけない」と公約していたオバマ政権が、人権団体の圧力に屈して、結局のところ腐敗暴きに動き出した。８月２５日にワシントンから届いた情報である。日本でも民主党中心の連立政権に参画する国民新党の綿貫党首は「小泉・郵政改革の化けの皮を剥いでやる」と演説している。ブッシュ政権や小泉・安倍政権の取り巻き連は、さしずめまな板の鯉になるのかもしれない。国民もそれを期待している。<br />
　国民の頂点に君臨して、好き放題のことをしていた面々と取り巻き連は、ハラハラドキドキの時間を過ごしているのであろう。これこそが民主政治の長所なのである。<br />
＜CIAの拷問公開＞<br />
　９・１１後のCIAの暴走は、アメリカ人でも眉をひそめている。容疑者にされた関係者は、それこそ前世紀の暴君のようなやり口でひどい拷問・虐待を受けた。水攻め・電気ドリルなど非人道的な拷問が、最も民主的、かつ人権のアメリカで繰り広げられてきたのである。世界で最も野蛮なアメリカを印象付けてしまった。これの国家的損失は計り知れないものがあろう。<br />
　この戦争犯罪に日本も加担してきている。「知らなかった」ではすむまい。ブッシュと小泉の間で何があったのか。日本国民は知りたがっている。このことはアフガンへのさらなる介入を求めてくるはずのオバマと立ち向かう「鳩山新政権」にも、厳しい判断が待ち構えている。<br />
　CIAの秘密報告書は４月に公開されたが、肝心の場面は黒く塗られていた。今回、新たにそれが公開、全世界に明かされることになるという。司法省が「法の下の平等」を貫くというのである。<br />
　文句なしの違法行為は明白な犯罪である。当然、処罰をしなければならなくなる。「そうする」というのが、ワシントン情報である。人権団体は安堵しているだろうが、ブッシュの取り巻き連は、当局の捜査にこれから翻弄されることになろう。<br />
＜鳩山新政権の対応＞<br />
　過去４年間の腐敗の最たるものは何か。<br />
　一つには金融財閥へのテコ入れがある。小泉―竹中組によって、血税が投入されて救済されたのだが、双方にどんなやりとり、思惑が存在したものか。腐敗の内情がわかるのかどうか。金融財閥は背後で日本丸を操作している一握りの勢力である。「メスを入れることはできない」とみられているが、ただし、これには郵政民営化問題もからむ。</p>

<p>　国民新党の郵政民営化に対する真相解明は、異常なほど強い。当然、金融財閥との闇取引がどのようなものであったものか、さらにワシントンとの密約がどういう内容だったのか。三井住友だけか、それとも金融財閥そのものが深く関与したものか。筆者は後者と思うのだが、この重大事件は、関係者の証人喚問だけでも相当の波紋を内外に与えることになろう。<br />
　派遣社員化など財界主導の小泉―竹中組の市場万能・弱肉強食政策は、日本の誇りでもあった中流意識社会を崩壊させ、格差を教育分野まで含めて社会の隅々まで蔓延させてしまった。財界と政府の間に何があったのか。これにワシントンは介在したものか。</p>

<p>　拉致問題は、圧力一辺倒で対話による解決を封じてきた。そして、これに被害者家族を資金面で動員、マスコミを踊らせてきたのだが、これも関係者や専門家に疑いをもたれている。一体、何があったのか。防衛省幹部が筆者に証言してくれたように、ミサイル防衛システム導入との関係も興味がある。一連の戦争法制や改憲への体制づくりとの関連も。国家主義の右翼片肺飛行の内実が明らかになるのかどうか。</p>

<p>　核の持ち込みに関する密約について民主党は解明する構えである。「パンドラの箱」が開くことを人々は重大関心を持っている。<br />
　政権発足後、半年の勝負とみたい。「鳩山新政権」の浮沈ぶりを占う材料となろう。<br />
２００９年８月２５日９時３０分記<br />
</p>]]>
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<dc:date>2009-08-27T09:56:13+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-48.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２３７）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/27/</link_daily>
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<description>＜壮大なる無駄＞ 　昨夕、珍しい友人が電話をかけてきた。自民党の市会議員である。 　「どうして自民党の人気はないのか」という疑問をぶつけてきた。彼にとって政権党は自民党しかない、と信じて現在も自民党市議として働いてきている。「柳の下のドジョ...</description>
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<![CDATA[<p>＜壮大なる無駄＞<br />
　昨夕、珍しい友人が電話をかけてきた。自民党の市会議員である。<br />
　「どうして自民党の人気はないのか」という疑問をぶつけてきた。彼にとって政権党は自民党しかない、と信じて現在も自民党市議として働いてきている。「柳の下のドジョウ」のせいか、その不人気の原因がわからないというのである。</p>

<p>　やむなく中曽根バブルがはじけて１５００兆円が消えてしまい、その後はひたすら借金をして今日を迎えている自公政権。その借金は１０００兆円を超えている。借金地獄の日本は、日本沈没そのものである。借金で首が回らない財政だから、年金などの福祉が壊れて将来に不安を抱いて生きるしかない。そんな日本にした自公政権に、ようやく国民は気付いて政権交代を求めている。<br />
　「金がないのに、それでも無駄が横行する予算が編成されてきている。政権の交代は天の声といってもいい」という説明に、彼も渋々納得した。<br />
　するとどうだろう、彼は自分で調べた「壮大なる役所・役人の無駄」を証言してくれた。国道や県道で草刈りをしている労働者の賃金である。日当６０００円から７０００円である。直接確認した数字だという。これを県当局者に対して、そのための経費としていくら予算化しているのか、を尋ねると、なんと２万余円という。３倍近い血税を投入しているのである。<br />
　作業員に支払われる３倍の予算化という方程式が、日々の生活を必死で生きている庶民には怒り狂う数字だ。理解できるわけがない。作業員を使用している会社が、残りの全てを懐に入れてしまうものか。そうではあるまい。どえらい裏金資金に化けているのかもしれない。<br />
　かつて市役所で働いたことのある市民は「役所にいると、何かにかこつけて年中、飲み食いしていた。裏金の世界が横行している役所だ」と決めつけたものだ。<br />
　そうしてみると、たとえば５０億円で完成できる公共事業に１００億、１５０億の血税が投入されているのであろうか。これこそが政財官癒着の汚職構造ではあるまいか。全てがこうして予算化されている可能性を否定できない。役所が率先して腐敗に手を染めて裏金をつくり出している。霞が関も自治体も。これこそが官尊民卑を象徴している。<br />
　これに徹底してメスを入れることが出来れば、民主党の天下はしばらく続くことになろうか。<br />
＜配色濃厚の閣僚事務所＞<br />
　さて、この市議は時折、閣僚の選挙事務所に詰めている。当番制というのである。自民党の県議や市議が交代で留守番をさせられているらしい。<br />
　「今回は事務所の雰囲気が全然違う」というのである。「勢いが全くない。事務所内が冷めている」という。戦う前から敗色濃厚という。そういえば、筆者が農作業をしている時、問題事務所の選挙カーが通り過ぎたのだが、ひたすら候補者名を連呼するばかりだった。連呼は普通、投票日前日が相場なのだが、それを１週間前から始めているのである。<br />
　危機感の表れなのであろう。現に「明日からは候補者の親父が支持者に檄を飛ばすという。票が逃げると不安がる運動員もいるが、父親は聞く耳を持たないらしい」とも市議は内幕を漏らした。世襲批判などにかまっていられないほど焦っているようなのだ。</p>

<p>　家の近くで農作業をしているおばさんに声をかけると「イタリアのトマト」という珍しい野菜を「どうぞ」と言ってプレゼントしてくれた。選挙の話になると「当然、民主党に入れてアクアラインを無料にしてもらう。比例は福島さん。彼女の小泉・郵政改革批判が正しいことがわかったので」と自信をみなぎらせ、快活そうに笑った。政治の流れは変わっていることを、この農婦が教えてくれた。<br />
＜小沢は強い＞<br />
　くだんの自民党市議は民主党候補の手の内を研究していた。元自民党幹事長の小沢一郎のことである。情報は入りやすいのだろう。その上で「小沢はすごい」と断じた。「どうしてか」と聞くと、彼の面倒見の良さについて、であった。<br />
　嘘かまことか彼は「小沢は民主党の新人候補にずっと毎月４５万円を支給して選挙運動を支援してきた。今の４５万円は大きい。小沢の気配りは、やはり選挙する者の身になって対応している。大したものですね。我々が閣僚事務所に詰めてもガソリン代も出ませんから」といって民主党の実力に脱帽していた。<br />
＜真夏の農作業＞<br />
　今朝はぐっすりと寝込んでしまった。昨日の農作業の疲れである。<br />
　午前１０時過ぎから午後４時ごろまで、それこそ汗で作業着が重くなるほど働いた。曇り空のもとでの、かなり遅くなったジャガイモ掘りである。とっくの昔にジャガイモの茎は消えていた。そこには雑草が生い茂っていた。鍬で雑草を払いのけて、今度はスコップで土をすくい上げると、小さな芋が数個出てくる。情けないことに芽が出ていた。<br />
　しかし、ここには化学肥料は使っていない。土壌も健全だ。ミネラル分を吸収したジャガイモに相違ないだろう。そう思って懸命に鍬を持ち上げた。もはや鶯の美しい音色を聞くことはない。騒々しい蝉の大合唱ばかりである。<br />
　太陽が顔を出すと、あわてて木陰に入り、ブルーベリーを摘み、茗荷を採取した。庭の雑草も。午後３時ごろになると、うれしいことに急に涼しくなった。すばらしい秋風がほほをなでてくれた。元気が出てきた。<br />
　悲願のジャガイモ掘りは無事に完了した。体力に感謝した。自然と、８０歳になっても畑を耕していた母方の祖父のことが目に浮かんできた。遺伝であろう。実家の９１歳になる母も元気だった。弟が毎日、母の好物のバナナとゆで卵を持参、栄養補給をしてくれているからなのであろう。　　　　　　　２００９年８月２４日２１時１５分記</p>]]>
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<dc:date>2009-08-27T09:53:48+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/235.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（236）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/27/</link_daily>
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<description>＜おかしな選挙制度＞ 　アフガンのおかしな選挙の開票は続けられている。人々はその結果を、有無を言わせずに容認しなければならないのだろう。悲しい現実である。銃に支配された社会に安定がもたらされることはない。しからば８月３０日の日本はどうか。「...</description>
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<![CDATA[<p>＜おかしな選挙制度＞<br />
　アフガンのおかしな選挙の開票は続けられている。人々はその結果を、有無を言わせずに容認しなければならないのだろう。悲しい現実である。銃に支配された社会に安定がもたらされることはない。しからば８月３０日の日本はどうか。「変革」が勝利するはずだが、他方で人々は４年前と同じような嫌な気分にさせられるだろう。落選者が当選するという、この世の不思議な事態を見せつけられるからだ。どんな手品師でもできない芸当が、国政の場で現出するのである。</p>

<p>＜定員３００人で十分＞<br />
　現在の衆院議員の定数は４８０、このうち小選挙区３００、比例１８０である。誰が考えたものか、一人の候補者が双方の選挙区に出馬できるという驚くべき仕掛けをしている。<br />
この結果、小選挙区で落選した人物が、比例で当選してしまうという偽装議員が誕生する。<br />
　どうみてもおかしい選挙制度である。第一、落選者の当選者という矛盾する「国民の代表」を国民は理解できないだろう。即刻廃止すべきだろう。<br />
　翻ってみて多くの国民は、国民の代表を信頼しているだろうか。NOである。人格・識見のある人物がいかにも少ない。不正・腐敗の代表のようにも映っている。まぎれもない実感だろうが、それでは身も蓋もないものだから、赤じゅうたんを敷いてその上を歩かせて、あまつさえ豪華な宿舎を提供して格好をつけさせている。官僚に馬鹿にされて当然といっていい。<br />
　１８０の定員は無駄である。民主党は８０減らすといっているが、１８０全てをなくしたらいい。国費の無駄が少なくなる。国民の願いだ。社民党や共産党も反対すべきではない。３００でも多いくらいだ。少ない方が国民の監視は行き届くだろう。４８０人もいると、どこで何をしているのか、真面目に国政を担当しているのか、マスコミでさえも掌握できない。１８０人分の税金は、莫大な借金返済に回せばいい。<br />
　当然、参院議員も定数を１００にする。これで十分である。いてもいなくてもいい国民の代表など不要なのだから。このことで世論調査をしてみたいものである。恐らく９割の国民は賛成するだろう。議員報酬も半減すれば、まともな見識と憂国の人材が集まるかもしれない。一石二鳥であろう。しかも政治不信が解消する。これの効果が絶大である。<br />
　これにまともに反論できる政党があるだろうか。ことほど政治不信は深刻なのである。<br />
＜役人半減・給与半減で借金解消、景気回復も＞<br />
　国民の代表を半減すると、役人も半減することへとつながるだろう。仕事をしない税金泥棒という認識が、国民の偽らざる気持ちである。人員だけではない。給与も半減にすればいい。<br />
　それでも仕事をしたいという役人なら、日本再生も可能となろう。ボーナスのないサラリーマン、倒産して自殺者を出している家族の苦悩を理解する公務員・公僕の誕生を期待できるからである。民主党は役人の給与２割削減を公約しているが、全然まともとはいえない。<br />
　国と地方の借金は１０００兆円である。これの返済を考えない政府は、自公政権と大同小異である。民主党の岡田幹事長は日本の財政に詳しいはずだ。親類の村上誠一郎は自民党きっての財政通である。彼から内情を聞いて知っている。政党は違うが、村上を財政顧問か財務大臣にしてはどうか。<br />
　こんな手もある。役人の給与半減は、質のいい公僕の誕生という成果だけではない。浮いた資金で、仕事のない若者を大量採用、福祉分野で働かせるのである。失業問題を解消できよう。日本の将来はそれだけで明るくなる。借金を返済する日本にすると、国際的信用がつく。円が安定する。つまりは景気に弾みをつけることが出来る。敗戦後の復興期ほどではないが、とことん汗をかく者に夢と希望を与えることが出来るだろう。</p>

<p>　役人のお手盛り高額給与の震源地は、官僚国家のなせる技でもあるのだが、それは人事院である。彼らの説明によると、事実かどうか不明だが、１万１１００事業所・４６万人の平均給与からはじき出して、役人の給与を決めているとほざいている。この調査は事実なのかどうか。また、この中に倒産寸前、ボーナスもない、給与削減企業がどれくらい含まれているのかどうか。そうではあるまい。勝ち組企業のいいところで数字合わせをしている可能性が高い。人事院は即刻解体すべきなのだ。国民の怒りなのだ。<br />
　民間企業では、日本財政のような企業はつぶれて存続できない。倒産している。それでいて、どうして高額給与体系なのか。政治不信の根源であることを、あえて指摘しておきたい。<br />
　これに手をつければ、再び日が昇る日本になる。世界に希望を発信できるだろう。以上が本物の日本変革の中身である。<br />
＜チルドレン政治＞<br />
　話を戻すと、４年前もそうだったが、選挙のたびごとに大量のチルドレンが誕生する。彼らの議員報酬だけでも、借金地獄の日本財政のもとではきつい。ましてや彼らチルドレンの教育に役人の多くが仕事を止めて彼らに時間を取られてしまう。莫大な損失である。<br />
　普通の秘書レベルになるまでの投資資金は途方もなく高くつく。成長期の日本であれば、多少はそれも許されるが、今の日本にそれは無理だ。即戦力がバッジ族の前提である。<br />
　４年前の小泉チルドレンの国家的損失を測定すればわかろう。今度は小沢チルドレンの誕生である。国民はいたたまれない気分にさせられる。</p>

<p>　チルドレン政治を放置すると、日本の変革は前に進むことが出来ない。<br />
　沈む太陽を止めることが出来なくなる。現在ワシントンも苦戦しているが、新しい日本政府も厳しい。財源が底をついている日本である。本物の変革が求められているのだが、チルドレン政治では、それを真正面から受け止めることができないのではないだろうか。<br />
　悲しいかな民主党公約を見る限り、ほとんど絶望的といっていい。そこに自民復活の可能性が垣間見えるのだが、たとえ復活しても日本を沈没させた政党には、もはや力量不足であろう。この国は、とことん地獄を見るまで落ちるしかないのか。前述した議員・役人を徹底して改革をする勢力の誕生を待つしかないものかどうか。<br />
＜民意反映の制度改正へ＞<br />
　改めて指摘する必要があろう。この国のうさんくさい選挙制度のことである。制度がおかしい分、胡散臭い人物が永田町を往来することになる。小泉チルドレンが小沢チルドレンに代わるだけのことなのだから。<br />
　この際、民意が反映しにくい現行制度を変える必要がある。民意が出来るだけ反映できる選挙制度である。中選挙区制の復活がいいのかもしれない。定数３００の中選挙区制であれば、国民の合意を容易に取り付けることが出来るだろう。<br />
　民意の反映しにくい小選挙区制は少数政党に不利だけではない、小粒な政治家ばかり輩出させる。しかも激しい選挙になるため腐敗・金権選挙が横行する。政治不信の元凶ともなる。独裁政治が容易に実現する。いいことは何もない。<br />
　民意が反映しやすい選挙制度に改正する世論を、大いに盛り上げる必要がある。<br />
２００９年８月２２日９時２５分記<br />
</p>]]>
</content>
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<dc:date>2009-08-27T00:01:52+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-47.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２３５）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/26/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-47.html</link_Individual>
<description>＜政権交代の総選挙＞ 　自民党の勢いがない。中選挙区制を廃止、小選挙区制にしたからである。そのため自民党政治の活力となってきていた派閥が消滅してしまったことによる。政府や執行部の失政に対して、党内批判を許さない不自由政党になってしまった。言...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜政権交代の総選挙＞<br />
　自民党の勢いがない。中選挙区制を廃止、小選挙区制にしたからである。そのため自民党政治の活力となってきていた派閥が消滅してしまったことによる。政府や執行部の失政に対して、党内批判を許さない不自由政党になってしまった。言論の自由を喪失してしまった自民党には、国民を引きつける魅力がなくなった。自業自得である。森内閣以降の右翼片肺飛行をずっと強行してきたツケでもある。したがって、自民党復活の鍵は中選挙区制に戻せるか否かが目安となろう。</p>

<p></p>

<p>　自民党の強さの秘訣は、音楽に例えると、交響楽団のようなものである。バイオリン弾き、太鼓たたき、笛吹き、ピアノありとたくさんの合奏が美しい音色を生み出していた。それがここ１０年近く雅楽ばかりとなっていたものだから、とうとう聞き手もしびれを切らしてしまったのだ。<br />
　最近の世論調査によると、雅楽を聞きたいという人は相当減少してしまった。小選挙区３００、比例区１８０のうち、なんと３００議席を民主党が占めるとの数字が出ている。自民党の歴史的敗北は間違いない。この民主圧勝の世論調査は、逆に自民支持を広げることになるが、それでも自公そろっても過半数確保はありえない。政権の交代は歴史の必然なのである。<br />
　中曽根バブル以降の失政が積もり積もって、人々に不信と不安をまき散らした結果である。日本を沈没させたことに尽きるのである。バブル経済の脅威を軽く見てきたツケは、あまりにも巨大すぎる。年金・医療など福祉国家をぶち壊したのだから。<br />
＜新顔右翼宗教政党？＞<br />
　こうした非常時には、予想外の勢力が内部から噴き出してくる。<br />
　本日、あるJR駅前で大型の選挙カーの天井から、マイクを握って大声でわめきたてる一団を目にした。これまでの選挙で見たこともない新顔政党、それも宗教政党である。真夏だというのに背広に白手袋といういで立ちは、ごく普通だが、演説の中身がすごい。「憲法９条を改正する」というのである。極右である。<br />
　自民党や民主党の右翼でも、街頭演説で９条改正を叫ぶ者はいない。票が逃げるからである。筆者の知る元自民党議員だった平沼赳夫は例外だった。その代わり彼には右翼宗教団体が総力で選挙支援をしていた。並みの右翼候補は、右翼であることを隠して選挙してきている。<br />
　政権交代に危機感をもって飛び出してきたものなのか、宗教団体と政治団体の二つの衣を着て決起したものか。公明党の成功に勢い付いたものか。一般人には宗教という仮面をかぶっていると、いい感じはしないものである。<br />
　幸か不幸か、街頭宣伝車の周囲には、人だかりがなかった。よく見ると１０数人である。関心を持つ有権者はいない。支持者への動員力が弱い。支持者がいないものか、地域に偏っているものか。平和主義者には安心する場面である。<br />
　むろん、選挙には莫大な金を必要とする。一定の票獲得がないと、供託金没収である。金はあるのだ。テレビもしっかりと候補者を紹介しているのだから。宗教団体と資金力は比例するものらしい。<br />
＜大政党に紛れ込む右翼＞<br />
　これまでのところ、右翼ないし、極右の面々は与党の自民党に潜り込むことで、彼らの好ましい政策を実現してきた。靖国参拝派はその典型であろう。文教関係、国防関係、外交関係に首を突っ込んで、右傾化への流れをつけてきた。<br />
　特異な極右勢力として筆者が注目しているのは、松下政経塾である。ここの塾生を、PHPというコントール機関が、自民党と民主党に割り振っている。共産党や公明党、社民党には入れていない。入ってもはじかれるという判断なのか。それとも極右という価値観が邪魔しているからなのか。ともかく巧妙なのである。<br />
　二つの大政党を手玉に取ろうとしている。これまでも森派という右派の権力中枢に政経塾生は存在した。民主党には一度党首になったものもいる。神奈川県は現在もそうだが、最近までの横浜市の首長も政経塾が握った。松下財閥の広告を利用してマスコミ操作も上手である。例の「つくる会」とも深い関係がある。<br />
　それでいて政経塾の正体は、ほとんど明かされていない。それでも改憲軍拡・天皇制国家主義に近いことははっきりしている。むろん、反共主義である。彼らの賢い点は、自己の思いを強引に押し出そうとしないところにある。この点が、また不気味なのである。<br />
＜右傾化する日本＞<br />
　筆者が政治記者になったころの７０年代の右翼は、大した脅威ではなかった。保守本流・リベラルが自民党の主流を占めていたからである。右翼の暴走は７２年の日中国交回復の場面で、永田町に浮上した。<br />
　背後には岸信介と台湾の蒋介石が控えていたからである。それでも日中関係にブレーキをかけることはできなかった。中曽根が靖国参拝をしても、それは一度で止めるしかなかった。リベラルの力を立証して余りあろう。<br />
　小泉が６回も参拝できたということは、保守本流が実質、消滅してしまったからである。森―小泉―安倍―麻生の４代の時代は、文字通り右翼時代の日本を象徴している。<br />
　民主党が取って代わるが、その分、日本のリベラル化が期待できるのだが、党内の政経塾がどう動いてくるのか。平和国民とアジア諸国民の関心事は、ここに集中するのかもしれない。<br />
　最大の弱点は、松下財閥が金もうけ集団という点にある。<br />
２００９年８月２１日２０時００分記</p>]]>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-46.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２３４）</title>
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<description>＜アフガン大統領選挙＞ 　ワシントンのメンツがかかっているようなアフガン大統領選挙が、昨日の８月２０日実施された。およそ自由で公正な民主的選挙とは程遠いものである。誰もがわかる。しかし、カブールに軍事力で傀儡政権を樹立したワシントンにとって...</description>
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<![CDATA[<p>＜アフガン大統領選挙＞<br />
　ワシントンのメンツがかかっているようなアフガン大統領選挙が、昨日の８月２０日実施された。およそ自由で公正な民主的選挙とは程遠いものである。誰もがわかる。しかし、カブールに軍事力で傀儡政権を樹立したワシントンにとって、それでも多少の意味合いを持たせる必要があったのであろう。実に空しい。一体、何人の無辜の民を殺せばワシントンは軍事侵略から手を引くのであろうか。</p>

<p>　現実のカブールは腐敗政府そのものである。各国の援助は日本資金を含めて、ほとんどが要人などの懐に消えてしまい、大衆までに届くことはない。カルザイの失政なのだが、それでも同じ人物を継続させる、というのがワシントンの思惑という。ひどい話である。<br />
　ロケット弾が飛び交い、爆弾が破裂する異常な環境において、厳戒態勢でもって投票することの意味などない。それでも、それを演出するというワシントンの役人も気の毒である。タリバンは公然と武力で妨害をする。２６人が死んだ、いや５０人以上だと現地から伝えてきている。実際はもっとではないだろうか。<br />
　武器弾薬から平和がもたらされることはない。わかっているはずのオバマがなぜ、アフガンに執着するのか。<br />
＜政治色報道＞<br />
　日本のマスコミの中には、インドの都市から原稿を送ってきていた記者もいた。パキスタン情勢であれば、多少はわかるだろうが、アフガンについてはわかるはずがない。作文・創造・想像記事というのであろう。いくら危険だといっても、それを信じさせようと考えるほうがおかしい。<br />
　案の定、選挙はうまくいった、という現地報道が目立つ。ワシントンとカルザイ政権の立場からの広報報道である。公正・客観的なものではない。<br />
　「予想されたほど混乱はなかった」という形容も付く。ならば「予想した混乱」とはどういうものだったのか。これには応えていない報道ばかりである。要するに政治的報道ばかりといっていい。<br />
投票率もわからない。アフガンの選挙担当者でもわからない。いわんや第三者には不明である。腐敗にまみれたカルザイを再選させるためか、投票所で意気軒高なところをテレビは見せてはいた。しかし、そもそも選挙運動すら出来ないような選挙だった。<br />
過半数をとらないと決選投票ということになるが、そうなるとタリバンに足元をすくわれかねない。投票率から投票数を操作することになるのか。こんな選挙に駆り出された国際選挙監視団も大変だろう。既に日本人監視団は「順調な選挙」と偽りのラッパを吹いている。彼らにも血税が使われている。民主党はこの部分の費用を削る責任と義務がある。<br />
＜米国民の冷ややか反応＞<br />
　現地からの報道では１００か所以上で選挙妨害が行われたとか、投票総数は数百万人と伝えているが、これも定かではない。厳戒体制下の選挙だから、監視団でもそのごく一部しか確認できない。民主主義を正当化させるためのお祭りだとしても、狂気の沙汰ではないだろうか。<br />
　数日前、米メディアのワシントン・ポスト紙とABCテレビは、共同の世論調査結果を公表した。それによると、米国のアフガン軍事作戦を「価値のないものである」と考えている国民は５１％に達していた。「米軍を縮小すべきだ」は４５％で、反対の「もっと増派すべきだ」の２４％の倍だった。<br />
　米国民は大義のないイラク戦争の大失敗を目撃してきたばかりである。それをアフガンにも当てはめているかのようなのだ。莫大な費用と若い将来ある兵士の命が失われていることに、国民はいらだちを隠そうとしていない。このまま泥沼にはまり込む確率が高いわけだから、アフガン問題はオバマ政権を根底から揺さぶることになろう。<br />
　日本もブッシュ命令に従うだけだったが、その実、インド洋での給油作戦も腐敗と無意味な殺害に関与していたことになる。これが「国際貢献」であろうか。断じてNOである。次期鳩山政権の判断と決断が試されることになろう。<br />
＜社会主義・アメリカ＞<br />
　アメリカは２つの戦争と金融崩壊で、資本主義の本家から脱落したしまった。オバマ政権は社会主義政策で危機を乗り越えようとしているが、お先は真っ暗である。<br />
　国民の借金で巨大銀行と巨大企業を救済した。倒産企業を公的資金で救ったのだ。日本の小泉政権がやったことと同じである。中小企業は資本の論理で倒産させたが、財閥は国・国民の負担で救済したのである。<br />
　しかも、さらに公的資金を投入、車購入者などに資金を特別に援助した。これで日本車は多少のおこぼれに預かった。儲けは東京本社にはいり、その後に値下げが確実な米国債を買わされている。米財政を悪化させる、日本もドル下落による損失を受けるだろう。車の購入者にはむろん、ローンの支払いが追いかけてくる。温情あふれる社会主義政策をずっと続けると、国も企業も家計も破たんすることになろうか。<br />
　間もなく米国は、失業率が１０％の大台に乗ることが間違いないのだという。１０％失業がどういうことか、日本人には想像もつかないだろうが、筆者は失業率９％台のカリフォルニア州を見聞した経験がある。どえらい社会になること請け合いである。<br />
　これが今の仕事のないアメリカである。この国の人々がアフガン戦争について、どう判断しているのか、今回の世論調査を見なくてもわかることなのだ。アフガン戦争から抜け出さないと、オバマがせっかくつかんだ政権の墓穴を掘ることは、かなりの確率で予測可能なのだ。<br />
　日本と違ってアメリカ社会は財政の赤字について厳しい。景気の足を引っ張るからである。日本の失敗をよく学んでいる。　　２００９年８月２１日記<br />
</p>]]>
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<dc:date>2009-08-26T07:45:14+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/233.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（233）</title>
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<description>＜民主党の公約＞ 　手元の民主党の政権公約は、当然のことながら失政続きの自公政権よりもましな公約が羅列されている。「自公政権の政策・支出を全て見直す」としている。政財官癒着の政策を改める、というのである。実際問題として自公政権のそれらは、財...</description>
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<![CDATA[<p>＜民主党の公約＞<br />
　手元の民主党の政権公約は、当然のことながら失政続きの自公政権よりもましな公約が羅列されている。「自公政権の政策・支出を全て見直す」としている。政財官癒着の政策を改める、というのである。実際問題として自公政権のそれらは、財界寄り・ワシントン寄りの政策が少なくないのだが、それらにもメスを入れるというのであれば、大いに歓迎したい。国民の生活を第一に考える、とも約束している。主権者は国民である。国民のための当たり前の政治をやるというのだ。</p>

<p></p>

<p></p>

<p>　企業団体献金を禁止するという。腐敗の元凶を断つというのである。これからは、小沢問題のような事件は起きない、ということらしい。是非そうしてもらいたい。そうしないと、民主党が掲げる「無駄遣い」にメスを入れての支出削減は不可能だからである。<br />
　世襲議員を禁じるという。小泉のような政治家は認めないのだという。子育て・教育に血税を投入するのは良いとしても、財源の制約をやや軽視している。それよりも年金・医療への国民の期待は大きい。<br />
　地域主権を確立するのもいい。国の出先機関を廃止するだけでも相当の無駄排除が可能となる。ガソリンなどの暫定税率を廃止する。高速道路を原則無料化する。物流面で大きな成果が約束されよう。<br />
　主導的な環境外交を展開する。これもすばらしい。財界を抑え込めるかどうか。全ての労働者に雇用保険を適用する。消費者保護と人権尊重にも力を入れる。いいことずくめだ。<br />
＜外交政策＞<br />
　外交面では「緊密で対等な日米関係を築く」と公約、ワシントンに服従してきた自公政策との違いを打ち出している。これは評価できる。具体的にどうなるかは、今後の対応、判断によるだろう。「米国と役割分担しながら、日本の責任を積極的に果たす」という。この部分は今後を見ないとわからないが要注意だ。<br />
　米国との自由貿易協定を締結するとして財界の意向を公約に掲げた。さっそく農協・農民の反発を呼んでいる。財界との危うい関係を示したものか。<br />
　日米地位協定の改定を提起する。これは自公政権が出来なかったものだ。米軍再編・在日米軍基地の見直しもする。当然であろう。服従から対等への証しとなれば成果となろう。<br />
　「アジア外交を重視する」「東アジア共同体の構築を目指す」という。これは小泉・安倍・麻生政権が排除してきたもので、大いに期待していいだろう。具体的なステップを注視していきたい。そのために「アジア諸国との信頼関係の構築に全力を挙げる」ことになる。<br />
　オバマ政権に連動して「核廃絶の先頭に立つ」とも公約した。自民党が出来なかったことである。オバマの被爆地訪問に弾みをつけるだろう。<br />
＜憲法認識に危うさ＞<br />
　おおむね民主党公約は、よりましな政権を印象付けている。だが、不安なこともないではない。その最大の点は憲法についてである。筆者は知らなかったが、民主党は２００５年秋に「憲法提言」を行っている。鳩山兄弟は共に改憲論者で知られる。軍用車両に用いられているタイヤは、ブリジストンである。兄弟が大量に所有しているのは、いうまでもなくブリジストン株だ。祖父・一郎も改憲論者だった。小沢にも同じような認識があったことを承知している。<br />
　彼らは改憲論に言及していないが、選挙を意識して意図的に蓋をかけているのかもしれない。筆者の唯一の懸念材料である。民主党公約の最後に「国民の自由闊達な憲法論議を」と呼びかけている。これは臭い。<br />
　<br />
＜第２自民党への懸念＞<br />
　同党内には、これまでも何度も指摘していることだが、松下政経塾から民主党議員になった面々は、いずれも右翼の立場を貫いている。反共・民族・国家主義を信奉している。改憲軍拡論者である。これまでも軍需産業や防衛省との関係が深い。能ある鷹は爪を隠すというが、彼らこそ爪を隠して地方の首長や党幹部の地位をつかんできている。したたかな面々である。訓練・組織された本物の右翼勢力である。<br />
　こうした内情から、民主党の自民党化が懸念される。そうなると第２自民党でしかないだろう。<br />
　公約では「現行憲法に足らざる点があれば補い、改める点があれば改めることを、国民の皆さんに責任を持って提案する」と公言している。どこが足らざる点か、どこを改めるのか、にはぼかしている。改憲をあおっているのである。<br />
　社民党の力量が問われる場面である。<br />
　ともあれ、ここが民主党公約の一番の問題点であることを、現時点であえて警鐘を鳴らしておきたい。アジアの平和と安定のために。<br />
２００９年８月２０日１９時５０分記<br />
</p>]]>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/232.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（232）</title>
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<description>＜地球は生きられるか＞ 　日々世界から報じられる情報だけでも、この地球が生きるための最後の抵抗をしていることがわかる。地球の悲鳴を無視し続ける人類の代表ばかりである、という愚かな事実をも同時に伝えている。地球は生きられるのか、という問いかけ...</description>
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<![CDATA[<p><strong>＜地球は生きられるか＞</strong><br />
　日々世界から報じられる情報だけでも、この地球が生きるための最後の抵抗をしていることがわかる。地球の悲鳴を無視し続ける人類の代表ばかりである、という愚かな事実をも同時に伝えている。地球は生きられるのか、という問いかけに真正面から体当たりする指導者が現れようとしない。</p>

<p>　フランスでは連日、猛暑で眠れない市民の姿をテレビが報じている。同じテレビは牧歌的な内モンゴルの郵便配達人を取り上げていた。広大な草原で馬に乗り、長時間かけての郵便配達風景は、人々に安らぎさえ印象付けてくれる。ところが、現地住民は「干ばつで食べるものも、水も不足している」と泣き叫んでいた。<br />
　日本の夏は日照不足で農作物に被害が出ており、野菜の高騰を招いている。豪雨にも見舞われた。水不足の心配はなくなったが、災害で命を奪われた住民は哀れだ。台湾の山間部でも台風は、とてつもない被害を与えた。<br />
地球は間違いなく悲鳴を上げている。異常気象はフランスや中国、日本だけではない。地球全てで起きている。温暖化・変動というレベルの話ではない。科学はその原因を突き止めている。その科学が地球をむしばんできているのである。<br />
科学は地球をやたら掘り起こしてエネルギーを掘り起こし、二酸化炭素を吐きだしてきた。先進国という国々は、それでもいまだ石油・天然ガス・石炭などを掘りつくして地球の肺や心臓を破壊している。調整・コントロールできないのである。<br />
この調子で進むとどうなるか。大方の常識・教養のある人間であれば予測可能である。<br />
宇宙から眺めた地球は青い。惑星の中で一番美しい。だが、虫眼鏡を使用しなくても、そこは飢餓と貧困と殺し合いの殺伐とした地獄の世界なのだ。<br />
<strong>＜人間は生きられるか＞</strong>　地球は人間が栽培する農作物からも命を削られている。先進国の農地は農薬によって汚染されてしまっている。それでも農薬土壌で作物を栽培している。化学肥料を大量に使用して、もやしのような栄養不足の野菜・穀物を生産して人々の胃袋に流し込んでいる。抵抗力喪失の現代人を誕生させ続けている。<br />
　現代病の原因は明白である。それでいて有機農法に立ち戻ることが出来ない。大気も土壌も汚染されてしまっている。これでは人間は生き伸びられないだろう。これも普通の人間であれば、誰でも理解できるし、わかっている。それでいて、農薬と化学肥料万能による生産から決別しようとしない。<br />
　石炭と石油主体のエネルギー社会による気候変動は、途上国の大地にも波及、そこで生きる人々の命を奪っている。生きる糧を失っている。そこにわずかな支援が国際社会からあっても、ほとんどが悪しき為政者の懐に入り、飢餓と貧困は解消しない。無数の子供たちが貴重な人生を数年で奪われている。<br />
　正に先進国も後進国も、人間が安全に安心して生きる環境にない。地球を壊した人間に寄って、人間は地球から遺棄されている。地球にその力がなくなっているのが、本当のところである。<br />
<strong>＜武器を放棄すれば可能＞</strong>　中東に限らないが、先進国の軍事力は資源確保のために暴走を繰り広げている。イラク・アフガンでの殺し合いは、中東全域に及んでいる。２１世紀になって新たな資源確保のための植民地政策である。話し合いによる公正な取引をしないで、持てる軍事力を駆使しているのである。<br />
　弱肉強食の時代に逆戻りしている人間・人類がそこにある。人殺しのための武器弾薬政策を資源確保に用いている大国を、一体誰が尊敬出来ようか。抵抗者を「テロ」と決めつけて自己を正当化できようか。<br />
　そこでは無数の民が命を奪われている。生きる権利を奪われている。これこそが戦争犯罪・人権侵害の最たるものであろう。<br />
　なぜ、こんな狼藉を働くのか。一人笑っている者のためである。武器商人・死の商人の存在である。人殺しで甘い汁を吸う悪魔である。彼らに操られたブッシュ・ブレア・小泉なのだった。今やそれがオバマ・ブラウン・麻生ということになろうか。兵器財閥に操られる先進大国の為政者という現実を、我々はどう受け止めるべきなのか。<br />
　北朝鮮を脅威とみなして改憲軍拡を推し進めようとしてきた歴代の日本政府である。愚かにも程があろう。<br />
　オバマは一つだけいいことをしている。核廃絶である。これに広島と長崎が即座に反応を示したが、東京は戸惑いを見せただけだった。そんな政府がずっと続いてきた日本なのである。右翼片肺政権の怖いところである。霞が関の官僚にも重い責任があろう。それを当人たちが全く理解していないのだから、お話にならない。<br />
　今問われているのは通常兵器である。これが地球の至る所で使用されている。<br />
　英BBCテレビのアフガン担当記者は「派兵兵士一人の費用で、この地域の住民が貧困と　餓死から救われる」とレポートしていたが、これこそが真相をついている。<br />
　武器弾薬を放棄すればいいのである。軍縮である。巨大軍縮をやればいい。ボーイングやロッキード・マーチンなど不要にすればいいのである。三菱もいらない。武器弾薬の費用を、中東やアフリカに流せばいいのである。軍縮による浮いた資金で地球保護に回すのである。<br />
　人類から武器を放棄させる国連にすることが、真の国連改革なのである。その資金で人間と地球は救済可能なのである。石油に頼らないエネルギーも確保可能なのだ。これを夢物語と笑うのであれば、地球も人類も間違いなく破滅が待っている。<br />
　人間と地球が生きるために世界は、戦争放棄に舵を切るのである。９条憲法を世界が、採用すればいいのである。その時期を迎えている。　２００９年８月２０日記</p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
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</content>
<dc:date>2009-08-23T19:30:04+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-45.html">
<title>徒然のサハリン「只今帰省中」：オリホヴィク美香</title>
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<description>　ロシア生活の良いところは、休暇がしっかりと取れることでしょう。私のような教師は年に72日間の有給休暇があり、そのほとんどを夏休みに取得します。今年も学年末試験が終了した翌日（7月6日）から8月31日まで休暇を取ることにしました。7月8日に...</description>
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<![CDATA[<p>　ロシア生活の良いところは、休暇がしっかりと取れることでしょう。私のような教師は年に72日間の有給休暇があり、そのほとんどを夏休みに取得します。今年も学年末試験が終了した翌日（7月6日）から8月31日まで休暇を取ることにしました。7月8日に息子と共に日本に到着。北海道北見市にある私の実家に滞在中です。<br />
</p>]]>
</content>
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<![CDATA[<p>　日本人ばかりで、日本語ばかりが飛び交うのが珍しく感じるようになったということは、私もかなりロシアの生活が身に着いたということでしょうか。私が日本でうれしいことは、毎日新聞が読めることと本がたくさん読めることでしょう。ほとんどの時間を活字を追って過ごしています。が、最近の新聞はページ数が少ないし、折り込み広告も少なくて、残念に思います。息子は近所にある小学校に体験入学をしています。ロシアの学校とは色々な面で違いがあり、とてもおもしろいと言っています。ただ、夏休みの宿題にはちょっとまいっているようですが・・・。今回は私の本は減らして息子のために国語辞典と漢字辞典を購入。たくさん本を持ってサハリンに戻りたいのですが、重くて・・・。<br />
　日本の生活は確かに便利で安全ですが、不便なところもあります。まず、私の年老いた両親はパソコンを持っていないので、インターネットができないことです。時々友人のお宅にお邪魔してメールのチェックをさせてもらっています。ロシアなら、プリペイドカードがたくさんあるので、電話線とパソコンがあれば大丈夫なのですが・・・。それから、携帯電話も私のように1，2か月しか必要でないという場合は、とても高価で持つことができません。最近は公衆電話が少なくなり、本当に不便なものです。お小遣いがたくさんあれば、問題はないのでしょうが・・・。しかし、この2点を除けば日本の生活は快適そのものです。停電や断水の心配もなく、水道の蛇口からは常にきれいな飲み水が出るというのは、本当に良いものです。<br />
（我が家では、日本に来る1週間ほど前に机上の電気スタンドがいきなり火を噴いて危うく火事になるということがありました。しかし、一日が何事もなく無事に過ごせればそれで幸せな気分になれるロシアの生活も私は好きです。）<br />
　だいたい1年に1回のペースで帰省をしていますが、「ふるさと」というのは本当に良いものです。私は北見生まれの北見育ち。学生時代の数年を札幌で過ごした以外はロシアに引っ越しするまでずっと北見で過ごしました。帰省のたびに友人や昔職場で机を並べた人たちが集まりを持ってくれるのです。こうして家族や友人に囲まれて人の温かさを味わえるので、また帰ってこようと次の1年をがんばれるのだと思います。<br />
のんびり休暇の中でもう一つ残念なことは、テレビが面白くないことでしょうか。BSチャンネルはテレビ・ショッピングと韓流ドラマのオンパレード。普通のチャンネルはワイドショーで、どのチャンネルを見ても同じ話題ばかり。夜はバラエティーもの。私はテレビはあまり見ない方ですが、日本にいる間はテレビを見て1年分の情報のキャッチアップをするので、楽しみの一つなのですが・・・。そしてロシアでは見られないテレビドラマも。それなのに・・・！！特に最近の酒井法子の報道は目に余ります。彼女がどこに潜伏していたかなんていうのは別に知る必要ないでしょう。逐一くだらないことで後を追いかけるよりは、これを機に麻薬の恐ろしさをもっと啓蒙するような番組ができないものでしょうか。<br />
さて、巷は衆議院選挙のニュースで賑やかです。外国に住んでいる私は在外選挙権があり、投票はできるのですが、投票日は公示日の翌日くらいから2日間程度と早くて短いのです。 今回は7月27日にサハリンへ戻る予定なので、投票日には間に合わないでしょう。在外選挙制度については、様々な問題点も指摘されていますが、外国に住んでいるからこそみえてくる日本の姿というものもあります。そして、愛国心というか、日本がいい国になって欲しいと願う気持ちも日本に住んでいた時より強く感じるものです。日本に帰った時にはもっと良い国になって欲しい。たとえ今後一生日本に帰ることがなくても、日本人であり「ふるさと」は気になるものなのです。そのような気持ちを表すことができる一つの手段が投票です。しかし、残念なことに、現在のシステムではじっくりと考えて選ぶ十分な時間がありません。確かに手間の作業あると思いますが、情報化社会の現代、何かもっとスマートな方法はないものなのでしょうか。それにしても、今の日本は本当に危機感を持たないと大変です。テレビに出てくる政治家を見ると、ひどいじゃないですか。ロシアは大変だと言われますが、選挙に勝つことしか頭にない日本の政治家もすごいとしか言いようがありませんね。ここは、国民が賢くなることが何よりも大事でしょう。<br />
　がんばれニッポン！！</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-18T20:08:39+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/2-3.html">
<title>映写室　戦争ドキュメンタリー2本：「花と兵隊」（後編）：犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/14/</link_daily>
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<description>　 ＜昨日の続き＞ ―庭にある塔は、藤田さんが一人で遺骨を拾ってご自分で立てたものですよね。言葉が論理的でなくて、少し解り辛い。でも単語一つ一つを搾り出すように、痞えながらで、逆に迫力があります。＜続きを読む＞ ...</description>
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<![CDATA[<p>　<br />
＜昨日の続き＞<br />
―庭にある塔は、藤田さんが一人で遺骨を拾ってご自分で立てたものですよね。言葉が論理的でなくて、少し解り辛い。でも単語一つ一つを搾り出すように、痞えながらで、逆に迫力があります。<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-187.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
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<dc:date>2009-08-14T06:59:07+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/2-2.html">
<title>映写室　戦争ドキュメンタリー2本：「花と兵隊」（前編）：犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/13/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/2-2.html</link_Individual>
<description>　―松林要樹監督インタビュー―　 　太平洋戦争末期、地獄の戦場はアジアのいたるところにありました。先々週の作品の舞台、ソ連侵攻に伴う満州国崩壊は、開拓民を巻き込み地獄絵となりましたが、陸軍兵士の地獄絵の1つが、1944年3月に発動された「イ...</description>
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<![CDATA[<p>　<strong>―松林要樹監督インタビュー―</strong>　<br />
　太平洋戦争末期、地獄の戦場はアジアのいたるところにありました。先々週の作品の舞台、ソ連侵攻に伴う満州国崩壊は、開拓民を巻き込み地獄絵となりましたが、陸軍兵士の地獄絵の1つが、1944年3月に発動された「インパール作戦」です。この作品「花と兵隊」に登場するのは、タイ・ビルマ国境付近で敗戦を迎えた後、祖国に還らなかった6名の日本兵とその家族。2005年から3年にわたる取材で、未帰還兵のその後を追った松林要樹監督にお話を伺いましょう。<br />
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<dc:date>2009-08-13T08:41:06+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-44.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２２０）</title>
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<description>＜右翼片肺政権の最後っ屁＞ 　８月１２日は日航機墜落事故から２４年になる。その日を覚えている。筆者もメンバーだった在京政治部長会は、中曽根総理と軽井沢でゴルフをしていたからである。軽井沢とそう遠くないところで５２０人がなくなった大惨事である...</description>
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<![CDATA[<p>＜右翼片肺政権の最後っ屁＞<br />
　８月１２日は日航機墜落事故から２４年になる。その日を覚えている。筆者もメンバーだった在京政治部長会は、中曽根総理と軽井沢でゴルフをしていたからである。軽井沢とそう遠くないところで５２０人がなくなった大惨事である。中曽根バブルが始動した年でもあった。ここから日本は５年ほど浮かれて失墜した。</p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
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<![CDATA[<p>　先頃、文部科学省所管の統計数理研究所が５年に１度の「国民性調査」を公表したが、そこで判明したことは「今後、生活が貧しくなる」と考えている国民は５７％に及んでいた。経済大国で浮かれていた時代はもうない。国民が感じ取っている統計である。こけているのは国や地方、企業だけではない。家計もそうなのだ。<br />
　実際はもっと高い数字のはずである。「社会的不満を選挙によって表したい」が５５％である。政権選択・政権交代の選挙願望を、この数字は物語っている。国の借金は底をついたどころの話ではない。だが、右翼片肺政権は、そんな国や国民の台所事情などおかまいなしである。最後っ屁よろしく改憲軍拡の銅鑼を鳴らし続けている。<br />
　主権者は改めてこの国の為政者の暴走に驚愕するばかりである。軍拡の金があったら国民の生活、年金・医療に回せといいたい。<br />
　このほど公表された内閣府調査によると、国民の政府への要望の第一は、医療・年金など社会保障である。実に７０・８％と断トツである。日常生活に不安と悩みを抱えている国民も６８・９％。「生活が向上した」という家庭は２・８％。この統計からは「改憲軍拡論」を推進する声はかき消されているはずなのに。<br />
＜やはり改憲軍拡論＞<br />
　国際関係や国民生活お構いなしに改憲軍拡方針をぶち上げた愚かな組織は、総理大臣のれっきとした諮問会議である。「安全保障と防衛力に関する懇談会」という国民の多くが知らない右翼の面々による集まりらしい。座長が東電会長の勝俣という不見識な人物である。過去に東電には立派な人材がいたが、いまや勲章欲しさの偽装経営者しかいないらしい。<br />
　他のメンバーを知らないが、多かれ少なかれ財界や学界の右翼人士ばかりであろう。庶民の生活苦・貧困など無関心な、軍需利権にまとわりつく面々といっていい。戦前もこうした輩が大活躍して国と国民を滅ぼしたのだが、小泉内閣以降また復活したものか。リベラルが消えた右翼片肺政権の下での暴走組織といえなくもない。この会議の報告書を概観すると、それは小泉内閣と安倍内閣が強行してきた戦争体制へのさらなる強化政策である。<br />
　「本格的な武力攻撃に備えよ」という文言まで踊っている恐ろしくも怖い改憲軍拡論である。右翼政権崩壊直前に、こんな危険極まりない報告書を公開する関係者の野望の大きさに驚かされるばかりである。<br />
＜専守防衛どこ吹く風＞<br />
　日本は戦後「軍事大国にならない」ことを国是としてきたが、経済成長に成功すると、軍事費はアメリカに次いで２番目になった。ソ連を仮想敵国にすることで軍拡を推し進めてきた。昨今は中国と北朝鮮である。<br />
　麻生内閣の最後っ屁ともいえる諮問会議の報告書では、久しく歩んできた「専守防衛」路線を、見直せと訴えている。海外派兵を常態化させるための「恒久法」の制定を、とも叫んでいる。集団的自衛権の解釈見直しも迫っている。以前であれば、こんな報告書が表ざたになれば、内閣そのものが吹っ飛んでしまうところだろう。それがない、現在の日本の右翼体質に愕然とするばかりである。<br />
　なんのことはない、戦争に積極的に介入せよ、といいたいらしい。右翼路線を踏襲している。武器輸出３原則の見直しにも言及している。過去を忘却、日本国憲法を無視した悪辣な報告書である。右翼片肺内閣の正体をいかんなく発揮している。もはやブッシュのワシントンは存在していない。それでいて、というのだから、彼らの頭脳には庶民・大衆の生活苦など無関係なのだ。<br />
　戦争に備える国家・戦争する日本へと舵を切ろうというのである。狂気の沙汰である。アジアの隣人がこれを見たら腰を抜かすであろう。あるいは、とうに正体を見抜いて警戒を怠っていないのかもしれない。<br />
　危険極まりない政策の存在を知らないのは、多くの日本国民なのであろう。政権の交代によって、こうした危険な思想を排除する必要があろう。<br />
＜軍需産業の威力＞<br />
　米国には産軍複合体が事実上の最高権力機関として君臨している。リベラルなケネディ大統領でさえも、これとの確執に悩みぬいた。彼を暗殺した真犯人なのであろう。<br />
　ワシントンを動かすこの怪物とオバマの関係がどうなるのか。政権の行方とともに関心を集めている。地底で蠢く怪物を人々は目にすることが出来ない。報道する側も命がけだ。通常はミイラ取りがミイラになるため、この怪物は知られることなく目的を達成する。<br />
　むろん、この日本にもいる。財閥企業だから威力は相当なものである。財界を動かし、官僚を操る。むろん、政治家など簡単だ。マスコミさえも、である。この軍需財閥のパートナーが防衛官僚や制服組高官である。昨今、田母神事件でその一角が表面化、内外に驚きをもって受け止められた。<br />
　日本における産軍複合体の実力を侮ることなかれ、である。今回の諮問会議の報告書こそが、彼ら怪物の成果と捉えるべきだろう。こうした分析も、実は平和・軍縮派の宇都宮徳馬からの伝授である。まず間違いのない分析のはずである。<br />
　財閥が政治・行政・マスコミを動かしている。その手先が電通や博報堂である。特に前者によってマスコミは容易にコントロールされてしまう。平和を敵視、平和憲法を破壊しようとしてする怪物の正体に、人々は一日も早く気付くべきだろう。<br />
２００９年８月１２日１７時２０分記</p>]]>
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<dc:date>2009-08-12T19:24:24+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-42.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２１９）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/12/</link_daily>
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<description>＜豪雨と格闘＞ 　昨日（８月１０日）は大荒れの房総半島だった。９号台風が四国・東海に接近していたことも関係していたのであろう。土砂降りの雨の中で農作業に取り組んだ。さすがに畑に出ている農民はいなかった。しかし、こちらは大事な１日である。豪雨...</description>
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<![CDATA[<p>＜豪雨と格闘＞<br />
　昨日（８月１０日）は大荒れの房総半島だった。９号台風が四国・東海に接近していたことも関係していたのであろう。土砂降りの雨の中で農作業に取り組んだ。さすがに畑に出ている農民はいなかった。しかし、こちらは大事な１日である。豪雨に負けてはいられない。家の中で寝転んでいたら、はるばる帰省した意味がない。幸い夏の暑さが、濡れた体を保護してくれた。<br />
そのうちに、大粒の雨が上着とズボンを伝わって長靴に滲みてきたのには閉口した。靴下が雨水をたっぷりと含んで、歩くと音がしてきた。経験のないことだった。まるで体力試験をする生徒のようである。</p>]]>
</content>
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<![CDATA[<p>それでも目の前の神社の森では、蝉が鳴いていた。彼らは生きる時間が短いらしい。その間、思いきり鳴いて、鳴いて過ごすのであろうか。雨ごときに邪魔はされない、と鳴いているらしい。これもすごい。するとヒグラシも鳴き始めた。もう立秋なのだからか。<br />
＜雑草取りとミミズ＞<br />
　１０日ほど前には見ることが出来たネギが、なんとすっかり姿を消していた。犯人は雑草である。３０センチ、４０センチに勢いよく伸びた雑草がネギを塞いでしまっていたのである。それで丹精込めて育ててきたネギが、姿をくらまして見えないのだ。<br />
　怒る前に、かわいそうになってきた。小型の釜で雑草を刈り取ってゆくしかない。すると雑草に征伐されて消えたネギも多いが、中にはよろよろしながら生きようとしているネギも出てきた。乾燥している畑ではやりやすいが、雨降りの中での雑草取りなど、むろん初体験で容易ではなかった。<br />
　農家の人たちが、農薬を取り出す心境もわかってくる。除草剤である。同時にベトナム戦争を連想する。米軍使用の枯れ葉剤だ。多くのベトナム人に奇形児が生まれた。いまはどうしているのか。<br />
　しかし、ここは１時間か２時間奮闘すれば、雑草を適当にやっつけることが出来る。農家のお年寄りのように、きれいに雑草を抜くことはできないのは当然のことなのだが。第一、我が家には除草剤はない。小さな釜で大雑把に刈り取るしか方法はない。そうして雑草の根っこに釜を差し込んで刈り上げると、意外な事態が起きてくる。そこにミミズが飛び出してくるのだ。その数は少なくない。<br />
　ここで用いているわずかな肥料は牛フンと鶏フンである。化学肥料はほとんど使っていない。むろん、農薬のたぐいも。それのおかげなのである。<br />
＜ミネラル野菜＞<br />
　ミミズは有機農業をしていると、彼らは勢いよく繁殖して土壌を耕作してくれるということもわかった。ミミズが活躍できる農地こそが本物の耕作地なのだ。ミネラル治癒に情熱を傾けて人の命を助けている野島さんを思い出した。ミネラル・微量元素のことである。この畑にはミネラルが存在するのである。<br />
　そうだとすると、少なくなった生き残りのネギにはお店で売っているネギより、はるかにミネラルが含まれていることになる。ミネラルネギなのである。<br />
　免疫のあるネギは、抵抗力がある。それを食べる人間も免疫ができる。当たり前の理屈である。有機農法による野菜つくりが評価されるのは、実は人間に体力・耐力をつけることができるからだ。病気に抵抗できる体を誕生させることが出来る。まことに簡単な理屈である。</p>

<p>　ネギの雑草はなんとかケリをつけたが、５０本のサツマイモの雑草には無念にもこちらの体力が付いて行かなかった。諦めるしかなかった。こんなことも初めてだ。雨量が例年に比べて多かったからである。<br />
ともあれ、化学肥料万能の野菜作りは人間の健康をむしばむ。農薬土壌で作る野菜にはミネラルはほとんど含まれない。これが現代病の原因なのである。野島学説が自然に納得出来るのである。<br />
＜ブルーベリー＞<br />
　なんとかネギを覆っていた雑草を刈り取った。本当ならこの雑草にミネラルが含まれている。これを牛馬鶏が食べれば、ミネラルを吸収した肉や卵を食べられる。むろん、ミネラルを吸収した鶏や豚にはインフルエンザは発生しない。<br />
　野島博士は「インフルエンザはこわくない」と言っているようだが、恐らく以上の理屈からではないだろうか。<br />
　そう考えながら、今度はブルーベリーを少し摘んだ。蜘蛛の巣が見られるが、このベリーの木も無農薬である。土壌からミネラルを吸収しているはずである。農薬漬けのベリーには無理だろう。土にミミズがいるかどうか、がポイントではないだろうか。<br />
　庭先に、雑草に混じって紫蘇の葉を採取した。これも文句なしのミネラル吸収の野菜だろう。茗荷も。無農薬と無化学肥料の土壌に出来る野菜こそが、現代人の健康維持に不可欠なのである。<br />
　自然のサイクルに合わせることで、この地球は健全であり続ける。地球が健康体であれば、人類の破滅はない。医師も科学者も政治家・行政官も自然体になれば、世の中の深刻さは自然に水のように流れてゆくのである。<br />
　そういえば、麻生太郎の岳父・鈴木善幸は自然体という言葉が好きだった。彼の相手は魚だったが。<br />
２００９年８月１１日２２時３５分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-12T13:24:30+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-43.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２１８）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/12/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-43.html</link_Individual>
<description>＜政権選択・交代選挙＞ 　今回の総選挙は政権選択選挙である。自民党の官僚丸投げ政治がとうとう行き詰まり、国民に不安と不信をまき散らしている中での政権交代選挙となるだろう。派閥論からすると、最後の角福戦争ともいえる。右翼対リベラルの決戦という...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜政権選択・交代選挙＞<br />
　今回の総選挙は政権選択選挙である。自民党の官僚丸投げ政治がとうとう行き詰まり、国民に不安と不信をまき散らしている中での政権交代選挙となるだろう。派閥論からすると、最後の角福戦争ともいえる。右翼対リベラルの決戦という見方も可能である。従って一部右派系マスコミが期待している自民と民主の大連立はありえない。あってはならない。<br />
　自民党政治といっても、一皮むくと官僚主導の政治そのものであったのだが、その官僚政治が破綻をきたしたための政権選択選挙である。その点で戦後政治の分岐点だ。民主党など野党は、政党が主導する政治を行うと公約している。本当にそうなるのかどうか、９月以降の成り行きを注視していく必要がある。<br />
常識的に見て自民党の勝利はおぼつかない。敗北するはずである。最近の地方選挙結果が民主党の勝利を裏付けている。２年前の参院選挙結果もそれを克明に証明している。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜日本丸を難破させた自民党＞<br />
　自民党の不運の一つは、４年前の総選挙で圧勝したことによって、その勢いを利用してやりたい放題の庶民・大衆不在、大企業優先の格差政策を強行したことである。結果、その失政が国民の目に、より鮮明に映し出されたことである。たとえば、労働者の身分を危うくさせた派遣社員制度の大がかりな推進である。これによって、決定的ともいえる労働者間格差を招来させた。財界へのテコ入れである。<br />
　「郵政民営化で景気はよくなる」式の小泉―竹中構造改革路線は、結果からすると、偽装改革でしかなかったことが露呈した。政商への利権提供が判明してしまい、国民は小泉改革の正体をつぶさに見聞してしまった。<br />
　より深刻な事態は、積み重なる不健全な財政政策によって日本丸を難破させてしまったことである。国と地方を破綻へと追い込んでしまった。それは中小企業や家計の破綻ともなった。戦後日本の誇りある成果となってきた社会保障制度の崩壊である。歴代自民党政権の果実を根こそぎぶち壊してしまった。年金・医療に深い傷を負わせてしまったのだ。不安と不信を国民にまき散らしてしまった失政は計り知れない。</p>

<p>　発端は、８５年から５年に及ぶ中曽根経済バブルである。これがはじけると、実に１５００兆円が消えてしまった。９０年代以降の日本は、これの穴埋めをするための借金に次ぐ借金を安易に積み重ねてきた。官僚政治の無責任と無能の結果でもあった。<br />
　昨日、政府は国の借金が８６０兆円と発表したが、地方自治体分の赤字を加えると１０００兆円近くなる。自民党の財政通の村上誠一郎は「隠れ借金を足すと軽く１０００兆円を超える」と筆者に語っている。国家・自治体が破綻寸前の日本なのである。<br />
　自殺者の増大、生活保護受給者の増加するなかで、小泉内閣の改革政策はひたすら財閥救済に汗をかいた。破綻していた金融財閥を国民の負担で助けたのである。これまた格差を生みだした。他方で大義のないブッシュ戦争に加担した。憲法９条違反であることは明白である。<br />
　こうしてみると、森内閣以降の、いわゆる右翼片肺内閣の実績に見るべき成果はない。戦後の保守党政権が築いた成果の全てを食いつぶしただけでなく、それどころか日本を沈没させていることがわかろう。麻生が「日本を守る」などという発言が、いかに国民を愚弄しているかがわかろう。これほどの無責任なリーダーも珍しい。<br />
＜問われるメディア＞<br />
　ここで問題なのは、日本のマスコミ・メディアである。政府との距離をどう取るべきかに戸惑いが見られるのが、残念ながら筆者にはよく見えるのである。<br />
　情報を持たない国民はマスコミ報道に一喜一憂する。それをよいことに、誰かサンの口のようにねじ曲げたりする。相変わらず与党寄りの報道が目立つ。質の悪い週刊誌などは、この局面で突如、民主党を露骨に批判したりしている。政府との癒着の深さを自ら露呈している。国民の意識とのかい離は著しい。「言論の自由」をひけらかしているのだが、ここはしっかりと釘を刺しておく必要がある。<br />
　メディアは中立・公正でなければならない。不偏不党を原理とする大事な職業である。よしんばそうではないというのであれば、堂々と「自民党の広報機関」との編集方針を国民に伝える義務がある。いかにも公正さを装いながら、それでいて野党たたきをするのは、小泉ではないが偽装そのものである。<br />
　「国民に奉仕する」のがジャーナリズムの使命である。「権力に屈しない」ことが、健全な言論なのだ。筆者は若いころ、宇都宮徳馬からこれを叩き込まれてきた。ナベツネもそうだが、彼は恩師を裏切ったままである。「忘恩の徒」という激しい怒りを直接、宇都宮本人から何度も聞いている。<br />
　最近、財界やら民間と称する、これまた偽装団体が、政党のマニフェストを採点したらしい。報道するに値しないものだが、マスコミはこぞって取り上げた。むろん、与党寄りの診断を公表した。中には自民党に軍配を上げる右翼的NPOもあったらしい。活動資金がどこから出ているかを調べれば、偽装団体であることが判明するはずである。<br />
　公正な、権力に屈しない報道ができるのかどうか、実は日本マスコミもまた採点の対象なのである。週刊誌とテレビの報道は要注意だ。むろん、全てではないだろうが、えてして脱線が目立っている。世論操作を意図しているとすれば、それは愚の骨頂である。<br />
＜よりましな政権へ＞<br />
　もはや日本は沈没している。沈む太陽である。あらゆる統計的数字が物語っている。政府与党の失政は明白である。<br />
　日本は独裁国家ではない。複数政党による選挙によって国民の代表が選ばれるという民主政治を採用している。したがって政権選択選挙は野党に軍配が上がることになる。日本を沈没させた政党が、再び政府を担当することはない。<br />
　野党は自公政府の失政から教訓を学んでいる。当然のことだが、それによってよりましな政治を期待できる。民主党や社民党、国民新党が好きとか嫌いという次元の判断ではない。民主政治の約束事なのだ。<br />
　筆者は政治記者、ついで政治評論家としてかれこれ３０余年にわたって自民党派閥政治を見聞、研究してきた。それこそ無数の政治家・秘書と交流してきた。多くの得るものがあった。その点で感謝している。そこでの栄養を執筆することで、国民に還元してきた。秘密を墓場に持ち込む面々が少なくなかった。これはジャーナリストにもいるが、筆者は「国民に奉仕する」というルールを死守してきた。結局のところ、自民党政治の内実は官僚任せであった。資金は主に財閥が提供した。財閥・官僚に操作されてきたというのが、この政党の最大の弱点なのだった。<br />
　野党はどうか。まだ、断定はできないものの、企業献金を廃止する方針を掲げている。これは自民党との差異である。自民党ほど自由に財閥から操作されないとみたい。官僚に対しては、天下りの禁止など相当思い切った対応を見せている。これもいいことである。<br />
　自民党には公明党が補完したが、成果を出すことはできなかった。民主党には社民党が支援することになるが、早くも非核３原則の法制化に踏み出す姿勢を見せている。アフガン派兵を禁止するというし、靖国参拝をしないと公約している。<br />
　内外政に渡って自民党の右翼片肺飛行に比べると、はるかにましな政権の誕生を予測させている。<br />
＜お手並み拝見へ＞<br />
　８月１８日公示、同３０日投開票まで多少の時間的余裕がある中での、かなり先走った予想記事を断定的に書いているのだが、無論のこと野党にも弱点がある。問題も抱えているが、それでも国民は野党に政権を任せるしかない。これが今の日本の現状である。<br />
　自民党の右翼片肺内閣は日本国憲法を大事にしなかったことに隣国からの懸念がまとわりついてきた。それが野党になると、それの心配が少なくなることである。隣国との関係改善は経済交流にとってプラスである。<br />
　ひたすらワシントンにひれ伏してきた日本外交が、変化することも楽しみなことである。多くの国民にとって不安材料は少なくなるだろう。お手並み拝見するしかないのだが、日本の現在、政権交代でしか事態の改善は望めない。人々はそう思い込んでいる。<br />
　ワシントンも変わった。東京も変わる。来年にはロンドンも変わるだろう。世界は動いているのである。<br />
２００９年８月１１日２０時５５分記</p>]]>
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<dc:date>2009-08-12T12:27:45+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/no12.html">
<title>映写室　新NO.12 南極料理人：犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/12/</link_daily>
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<description>　　―究極の単身赴任地で！― 　毎日茹だる様な暑さ、せめて映像だけでも涼しげなものが見たい。今週はそんな要求にぴったりの作品を取り上げよう。舞台は白一色、雪、雪、氷。外を歩くと、口ひげの周りが息で凍ってきたりする。 　＜原作は、1997年の...</description>
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<![CDATA[<p>　　<strong>―究極の単身赴任地で！―</strong></p>

<p>　毎日茹だる様な暑さ、せめて映像だけでも涼しげなものが見たい。今週はそんな要求にぴったりの作品を取り上げよう。舞台は白一色、雪、雪、氷。外を歩くと、口ひげの周りが息で凍ってきたりする。<br />
　<strong>＜原作は、1997年の南極ドームふじでの越冬隊に＞</strong>、海上保安庁から派遣されて調理を担当した、西村淳さんの「面白南極料理人」。題名からも察せられるように、人間ドラマだけでなく、毎食並ぶ美味しそうな食事も見逃せない。<br />
　<strong>＜考えてみると極寒の地は究極の単身赴任地＞</strong>　隊員だけでなく、送り出し待つ身の家族との間には複雑な物語がある。本当に寂しいのはどちらなのだろう。面白おかしい男たちの物語だけど、なんとも愛しい男と女の物語にもなっている。<br />
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<dc:date>2009-08-12T08:45:29+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/ken-1.html">
<title>現代時評「北朝鮮との外交交渉」　：ken </title>
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<description>◆◆　アサヒコム　２００９．８．０６　河村官房長官は６日の記者会見で、米国のクリントン元大統領の訪朝について米政府高官から同日、電話で説明があったことを明らかにした。　　河村氏によると、この政府高官は「クリントン元大統領が個人の資格で、金正...</description>
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<![CDATA[<p>◆◆　アサヒコム　２００９．８．０６　河村官房長官は６日の記者会見で、米国のクリントン元大統領の訪朝について米政府高官から同日、電話で説明があったことを明らかにした。　　河村氏によると、この政府高官は「クリントン元大統領が個人の資格で、金正日総書記に対して『拉致問題の進展をはかるべきだ。すでに日朝間で合意している再調査を再開すべきだ』と強く働きかけた。金正日総書記からは特段の反応はなかった」と説明した。 　河村氏が「今後、米朝協議があるならば、事前事後に緊密な連絡をお願いしたい」と要請したところ、米政府高官は「当然のことだ」と応じたという。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>■■　またしても米国得意の外交手法だ。　クリントン元大統領がとつぜん北朝鮮を訪問し、不法入国で逮捕監禁されていた二人の米国籍女性を特赦させ、米国へ連れ帰った。　こういった元大統領を外交的に活用するというのは、米国政府の得意とするところで、現に１５年前にカーター元大統領が北朝鮮へ行き、当時の金日成国家主席と会い、南北首脳会談実施を同意させている。</p>

<p>■■　元大統領がこうした芸当が出来るのも、少なくとも４年以上の任期いっぱい大統領職を勤め上げ、一応の成果を挙げているからである。　これが日本の首相のように短期間で中途半端に辞職したりすれば、相手方の国のみならず、日本国内においても国民の信頼を得ず、大物として認められず、目覚しい成果など期待できるか疑わしい。　はやい話が、福田康夫、安部晋三氏など半ば既に忘れられている元首相では、外交面でのスター的用途があるとは考えられず、近年の元首相ではせいぜい小泉潤一郎氏ていどだろう。</p>

<p>■■　クリントン氏が北朝鮮へ行くとなれば、先ず相手の金正日氏が、この男を相手にすればオバマ大統領にも話が通じていると想像でき、そこからいくらかの裏口外交の譲歩も引き出せる見込みがあるからである。　かたや米国側にしてみれば、こうした裏口交渉に失敗したばあいは、「政府は関知してなかった」と逃げられるし、うまくいったときは、「非公式だが政府が送った使節である」といったマスコミないしは世間の噂を追加承認すればよく、万事都合がいい。</p>

<p>■■　こうした方法はべつに米国独特の技法ではない。ときとして日本もこの方法を採用している。　対北朝鮮では、かって金丸さんや山崎拓代議士がわが政府の公式の隙間を縫って北朝鮮との非公式交渉に臨んだことがあった。　がしかし、それらは失敗に終わった。　日本国民を騙るマスコミの両氏への不信任が災いしたのである。　金丸氏の場合は、最後に彼の自宅を検察が捜索したとき刻印の無い金塊が発見され、それは北朝鮮の金正日氏から貰ったものであると噂され、金丸氏不信任に輪を掛けた。　</p>

<p>■■　山崎拓氏は、彼の親密な女性友達が統一教会会員であり、彼の対北朝鮮ルートは統一教会経由であるとされ、純真なわが国民大衆から一気に、「彼は北朝鮮の回し者であり、資金源は北朝鮮である」との烙印を押されてしまった。　山崎拓氏の年来主張する「北朝鮮の核開発を阻止するためには対話しかない」との至極まっとうな論も、彼の対女性癖と、付き纏う統一教会の影により国民の支持を失したまま今日に至っている。</p>

<p>■■　しかしボク思うに、北朝鮮のような国相手に、いままで日本が採り続けてきた国際社会正義を前面に押し出す正攻法外交では成功は覚束ない。　ボクら西側社会がとうぜんと考える社会正義は必ずしも北朝鮮社会の正義の観念とは相容れない。　と言って、北朝鮮が特別変わった外交手段を弄しているわけでなく、むしろ金正日氏の外交はひじょうに常識的で分かりやすく、彼らなりの正攻法で押している、とボクは思う。　それは端的であり、絶対自国有利に徹している。　それは世界平和を後回しにしても、自分たち朝鮮人民共和国が生き延びることに目的を絞っていて気の毒なほどである。　</p>

<p>■■　むしろ彼らからすれば、「日本という国の外交はひじょうに複雑で、手練手管が込み過ぎ、扱い難い」と思っているのではないか。　先ず、日本がいくら世界唯一の被爆国であるにしてもそれは６０年前の話。世界中多くの国々が核武装しているいまの時代に、米国の核の傘に隠れるだけで自国の核武装をなおざりにし、それのみか近隣国の核兵器開発までやめておけと容喙してくる日本という一風変わった国。　つまり、社会正義と国連を外交の武器にしようというナイーブな政治家たちによる今どき珍しい国なのだ。</p>

<p>■■　つぎに、交渉相手である北朝鮮の主権者の面子（めんつ）をいっさい立てようとしないで、ただ奇麗事の国際正義だけで押し通そうとする日本。　そして、カネで解決できる話のそのカネも「出す、出す」といいながら出し渋ってばかりいるように見える不器用な国。　</p>

<p>■■　さらに問題なのは、いったい誰がほんとうの日本国の主権者かが分り難い。　政党互選の首相はいつ交代するか分からないし、その首相を粗製濫造するキングメーカーを名乗る政治家もおおぜい居る。　あるいは国際的に噂されている通り影の主権者は米国であるかも知れない。　あるいはまた、大人の分別を持たぬ検察が首相以上に生殺与奪の権を握っている可能性もある。　かって金丸さんが訪朝したとき大接待し、個人的なお土産まで渡したのに、帰ったらさっそく政変とやらで失脚してしまい、北朝鮮としては無駄骨を折った苦い経験がある。　いまはいちおうルートとして山崎拓氏を確保しているが、この人もいつ失脚し、どこで闇に葬られるか分からない。　要するに日本と言う国は主権者無しの暖簾に腕押し、政局政争に揺れ動く国として、さしもの金正日総書記も扱いかねている、と見えぬこともない。</p>

<p>■■　本題に戻って北朝鮮との外交交渉のことである。　いまは、拉致問題の進展がなければ北朝鮮への経済・エネルギー支援に参加しないし、すべての通商も閉じたまま、という日本政府の方針が優先している。　が、はたして中国・韓国だけでなく頼りにする米国などが本気でその方針を支持してくれているかどうかの検証もなおざりにしたままの日本外交である。　これでは朝鮮半島の非核化実現はほど遠い、というのがボクの見解である。</p>

<p>■■　身内を拉致された人たちの嘆きは理解できるが、自分たちの感情にかまけるのみで周囲の情勢を省みない拉致被害者たちの圧力に押しまくられっぱなしのわが政府は、ついにその拉致被害者団体にすら見放された感じである。「政府には頼って居れぬ、民間でもいいから誰か助けてくれ」と、拉致家族たちは悲鳴を上げ始めている。　それに対してわが内閣官房長官は、米国のクリントン元大統領の今回の訪朝について米政府高官から同日、電話があり、「クリントン元大統領が個人の資格で、金正日総書記に対して「拉致問題の進展をはかるべきだ」と強く働きかけたが、金正日総書記からは特段の反応はなかった」との説明があったと記者会見で報告している。そのような野暮な報告をする内閣官房長官にどれだけの期待が掛けられよう。　</p>

<p>■■　アメリカさんに、わが国の拉致被害について北朝鮮へのお口添えを願っても、所詮はこの程度、まことにイノセンスな外交結果しか与えられないことがこれで明白になっただけの話である。　いつまでも米国におんぶにだっこの、わが政府の拉致被害問題にたいする戦術もこの辺りで考え直し、戦術変更せずばなるまい。　でなければ、政府の窮地は益々進み、拉致被害者家族たちももっと困るようになるだろう。　いまやわが外交の手詰まりも極限に近い。</p>

<p>■■　ではいったいなぜ、こんな状態になってしまったのか。　そしてその手違いの根源はどこにあったのか。　ボクはそれを次のように考えている。</p>

<p>■■　拉致被害問題のみならず、およそ最近の政治家が関与する諸般の事故や不都合のもとはマスコミの反省なき性悪にある。　むかしマスコミは「社会の木鐸」であった。　それが近年は無責任な「お騒がせ集団」と化してしまった。　つまり彼らは「社会の木鐸」変じて、世論製造屋という「言論暴力業者」に変身してしまったのである。</p>

<p>■■　そして、かって名誉と信用があった政治家たちは、選挙制度を利用した中級サラリーマン類似の政治屋になってしまった。　彼らが選挙に落選すると哀れな失業者と化す。そのような失業者になりたくない彼らがもっとも恐れるのは彼らへの社会からの悪評である。　世論の悪評はマスコミが作る、つまり政治家はマスコミが天敵であり、その天敵から逃げるために政治家はマスコミに迎合する。　</p>

<p>■■　拉致被害者家族会はそのマスコミをうまく利用した。　マスコミは政治家を嘲弄しようとして、拉致被害者たちの無知な要求を是とし、政府案を貶した。　政治屋および官僚たちはマスコミに迎合するあまり、拉致被害者家族発案の拙劣な対北朝鮮外交をそのまま実行に移した。　そしてその帰結がいまの対北朝鮮外交の失敗になってしまった。　　つまり、おぼこい拉致被害者家族会は自らの臍を噛んだのである。気の毒だが彼らの身から出た錆である。</p>

<p>■■　腑甲斐ないサラリーマン集団であるわが政治家たちにいまさら対北朝鮮政策の方針転換を要求しても難しい。　相手は筋金入りの独裁国家であり、小国ながら国家の命運が掛かっていて、意気込みが違う。　わがサラリーマン類似政治家や官僚では歯が立たない。わが国に胆力と奇策ある新しい外交の担い手が必要な難しい局面である。</p>

<p>■■　もっともこうした難しい対外局面というのは、わが国でもいまに始ることではない。明治維新以後にしばしば外交の難局は存在した。　そのとき、わが日本の先哲たちはどのように対処したか。　古きを尋ね新しきに処する必要がある、それが温故知新というものだ。　一つの方法として昔、こうしたときわが政府は、自身知らぬ振りをして「右翼」ないしは「国士」を起用した。　そうした国士の代表的人物が頭山満である。　かれら国士・右翼たちは、ふだんは飲酒、馬賊芸者を侍らせるのを趣味としたが、ここ一番の対外折衝ではサラリーマン役人や小物政治家の及びもつかぬ才能を発揮し、対外折衝の局面を変らせた。　現代政治でもそうした人たちの出番があり、いまの北朝鮮折衝はまさにそうした場合である、とボクは思う。　</p>

<p>■■　癖馬は名馬であるという。対ロ交渉の佐藤優氏や鈴木宗男氏などが、現代版としてのそれに似た人材かもしれない。　対北朝鮮では山崎拓氏などがそれに近くはなかろうか。　どうせ正式帳簿に載せられぬ闇のカネが動くことだろうし、そのためにはかって田中真紀子元外相が「トラの尻尾を踏んだ」と形容したまま再度闇に隠れてしまった莫大な外務省や内閣官房の資金もある。　いまこそ、外務省の頑なな役人外交でなく、金正日総書記相手に相応しい人材を起用して捲土重来、新規蒔き直しの対北朝鮮積極外交を進めるときである。　</p>

<p>■■　そのとき、再び刻印のない金の延べ棒が動くこともあろうし、表向にできない、たとえばその昔の「米軍との核持ち込み密約」のような場合に遭遇するかも知れないことはじゅうぶん覚悟の上である。検察が出る幕ではないことは勿論であり、ことは国家百年の安定に関る重大問題である。　ときの首相も腹をくくる必要がある、かっての岸首相や佐藤首相のごとく・・。</p>

<p>■■　国家というものはつねにそうした超法規的行為を重ねつつ次の新しい時代を切り開いてゆくものであると、ボクは思っている。　そして今、我々の対北朝鮮外交はそうした局面に遭遇している。　ルビコンを渉るか渉らぬか、シーザーも悩んだであろう。それがほんとうの政治家の力量が試されるときである。　蛇足ながら付け加えたい、決して社会正義を云々する場ではない。　そして金王朝の名誉と利益は日本国の利益と同等であると斟酌されねばならない。</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-11T09:36:51+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-41.html">
<title>エッセー　忘れられた人たち：朴明子</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/11/</link_daily>
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<description>　多くの原爆被爆者が救済される見通しとなった。遅きに失したきらいはあるが本当に良かった。だけどその目を朝鮮半島の被爆者たちへも向けて欲しい。 　原爆で被爆した人の１割以上は、その時点で不本意だが日本人とされた朝鮮半島からやってきた人たちだっ...</description>
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<![CDATA[<p>　多くの原爆被爆者が救済される見通しとなった。遅きに失したきらいはあるが本当に良かった。だけどその目を朝鮮半島の被爆者たちへも向けて欲しい。<br />
　原爆で被爆した人の１割以上は、その時点で不本意だが日本人とされた朝鮮半島からやってきた人たちだった。広島で５万人とも７万人ともいわれている。その内死亡３万人。長崎で約２万人内死亡１万人だった。生存者は植民地支配から解放され、自分が被爆者であることも分からずに帰国を急いだことだろう。<br />
　今やその人たちは日本の被爆者同様、多くの人が亡くなった。生存者も老いてきた。<br />
在外被爆者にも援助の手が差し伸べられるようになったが、朝鮮半島の北、朝鮮民主主義人民共和国にいる被爆者には何の支援もされていない。その数は分かっているだけで１９１１人だったが、１５２９人が亡くなった。今こうして書いている間にもその数は減少しているかもしれない。<br />
　ここ数年、朝鮮民主主義人民共和国のニュースが報じられない日が無い。しかし、今年の８月６日も９日も広島・長崎の様子は伝えたが、朝鮮民主主義人民共和国の被爆者に言及したメディアにはお目にかからなかった。<br />
　報道されたことを私だけが知らなかった、なら嬉しい限りだけれど。</p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
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</content>
<dc:date>2009-08-11T07:27:18+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/217.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（217）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/10/</link_daily>
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<description>＜野島学説とミネラル開発＞ 　現代人にミネラルが欠乏しているという事実に着目した点に野島学説の核心がある。その原因は日々食卓を飾る農作物、食料品にある。本来、体内に吸収されていたはずのミネラル（微量元素）が欠乏していた現代人の誕生である。花...</description>
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<![CDATA[<p>＜野島学説とミネラル開発＞<br />
　現代人にミネラルが欠乏しているという事実に着目した点に野島学説の核心がある。その原因は日々食卓を飾る農作物、食料品にある。本来、体内に吸収されていたはずのミネラル（微量元素）が欠乏していた現代人の誕生である。花粉症・アトピー・がん・糖尿病の氾濫である。人間が生きるために必要不可欠の微量元素・ミネラルの欠乏に起因するとする野島学説に、論理の飛躍や偽装は存在しない。彼は先進国の食料品の全てが、化学肥料万能による大量栽培方式にあると見抜いたのだ。ここが画期的な発見である。この事実を否定する科学者はいないだろう。現在の農耕地は、ミミズさえ生存できない農薬と化学肥料漬けの栽培方法に徹している。有機農法を止めた栽培方法に重大な問題があったのである。ミネラル不足が人の免疫力を低下させた。そこに現代病が多発してきている。これを治すことこそが医学の使命ではないか。</p>

<p><br />
賢明な為政者であれば、野島学説を政治や行政の場に生かす必要があろう。むしろこの画期的な真実究明に蓋をかけようとしている、というのだから、お寒い限りである。医師会も覚醒、現代病治癒に本腰を入れるべきだろう。<br />
　既に、そのための野島ミネラル水も開発されているというのである。むろん、成果が各方面から報告されている。不治の病に尻ごみする前に前向きに取り組む必要があろう。<br />
＜現代病は治る＞<br />
　現代病は現代の科学技術が生み出したものである。したがって生活習慣病が、幼児や青年にも多発している。この定義からだと、高齢者の病ということになるが、実際はそれを飛び越えている。これが何よりの証拠である。正しくは生活習慣病という命名ではない。ミネラル欠病症である。<br />
　これを改善することが、正しい治癒につながることになる。ミネラルの補給をすれば、現代病は治るのである。人の体に免疫をつける、これが本来の医学の立場でなければならない。いたずらに手術をする、副作用の大きな抗生物質を使用するという対症療法では、健康体を取り戻すことは不可能なのだ。<br />
　急がば回れという諺があるが、免疫療法が病の根治を可能にさせるものなのだ。野島さんの主張ではないだろうか。<br />
＜現代文明と現代病＞<br />
人間の体をつくっている５大栄養素というと、タンパク質、炭水化物、脂肪、ビタミン、そしてミネラルである。体の９６％は炭素・水素・酸素・窒素の４大元素から成り立っている。このほかに微量元素・ミネラルが含まれているという。<br />
野島さんは現代文明がミネラル欠乏体質を生みだしている、と喝破している。医療事故・環境土壌汚染・汚染飲み水など不安と恐怖が覆っている。彼は医師として「手術ミス・誤診検査事故・投薬ミス・副作用・点滴輸血事故・未熟な医師」という悲劇的な医療現場実態を指摘する。<br />
環境土壌汚染は地下水や大気にも及んでいる。飲み水の中に発がん物質までも。<br />
現代人を形成する食べ物には、ミネラルが消えてしまっている。食料品には食品添加物・農薬・化学肥料が紛れ込んでいる。現代文明の落とし子が現代病・生活習慣病といっていい。野島学説は現実を指摘しているのだが、肝心の医学界が認識していない。<br />
したがって彼は自らの体験からして「はっきりしたことは西洋医学ではがん、糖尿病、高血圧などは治せない」と断言する。納得できる説明である。<br />
＜副作用のないミネラル水＞<br />
　野島さんがミネラル溶液と出会ったのは、かれこれ１３年前だという。「がん治療に使ってみて驚いた。がんだけでなく、ほとんどの現代病が片っ端から治った」というのである。「正常な体にはがんはできない」という。彼が開発した超遺伝子ミネラルは「がんを治すのではなく、がんを殺すことのできる体に戻すだけ」というのである。<br />
　がんについては「痛みをとる」「副作用を起こさない」「転移を防ぐ」「がんの種類を問わない」という。<br />
　人間本来の健康体にすることで現代病を治癒できるというのである。<br />
　我が家も試すことにしたい。野島学説が日本医学界の主流になれば、世の中、明るくなるだろう。希望の２１世紀も夢でなくなる。実にすばらしい学説であろうか。荒船君が力こぶを入れるだけの価値がありそうだ。<br />
　政権の交代も幸いするのかもしれない。<br />
</p>]]>
</content>
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</content>
<dc:date>2009-08-10T23:05:54+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-40.html">
<title>＜ジャ同エッセー＞追悼・「保守の良心」田川誠一元代議士　取材などで交流した楽しかりし日々：長沼節夫（ジャーナリスト、コラージュも）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/10/</link_daily>
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<description> 　我が家には朝４時前には朝刊が届く。「お、きょうは金大中事件発生の日だな。まあ事件３６周年じゃ記事にもなるまいが」などと思いながら新聞を開くと、「田川誠一氏死去／元新自由クラブ代表・自治相」という記事が目に飛び込んだ。91歳か。数年前、「...</description>
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<![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://j-net.obei.jp/contributor/assets_c/2009/08/tagawa-336.html" onclick="window.open('http://j-net.obei.jp/contributor/assets_c/2009/08/tagawa-336.html','popup','width=600,height=458,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://j-net.obei.jp/contributor/assets_c/2009/08/tagawa-thumb-200x152-336.jpg" width="200" height="152" alt="tagawa.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><br />
　我が家には朝４時前には朝刊が届く。「お、きょうは金大中事件発生の日だな。まあ事件３６周年じゃ記事にもなるまいが」などと思いながら新聞を開くと、「田川誠一氏死去／元新自由クラブ代表・自治相」という記事が目に飛び込んだ。91歳か。数年前、「また一度、横須賀に遊びにおいでなさい。一緒に食事を楽しみましょう」という手紙をいただいていながら、その後伺っていなかった。このことは今後、悔恨として残るであろう。<br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　神奈川県横須賀市の自宅に初めて伺ったのは、今からちょうど30年前、１９７９（昭和54）年９月のことだった。田川さんが泊めていた中国残留孤児の女性を引き取りに伺ったのだ。そのころ私は時事通信社社会部記者で「国会クラブ」を担当していた。国会内に数ある記者クラブのうち、「国会クラブ」は唯一、社会部記者の詰め所となっていた。</p>

<p>　同年春、当時新自由クラブ所属の衆院議員だった田川さんは「私のところには多くの残留孤児が親戚を探してほしいという手紙が多数来るが、明らかに日本人と分かっても、肉親の身元引受人がいないと訪日できないのは不当だ。吉林在住の田中和子はその典型だ。私は赤の他人だが身元引受人になれないのか」と言って、園田直外相に迫った。外相は「おっしゃる通り。私の責任で善処します」と答弁。夏には田中さん訪日が実現した。その３日後にテレ朝のモーニングショーに出ると、直ぐに岐阜県にいた妹が名乗り出て、田中さんは山中千鶴子さんだったことが判明。吉林の小学校時代の同級会が開かれた。数々の対面ドラマを取材しているとある日、田川さんから折り入ってお願いがあると言う。</p>

<p>　「困った。衆院解散は必至で、皆選挙に走りだしている。そうなれば我が家は全体が選挙事務所になり、山中さんの世話ができない。暫く預かってもらえないだろうか」と言うのだった。それで山中さんを田川さん宅から、当時東京・上北沢にあった我が家に引き取り、一家５人プラス当時存命で信州・飯田から上京していた母とで後半２週間ばかりお世話した。山中さんは２ヵ月半の来日中、各マスコミ出演や級友らのお呼ばれや親類の墓参などで全国各地を訪ねては戻ってきた。</p>

<p>　私は折角預かるのだからその間に、山中さんの苦難の半世紀を聞き書きしておこうと意気込んだが、そちらはほんの少ししか果たせなかった。山中さんは我が家でも人気者で大いに話し、テレビ好きでドラマにも歌謡番組にも目がなかった。その合間を縫ってインタビューを始めても、余りにも悲しい思い出が多く、話は頻繁に涙で中断した。引き揚げ船に乗り損ねた子供時代はもちろん、成人してからも、「文化大革命時代はどうでしたか」と聞くだけでも、日本人日本人と虐待されたことを思い出して涙が溢れるのだった。</p>

<p>　衆議院は９月20日に解散、10月に総選挙が行われ、田川さんは再選を果たしたが、その間にも田川夫人が時々世田谷区の我が家に顔を出し、山中さんを励ました。やがて帰国の日が迫ると山中さんは、「離せなかった部分は中国からメモを書いて郵送し、来年また里帰りして完成させましょう」と言い、名残りを惜しんだ。やがて中国から「私の初恋時代」などの手記が送られてきた。翌年も、「胃潰瘍で手術を受けたが、退院したらまた日本で続きを話す」などと長い手紙を受け取ったが、間もなく田川代議士から「山中さんが亡くなった。胃がんだったらしい」という悲報がもたらされたのだった。</p>

<p>　田川さんが日中国交回復に尽力して、「友好の井戸を掘った人」とたたえられたのは有名な話だなので、ここでは繰り返さない。しかし「友好の架け橋」は１９８１年の事件で急速に瓦解した。それは同年２月に発生したいわゆる「中国美人通訳失踪事件」だった。</p>

<p>　友好団体の招きで３カ月の予定でやって来た訪日団の通訳だった女性が２月、仙台で行方不明となった。警視庁などが捜査中の３月、彼女は東京の中国大使館に出頭し、直ちに帰国したという。不明になって間もなく、その女性から田川さん宛てに手紙が届き、私も見せられた。そこには「昔から白砂青松の海岸に憧れていた。私が見つからなくても探さないでください。お世話になりました」と自殺をほのめかす心情が綴られていたが、行方を示唆する内容はなかった。</p>

<p>　「あの事件は長沼君とも全く無縁とはいえなかった」とは、事件から半年もたったころ、田川さんがポツリと漏らした言葉だった。「まさか。一体どういうことですか」という私の質問に答えて同氏が話したのは概要次のような話だった。</p>

<p>　田川さんは80年秋、訪中した際、少し前に亡くなった山中さんの遺族を見舞うため、吉林を訪問した。たまたま北京で一緒だった知り合いの若い評論家がぜひにと動向を願い出たので連れて行った。中日友好協会が女性通訳をつけてくれたが、評論家は夫も子供もいるこの女性と関係したらしい。そして中国のような閉鎖社会にいては暗い人生しかない。米国に太いパイプを持つ自分だったらあなたを米国に亡命させられると説得したらしい。しかし田川氏は２人の関係に全く気付かなかった。女性は今年の訪日機会を捕えて男を頼る決心をした。しかし男は元々そんなことができるタマではない。男に失望した彼女は帰国すれば裁判で重罪を科せられることを覚悟した上で祖国を選んだらしい。</p>

<p>　事件が田川さんの言う通りなら、田川さんは事件発生に道義的責任の一端を負うとしても、評論家に騙されたと言う被害者の側面もある。女性は帰国後、10数年の判決を受け服役したと言うが、真相は今も不明のままだ。</p>

<p>　しかし田川さんと私の信頼関係はその後も続いた。87年のある日、議員会館を訪ねると、「私はほかの人たちのように自民党には戻らない。一人で新党を立ち上げる。来週、進歩党を旗揚げする」と話した。私が「今の話、スクープとして頂きます」と言って辞去した。その夜、「長沼さん済まない。朝日にだけは言わせて。何せ私の古巣なので」という電話をもらった。</p>

<p>　私の母は飯田に戻ってこの年、78歳で他界したが、翌年初め、田川さんから丁重な毛筆書きの悔み状を頂いた。「年頭の欠礼挨拶で初めて訃報を知ったのでお悔やみが遅れた。私の母は90歳。病床にあってもこの世に親がいるということは心の支えだ。心痛お察しする」などと心こもる文面だった。<br />
	「保守の良心」だった田川さん。改めてご冥福を祈る。</p>

<p>（写真）田川さんの訃報（09年）、山中さん死去の拙稿（80年）、田川さんから頂いた悔み状（88年）のコラージュ。</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-10T21:07:16+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-39.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２１６）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/09/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-39.html</link_Individual>
<description>＜野島尚武学説＞ 　川口市の岩盤浴「石の力」で、筆者を待ってくれていたのは野島尚武医学博士と川田紀陽子さんである。野島さんの早口には閉口したが、それでも概要をつかむことが出来た。それに本を１冊いただいた。もっとも、野島本を最初に手にしたのは...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜野島尚武学説＞<br />
　川口市の岩盤浴「石の力」で、筆者を待ってくれていたのは野島尚武医学博士と川田紀陽子さんである。野島さんの早口には閉口したが、それでも概要をつかむことが出来た。それに本を１冊いただいた。もっとも、野島本を最初に手にしたのは、筆者よりも妻のほうだった。確かに説得力があった。というのも、筆者は田舎生まれで、現在家庭菜園のまねごとをしている。農家の人たちとの交流もある。農薬漬けの土壌や化学肥料漬けの土壌も承知している。ミミズのいない畑での作物栽培ということも。他方で、息子の悲劇を１０年余見聞させられてきているため、否応なく医学の内情のお粗末を熟知してしまっている。こうしたことが、筆者のいう野島学説を直感的に受け入れることが出来たのだと思う。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　野島さんを紹介してくれた荒船君が「野島さんを助けてください」という懇願にも素直に従うことが出来た。彼は本物の医師である。こうした有能な人物が活躍できる日本社会でなければならない。人の命を扱う分野において学閥が支配することなどは許されない。丸山ワクチンの二の舞は断じてNOである。<br />
　彼が本物である証拠も荒船君が教えてくれた。なんと医師会が意地悪をしているという。厚生官僚も。その結果、野島クリニック（港区芝浦）は保険医の認定を奪われるという事態に追い込まれたという。どういうことなのか、「公安までも動いた」というのである。政界と同じような、驚くべき腐敗にまみれた医学界を裏付けている。<br />
　世の中は悪貨が良貨を駆逐するという。しかし、必ずや正義に軍配が上がる。大衆はそう信じている。民主主義とはそういう社会なのだから。野島学説は遅かれ早やかれ大衆に認知されるだろう。なぜなら現代病を治癒できる学問的証拠があるからである。<br />
＜現代病は治癒可能＞<br />
　現代病の原因はなにか。これが解明できれば、治癒は可能である。<br />
　鍵は現代の化学肥料万能と無関係ではない。「有機農業時代には現代病は皆無だった」という事実から、解明の糸口を見つけることが可能なのである。ズバリ食べ物が関係している。野菜や穀物などの食料品の全てが、化学肥料に依存するようになってから現代病は発生してきているのである。<br />
　有機農業栽培と化学肥料栽培の差異はなにか。ここに回答が潜んでいるだろう。<br />
　野島さんは「有機肥料を止めて化学肥料と農薬を大量に使うことによって、耕作地の土壌から人間が生きるための必要不可欠な微量のミネラル（元素）が、ほぼ一掃されてしまった」と明快に解説する。頷けよう。<br />
　「牛や豚もミネラル不足」なのである。むろん、ミネラル不足の人間は抵抗力がない、免疫のない弱弱しい人間である。免疫のないところに新たな病気が起きてくる。それが現代病なのである。野島学説は常識論によって証明される。<br />
＜犯人は化学肥料と農薬土壌＞<br />
有機農業時代には現代病はなかったことは誰しもが理解できるだろう。そこでは野菜や穀物には、微量のミネラルが土壌から吸収された。それを食べた人間の体内にも微量のミネラルが蓄積できた。そこから健康体が生まれた。<br />
ところが、化学肥料万能の大量生産農法では、農薬土壌と相まってミネラルが吸収されないのである。ここがポイントとなる。<br />
科学技術庁が２００１年に発表した食品成分表によると、１９５２年と２００１年の約３０年間の野菜に含まれる栄養素を比較している。ホウレンソウは、この間、実にビタミンAが約半分、同Cが約４分の１、鉄分は約６分の１にそれぞれ減少していた。<br />
リンゴはこの間に鉄分がほぼなくなっていた。<br />
化学肥料を駆使した農産物には、ミネラルが無くなってしまっていたのである。<br />
＜ミネラル欠乏症＞<br />
　ビタミンはこれまた重要な栄養素だが、ミネラルなしでは効果はない。「ビタミンAが役割を果たすためには、カルシウム、マグネシウム、リン、セレニウム、鉛といったミネラルの助けが必要である」ということは、恐らく栄養学の基礎なのであろう。<br />
　ビタミンBやCにも同じようなことがいえる。<br />
　野島さんは女性用の化粧品、サプリメントに含まれているビタミンEにしても「カルシウム、ナトリウム、リン、セレニウム、亜鉛などの微量元素であるミネラルが不足していると効果は薄い」と指摘している。<br />
　いえることは、現代人のほとんどが、このミネラルが欠乏しているのである。ミネラル不足による抵抗力・免疫力の低下が現代病を引き起こす根源なのである。<br />
＜有機農法の勧め＞<br />
　ミネラルが吸収できる食料品の生産をするしかない。有機農法の勧めである。あるいは化学肥料にミネラルを添加することで可能になるだろう。化学肥料万能は百害あって一利なしだ。<br />
　つまり日本農政に問題がある。農林官僚と農協官僚の頭を切り替えるしかない。農薬漬け農法にもメスを入れるべきだろう。ミミズのいない土地での作物は、まずこの日本から追放する必要があろう。<br />
＜ミネラル水による補給＞<br />
　即効性を期待する向きには、ミネラルの含んだ水を飲むことである。むろん、やみくもにミネラルを飲めばいいわけではない。ミネラルといっても毒性の強いものもある。ヒ素・水銀・カドミウム・鉛は多く蓄積すると中毒を起こす。市場にはまがい物も出回っているという。この分野に野島さんは、いち早く研究を進めて「超ミネラル水」による治療に当たっている。早期胃がん、乳がん、卵巣がん、アトピーなどで威力を発揮しているという。<br />
　我々は、この機会に農政の誤りを正すことと、ミネラルの効用による現代病退治に関心を向けるべきであろう。　　　　　２００９年８月８日２１時５０分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-09T02:05:05+09:00</dc:date>
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<title>（JLJ会員参考資料）：紹介/仮訳：中山敏雄（JLJ会員／無職）</title>
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<description>朱徳：掛替えのない総司令 ――『炎黄春秋』2009年第７期（第１～７頁）より―― 　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　   　趙于平／著　　楊継縄／責任編集 ...</description>
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<![CDATA[<p>朱徳：掛替えのない総司令<br />
――『炎黄春秋』2009年第７期（第１～７頁）より――<br />
　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　   　趙于平／著　　楊継縄／責任編集<br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>【解題】<br />
　北京、炎黄春秋雑誌社出版の同誌2009年第７期号に趙于平氏（経歴、肩書き等訳者不詳）による「朱徳：不可替代的総司令」と題する論文が掲載されている。７頁、1万字を超えると思しき分量である。<br />
「毛澤東思想」については「文革」後の第２次歴史決議（1981年6月）において、謂わば毛澤東を中心とする指導層の集団的努力の結晶として解釈されるに至っている。当然、「毛澤東軍事思想」についても同様解釈がなされているものと見られるべきであろう。<br />
基本的に毛澤東個人の独創的思惟と切り離すことは出来ないとしても、毛澤東個人の体験、経験のみを総括したものではなく、中国共産党及び広汎な人民の実践を総括する中で創生されて来たものであり、その作成、成文化過程において少なからぬ党軍首脳や、秘書、ブレーン等が参画するということはむしろ当然のことと解されるべきであろう。<br />
日本の首相の政府施政演説などを首相自身が全部書いているなどと考える日本人はいないであろうし、米国などでは大統領の演説文を練るスピーチ・ライターなるブレーンが専門配置されることも普通のようだ。そうしたことはまず各国例外なしであろう。<br />
ただ、中国の場合、周知のような政治的歴史的事情等を受けて、毛澤東の絶対的威信確立のため、且つ所謂個人崇拝のため（更には中農出身の毛澤東に家父長的性格や独断専行的作風などが残っていたというような事情もあってか）、全てが毛澤東に由来するかの如き、毛澤東思想本来に180度相反する倒立現象が生じたものと見られる。<br />
趙論文と同じ号に「『杜聿明（といつめい）らに投降を促す書』の作者は誰か」と題する荘重・元新華社記者の論文も掲載されている。毛澤東選集第４巻に収録されている投降勧告書の原著者が荘重記者自身であることを公開した貴重なものであるが、以前にはそうした内実を明かすことは到底出来なかったという。<br />
そう言えば、古田会議決議作成で毛澤東の手助けをした譚政将軍（最初の毛秘書）が、後、1944年に「軍隊政治工作問題について」の報告を書き、古田決議以来の歴史的文献（葉剣英元帥の言葉）として広く流布した歴史的事実があるにも拘わらず、「文革」後においてまでそれを毛澤東が自分で大部分書いたものだと歪曲された事例もある。<br />
とまれ、1928年の朱毛会師前、工農革命軍第１師師長であった毛澤東が、「自分は現在、師長であるが、武人ではなく、軍旅（戦さ）のことは学んだことがない」（第55頁）と語った上で、しかし３人寄れば文殊の智慧（中国では孔明で、毛の原語も文殊でないが、今こう訳す）で、我々にはこんなに大勢骨幹となる幹部がいるのだし、戦う中で経験を積めばよい云々の話をしたことは有名であろう（喬希章『譚政大将』より）。<br />
ここで付言しておくと、この喬著には1928年、譚将軍が初めて出席した軍前委と県委合同会議で、それまでの戦いを総括して毛澤東が、「敵来我走（走は逃の意）、敵駐我擾、敵退我追」（第48頁）という作戦原則を提起したことが記されている。本文中でも論及される16文字訣の理解の参考となし得るのではあるまいか。<br />
毛澤東は職業軍人のように専門に軍事を学んだことはないが、若干の従軍歴は確かにあり、上述の話には若干謙譲、乃至人心収攬の意も込められているとも見られよう。<br />
ただ、教師歴は同様に持つといえども、清朝末期の科挙で県試合格（省試は未受験）、高等小学堂の体育教師の後、川軍歩兵標（連隊）の一兵卒から雲南陸軍講武堂に入学、累進して、中共党創立前に既に滇軍（てん軍）旅長（旅団長）等まで閲歴された朱徳将軍とは、確かに趣を異にするということは言えるであろう。<br />
紅軍研究家として高名な宍戸寛氏（共同記者出身）が、三十余年前、訳者との雑誌対談（月刊『しんろ（進路）』）の中で、毛澤東を軍師に擬えられたことがあった。また、中国の歴史では、武官（科挙の一種、武挙）よりも文官（科挙）試験合格者を上位に置く時代も長かった。そうした点は、党の軍に対する優位、政治委員と指揮員の関係などとも重ね合わせて考えると興趣深いものがあるかもしれない。<br />
首題の中国革命史上の巨星朱徳将軍については、贅言を用いる必要はあるまい。ただ、数年前、訳者が詩人の吉田明弘氏や中国の知友、それに今は亡き息子と共に井崗山を訪れた折、在りし日の将軍（既に中年の）が歳若い兵士らと共に自ら荷を背負って登られたという有名な小道を辿ることの出来た感動だけは記させて頂こう。<br />
それと、朱徳将軍の、「村夫子」然（村の先生風）どころか一見「老百姓」（ラオバイシン。農民の意に近い）然とした懐の深い温容が正しく理解されなかったとも言われる問題について触れると、日本でも日露戦争の立役者大山元帥や東郷元帥について言われた事例と共通する。恐らく「大愚」の境地を理解し得ぬ若い群雀の性でもあろうし、無論、燕雀安（いずく）んぞ鴻鵠の志を知らんや（史記、陳渉世家）でもあろう。加えて、同じモスクワ帰りであっても、所謂頭のてっぺんから爪先まで赤い、権威主義的、インテリ書生気の「中国のボリシェビキ」指導者達とは対極的な姿勢でもあったろうし、将軍が史籍に通じ独語を解すとひけらかすことなど唯の一度もなかったに相違ない。<br />
陳毅元帥を悼む詩の中で、人の評価は棺を蓋（覆）ってから定まると将軍自ら詠っているが、朱徳将軍の評価について言えば、彼の真に尋常ならざる経歴そのものの中に明解な答が存していると評しても決して過言ではあるまい。<br />
お断りするまでもなく、訳者の意は誰かを立て誰かを落とすものではない。実事求是こそ歴史の深い理解に繋がるものであろう。以下に会員参考資料として紹介させて頂く趙論文も、会員諸氏の現代中国史理解増進の一助となるものと期す次第である。<br />
なお、なるべく忠実な訳文になるよう努めた積りではあるが、何分訳者の能力限界により思うに任せない部分も多くて、推量や意訳に近い箇所もあり、重厚な原文の真意を歪めていたとしたら、それは訳者の責任である。どうか各位の訂正、ご叱正を賜りたい。<br />
長い段落には一部改行を入れ、原註は〔　〕で、訳註及び読みは（　）で示した。】</p>

<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　※</p>

<p>前世紀50年代後期より多年来、一部の映画や文芸作品において、我が軍の主要な創始者、歴史上各界公認の「紅軍の父」、我が軍の永遠の総司令、中華人民共和国の筆頭元帥――朱徳が、一人の唯々諾々、平々凡々、不定見、無為に日を過ごす（原語の「無所作為」は或いは功績が無い意かもしれないが、今こう訳出）人、軍中の飾りの置物、甚だしきに至っては自分の下級者や部将にも及ばない人物であるかのように描かれて来た。これは単に朱老総（朱徳総司令に対する敬愛を込めた呼び名）を戯画化するばかりでなく、我が軍を貶めるものでもある。というのも、打ち勝つことの出来ぬ不敗の力であり、英勇善戦向かうところ敵無き軍隊が、長期にわたって、何とこのようにふがいない統帥に指揮されていたなどとは、まこと世間の物笑いになるのみであろう。<br />
朱老総は、我が軍が総司令（「総司令官」と言わずに「総司令」と言う）の職を設置して以来、1954年10月に廃止されるまで、一貫して、ずっとこの崇高な職務を担任し、従来ただ一度も交替したこともないし、今後もない。それ故、我が軍永遠の総司令と称することが出来る。他方、総政委（総政治委員）の職は、しばしば交替したのである。どうしてであろうか。それは簡単なことで、彼が軍事指揮に極めて造詣の深いエキスパートであったからであり、彼が我が軍の掛替えのない、傑出した戦争指導者であったからである。</p>

<p>　　　　朱老総と遊撃戦、運動戦</p>

<p>惨酷で激烈な戦争年代において、非常に長い期間、敵が強く我が弱かったので、我が軍が取った作戦の主要な戦略戦術原則は、遊撃戦と運動戦であった。そしてこの作戦原則の提出者で創始者は朱徳を筆頭とする（原文は「首推朱徳」）。私がこう言うのは奇抜な説を立てたり、危言を弄して他人（ひと）の注意を惹こうとするものでは決してなく、毛主席の著作が証明するところに由っているのである。<br />
毛澤東選集４巻本第１巻〔1966年7月、横組み版（1952年7月の版本に基いて横組みに改められた版）〕所載「中国革命戦争の戦略問題」の第188頁で、毛主席はこう書かれている。即ち、「我々の戦争は1927年から始まったが、当時は全く（「根本」）経験がなかった。南昌起義（蜂起）、広州起義は失敗し、秋収起義では、湘鄂贛辺界（湖南・湖北・江西省境）地区の紅軍も、数回敗戦をなめて、湘贛辺界の井崗山地区に転移した。翌年４月、南昌起義失敗後保存されていた部隊も、湘南（湖南省南部）を経て井崗山に転移して来た。しかし、1928年5月からは、当時の情況に適応した、素朴な性質を持つ遊撃戦争の基本原則が、既に生まれていたのであって、それが所謂『敵進我退、敵駐我擾、敵疲我打、敵退我追』（敵進めば我退き、敵駐まれば我擾し、敵疲るれば我打ち、敵退けば我追う）という16文字訣（原語は「16字訣」。４句訣と訳すのも可か）である」（第５章戦略防禦、第３節戦略退却の文中にある記述）と。<br />
明らかに、この遊撃戦の戦略戦術原則――16文字訣（「訣」は無論別れでなく、秘訣の訣で奥義の意）は、朱老総が1928年4月28日、毛主席との会師後、井崗山に帯同して来たものであり、それ故、「1928年5月から」、初めてそうした情況が発生したのである。毛主席はなお、その前の箇所で「当時は全く経験がなかった」と指摘されているが、これは朱老総が到着する前には、彼がこの戦略戦術を知らなかったということを説明するものである。<br />
聶帥（聶栄臻元帥）は1986年12月１日、朱徳生誕100周年記念の講話の中で、「朱徳同志は実践を通じて、一連の有効な戦い方を模索し、然る後、理論にまで昇華させ、有名な16文字訣を提起し、毛澤東同志の肯定を得るところとなった」と闡明した。彼の話は毛主席の上記の叙述を有力に裏付け、朱徳が遊撃戦「16文字訣」の創始者であり、毛主席が肯定者と応用者であったことを証明している。<br />
この外、当年井崗山時期の老将領と老戦士（「老」はベテランの意も込めた年長への敬愛の称）の記述も多くある。例えば、楊至成、何長工、宋裕和、範樹徳、龔楚（きょうそ）等である。彼等はかつて回想して、「朱毛会師後、元から井崗山にいた同志達が頻繁に急ぎやって来て告げ合って、『今度のこと（会師）は好かった、（お前さん方新しい同志達が）来てから上手く戦えるよ！』（『這下好了、来了個会打仗的！』を推量により仮にこう意訳）と話し、また『朱軍長には敵を御す16文字訣がある』と話すのであった」と語っている。<br />
南昌起義に参加し、当時南昌軍官（将校）教育団（連隊）総務処（課）処長を担任していた趙鎔老将軍は、1983年6月14日、中央文献研究室党史工作者の訪問に接した時、「貴君方が朱徳同志の伝記を書くことについては、一つ貴君方に注意を促したいことがある、それは『16文字訣』の問題についてである。一般に皆『16文字訣』は毛澤東同志が提起したと考えているが、実は朱徳同志が最も早く提起したものであり、彼は多くのところで試している。最も早い起源は1913年、滇南（雲南省南部）における騒乱鎮圧、匪賊剿滅である」と語った。彼はまた、「自分はかつて、『16文字訣』は貴方が提起されたものではないですか、どうして毛主席が提起されたということになったのですかと、彼に尋ねたことがある。彼は『革命のために有利でさえあれば、誰が提起しても同じことだ』と語った」とも語っている。朱老総のこの問題に対する回答は、彼の一貫した風格と同様、その極めて大きく寛く厚い偉人の器量を表している。<br />
運動戦については、毛選４巻本第１巻、同一論文の第214頁（第７節運動戦）に、こう書かれている。即ち、「勝てるなら戦い、勝てなければ逃げる（逃げるの原語「走」は『三十六計』にもある語で、立ち去る意でもあるが、こう訳出）、これが今日我々の運動戦の通俗的解釈である」と。また、それは運動戦の戦略戦術原則である、とも語っている。<br />
この原則は、早くも1925年、朱老総がソ連モスクワ郊外マラホフカ村の秘密軍事基地訓練班で学員隊長と軍事指導教員を担任していた当時、教官の「自分の国内に帰ったらどのように戦うか」という質問に回答した時に提起したもので、彼の元の言葉（「原話」）はこうである。即ち、「部隊が大なら大の戦い方があり、小なら小の戦い方があって、勝てるなら戦い、勝てなければ逃げ、必要な時には隊伍を引っ張って山に上る」と。これは明文記載のあるものなのである。そして、この言葉（「話」）は正真正銘の四川方言で、朱老総は自分の郷里の言葉を用いて自分の運動戦の戦略戦術思想を生き生きと表現したのである（原文「打得贏就打、打不贏就走」の「贏、えい」は勝つ意）。毛主席がそれをここに書き記しているということは、また同じ様に、この有名な運動戦の戦略戦術原則の発明権が朱老総に属するのであって、彼は唯受け入れて運用並びに発揮したものであるということを世人に告げているに異ならない。<br />
上記の史実、わけても毛主席自身の記述は、白紙黒字（白い紙に黒字を書く。証拠は確かの意の成語）、鉄証（揺るがぬ証拠）山の如しである。<br />
以上のように述べれば、我が軍遊撃戦と運動戦の戦略戦術の鼻祖が朱老総であるという結論に対して、なお疑いを容れ得る余地はあるまい。それでもなお争論する必要があるだろうか。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（以上、第1回送付分）</p>

<p>　<br />
　　　　毛澤東軍事思想の核心部分の源は朱徳の軍事実践である</p>

<p>毛主席の特長は、軍隊政治工作、思想工作、組織工作、理論工作であり、なお政権工作と政府工作にもあり、彼はとりわけ総括、吸収、発揮に優れ、著作に長けていた。こうしたことはまた正（まさ）しく彼の総政委としての職分の工作であった。総政委として、後には軍委主席〔我が軍は抗日戦以後においては総政委の職を設置せず、軍委主席が実際上総政委の職責を兼ねた〕として、彼はなお部隊の作戦行動方針の制定と戦略部署の研究に参与した。<br />
但し、彼が「万能の匠」（原語は「匠師」で、師匠たる立派な職人の意）ということではなくて、従来総司令の工作を代替したことはなく、工作範囲は総政委の外に出るものではなかった。<br />
行動方針の制定と戦略部署の研究に長けていたということは、決して上手く戦えるということと同じではないし、且つ戦略決策（「決策」は策略を決定する、及び決定された策略の意）も総政委一人で決定するものでなく、彼が命令や指示の起草に責任を負うのは、軍委を代表してということであって、彼の個人としての意見ということでは決してない。戦いは戦略部署だけでは上手く行かず、なお必ず具体的軍事行動に転化しなければならず、必ず戦場指揮に巧みでなければならず、豊富な戦闘経験と具体的軍事専門（原語は「専業」だが、今こう訳す）知識を有していなければならない。<br />
例えば、各種武器装備の性能、殺傷威力及び殺傷範囲、各種兵器兵力の火力分配及び協同、各軍兵種の戦術配合及び協同、各種戦術動作を如何に実施するか、如何に地形地物を利用するか、如何に射撃・手榴弾投擲・刺殺・爆破・土木作業等を行うか、如何に具体的に部隊の行軍、宿営、隠蔽、警戒、偵察、包囲、進攻、退却、掩護等を組織するか、について熟知し、なお部隊の各種条例、条令等々についても熟知しなければならない。<br />
これらは総政委としての毛主席は、熟知していないものであった。<br />
例えば、1928年３月、毛主席（当時は勿論党主席でなく、前敵委員会書記）が党籍を剥奪されたとの誤伝（1927年11月の中央政治局拡大会議で政治局候補委員を解任）により、彼が工農革命軍第1師師長を担任するよう任命された時、彼は難色を示し、「軍旅のことは、学んだことがない」と語った。<br />
そして、この「軍旅のこと」は、正に朱老総、彭徳懐、劉伯承、林彪等軍事統帥や戦将が長けたものであった。わけても朱老総は、戦略戦術兼ね備わって秀でており、戦争年代に、党中央と毛主席は軍事指揮方面においては主として朱老総に頼ったのである。<br />
実際上、紅軍創生時期、井崗山と中央ソビエト区時期に、軍事においては、毛主席は主として朱老総から学んだのであり、彼は善く学び善く総括し善く運用し善く発揮して、彼と朱老総とが合作（協力）して、幾多の輝かしい戦績を創造し、次第に整った人民戦争思想を形成して行ったのである。<br />
全く掛け値なしに言えるのは、毛澤東軍事思想の核心部分の源は、朱老総の軍事実践であるということであり、これも「紅軍の父」の誉れが朱老総に帰すものであって毛主席ではないという由縁の存するところである。<br />
上記の遊撃戦、運動戦の提起者に関する論述は、こうした結論が大変良い（「很好」）ことの証明である。それ故、科学的に言えば、正確に言えば、実事求是で言えば、「毛澤東軍事思想」はまさに「朱毛軍事思想」と称さるべきであろう。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（第2回送付分）</p>

<p><br />
　　　　　知勇兼備、軍政共に秀でた朱老総　　</p>

<p>当年に遡ると、南昌起義失敗の後、朱老総のみは秀抜で、南昌起義で僅かに残った精鋭部隊（「勁旅」）、僅か800の壮士を率いて、敵と巧妙に渡り合い、一条の血路を開いた後、密かに老同学（同窓生）范石生（国民革命軍第16軍軍長）部隊に入り（第16軍第47師第140団として）、国民党軍をして如何ともなし得なくさせた。<br />
彼の率いたこの800人の勇士は、我が軍第1の鋼鉄のような雄師（英雄部隊）、即ち後に井崗山上の著名な紅軍第28団（連隊）に錬成され、この1個の団のみで我が軍の3人の元帥、１人の大将を生んだのであり、これは我が軍歴史上「唯一の存在」である。<br />
我が軍の２人の武勲赫々たる著名な戦将――林彪と粟裕が、いずれも朱老総の率いるこの800の壮士の内から出たというのも、決して偶然ではない。<br />
朱老総が諄々と教えた作戦方法は、「如何なる（どういう）武器で如何に（どう）戦うか、如何なる敵が如何に戦うかを見極める、如何なる時間に如何に戦うか」というものであり、彼等はそれを「運用の妙は、一心に存す」というところにまで熟達させたのである。<br />
林彪は東北（旧満洲）解放戦争中、作戦経験を総括する時、江西中央ソビエト区反包囲掃蕩（「反囲剿」）の経験を何度も語っており、彼の提起した幾多の新しい戦略戦術原則は、やはり江西ソビエト区時代に根ざしているのであって、その源は、正（まさ）しく朱老総である。<br />
粟裕大将は、彼の回想録の中でその時期に触れた時、深い思いを込めてこう描いている。即ち、「石径嶺付近に到達すると、そこは懸崖絶壁で、地形が極めて険しく、一本の隘路が通過出来るだけであったが、これは反動民団に占領されていた。その時、朱徳同志が突然隊の前に現れて、一方で部隊を鎮めて疎開隠蔽の指揮を執り、もう一方で自ら数人の警衛員を率い、潅木の密集した懸崖絶壁をよじ登って、不意を突いて敵の側面及び後方から攻撃発起した。敵は恐慌に陥って、我先にと逃げ出し、我々に一本の前進路を開けさせたのであった。大勢が勝利の喜びに溢れて朱徳同志が自ら開いたこの血路を通過する時、只見えたのは、彼が威風堂々、ある断崖の上に立ち、モーゼル拳銃を手にして、後続部隊の隘路通過を指揮している姿であった」と。<br />
粟裕大将は、総括してこう言っている。即ち、「鉄の事実が我々にこう告げている。即ち、真の革命英雄は、外でもなく（「不是別人」）、不屈不撓、大義凛然たる朱徳同志と陳毅同志である、と」と。<br />
范石生部隊から離れたすぐ後に、彼はまた部隊を率いて湘南（湖南省南部）暴動を発動し、１万人近い大部隊を集結して1928年4月、堂々と井崗山に上って毛澤東と会合（合流）し、共同して中国革命の農村を以って都市を包囲するという武装割拠の新しい道を創始したのである。<br />
朱老総が井崗山に上ったことにより、井崗山上の革命軍兵力は10倍増え、1万人を超過して、敵の恐慌と注意を惹き起こし、井崗山に対する比較的大規模な包囲掃蕩が開始されたのであるが、朱毛の領導する工農革命軍によって全て撃破された。これらの戦役戦闘の戦場指揮者は外でもなく、正しく朱老総であった。<br />
湘南暴動は、我が軍創立初期最大の暴動の一つで、その規模は秋収起義を超え、朱老総は我が党我が軍で唯一この二つの大暴動に参加し指導した高級領導人（指導者）である。<br />
彼が起義軍の残部を率いて粤閩贛辺（えつ・びん・かん、広東・福建・江西省境）を転戦し、極めて困難な条件下で、隊伍（隊列、部隊）を保持して離散させず、且つ屡戦い屡勝利したというのは、彼が極めて軍事に造詣が深かったということを除いて、更には彼が政治思想工作を重視していたということと切り離すことが出来ない。<br />
彼は艱難辛苦の転戦過程の中で、党の宗旨を忘れず、鍵となる時期に、著名な「贛南三整」（江西省南部での3回に亘る部隊整頓）を領導した。「贛南三整」、即ち安遠（県）天心圩（う）での思想整頓、大庾（だいゆ、今の大余県）での組織整編（整理改編）、崇義（県）上堡での軍事整訓（紀律整頓、軍事訓練）を経て、部隊を新たに生まれ変わらせた。<br />
朱徳に随って転戦した陳毅は、もしも総司令が「贛南三整」を領導されなかったなら、この部隊は瓦解した可能性がある、と語っている。<br />
「贛南三整」は前後20日間程度（1927年10月下旬から11月上旬）で、毛澤東の「三湾改編」（9月29日、江西省永新県三湾にて湘贛辺界秋収起義残存部隊1000人未満を整頓改編）と時間的に相近く、やり方も類似しており、「三湾改編」同様、以後の整党建軍に深遠な影響を与えたのである。<br />
現在、テレビドラマ（電視劇）の中には、朱老総が政治思想工作を重視しない人物であるかのように描いているものもあるが、それは朱老総本人に対する歪曲であるばかりでなく、我が軍が成長壮大化して行く歴史過程に対する重大な歪曲でもある。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（第3回送付分）</p>

<p>　　　　第4次反包囲掃剿中の朱老総</p>

<p>蕭克老将軍は......　　　</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-09T01:58:10+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/ken.html">
<title>現代時評「さあ選挙、つまり政治屋の地位保全合戦か」：ken</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/08/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/ken.html</link_Individual>
<description>  Ｋｅｎ氏の辛口コラム「現代時評」が隔週毎火曜に始まります。このコラムは609studioメールマガジンに掲載されたものを、Ｋｅｎ氏の許可を得て転載いたします。おたのしみに・・・。 ◆現代時評：「さあ選挙、つまり政治屋の地位保全合戦か」　...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>  Ｋｅｎ氏の辛口コラム「現代時評」が隔週毎火曜に始まります。このコラムは609studioメールマガジンに掲載されたものを、Ｋｅｎ氏の許可を得て転載いたします。おたのしみに・・・。</p>

<p><strong>◆現代時評：「さあ選挙、つまり政治屋の地位保全合戦か」　ken</strong><br />
（２００９年７月２８日掲載）<br />
◆◆　麻生内閣メールマガジン第４０号　２００９．７．２３　「衆議院解散－景気回復と安心社会の実現に向けて」　２１日、衆議院を解散して、国民の皆さんに信を問う決意をいたしました。「日本を守り、国民のくらしを守る。」その実現に向け、「政治の責任」を明らかにするためです。　私は、就任以来、景気を回復させ、国民生活を守ることを、最優先に取り組んできました。　その間、私の不用意な発言のために、国民の皆さんに不信を与え、政治に対する信頼を損なわせました。深く反省いたしております。謙虚に反省し、この反省の上に立ち、皆さんの思いを大切にして、責任を全うしてまいります。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>■■　一つ目の約束は、景気回復。日本経済は、全治３年。景気最優先。　二つ目の約束は、安心社会の実現。この約束が実現できなければ、責任を取る。これが、三つ目の約束、つまり政治責任を果たす。これが今回の麻生首相による解散選挙のための約束だという。　結構なことでお手並みを拝見しよう。　</p>

<p>■■　議会解散で面白いのは「紫の袱紗（ふくさ）」と「万歳三唱」であろうか。　この二つの習慣は戦前戦後を通じて変わらぬ純日本的風景だ。　紫の袱紗が開かれ詔書を読み上げられたとたんに全議員は議員の身分を喪失し、議長といえども詔書の読み上げ以外には一言の発言権もないらしい。　ボクは議院の「紫の袱紗」を思い出すたびに国技大相撲の行司の装束を連想し、「やはり日本というのは奥床しい歴史・・」と、あの大仰な伝統的ファッションに感心する。　</p>

<p>■■　それに比べると、詔書が読み上げられた後の議員全員による万歳三唱はいささか頷けない、コミック漫画以外の何ものでもない。　なぜあの場合に万歳を三唱するか。　おそらく「万歳」とでも言わなければ他に表現しようが無い議員諸君の失職へのぎこちない恨み心の表現でもあろうか。　失業した議員たちのやるせない「から元気」が期せずして万歳を唱えさせるのであろう。</p>

<p>■■　そうした万歳三唱の姿には、前議員諸君の国政に対するそれまでの責任意識も感じられないし、まして「日本国家はかくあるべき」の政治家たちの気負いもぜんぜん伝わってこない。　そこにあるのは失業サラリーマンたちの投げやりな虚無感だけである、不幸な政治屋たちのその日の姿！</p>

<p>■■　その日、ボクがTVを眺めていて腑に落ちぬことが一つあった。　いったい麻生首相はなぜ議会解散を択んだのか。　この秋にはどうせ期限が満ちて解散するはずの議会に、ソレを待たずに首相権限で議会を解散させる必要が果たしてあったのか。それがボクには分からぬ。　</p>

<p>■■　野党が解散を慫慂したし、与党の中にもそれに同調した議員も居た。　もちろんマスコミの大部分は面白半分に解散を勧めた。　だからと言って首相が議会解散を決意する理由とするには薄弱であった。</p>

<p>■■　とくにマスコミは、瑣末な首相の漢字の読み違えや、取り敢えずの経済運営がうまくいかぬことを針小棒大に論じて、首相辞職か、さもなければ議会解散を慫慂した。　マスコミが無責任に現政府を批判する論陣を張るのは、彼らの商売のタネだからいいかも知れない。<br />
しかし与党自身の中にも獅子身中の虫のような議員が居て、いわゆる「麻生降ろし」に懸命になっていた。　彼らおよびマスコミは当面の政治責任よりも、いわゆる政局を造ることの方がより大事だったのだろう。　そのためには麻生首相の落ち度を求め、そしてそれを非難揶揄のタネにした。</p>

<p>■■　念のため言っておきたいが、麻生首相が「未曾有」を「みぞゆう」と読んだとして、彼を無学と笑う人も居る。　がしかし、未曾有を「みぞゆう」と読んでも間違いではない。　「みぞう」と読むか「<br />
みぞゆう」と読むかは、いわゆる読みクセの問題であってど知らでもいいのだ。　ソレを「未曾有」と嫁と強要したりするのは一知半可通のやからだけである。</p>

<p>■■　今の国際経済では、全世界何処の国もみな先例に無い赤字財政で、財源を云々するよりも先に緊急財政支出を実行しなければならない状態であるのは周知の事実であり、あえて日本の自・公政府の失政として、論（あげつら）うべきところではなくまして麻生首相の失敗<br />
ではさらさらない。なのになぜ麻生首相が、自身しでかしもしない失政のお詫びをしたり、これといって能の無い寄せ集め政党の民主党までが与党議員の一部と一緒になって「麻生降ろし」を合唱したのか。<br />
　麻生を非難する彼らに一国の国政を預かる責任感が著しく欠落していた、とボクは断じたい。　</p>

<p>■■　善意に解釈すれば、珍しく自動的に切れそうになっている衆議院議員の４年任期切れを前にして、議員諸君が自らの議員資格を選挙により一日も早く再確定したく、その焦燥感に駆られた挙句が今回の麻生内閣降ろし、つまり早期選挙日の確定への運動となったのではないか。　つまり、定年前の安サラリーマンがその失職への憂いを糊塗するために、「誰それが怪しからぬ」と人身御供を探し求めるのと同じ状況ではなかったかと、ボクは思っている。</p>

<p>■■　他国はイザ知らず、ボクの知っているかっての日本と言う国では、政治家は誇り高き名誉職であった。　身はたとい井戸塀となろうとも国家社会のために最後まで尽瘁するのが、彼ら政治家のプライドであり社稷から与えられた職責であった。　だからこそ政治家は社会から先生と敬称される偉い人であった。　医は仁術であり教育者は聖職であったと同様に政治家もただのサラリーマン政治屋ではなかったのである。　それがいつの間にか、医者は医療保険で荒稼ぎし、聖職教育者は教育労働者と化し、政治家が体（てい）のいい職業政治屋に変化してしまったところに問題の発端がある、とボクはみる。　彼らに政治家としてのプライドが無くなり、代りに職業的政治屋というサラリーマン類似に堕してしまったところに「政局」というチャンス狙いが流行するという時代が訪れたのである。</p>

<p>■■　さてこれをどう改革するか。　ボクの主張はこうだ、衆議院解散といういまや悪弊となっている習慣を無くするため、憲法上の議員任期を４年間にし、任期途中の衆議院解散システムを廃止するのだ。<br />
　そうすると、任期途中で失職という不測の虞（おそれ）も無くなり、平議員も首相も任期中の身分保障を得て、４年間は安心して思う存分その政治的職務を遂行できる。　そうなると、倒閣運動とか首相権限による欲しい侭の途中解散も無くなり、よかれ悪しかれ政治のコンスタンシーは保てる。　米国の議会や大統領職などがそのよきモデルである。　もし米国の大統領が日本の首相のように、ときとして年に二回も交代したらどうなるか、考えて見れば解る。</p>

<p>■■　わが首相のようにいつ交代するか判らぬ状態で、はたして諸外国からの信頼を得られるかどうかまことに疑わしく、そうした状態が戦後５０年も継続してこられたことじたい異状と言うべきであった。　その異常の原因は一にかかって与党の一党独裁が数十年も続いたことにあり、それによるデメリットもたくさんあったのを我々国民は忘れるとも無く忘れていたのである。　</p>

<p>■■　いま、「旧労組系が混じっていて危険な民主党でもいい。いちど政権を取らせよう」といった気風が今回の八月選挙において顕著なのはそうした過去の与党偏在によるデメリットへの反動である。　国民の過半は、寄せ集めのいまの民主党が国政への負託に堪えられるかどうか危惧している。　鳩山代表の「友愛政治」で国家の経済難局に果たして耐えられるかどうか。　あるいは金権政治の亡霊をいまなお引き摺っている小沢前代表に今後の日本を任せられるかどうか、思え<br />
ば民主党による政治も危険である。　がしかし、短期間でもいい取り敢えず民主党にやらせてみよう、というのが国民の偽らざる心境であろう。<br />
　<br />
■■　ボクとて同じだ。わが選挙区の先日までの自民党選出議員は、つい先般も国有地売却買収疑惑に名前が出た男で、その顔写真のポスターが街中、そして年中どこにも貼りつけてある鉄面皮の先生である。　彼だけは絶対に再度当選させたくない。　がしかし、その対抗馬としてここ半年、顔写真ポスターをところ構わず貼りまわり事前運動を続けているのは、民主党副代表と称する前議員の、その息子である。　この前議員兼民主党副代表もまた、先日の障害者郵便制度悪用事件で官僚に圧力を掛け、あわや検察に事情聴取かと思わせたが、途中でうまく揉み消したらしい典型的な利権政治屋である。　というわけでわが選挙区には、ボクが投票したい候補者が今のところ見当たらない。　</p>

<p>■■　とはいえ彼ら政治屋諸君は、猿と違って落ちれば議員でなくなるのだから、サラリーマンの就職運動と同じで、先ず自分自身の商売のため精一杯努力し、票を集めるつもりだろう。　それはそれで一国民としての権利の行使で、咎めることもない。　それがボクという一有権者の選挙権行使とどういう関係があるかを考えた場合、必ずしも投票に行かねばならぬという義務感がどうしても湧いてこない。　彼らは彼らなりの選挙アピールをすればいい。　そしてボクら市民は、善良なる市民としての「不投票権」というのを行使しようと思う。</p>

<p>■■　これを要するに、わが日本という国、とくにボクの投票選挙区においては、公職選挙システムが未成熟な地域であると断定せざるを得ない。　残念なことである。</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-08T14:15:52+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-38.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２１５）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/08/</link_daily>
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<description>＜現代病と医学＞ 　１９９０年に政治評論家に転進した筆者は、講演や執筆に追われる身となった。本も書きまくった。好きではなかったゴルフと縁を切ることが出来た。唯一、健康法はたまに歩く程度のことだった。まだバブル経済が崩壊したばかりで、その余韻...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜現代病と医学＞<br />
　１９９０年に政治評論家に転進した筆者は、講演や執筆に追われる身となった。本も書きまくった。好きではなかったゴルフと縁を切ることが出来た。唯一、健康法はたまに歩く程度のことだった。まだバブル経済が崩壊したばかりで、その余韻が残っていたせいなのか、結構楽しく仕事をすることが出来た。<br />
　９７年に息子が医療過誤の被害者になるまでは、まるで順風満帆そのものだった。医学に無知な人間だというのに、大学病院に対しては断固たる確信のような認識を抱いていた。高度な医療施設・高度な医術を信頼しきっていた。だから入院した息子の病気もすぐ治るものだと楽観視していた。それこそ誤診と相次ぐ不注意によって植物人間にされるという事態など想定外のことだった。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　筆者の人生はこうして暗転させられるのだが、息子の悲劇を目の前にして日本の医学への信頼は消し飛んでしまった。<br />
　入院直後、東大医学部卒の助教授、ついで教授から「息子さんは悪性の脳腫瘍。あと２年の命」と告げられた時の衝撃は、生涯忘れることはない。誤診・大誤診だったが、脳のがん宣告に全てのことが真っ暗闇になってしまった。正しくはバイ菌が脳に入ったもので、診断に間違いさえなければ助かった病気である。<br />
　CTやMRIなど近代兵器を使っての大誤診によって、息子は人生を奪われてしまった。このことは１０年後に「医師失格」（長崎出版）としてまとめた。多発する医療ミスへの警鐘が狙いである。現在に生きる人間は、「明日は我が身」という覚悟が必要であることを、有無を言わせずに悟らされた。<br />
それにしても昨今、やたらとがんになった、という話を聞く。友人にも現れて腰を抜かすほど驚愕してしまった。花粉症や糖尿病、アトピーなど昔はないか、少なかった病気が目立って増えている。当局は生活習慣病などとくくっているが、いうところの現代病である。患者はやたら副作用のある抗生物質で治療を受けるのだが、病気の方もそれに比例して抵抗力をつける。さしずめイタチごっこの世界で根本的解決の目途さえ立っていない。医学といっても、タカが知れているというのが実情なのだ。<br />
＜免疫力の低下＞<br />
　筆者は９３年も長生きした宇都宮徳馬さんと３０年来交流をもった。政治家と政治記者の関係である。平和・軍縮派の代表として誰しも一目を置いた。戦前は言論人でもあった。経済人として自ら製薬会社「ミノファーゲン製薬」を設立、肝臓病やアレルギーの特効薬「強ミノ」を製造していた。<br />
　彼は毎日、この自社製品を秘書に打たせていた。理由は「俺が人体実験をしているのだよ」と豪語していた。「副作用がない。しかも免疫力を高めることが出来る」という自信に満ちた言葉が続いた。<br />
　免疫という言葉は、宇都宮さんから聞いたのが最初だったと思う。彼は風邪を引きそうになると量を増やした。衆院議長をした田村元さんは「強ミノ」の愛好者で知られる。多くの政治家がこれの世話になっていた。病気は免疫力の低下によって起きるものである。甘草を原料にした「強ミノ」が筆者の健康法になったのは、宇都宮さんのおかげである。病院に行けば、どこでも注射してくれる。<br />
　現代病の原因は、この免疫力の低下によるものである。なにゆえに人々、とりわけ先進国の国民の免疫力は低下しているのか。ここを現代医学は無頓着なのだ。その結果、大量の患者を作り出し、対症療法でごまかしてたくさんの人命を奪い、莫大な医療費を稼いでいる。<br />
　切り傷に絆創膏を貼る様な治療が現代医学ではないのか。断じてそうだと決めつけたい。<br />
＜根源は何か＞<br />
　どうして現代病が多発するのであろうか。昔は聞いたこともない病気の発生は何故なのか。近代と現代を分かつものはなにか。その根源を突き止めない限り、本当の治療と病気の退治はできないだろう。この当たり前の課題に先進国の医学は回避している。むろん、日本の医者たちもそうである。<br />
　近代と現代を隔てているものは、環境であることが理解できる。大気汚染・土壌汚染・水汚染である。そこから生産される食料はどうなのか。豊かな自然の環境に戻す取り組みはどうしても必要であるが、愚かな人間はそれさえも対応できていない。<br />
　賢明な医学者であれば、こうした分野に徹底的にメスを入れるしかない。そこから本来、備わっているはずの生物の免疫力が、どうして喪失しているのか。それはどうしてか、という疑問に徹底して問いかける過程で、犯人を見つけ出すことが可能であろう。<br />
　本物の医学者であれば、犯人を見つけ出し、適切な治療法を開発することが出来るであろう。<br />
＜現代医学の重大欠陥＞<br />
　悪貨が良貨を駆逐するというが、何もお札の世界に限ったことではない。ワルが天下を取り、権力を乱用する。政治の世界は毎度のことである。政商がビジネスで成功する。腐敗が蔓延する世の中である。それは学問・医学の世界でも同じなのであろう。<br />
　有能な人物を排除することは、政界だけではない。医者もまた金目当てで行動する輩ばかりである。いうところの「赤ヒゲ」は少ない。しかし、ゼロではない。必ずいるものである。「赤ヒゲ」を育てない医学界に重大な欠陥が存在するのである。ここでいう「赤ヒゲ」とは、病気の根源に光を当てる真の医学者のことである。<br />
　埼玉県川口市の荒船君が、そんな人物に引き合わせてくれたのだ。彼こそが現代病を根治する名医なのである。その奇縁の場所が、同市戸塚の超ミネラル岩盤浴「石の力」であった。その名は野島尚武医学博士である。<br />
　次回に野島学説を紹介することにする。　　２００９年８月８日８時５０分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-08T12:37:34+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-37.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２１４）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/08/</link_daily>
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<description>＜表と裏と偽装＞ 　コインに表と裏があるように人間にもそれが、全てとは言わないがある。筆者が知らないタレントなのか女優なのか、夫が麻薬所持で逮捕されるや、幼児と姿を期した妻は数日、悲劇の清純派スターとしてマスコミ、特にテレビ報道を独占してい...</description>
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<![CDATA[<p>＜表と裏と偽装＞<br />
　コインに表と裏があるように人間にもそれが、全てとは言わないがある。筆者が知らないタレントなのか女優なのか、夫が麻薬所持で逮捕されるや、幼児と姿を期した妻は数日、悲劇の清純派スターとしてマスコミ、特にテレビ報道を独占していた。それが今日になると、一転して逮捕状が出た。清純派は表の顔で、裏の顔は麻薬を吸う悪役スターだったというのである。一種の偽装である。<br />
　世の中には、えてしてこの手の人間が権力を握ったりする、あるいは指導層に食い込んでいる。大衆はそれに迎合することが多いのだが、後で落とし穴に気付いて衝撃を受けたりするものである。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>   最近の体験だが、それまではややまともな芸能人と思っていた人物が、目の前で日本外交を非難したかと思うと「いまさらアメリカに押し付けられた憲法でいいのか」と９条批判をしたのだ。筆者はびっくりして右翼の言い分に傾倒しているこの人物の本当の姿を初めて知り、「冗談いうな。９条のおかげで戦争をしない日本であったのではないか」と反論したものである。<br />
　日ごろ、彼らは飯のために自分を格好良く見せる。表の顔である。裏の顔を見せない。彼もそんな手合いの一人だった。せっかく人間というすばらしい動物に生まれたのだから、せいぜい自分らしく裏表のない人間で過ごしたいものである。<br />
＜懐かしい便り＞<br />
　それこそ久しぶりのテレビ出演に昔の友人から電話がかかってきたことは、既に書いたが、葉書をくれた知り合いもいた。千葉銀行の元幹部である。もう相当な年齢のはずだが、記憶の確かさには驚かされた。「テレビでお姿拝見、２３年ぶりです」と書いてくれた。<br />
「訪中８８回は驚きです」とも。彼は千葉支局長時代、千葉銀行のマスコミの窓口を担当していた。Oさんである。<br />
　お札と生活している人たちには「金貸し」という評価がつきものだが、彼らの記憶力は常人をはるかに超えているのであろう。<br />
　東京タイムズ時代の後輩Tさんも手紙をよこした。「Mさんはもうマンネリ。本澤さんのゲスト出演にはびっくり。すごくカッコよかった」と格別に誉めてくれた。こんな誉められ方には面食らうばかりである。<br />
　過去にたった一度だけ同じように誉められたことがあった。角さんと東南アジアを訪問したさい、フィリピンのマニラで遊んだ時の現地女子高校生だった。めったに誉められることなどない人間は、誉められるとうれしいものである。<br />
＜川口市の荒船君＞<br />
　他人を誉めるのが上手な知り合いというと、今回「テレビを見た」といって喜んでくれた川口市の荒船君である。確か自民党代議士の野中英二秘書をしていた。それこそ表裏のない人物の一人なのである。「いい人に会わせたい。来ませんか」と誘ってくれた。<br />
　性格が明るいのが持って生れた特性である。彼は女性にすこぶる優しいから、他人から嫌われるということがないらしい。仕えた代議士が大雑把な人物だった。秘書時代の荒船君は官僚と経済人を相手に大活躍していた。感じのいい女性秘書とコンビを組んでいたものだから、筆者は国会事務所によく行ったものである。<br />
　確か野中さんは田中派で、財界のプリンスと称された小坂徳三郎さんの仲間だった、という事情もある。角栄秘書の早坂茂三さんは、東京タイムズ政治部の先輩だったこともあって、筆者に対する同派の対応は悪くなかった。<br />
＜岩盤浴・石の力＞<br />
　京浜東北線南浦和駅で乗り換えて東川口駅に下車すると、彼が川口市戸塚にある超ミネラル岩盤浴「石の力」へと案内してくれた。<br />
　野中さんの様子を尋ねると「現在８９歳、元気でいる」というではないか。８９歳というと、ホワイトハウス詰めの最古参ジャーナリストのヘレン・トーマス女史と同年である。彼はシベリア抑留の体験者だから、改憲軍拡の右翼ではなかった。そういえば、小坂さんの仲間に右翼はいなかった。むろん、小坂さんの事務所にも通い詰めた。今でも健全企業として活躍している信越化学の社長もした経済人だが、その前は新聞記者だった。信越化学広報官の中村君は、筆者が９５年に５０人の仲間を引率して南京・盧溝橋を案内したさい、同行してくれた。小坂一族は平和主義派である。</p>

<p>　荒船君の名刺を見ると、財団法人「日本ギニア友好協会」常務理事とある。アフリカとの交流にがんばっているのである。彼はいまも川口から埼玉県・永田町を眺めている。ジャーナリストではない秘書家業からの情報に詳しい。<br />
　たとえば「埼玉県の平均年収は４００万円程度。役人は８００万円」などと教えてくれる。仰天する数字だ。どこの政党・政治家も文句を言わないらしい。官尊民卑の埼玉県なのである。彼が政治家になるべきだったと思う。まだ時間はある。</p>

<p>　筆者は岩盤浴を知らない。初めての体験入浴である。後に紹介することになるが、ここの岩盤浴は「超ミネラル」という形容がついている。ここに秘密があるのである。ミネラルという名前は知っているが、具体的に何か、と聞かれると、筆者にはわからない。<br />
　この「石の力」で荒船君は本物の医者を紹介してくれた。<br />
　この世は偽装・偽物の学者や政治家ばかりである。本物を見つけることは、実は容易なことではない。大向こうを鳴らしている手合いのほとんどは、裏表のある偽装人間とみてだいたい間違いはないのだから。<br />
２００９年８月７日２１時１０分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-08T05:42:56+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-36.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２１３）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/07/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-36.html</link_Individual>
<description>＜裁判員制度は間違い＞ 　誰が考えたものか。日本独自の裁判員制度は、司法官僚による浅知恵なのだろうが、なんともあきれてものも言えない。司法の世界は捜査と弁護と判定人の専門家が、それぞれに知恵を絞って競演している複雑怪奇ともいえる舞台である。...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜裁判員制度は間違い＞<br />
　誰が考えたものか。日本独自の裁判員制度は、司法官僚による浅知恵なのだろうが、なんともあきれてものも言えない。司法の世界は捜査と弁護と判定人の専門家が、それぞれに知恵を絞って競演している複雑怪奇ともいえる舞台である。そこへと突然、無関係な観客を無理やり集めて「さあ、有罪か無罪を決めなさい」「量刑を決めなさい」と命令される。子羊のような観客は「はい、承知しました」といいながら、裁判官の顔色・発言に終始、束縛されて数日間をやり過ごす。ただ、それだけのことである。これをもって国民参加の公正な裁判と言い切れるであろうか。まともな日本人なら、そんな他人を裁くという大それた権力行為など出来る能力などありません、と断るところであろう。<br />
　改めてはっきり言わせてもらうと、司法官僚はとんでもない制度を立ち上げたことになる。即刻、止めるべきだろう。以下にその理由を簡単に提示することにする。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜刺身のツマなのか＞<br />
　表現は悪いのだが、裁判員は「刺身のツマ」でしかない。少なくとも法廷では主役ではない。脇役も大脇役である。彼らに対して、この制度は全く経験していない試験で、いきなり１００点を取れ、というようなものである。不可能だ。仮に能力不足ゆえに５０点だとどうなのか。被告人の人生を不当に奪ってしまうことになる。犯罪に手を染めることになりはしないか。<br />
　「いや、そんなことにはなりませんよ」と司法官僚は反論するだろう。どうしてか？「そのために裁判官も検事もいるじゃないですか」と強弁するだろう。つまり、その程度の脇役なのであって、いなくてもいい存在として扱われているのである。「枯れ木も花」なのか。<br />
　要するに彼らは内外に向かって「国民の裁判」という洋服を着たいのであろう。ということは、それほど国民から離反してきた司法であったことを自ら認めているのである。自分たちの不人気司法を裁判員制度でもって、うまくカモフラージュしようという魂胆なのであろう。<br />
　大騒ぎをして導入する価値があったものか。それよりも、弁護士を裁判官や検事にしたりするほうが、どれほど効果的かつ適正な判断が得られようか。裁判官と検事を弁護士にするのである。こうすると拷問のような違法捜査は無くなる確率が高くなる。人情のわかる裁判官が誕生するだろう。冤罪はなくなるし、重罰化も少なくなる。被告人もある程度の扱いを受けられる。<br />
　戦前は無論だが、戦後も戦前を引きずった捜査と判決が行われてきた。警察のお世話になると１００％有罪にされてしまう。捜査部門と判定部門が一体化しているのである。人間の行為に１００％はありえない。間違いだらけといっていい。<br />
　極論だろうが「日本の官憲は男を女にする、女を男にする以外、なんでも出来る。無実の人間を死刑にも」という見方がある。警察官僚だった亀井静香の弁である。彼は熱心な死刑廃止論者で知られる。犯罪無関係と思っている国民が大半だが、実はそうではないよ、と彼は指摘しているのである。こうした世界に一般国民を巻き込もうというのか。裁判員が大きなミスを摘発できるだろうか。不可能である。<br />
＜重罰に拍車＞<br />
　知能・技能不足の素人は、えてして感情で判断することになる。だいたい個別犯罪についての量刑などわかるはずもない。<br />
　４日間の日程で昨日終わった殺害事件では、検察が１６年の懲役刑を、被害者遺族が２０年以上と提示した。検察の求刑は過去の統計を踏まえながら、その最高刑を求刑する例が多い。このことを裁判員は知っているのであろうか？想像するに６人の裁判員は１６年と２０年という数字にやんわりと縛られるだろう。<br />
　そこに３人の裁判官が１０年、１３年、１５年などと意見を述べると、その一番高い量刑に落ち着くことになるのだろう。専門家だけならもっと少ない量刑になったはずだ。被告人にすると、裁判員制による裁判は、公正どころかワリを食うことになろうか。重罰化に拍車をかける初の裁判員裁判となってしまった。<br />
＜事前準備から排除＞<br />
　筆者は知らなかったのだが、公判前整理手続きが公判前２・５カ月ほどかけて裁判官・検事・弁護士の間で行われる。全ての調書を読み込んで、争点を絞り込む。いうなればこの３者の「談合」に被告人が参加することは少ない。正に事件の核心部分がこの調書の中にあるのだが、これさえも裁判員は知らないのである。<br />
　真相の核心をさわらないまま裁判員は法廷に姿を見せる。その場面では裁判官・検事・弁護人と対等な地位に就かされるのである。要するに、裁判員は両手両足を縛られたままなのである。真相からのけ者にされて出廷している。これでは自信をもって質問など出来るはずがない。<br />
　一般的に刑事事件は国選弁護人がほとんどである。悲しいかな有能・善良な弁護士が全てではない。軽い調子で対応する弁護士が少なくない。金にもならないからだ。ますます被告人は追い詰められ、情状酌量の余地をなくしてしまう。<br />
　強力な弁護が期待されないままに被告人の個人情報は、マスコミから一方的に垂れ流されてゆく。これでは「更生の機会を奪ってしまう」と人権派弁護士は懸念を漏らしている。<br />
　今回の公判に弁護人２人、検事５人が担当した。被告人弁護に女性弁護士、検事も女性検事を前面に押し出していた。裁判員も当初６人のうち５人が女性だった。被害者は女性である。ちょっとやり過ぎではなかったのか。筆者は隣人関係が壊れた経緯を知らないが、布陣だけみても、果たしてこれが公正な裁判といえるだろうか。<br />
　この制度の欠陥は目に余るものがある。廃止すべきだろう。前にも指摘したが、取り調べに弁護士を立ち会わせればいい。法曹３者の交流を大々的に行う、これこそが本来の司法改革なのである。当局に猛省を促したい。　　２００９年８月７日９時１０分記<br />
</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-07T23:22:01+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-35.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２１２）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/07/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-35.html</link_Individual>
<description>＜ヘレン・トーマス８９歳は現役ジャーナリスト＞ 　昨日は昼のテレビニュースで懐かしい名前が飛び出してきた。本物の米人ジャーナリストのヘレン・トーマス女史である。場所はホワイトハウスの記者会見場である。未だにホワイトハウス詰めの最古参の現役記...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜ヘレン・トーマス８９歳は現役ジャーナリスト＞<br />
　昨日は昼のテレビニュースで懐かしい名前が飛び出してきた。本物の米人ジャーナリストのヘレン・トーマス女史である。場所はホワイトハウスの記者会見場である。未だにホワイトハウス詰めの最古参の現役記者であることに驚かされた。息子のようなオバマが、彼女の８９歳誕生祝いにケーキを持参したのである。二人とも同じ日に誕生日を迎えたというのだが、大統領は彼女に敬意を表してケーキを渡し、ほほにキスをすると、すばやく退場した。ほほえましくも、うらやましい情景だった。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　彼女の名前を聞いたのは、６０年代から７０年代にかけて悲願の日中国交回復を実現するため、必死で対米工作に力を入れていた宇都宮徳馬さんからである。彼女のことを聞かされたのは７０年代のころだ。アメリカ政府や議会を動かさない限り、日本と中国の関係は正常化しない時代だった。日本の外交は、当時もワシントンが抑えていたからである。ワシントンの右翼的な政治家は「中国と正常化すると、日本も共産圏に入ってしまう。それはアメリカの国益に反する」という、今から考えると途方もない意見の持ち主がいた。<br />
　「その考えは正しくない」という説得工作が宇都宮さんの大きな仕事だった。工作するにはワシントンの内情を知らねばならない。彼が選んだ人物がヘレン・トーマスだった。彼女は不偏不党のリベラルなジャーナリストであったからである。右顧左眄しないリベラルが、本物の言論人の姿でなければならない。宇都宮さんは、そのことを筆者に何度も訴えた。<br />
＜言論人とリベラル＞<br />
　筆者も政治評論家として独立した時に、卒業論文のようにまとめた「自民党派閥」（ぴいぷる社）を出版した。当時のアメリカ大使館の政治担当が「教えて欲しい」と連絡を求めてきた。臆することなく派閥事情を公平にレクチャーした。彼はフィリピン大使館に異動する場面で「アメリカ１カ月取材旅行」をプレゼントしてくれた。それまでは大使館内の食堂でまずいコーヒーをすするだけで、それ以外、何もなかった。国内政治に集中してきた政治記者は、がぜん、国際関係に目を開かされることになる。<br />
訪米取材目的は、日本右傾化にワシントンは関与しているのか否か。ブッシュ政権とは違っていてクリントン政権にそうした野望は存在しなかった。「アメリカの大警告」（データハウス）にまとめると、日本きってのアメリカ通の宮澤喜一さんが絶賛する手紙をくれた。がぜん、アメリカ通になった気分に浸ることが出来た。<br />
ヘレン・トーマス女史は宇都宮さんに対して、筆者は米外交官にそれぞれの内政事情を伝授したことになる。「ジャーナリストはリベラルでなければ国民に奉仕できない」という宇都宮さんの薫陶を受けたのは、恐らく筆者だけであったろう。<br />
彼が信頼した米人ジャーナリストが、現在８９歳にして現役というのである。筆者に勇気と意欲をプレゼントしてくれている。人生は短いようで、実はまだまだ長く続くのである。女史のさらなる健闘に乾杯したい気分である。<br />
＜６４年目に覚醒した司法と政府＞<br />
広島原爆投下の８月６日、政府を代表して総理大臣と原爆症認定訴訟団の間で全員救済の確認書が、広島で交わされた。６４年にして政府がようやく被害者の言い分を認めたことになる。背景には裁判所が原告の主張を認める判決を次々と出していたからである。<br />
頑迷固陋の司法界が６４年にして覚醒したのである。法と正義で裁きを下す裁判所が、これほどの長期間、被爆者の無念を蹴散らしてきたこと自体、異常なことである。一方で、強制労働の被害者や遺族への裁判は、門前払いをしてきている。<br />
こうした事実は、司法界の体質が十分改善されているとはいいがたい。司法改革はまだこれからなのである。<br />
政治的に分析すると、司法界の変化は政権交代の流れと深く関係している。右翼的政権からややリベラルな政権移行が確実視されているからである。司法の保守化は、政治の保守化と連動してきている。法と正義は二の次なのだった。<br />
政権交代は司法のみならず、行政にも強い変化をもたらしていくだろう。既に民主党にすり寄る官僚が目立って増えてきている。ミイラ取りがミイラになるのかどうか、民主党の正念場は９月に入ると、厳しい採点が待ち構えている。これは国民にとって好ましいことである。しかし、それでも課題は残るからである。リベラルな言論人は、常に是々非々を貫く義務と責任を有している。あたかもヘレン・トーマス女史のように、である。<br />
健全な言論が、国民と政府にとって幸いをもたらすものなのだ。<br />
＜失業する自民党秘書＞<br />
　政権の交代は大量の秘書の失業を生みだすことになる。この大不況の中での再就職はそんなに甘いものではない。当選出来ないものは、只の人間でしかなくなる。自民党の再生はほぼ絶望的である。自己批判さえ出来ない政党である。失政を総括できないのだから、仮にまた政権を担当すると、同じ失敗をする。<br />
　医療過誤をした医師が、それを隠しおおせると、再び過誤を起こす。繰り返し医療ミスを起こしてしまう。自民党は医療過誤を繰り返す失格医師そのものである。二度と政権に返り咲くことはない。<br />
　この有様では「秘書の再就職はかなりきつい」と関係者は語っている。頷ける話ではある。経済界も大慌てしているだろう。民主党とのパイプは少ないか細い。企業献金廃止を宣言している同党と企業の関係はどうなるのか。ここはリベラル言論人の能力が試されることになろう。<br />
　ホームレスを抱え込んで生活保護を受けさせて、保護費を大半ピンハネする悪魔のような貧困ビジネスが流行しているが、失業時代のこれからは予想外の事件が起きてくる。社会混乱に目を向けねばならない時代に追い込んだ自民党の罪には、あきれるばかりである。<br />
容易ならざる時代の到来である。<br />
２００９年８月６日２０時３０分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-07T20:20:48+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/jlj-1.html">
<title>（JLJ会員参考資料）朱徳：掛替えのない総司令</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/07/</link_daily>
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<description> ――『炎黄春秋』2009年第７期（第１～７頁）より―― 　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　   　趙于平／著　　楊継縄／責任編集 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　紹介/仮訳：中山敏雄（JLJ会員／無職...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p><br />
<strong>――『炎黄春秋』2009年第７期（第１～７頁）より――<br />
　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　   　趙于平／著　　楊継縄／責任編集<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　紹介/仮訳：中山敏雄（JLJ会員／無職）</strong><br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p><br />
【解題】<br />
　北京、炎黄春秋雑誌社出版の同誌2009年第７期号に趙于平氏（経歴、肩書き等訳者不詳）による「朱徳：不可替代的総司令」と題する論文が掲載されている。７頁、1万字を超えると思しき分量である。<br />
「毛澤東思想」については「文革」後の第２次歴史決議（1981年6月）において、謂わば毛澤東を中心とする指導層の集団的努力の結晶として解釈されるに至っている。当然、「毛澤東軍事思想」についても同様解釈がなされているものと見られるべきであろう。<br />
基本的に毛澤東個人の独創的思惟と切り離すことは出来ないとしても、毛澤東個人の体験、経験のみを総括したものではなく、中国共産党及び広汎な人民の実践を総括する中で創生されて来たものであり、その作成、成文化過程において少なからぬ党軍首脳や、秘書、ブレーン等が参画するということはむしろ当然のことと解されるべきであろう。<br />
日本の首相の政府施政演説などを首相自身が全部書いているなどと考える日本人はいないであろうし、米国などでは大統領の演説文を練るスピーチ・ライターなるブレーンが専門配置されることも普通のようだ。そうしたことはまず各国例外なしであろう。<br />
ただ、中国の場合、周知のような政治的歴史的事情等を受けて、毛澤東の絶対的威信確立のため、且つ所謂個人崇拝のため（更には中農出身の毛澤東に家父長的性格や独断専行的作風などが残っていたというような事情もあってか）、全てが毛澤東に由来するかの如き、毛澤東思想本来に180度相反する倒立現象が生じたものと見られる。<br />
趙論文と同じ号に「『杜聿明（といつめい）らに投降を促す書』の作者は誰か」と題する荘重・元新華社記者の論文も掲載されている。毛澤東選集第４巻に収録されている投降勧告書の原著者が荘重記者自身であることを公開した貴重なものであるが、以前にはそうした内実を明かすことは到底出来なかったという。<br />
そう言えば、古田会議決議作成で毛澤東の手助けをした譚政将軍（最初の毛秘書）が、後、1944年に「軍隊政治工作問題について」の報告を書き、古田決議以来の歴史的文献（葉剣英元帥の言葉）として広く流布した歴史的事実があるにも拘わらず、「文革」後においてまでそれを毛澤東が自分で大部分書いたものだと歪曲された事例もある。<br />
とまれ、1928年の朱毛会師前、工農革命軍第１師師長であった毛澤東が、「自分は現在、師長であるが、武人ではなく、軍旅（戦さ）のことは学んだことがない」（第55頁）と語った上で、しかし３人寄れば文殊の智慧（中国では孔明で、毛の原語も文殊でないが、今こう訳す）で、我々にはこんなに大勢骨幹となる幹部がいるのだし、戦う中で経験を積めばよい云々の話をしたことは有名であろう（喬希章『譚政大将』より）。<br />
ここで付言しておくと、この喬著には1928年、譚将軍が初めて出席した軍前委と県委合同会議で、それまでの戦いを総括して毛澤東が、「敵来我走（走は逃の意）、敵駐我擾、敵退我追」（第48頁）という作戦原則を提起したことが記されている。本文中でも論及される16文字訣の理解の参考となし得るのではあるまいか。<br />
毛澤東は職業軍人のように専門に軍事を学んだことはないが、若干の従軍歴は確かにあり、上述の話には若干謙譲、乃至人心収攬の意も込められているとも見られよう。<br />
ただ、教師歴は同様に持つといえども、清朝末期の科挙で県試合格（省試は未受験）、高等小学堂の体育教師の後、川軍歩兵標（連隊）の一兵卒から雲南陸軍講武堂に入学、累進して、中共党創立前に既に滇軍（てん軍）旅長（旅団長）等まで閲歴された朱徳将軍とは、確かに趣を異にするということは言えるであろう。<br />
紅軍研究家として高名な宍戸寛氏（共同記者出身）が、三十余年前、訳者との雑誌対談（月刊『しんろ（進路）』）の中で、毛澤東を軍師に擬えられたことがあった。また、中国の歴史では、武官（科挙の一種、武挙）よりも文官（科挙）試験合格者を上位に置く時代も長かった。そうした点は、党の軍に対する優位、政治委員と指揮員の関係などとも重ね合わせて考えると興趣深いものがあるかもしれない。<br />
首題の中国革命史上の巨星朱徳将軍については、贅言を用いる必要はあるまい。ただ、数年前、訳者が詩人の吉田明弘氏や中国の知友、それに今は亡き息子と共に井崗山を訪れた折、在りし日の将軍（既に中年の）が歳若い兵士らと共に自ら荷を背負って登られたという有名な小道を辿ることの出来た感動だけは記させて頂こう。<br />
それと、朱徳将軍の、「村夫子」然（村の先生風）どころか一見「老百姓」（ラオバイシン。農民の意に近い）然とした懐の深い温容が正しく理解されなかったとも言われる問題について触れると、日本でも日露戦争の立役者大山元帥や東郷元帥について言われた事例と共通する。恐らく「大愚」の境地を理解し得ぬ若い群雀の性でもあろうし、無論、燕雀安（いずく）んぞ鴻鵠の志を知らんや（史記、陳渉世家）でもあろう。加えて、同じモスクワ帰りであっても、所謂頭のてっぺんから爪先まで赤い、権威主義的、インテリ書生気の「中国のボリシェビキ」指導者達とは対極的な姿勢でもあったろうし、将軍が史籍に通じ独語を解すとひけらかすことなど唯の一度もなかったに相違ない。<br />
陳毅元帥を悼む詩の中で、人の評価は棺を蓋（覆）ってから定まると将軍自ら詠っているが、朱徳将軍の評価について言えば、彼の真に尋常ならざる経歴そのものの中に明解な答が存していると評しても決して過言ではあるまい。<br />
お断りするまでもなく、訳者の意は誰かを立て誰かを落とすものではない。実事求是こそ歴史の深い理解に繋がるものであろう。以下に会員参考資料として紹介させて頂く趙論文も、会員諸氏の現代中国史理解増進の一助となるものと期す次第である。<br />
なお、なるべく忠実な訳文になるよう努めた積りではあるが、何分訳者の能力限界により思うに任せない部分も多くて、推量や意訳に近い箇所もあり、重厚な原文の真意を歪めていたとしたら、それは訳者の責任である。どうか各位の訂正、ご叱正を賜りたい。<br />
長い段落には一部改行を入れ、原註は〔　〕で、訳註及び読みは（　）で示した。】</p>

<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　※</p>

<p>前世紀50年代後期より多年来、一部の映画や文芸作品において、我が軍の主要な創始者、歴史上各界公認の「紅軍の父」、我が軍の永遠の総司令、中華人民共和国の筆頭元帥――朱徳が、一人の唯々諾々、平々凡々、不定見、無為に日を過ごす（原語の「無所作為」は或いは功績が無い意かもしれないが、今こう訳出）人、軍中の飾りの置物、甚だしきに至っては自分の下級者や部将にも及ばない人物であるかのように描かれて来た。これは単に朱老総（朱徳総司令に対する敬愛を込めた呼び名）を戯画化するばかりでなく、我が軍を貶めるものでもある。というのも、打ち勝つことの出来ぬ不敗の力であり、英勇善戦向かうところ敵無き軍隊が、長期にわたって、何とこのようにふがいない統帥に指揮されていたなどとは、まこと世間の物笑いになるのみであろう。<br />
朱老総は、我が軍が総司令（「総司令官」と言わずに「総司令」と言う）の職を設置して以来、1954年10月に廃止されるまで、一貫して、ずっとこの崇高な職務を担任し、従来ただ一度も交替したこともないし、今後もない。それ故、我が軍永遠の総司令と称することが出来る。他方、総政委（総政治委員）の職は、しばしば交替したのである。どうしてであろうか。それは簡単なことで、彼が軍事指揮に極めて造詣の深いエキスパートであったからであり、彼が我が軍の掛替えのない、傑出した戦争指導者であったからである。</p>

<p>　　　　朱老総と遊撃戦、運動戦</p>

<p>惨酷で激烈な戦争年代において、非常に長い期間、敵が強く我が弱かったので、我が軍が取った作戦の主要な戦略戦術原則は、遊撃戦と運動戦であった。そしてこの作戦原則の提出者で創始者は朱徳を筆頭とする（原文は「首推朱徳」）。私がこう言うのは奇抜な説を立てたり、危言を弄して他人（ひと）の注意を惹こうとするものでは決してなく、毛主席の著作が証明するところに由っているのである。<br />
毛澤東選集４巻本第１巻〔1966年7月、横組み版（1952年7月の版本に基いて横組みに改められた版）〕所載「中国革命戦争の戦略問題」の第188頁で、毛主席はこう書かれている。即ち、「我々の戦争は1927年から始まったが、当時は全く（「根本」）経験がなかった。南昌起義（蜂起）、広州起義は失敗し、秋収起義では、湘鄂贛辺界（湖南・湖北・江西省境）地区の紅軍も、数回敗戦をなめて、湘贛辺界の井崗山地区に転移した。翌年４月、南昌起義失敗後保存されていた部隊も、湘南（湖南省南部）を経て井崗山に転移して来た。しかし、1928年5月からは、当時の情況に適応した、素朴な性質を持つ遊撃戦争の基本原則が、既に生まれていたのであって、それが所謂『敵進我退、敵駐我擾、敵疲我打、敵退我追』（敵進めば我退き、敵駐まれば我擾し、敵疲るれば我打ち、敵退けば我追う）という16文字訣（原語は「16字訣」。４句訣と訳すのも可か）である」（第５章戦略防禦、第３節戦略退却の文中にある記述）と。<br />
明らかに、この遊撃戦の戦略戦術原則――16文字訣（「訣」は無論別れでなく、秘訣の訣で奥義の意）は、朱老総が1928年4月28日、毛主席との会師後、井崗山に帯同して来たものであり、それ故、「1928年5月から」、初めてそうした情況が発生したのである。毛主席はなお、その前の箇所で「当時は全く経験がなかった」と指摘されているが、これは朱老総が到着する前には、彼がこの戦略戦術を知らなかったということを説明するものである。<br />
聶帥（聶栄臻元帥）は1986年12月１日、朱徳生誕100周年記念の講話の中で、「朱徳同志は実践を通じて、一連の有効な戦い方を模索し、然る後、理論にまで昇華させ、有名な16文字訣を提起し、毛澤東同志の肯定を得るところとなった」と闡明した。彼の話は毛主席の上記の叙述を有力に裏付け、朱徳が遊撃戦「16文字訣」の創始者であり、毛主席が肯定者と応用者であったことを証明している。<br />
この外、当年井崗山時期の老将領と老戦士（「老」はベテランの意も込めた年長への敬愛の称）の記述も多くある。例えば、楊至成、何長工、宋裕和、範樹徳、龔楚（きょうそ）等である。彼等はかつて回想して、「朱毛会師後、元から井崗山にいた同志達が頻繁に急ぎやって来て告げ合って、『今度のこと（会師）は好かった、（お前さん方新しい同志達が）来てから上手く戦えるよ！』（『這下好了、来了個会打仗的！』を推量により仮にこう意訳）と話し、また『朱軍長には敵を御す16文字訣がある』と話すのであった」と語っている。<br />
南昌起義に参加し、当時南昌軍官（将校）教育団（連隊）総務処（課）処長を担任していた趙鎔老将軍は、1983年6月14日、中央文献研究室党史工作者の訪問に接した時、「貴君方が朱徳同志の伝記を書くことについては、一つ貴君方に注意を促したいことがある、それは『16文字訣』の問題についてである。一般に皆『16文字訣』は毛澤東同志が提起したと考えているが、実は朱徳同志が最も早く提起したものであり、彼は多くのところで試している。最も早い起源は1913年、滇南（雲南省南部）における騒乱鎮圧、匪賊剿滅である」と語った。彼はまた、「自分はかつて、『16文字訣』は貴方が提起されたものではないですか、どうして毛主席が提起されたということになったのですかと、彼に尋ねたことがある。彼は『革命のために有利でさえあれば、誰が提起しても同じことだ』と語った」とも語っている。朱老総のこの問題に対する回答は、彼の一貫した風格と同様、その極めて大きく寛く厚い偉人の器量を表している。<br />
運動戦については、毛選４巻本第１巻、同一論文の第214頁（第７節運動戦）に、こう書かれている。即ち、「勝てるなら戦い、勝てなければ逃げる（逃げるの原語「走」は『三十六計』にもある語で、立ち去る意でもあるが、こう訳出）、これが今日我々の運動戦の通俗的解釈である」と。また、それは運動戦の戦略戦術原則である、とも語っている。<br />
この原則は、早くも1925年、朱老総がソ連モスクワ郊外マラホフカ村の秘密軍事基地訓練班で学員隊長と軍事指導教員を担任していた当時、教官の「自分の国内に帰ったらどのように戦うか」という質問に回答した時に提起したもので、彼の元の言葉（「原話」）はこうである。即ち、「部隊が大なら大の戦い方があり、小なら小の戦い方があって、勝てるなら戦い、勝てなければ逃げ、必要な時には隊伍を引っ張って山に上る」と。これは明文記載のあるものなのである。そして、この言葉（「話」）は正真正銘の四川方言で、朱老総は自分の郷里の言葉を用いて自分の運動戦の戦略戦術思想を生き生きと表現したのである（原文「打得贏就打、打不贏就走」の「贏、えい」は勝つ意）。毛主席がそれをここに書き記しているということは、また同じ様に、この有名な運動戦の戦略戦術原則の発明権が朱老総に属するのであって、彼は唯受け入れて運用並びに発揮したものであるということを世人に告げているに異ならない。<br />
上記の史実、わけても毛主席自身の記述は、白紙黒字（白い紙に黒字を書く。証拠は確かの意の成語）、鉄証（揺るがぬ証拠）山の如しである。<br />
以上のように述べれば、我が軍遊撃戦と運動戦の戦略戦術の鼻祖が朱老総であるという結論に対して、なお疑いを容れ得る余地はあるまい。それでもなお争論する必要があるだろうか。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（以上、第1回送付分）</p>

<p>　<br />
　　　　毛澤東軍事思想の核心部分の源は朱徳の軍事実践である</p>

<p>毛主席の特長は、軍隊政治工作、思想工作、組織工作、理論工作であり、なお政権工作と政府工作にもあり、彼はとりわけ総括、吸収、発揮に優れ、著作に長けていた。こうしたことはまた正（まさ）しく彼の総政委としての職分の工作であった。総政委として、後には軍委主席〔我が軍は抗日戦以後においては総政委の職を設置せず、軍委主席が実際上総政委の職責を兼ねた〕として、彼はなお部隊の作戦行動方針の制定と戦略部署の研究に参与した。<br />
但し、彼が「万能の匠」（原語は「匠師」で、師匠たる立派な職人の意）ということではなくて、従来総司令の工作を代替したことはなく、工作範囲は総政委の外に出るものではなかった。<br />
行動方針の制定と戦略部署の研究に長けていたということは、決して上手く戦えるということと同じではないし、且つ戦略決策（「決策」は策略を決定する、及び決定された策略の意）も総政委一人で決定するものでなく、彼が命令や指示の起草に責任を負うのは、軍委を代表してということであって、彼の個人としての意見ということでは決してない。戦いは戦略部署だけでは上手く行かず、なお必ず具体的軍事行動に転化しなければならず、必ず戦場指揮に巧みでなければならず、豊富な戦闘経験と具体的軍事専門（原語は「専業」だが、今こう訳す）知識を有していなければならない。<br />
例えば、各種武器装備の性能、殺傷威力及び殺傷範囲、各種兵器兵力の火力分配及び協同、各軍兵種の戦術配合及び協同、各種戦術動作を如何に実施するか、如何に地形地物を利用するか、如何に射撃・手榴弾投擲・刺殺・爆破・土木作業等を行うか、如何に具体的に部隊の行軍、宿営、隠蔽（偽装）、警戒、偵察、包囲、進攻、退却、掩護等を組織するか、について熟知し、なお部隊の各種条例、条令等々についても熟知しなければならない。<br />
これらは総政委としての毛主席は、熟知していないものであった。<br />
例えば、1928年３月、毛主席（当時は勿論党主席でなく、前敵委員会書記）が党籍を剥奪されたとの誤伝（1927年11月の中央政治局拡大会議で政治局候補委員を解任）により、彼が工農革命軍第1師師長を担任するよう任命された時、彼は難色を示し、「軍旅のことは、学んだことがない」と語った。<br />
そして、この「軍旅のこと」は、正に朱老総、彭徳懐、劉伯承、林彪等軍事統帥や戦将が長けたものであった。わけても朱老総は、戦略戦術兼ね備わって秀でており、戦争年代に、党中央と毛主席は軍事指揮方面においては主として朱老総に頼ったのである。<br />
実際上、紅軍創生時期、井崗山と中央ソビエト区時期に、軍事においては、毛主席は主として朱老総から学んだのであり、彼は善く学び善く総括し善く運用し善く発揮して、彼と朱老総とが合作（協力）して、幾多の輝かしい戦績を創造し、次第に整った人民戦争思想を形成して行ったのである。<br />
全く掛け値なしに言えるのは、毛澤東軍事思想の核心部分の源は、朱老総の軍事実践であるということであり、これも「紅軍の父」の誉れが朱老総に帰すものであって毛主席ではないという由縁の存するところである。<br />
上記の遊撃戦、運動戦の提起者に関する論述は、こうした結論が大変良い（「很好」）ことの証明である。それ故、科学的に言えば、正確に言えば、実事求是で言えば、「毛澤東軍事思想」はまさに「朱毛軍事思想」と称さるべきであろう。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（第2回送付分）<br />
　　次回は　　知勇兼備、軍政共に秀でた朱老総　　です。</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-07T16:46:23+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-34.html">
<title>映写室　「色即ぜねれいしょん」＆「堀川中立売」案内：犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/06/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-34.html</link_Individual>
<description>　　　―公開間近と編集中の、京都が舞台の2作品― 　 　少し前に「鴨川ホルモー」がありましたが、今回取り上げる2作にもディープな京都が登場します。8日から関西先行上映の「色即ぜねれいしょん」の原作者は、京都出身の作家兼マルチタレントのみうら...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　　　<strong>―公開間近と編集中の、京都が舞台の2作品―</strong><br />
　<br />
　少し前に「鴨川ホルモー」がありましたが、今回取り上げる2作にもディープな京都が登場します。8日から関西先行上映の「色即ぜねれいしょん」の原作者は、京都出身の作家兼マルチタレントのみうらじゅん。まだ編集中の「堀川中立売」は、京都に移り住んで来た柴田剛監督が、地名に触発されて想像を広げたオリジナル脚本。どちらも製作側に地元人が絡んでいるゆえのディープな京都が映る。住民目線の京都は、スクリーンに広がるとちょっと怪しい。古臭さと今が混じって時代もあやふや。サンダル履きの感覚で、京都の町の暮らしの匂いが嗅げます。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-189.html">＜続きを読む＞</a><br />
</p>]]>
</content>
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</content>
<dc:date>2009-08-06T06:59:01+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-33.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２１１）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/05/</link_daily>
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<description>＜日本の新裁判＞ 　裁判員裁判の法廷を目撃はしていないが、テレビ報道からは初めてとはいえ堀田元検事の感想とは裏腹に、関係者のぎこちなさが次から次へと起きている。２日目に裁判員の質問はたったの１件と大きく報道された。突然の素人の市民裁判員であ...</description>
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<![CDATA[<p>＜日本の新裁判＞<br />
　裁判員裁判の法廷を目撃はしていないが、テレビ報道からは初めてとはいえ堀田元検事の感想とは裏腹に、関係者のぎこちなさが次から次へと起きている。２日目に裁判員の質問はたったの１件と大きく報道された。突然の素人の市民裁判員であるから、法廷という特異な世界で他人を裁くだけでもただ事ではない。まともな市民だと逃げ出してしまうだろう。１件の質問も十分理由のあるところだろう。その緊張も理解できる。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　ところが、これが報じられると、３日目にはなんと６人全ての裁判員が順次質問をしたのだという。笑ってしまいそうだ。日本的である。事前に裁判官から宿題を出されていたのであろう。失礼ながら６人はロボットなのか子羊なのか。当人たちは真剣そのもので大変なことはわかるが、これでもって「日本の裁判には国民が参加している」と胸を張れるとしたら、これまたお笑い草である。<br />
＜裁判員制を廃止、取り調べに弁護士を＞<br />
　司法官僚の知恵を物語っていないだろうか。陪審制とも違う裁判員制の課題は、新たな問題を司法界に招き寄せた格好である。繰り返して言うが、被告人の取り調べに対して弁護士を立ち会わせれば、全ての問題がケリをつくのである。それをどうしてしないのか。<br />
　無関係なズブの素人に、他人の人生を裁く権利があろうか。その資格があろうか。止めて弁護士立会いの取り調べをすれば、違法捜査もなくなり、あってはならない冤罪も起きない。どうしてそうしないのか。日本弁護士会がこうした常識を強く叫ばない理由を知りたい。<br />
＜テレビの影響力＞<br />
　録画をしていたテレビ朝日の番組が３日夜放映された。網を張られた中に追い込まれた子羊のような待遇のもとでの番組だったので、誰にも宣伝しなかった。自分も見る気がしなかった。そうだというのに３日の夜中から、御無沙汰している友人から電話が鳴った。<br />
　島根県の小松電機社長が「今見ている」と電話をしてきた。千葉県君津市の市会議員からは夜中である。「近所の人から連絡が入った。うちの奥さんと娘は見ていた。私は遅く帰ったので終わりの１０分程度だった。どうして教えてくらなかった」と文句をいう。幸い、おしかりの電話ではなかった。喜んでくれている。不思議なことだと思ったものだ。<br />
　翌日は大阪の元自民党秘書である。「ワイフと一緒に見ましたよ。中国の立場を反映させることは大事。また一緒に中国に行きましょうか。ワイフはいま市会議員をしていますよ」と元気そうな声である。彼の声を聞いたのは４～５年ぶりだろうか。<br />
　千葉市の斎藤さんからも「見ましたよ」と電話をしてきた。木更津市の池田、江沢両君からも自宅に。<br />
　もう１０年以上会っていない元自民党秘書は埼玉県である。皆喜んでいるではないか。元閣僚夫妻からも「見たよ、そのうち食事をしましょう」とのお誘い付きだ。<br />
　４日の夜まで電話がかかってきた。唾棄すべき番組を見ている日本人の、なんと多いことか。視聴率主義のもとでは、どんな番組だろうが、スポンサーがつけばいい番組になってしまうのであろうか。頭が混乱してきた。<br />
　ただ、久しく会わなかった友人の健康を確かめることが出来たこと予想外の成果である。番組に感謝せねばなるまい。</p>

<p>　今朝は日本テレビOBが電子メールで「親中・護憲リベラルがんばれ」と激励してきた。テレビ界は広告の落ち込みで今までのような贅沢な取材はできないらしい。おかしな番組だらけだ。テレビ離れも相当進行している。その一方、中高年はまだテレビにかじりついているらしい。電話して喜んでくれたのは、いずれも中高年の友人らである。<br />
　産経新聞幹部の友人がいつも「どこか紹介しようか」と言ってきてくれたものだが、フジテレビは体質が合わないので、いつも無視してきた。朝日新聞にもいた。時事通信政治部長には世話をかけた。みな在京政治部長会のいい仲間たちだが、彼らには一度出版パーティー世話人にそろって名前を連ねるという件で世話をかけてしまった。お礼も出来ないまま今に至る。どうやらこれからも無理だろう。</p>

<p>　新聞を読まない若者たちはテレビも見ていない。活字人間の中高年がテレビ人間でもあるのか。してみると、活字と映像双方に目を凝らす中高年は大忙しの日々なのだろうか。目を大事にしないと危ない世代でもある。<br />
　そういえば在京の中国人記者らからの連絡はなかった。恐らく彼らは最初から無視したものであろう。<br />
＜クリントン国務長官＞<br />
　訪朝のクリントン元大統領は２人のアメリカ人ジャーナリストの解放を勝ち取って、今朝三沢米軍基地経由でロサンゼルスに向かった。むろん金正日と会見した。双方は突っ込んだやり取りをした。満足した会談となった。<br />
　日本の官房長官は「事前の連絡があった」と強弁したが、本当だろうか。事実なら北朝鮮への強行姿勢はおかしい。新潟遊説を皮切りの麻生対決外交も狂っている。ワシントンの本心は東京をパスしていると捉えるべきだろう。<br />
　かくして米朝対話はオバマ政権で、まずはクリントン国務長官のもとで具体化してゆく。夫人の訪朝はいつなのか。他方、秋以降のオバマ来日での広島・長崎訪問が日程化するはずだ。政権は右翼からリベラルに移行している。経済は来年もまた深刻に推移することになろうが、国際環境は特に東アジアは薄日が差すことは間違いない。<br />
　このことはまた経済にも波及することになろう。<br />
　民主党の岡田幹事長は、最近中国の新聞との会見で「靖国参拝はしない。中国重視だ」と明言したばかりである。秋以降は東アジアの時代に向けて大きく飛躍しようか。<br />
２００９年８月５日１４時００分記</p>]]>
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<dc:date>2009-08-05T18:05:53+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-32.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２１０）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/05/</link_daily>
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<description>＜派閥の終焉＞ 　旧経世会の会長をしていた津島雄二が、今期限りで政界を引退する。この派閥の源流は田中派だ。角栄軍団とも呼ばれた。旧佐藤派を庶民代表のようか角栄が力でまとめ上げて、岸―佐藤派の流れをくむ福田派を蹴散らして大平派と協力して政権を...</description>
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<![CDATA[<p>＜派閥の終焉＞<br />
　旧経世会の会長をしていた津島雄二が、今期限りで政界を引退する。この派閥の源流は田中派だ。角栄軍団とも呼ばれた。旧佐藤派を庶民代表のようか角栄が力でまとめ上げて、岸―佐藤派の流れをくむ福田派を蹴散らして大平派と協力して政権を掌握した。７２年のことである。その後に福田派が仕掛けた金脈問題で倒れた。ワシントンからは、中国や資源問題で不運にもロッキード事件を投げ込まれて火の粉をかぶった。それでも大平内閣、鈴木内閣、中曽根内閣を誕生させた。永田町でキングメーカーなる名前が生まれた。<br />
　そんな角栄に側近の竹下登と金丸信がクーデターを起こした。中曽根も支援、そして経世会が誕生した。田中派は沈没したが、竹下―金丸派が取って代わった。この大派閥は橋本竜太郎―小渕恵三を経て、やはり崩壊へと突き進む。旧福田派の小泉内閣に糧道を断たれてしまったからである。旧大平派を飛び出した津島が雇われマダムとして会長になっていたのだが、それもとうとう矢尽きて弓折れてしまった。自民党派閥政治の崩壊を象徴するものとなった。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　田中が創立、その後を竹下―金丸が継承した格好の軍団も、遂に崩壊したことになる。いうところの派閥の終焉である。小選挙区制の導入が派閥の役割を奪ってしまったからである。金と人事が執行部に移行してしまい、それは同時に自民党という小党連合政党の活力をも根底から奪ってしまったのだ。<br />
　自民党は派閥政治で戦後を生き抜いてきたのだが、自らその特性をはぎ取ってしまった。それは党内における自由な言論を喪失した結果でもある。自由民主を喪失した自民党に変身してしまった。森内閣以降の右翼片肺飛行は、中曽根バブル失政を回復させることに失敗、こうして国民から見捨てられたのだ。それが今回の総選挙で自民党とともに派閥も、実質消滅することになる。自業自得なのか。<br />
　派閥政治を３０年余見聞・取材してきた唯一の証言者としては、やはりさびしい限りである。いうところの自民党派閥、それは小さな政党の連合体であるが、これが民主党にもできるのかどうか？民意が反映しない小選挙区制は、それを拒絶するだろう。<br />
＜政治家の世襲＞<br />
　津島は太宰治の娘婿である。太宰の実兄・津島文治が夫妻を養子にして政治後継者にした。いままた息子が後継者になるのだという。どうしてこんなことが起こるのか。政治は国民・市民全体のものである。一握りの家族が牛耳ることは民主に反しよう。この国の民度が深く影響している。太宰は泉下で笑い転げているであろう。<br />
　多くの日本人は隣国の世襲体制に批判的である。近代中国でも政治世襲は否定されている。太子党と呼ばれる一部に、親の七光りで権力機構に入り込んでいるものもいるが、それらは例外に属する。世襲政治は前世紀のものという評価が多い。それでいて日本の政治家に世襲議員が圧倒してきた。民主主義が本物となっていない証左であろう。<br />
　悲しいくも情けないことだが、政治家の側と支持者の側双方に甘い誘惑めいたもの、それは利権そのものが存在するからでもある。腐敗の構造といってもいい。世襲は腐敗の連鎖をも意味する。善良な民主主義者にとって唾棄すべきものなのだ。それを受け入れる国民の政治的後進性は否めない事実なのだ。</p>

<p>　一人の野心的若者が政治の世界に入り込むには、それこそ言葉では言い表せない苦痛・努力を強いられる。その過程で犯罪にも手を染めることもある。それでも議員になることは、不可能に近い。本人によほどの幸運が舞い込まない限り、目的達成は厳しい。古賀誠はそんな数少ない成功者だ。<br />
　一般的に見て、政治家の書生や運転手秘書から初めて、資金集めが出来るようになるには、かなりの年月を要する。代議士は自分の息子を秘書にして後継者にする例が多い。そこに第三者が割り込む余地はない。鈴木宗男は珍しい成功例だ。<br />
　世襲候補には金がある。知名度も、そして選挙区もある。いうところの３バン（カバン・看板・地盤）が保証されている。後継する人物が事件まみれ、腐敗まみれで有権者の非難を浴びていない限り、選挙では他候補に対してきわめて有利である。<br />
　支持者はというと、国会議員を味方にすることで多大な利益を手にできる。ビジネスには政治力がつきものだ。政治力によって仕事を取ることが出来る。息子の進学や就職にも役立つ。裏口からである。こうるさい役人も政治家を間に入れると、すぐケリがつく。一度、政治家利用を覚えると、それは二度と手放せないものなのだ。<br />
　民主党代表の鳩山由紀夫は「世襲は政治をゆがめる」と正直に応えている。彼自身、世襲議員である。真実味のある証言である。小沢一郎、麻生太郎ら多くの議員が世襲議員である。世襲は国民のための政治をゆがめてしまう。間違いはない。<br />
　このことを国民は理解する必要がある。小泉も息子を後継にすることで、自分が総理大臣になってまで蓄えた遺産を難なく相続できる。安倍晋三も親の遺産をまき散らして天下を取った。無能な政治家でも、天下人になれる。国民が哀れである。</p>

<p>　世襲議員が先代を超える才能を発揮するという前例は少ない。誰かいるのか、と聞かれて即答などできない。考え込んでしまう。見識があり、清廉な人物という者はなかなかいない。あきれるほど質が悪い。それでも、ということは「金もうけのできる職業」と心得ているからのようである。<br />
　今回の選挙では、世襲候補の当落も注目点である。派閥の終焉と世襲議員に因果関係があるのかどうか。戦後政治の大きな分岐点ともいえようか。<br />
２００９年８月５日１１時２０分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-05T14:04:48+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/no11.html">
<title>映写室　新NO.11「ボルト」＆「屋根裏のポムネンカ」：犬塚芳美</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/05/</link_daily>
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<description>　　　―対照的な作り方の2本の冒険アニメーション― 　夏休みのせいか、良質なアニメ作品の公開が続きます。今週取り上げるのは、新生ディズニーによるCGアニメーションと、芸術の国チェコが誇るストップモーション・アニメ。先週の「サマーウォーズ」の...</description>
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<![CDATA[<p>　　　<strong>―対照的な作り方の2本の冒険アニメーション―</strong></p>

<p>　夏休みのせいか、良質なアニメ作品の公開が続きます。今週取り上げるのは、新生ディズニーによるCGアニメーションと、芸術の国チェコが誇るストップモーション・アニメ。先週の「サマーウォーズ」の平面性とは違って、今週の2作はどちらも立体的。しかもどちらも冒険物語で、友情が起こした奇跡を描きます。ここまで進歩したと誇るような、ハイテク技術を酷使した「ボルト」も、65年の歴史を持つ、恐ろしくアナログな手法の「屋根裏のポムネンカ」も、作品の根底は友達を思う心。勇気を奮い立たせるのはいつも誰かへの熱い思いでした。手法と物語の両方で、クリエーターたちの創造力を楽しみたい。<br />
<a href="http://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-188.html">＜続きを読む＞</a></p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">

</content>
<dc:date>2009-08-05T07:18:41+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-31.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２０９）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/05/</link_daily>
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<description>＜さすがは米朝＞ 　遂にやってくれた、元大統領・クリントンが８月４日、チャーター機で平壌を電撃訪問した。期待していた通りの展開ともなれば、東アジアに明るさが出てくるだろう。北朝鮮脅威論による対決姿勢で対応してきた、愚かな麻生内閣と霞が関の衝...</description>
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<![CDATA[<p>＜さすがは米朝＞<br />
　遂にやってくれた、元大統領・クリントンが８月４日、チャーター機で平壌を電撃訪問した。期待していた通りの展開ともなれば、東アジアに明るさが出てくるだろう。北朝鮮脅威論による対決姿勢で対応してきた、愚かな麻生内閣と霞が関の衝撃は大きかろう。見事に袖にされてしまった。その責任は重大である。幸い、民主党中心の政権が誕生、ワシントンと共同歩調を取ることになろう。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　国連安保理を中心に日本が北制裁をわめいて奔走しているころ、ニューヨークを舞台に、時に国務省で米朝交渉は水面下で真剣に繰り広げられていたのであろう。これを日本の外交当局は察知できなかった。オバマやクリントンの表面上の言動に満足していた。<br />
　今回、クリントン訪朝の第一報はソウルからである。これだけでも、東京は完全にはずされていたことがわかろう。霞が関の失態である。何事もワシントンとの事前了解のもとで動いてきた嘆かわしい霞が関は、もはやブッシュ政権でないことを改めて膚で感じさせられたことになる。外相・事務次官は即刻辞めるべきだろう。<br />
　新しい流れは大きく変化して、前へと進行しているのである。<br />
＜国交正常化へ＞<br />
　２人の米人記者の釈放問題で国務長官の夫で元大統領が、平壌に飛んでくるだろうか。NOである。<br />
　オバマ外交というと、チェコでの核廃絶宣言に代表されるが、実質的な外交的成果は東アジア・朝鮮半島になるであろう。イラク・アフガン・イランはこう着している。イスラエル・パレスチナ問題は成果など出せる状況にない。唯一、北朝鮮の問題は解決可能である。現にクリントン政権は政権末期で果実を手にする寸前まで接近している。その張本人が訪問している。オバマークリントン夫人の意向のもとでの行動である。<br />
　米朝正常化を金正日と直接確認するだけである。むろん、核もミサイルも容易に決着するだろう。ワシントンによる保証を手にすれば、全てが進行する。そのための瀬戸際の暴走だったのだから。それだけのことである。<br />
　これが楽観論にすぎないのかどうか、間もなく判明しよう。もはやワシントンに右翼・ネオコンはいない。東京だけである。<br />
＜新政権で日朝正常化へ＞<br />
　民主党中心の連立政権内部には、どうころんでもネオコンはいない。自民党の極右勢力は８月３０日の選挙ではじき出されるだろう。東京の空は、がぜん透明度が高くなる。悪しき官僚の暴走もなくなる。民主党が公約通り官僚退治に専念することになれば、ネオコン外交官も大手を振ることはできなくなる。<br />
　新政権は、ワシントンといい意味での歩調を合わせることになろう。米朝正常化は同時に日朝正常化を約束させるものでもある。平壌へと国際的な経済協力・支援の輪が広まる。北朝鮮は中国ほどでないにしても海外からの資金を取り入れることで、経済発展が確実になろう。既に日本経済界は、そのタイミングを見計らっている。これからは、日本海との人的・物的交流の拡大は間違いないだろう。<br />
＜東アジアに明るさ＞<br />
　別に日本海という名称にこだわるわけではないが、環日本海時代の到来を具体化させることになろう。南北朝鮮と中国・ロシア・日本の東アジア経済圏は夢でなくなる。アメリカもカナダも参画するであろう。友情と信頼が生まれるようになれば、この地域は地球上でもっとも繁栄する地域になるのである。<br />
　人口と資源の中国・資源国のロシアに、技術の日韓が組み合わさると大変な力を発揮することになる。国連が計画した豆満江開発の大型版である。<br />
　そこで日本だが、永世中立国に舵を切れ、と筆者は訴えている。国家主義無縁のリベラルな日本である。平和と軍縮の自立する日本である。ワシントンと北京の連携を計る東京である。<br />
　再び日は昇る日本なのだ。若者が挑戦する価値のある日本である。アジアの平和と安定が確保できるのである。<br />
＜経済共同体も視野＞<br />
　環日本海経済圏構想が実現できる東アジアである。夢が実現できる国際環境が生まれることでもある。戦後の日本は太平洋岸が日本の表玄関となった。日本海は置き去りにされてきた。古代の表玄関が復権の時を迎えることになろう。<br />
　整備された港には大型船が往来、地方空港は国際空港へと変貌することになる。物流基地だけでも相当の経済効果が期待できよう。環日本海経済圏は、断じて夢ではない。</p>

<p>　クリントンの訪朝効果は、近い将来、東アジアに果てしなく大きな希望を、この地域に住む人々に満足を与えることになろう。日本のネオコン政権の崩壊は、東アジアにとって実にいいタイミングであろうか。<br />
２００９年８月４日２０時１０分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-05T00:21:46+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-30.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２０８）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/04/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-30.html</link_Individual>
<description>＜子育て支援と財源問題＞ 　自民党最後の政権の下での総選挙が８月１８日に公示される。各党はバラマキ公約を競っていて興味深いが、しかしながら正直なところ、うんざりさせられるばかりである。今の日本は歴代政権の大失政によって国や地方の金庫に金がな...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜子育て支援と財源問題＞<br />
　自民党最後の政権の下での総選挙が８月１８日に公示される。各党はバラマキ公約を競っていて興味深いが、しかしながら正直なところ、うんざりさせられるばかりである。今の日本は歴代政権の大失政によって国や地方の金庫に金がない。それどころか子供たちの世代が、釈迦力になっても返済できない借金をしている。孫子の世代を考えない現世代の政党と政治家なのである。<br />
　このことは自民党政権・自公政権の罪の重さを物語って余りいる。あらゆる制度、特に福祉関連の制度を破たんさせてしまった、これが何よりの失政の証拠である。借金を返済しないで、新たな借金を増やそうとしている。もはやどうもがいたとしても、落日の太陽の日本なのだ。現時点では昇る太陽を見ることが出来ない。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　各党はこうした現実を語ろうとしない。打ち出の小槌があるものだと国民を惑わしている。罪深い政党と政府であろうか。戦後の経済復興を成し遂げて、さらには経済大国の地位をつかんだ同じ政府と政党であるというのに、である。違いは世代だけである。５、６０年代を必死に生きてきた人たちと今の世代の為政者は、価値観において雲泥の差があるのであろうか。<br />
　財政の悪化に対して大平内閣は消費税の導入を叫んで敗北した。後継の鈴木内閣は「その前になすべきは行財政改革である。増税なき財政再建だ」と訴えた。借金を作ると、それでもって政権は消滅したものである。敗戦時の教訓を十二分に承知していたからである。借金を作ることは、円に羽が生えることを意味している。今の為政者はこんな素朴なことさえ理解していない。<br />
＜借金無頓着の日本政党＞<br />
　個人が借金をすると首が回らないという諺がある。恐ろしいことなのだ。連帯保証で一家離散・自殺した市民は数限りない。悲惨な人生が家族と親族に及ぼす。日本の今の制度のもとでは、連帯保証をしてはならないのである。<br />
　誰でも知りうる常識である。ところが、国家や自治体の借金となると、この国の為政者らは無頓着になってしまう。金庫に金がないと債権を発行して円をいくらでも印刷すれば足りると考えている。政治家だけではない。最近、友人のジャーナリストも呑気な考えに浸っていた。<br />
　国も自治体も破たんする、という当たり前の常識のない、すこぶる愚か人間が、この日本にたくさんいるのである。亡国の日本を象徴している。破たんさせないために何をするのか。政治家を含めて役人の数と給与の半減を訴えている筆者は、なんとしても日本丸の沈没を回避しようとしているからである。なんとか低くても福祉温存、餓死しない最低生活が出来る日本であり続けたいがためなのだ。<br />
　悲しいかな、この常識を理解する人物はこの日本にはいないかのようである。自民党や民主党にもいない。財政再建を叫ぶ人物が自民党に一人いたが、政治家の給与は下げられない、と赤子のように駄々をこねている。お話にならない。御自分は今の待遇がほしい、というのである。議員定数の削減には共産党も反対らしい。役人の半減には民主党も反対らしい。というわけだから、日本は落ちるとこまで落ちるしかないのだろう。<br />
　小さな農地で野菜を作り、鶏を飼って、卵と鶏肉で生活するという質素生活を薦める理由でもある。<br />
＜アメリカに学べ＞<br />
　その点でアメリカは立派だ。莫大な借金に対して早くも「景気の足を引っ張る」との強い抵抗が起きている。やむなく「中間層にも増税やむなし」という閣僚発言が飛び出した。「中間層への増税はしない」というオバマ公約は、莫大な借金のもとで無視されるかもしれない。ことほど財政悪化に厳しいアメリカの為政者である。しかもアメリカの借金の割合は日本に比べると、はるかに小さい。それでも、アメリカは沈没回避にいやなこともする。<br />
　クリントン政権の時は、米軍の基地をたくさん閉鎖した。役人を大量に辞めさせた。オバマも手をつけざるを得ないだろう。既に州では実行している。日本はこうした行財政改革を何一つやっていない。役人天国そのものである。<br />
　外交・安保の政策担当者は近隣との緊張をあおり、武器・弾薬メーカーのお先棒をかついで軍縮に抵抗している。今日は武器輸出３原則を緩和、集団的自衛権の行使を可能にすべきだとする防衛省懇談会が報告書を提出した。これだけでも麻生内閣は失格なのだ。<br />
　財政の大穴をあければ、すぐに埋め合わせるという当たり前の措置をしていれば、国家の破たんは免れる。その点で、アメリカは日本よりもましな政府であることがわかろう。アメリカに学べ、といいたい。<br />
＜増税の前にやること＞<br />
　役人の給与半減、人員半減を断行するには同時並行で政治家の報酬と定員を半減する。質素な組織でもって国民に奉仕する健全な行政が、まず必要である。税金の無駄は、政財官の癒着のもとで途方もなく大きい。民主党はここにメスを入れるのだという。自民党よりましな政権なのであろう。<br />
　行財政の抜本的改革を徹底して推進する。OO法人にも、である。３６兆円といわれる人件費を半分程度抑制するだけで、借金の垂れ流しにブレーキをかけることが出来る。痛みを伴うが、失政とはそういうものなのだ。こうした努力をしてゆくと、日本の再生は明るさを見せることになる。<br />
　麻生内閣はこうしたことをはしょって消費税に手をつけようとしている。消費税は貧困層によりきつい増税である。ここもオバマと違う点である。<br />
２００９年８月４日１４時４５分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-04T17:07:14+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-29.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２０７） </title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/04/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-29.html</link_Individual>
<description>＜裁判員裁判スタート＞ 　国民の理解が得られないまま、専門家の懸念が払しょくされないままに裁判員裁判が、８月３日午前、東京地方裁判所で開廷した。全くの素人に人を裁かせるという愚挙に対して、反対デモも起きていた。傍聴席確保に数千人の市民が並ん...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜裁判員裁判スタート＞<br />
　国民の理解が得られないまま、専門家の懸念が払しょくされないままに裁判員裁判が、８月３日午前、東京地方裁判所で開廷した。全くの素人に人を裁かせるという愚挙に対して、反対デモも起きていた。傍聴席確保に数千人の市民が並んだ。これにNHKは破格の体制でもって報道、元ロッキード事件で活躍したとされる堀田弁護士から合格点のコメントを出させて、世論操作に一役買っていた。英BBCの姿勢と異なる。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　人間が人間を裁けるものか。人間が公正な判定が出せるだろうか。NOである。それゆえに政府は、専門的な知能と技能を兼ね備えたプロを養成して、これに不満足ながら回答を出してきた。実際には拷問あり、冤罪ありの事案が少なくない。いわんや事情を数日・数時間で見たり、聞いたりした素人裁判員に、複雑極まりない生の人間を裁けるわけがない。<br />
＜司法の国民参加？＞<br />
　この制度に弁護士会も賛同したという経緯がある。理由は司法への国民参加という大義である。一見もっともなようだが、ズブの素人を「国民参加」と決めつけることが、土台おかしなことである。<br />
　教養のないものに学校の教員が務まるであろうか。務まらない。だから政府・自治体はそれぞれに資格試験を設けて、一定の知能や技能を取得をさせている。人を裁くという大それた行為には、そんなことは不必要というのであろうか。裁判員制度は文句なしにおかしい。<br />
　知能と教養の不足は、その判断に、より感情を優先するという欠点をさらけだすだろう。これは日を見るよりも明らかである。<br />
＜重罰に拍車＞<br />
　素人はプロである３人の裁判官の意向に左右されることになる。裁判官の主張に反発できる市民の裁判員が何人いるだろうか。いるはずもない。今回、６人の裁判員が誰か知らないが、裁判官は知っている。４０数人の中から彼らの眼鏡にかなった６人を選んだ。そのうちの５人が女性である。<br />
　一般的に女性の社会活動経験は十分とはいえない。専業主婦の場合、時間はあるものの、テレビ報道に流されるような人が少なくない。被害者が女性である。裁く側も女性が多い。ということは量刑の場面で、被告人は不利に立たされるだろう。最近の裁判は重罰化が特徴になっているが、裁判員裁判はこれに拍車をかけることになろう。<br />
　公平・公正な判決になるという保証はない。自立できない日本人という特性も、被告人にとって不利である。<br />
＜冤罪逃れ・責任転嫁＞<br />
　日本の司法は英米の人権重視と異なり、大陸系に依存する歴史を引きずっている。被害者への配慮を欠く。そこから拷問による自白偏重捜査が戦前の主流となってきた。捕まると最後、無罪放免は不可能である。戦後もこうした風潮が捜査当局を支配してきている。<br />
　全面的な捜査・取り調べの可視化を拒絶する検察は、今も変わっていない。米CIAによるグァンタナモ基地での拷問ほどでないにしても、日本の捜査当局の取り調べはこれまでも問題になってきている。<br />
　冤罪事件で無実の死を強いられた善良な市民は、戦後でもかなりいるようなのだ。下司の勘繰りだが、裁判員裁判によって司法界は冤罪逃れをしようとしているのではないのか。そうでないとするのであれば、捜査・取り調べの可視化、もしくは弁護士を立ち会わせることである。<br />
　一部の可視化は、都合のよい部分のみを素人の裁判員に見せることで、真相をごまかそうというのであろう。弁護士立会いの取り調べこそが正しい。逮捕したら必ず有罪という日本の捜査は、独裁専制国を象徴してあまりある。<br />
　公正捜査を約束できない警察・検察の姿勢は、国家主義を引きずってはいまいか。責任転嫁でなければいいのだが。<br />
＜公安・政治事件に市民の目線＞<br />
　国民の目線での裁判というと、公安事件である。政府に反発する個人・団体に対して取り締まりを徹底する事例が少なくない。特定政党の支持者というだけで、軽微な事案で逮捕することが小泉内閣で多発した。<br />
　政敵を葬るのにも捜査当局を駆使する内閣だった。国策捜査という固有名詞まで生まれたほどである。戦前のことだと思い違いしてはなるまい。国家主義の政府では、こうした事件が多発する。<br />
　このような事件に裁判員裁判が、あるいは有効かもしれない。市民の目線での判断は、決して悪いことではないだろう。<br />
　現時点では、この課題山積の裁判員制度は廃止すべきかもしれない。それよりもまず、逮捕・取り調べに弁護士を立ち会わせればいい。ここからやり直したらいい。新政権の課題である。<br />
２００９年８月３日２１時１０分記<br />
</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-04T05:18:51+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-28.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２０６） </title>
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<description>＜気象異変＞ 　地球の温暖化をどれほどの為政者が心配しているであろうか。気象異変・気候変動が人類にとっての不安材料である。実際問題、多くの人民も為政者も日々の経済・生活に追いまくられている。環境を破壊している経済人たちは、相変わらず不利にな...</description>
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<![CDATA[<p>＜気象異変＞<br />
　地球の温暖化をどれほどの為政者が心配しているであろうか。気象異変・気候変動が人類にとっての不安材料である。実際問題、多くの人民も為政者も日々の経済・生活に追いまくられている。環境を破壊している経済人たちは、相変わらず不利になると考えているさまざまな環境規制に反対して、政治や行政に圧力をかけている。<br />
　オバマ政権が誕生して、企業代表のブッシュ政権が消滅すると、環境問題の専門家は喜んだものだが、現実には新政権も自国経済の処理に頭を痛めて、その解決の目途さえ立っていない。中東での戦争や軋轢に汲々としている。多かれ少なかれ各国の為政者にとって、環境問題は優先順位の低いものとなっている。<br />
</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　それは日本でも同様である。ようやく環境庁から環境省になったものの、その格付けは政府部内では財政や金融・経済担当のそれに比べると低い。麻生内閣では連立相手の公明党のポストでしかない。９月に誕生する新政権はどうなのか。目下、与野党は「子供手当」論の財源で言い争っている。人間生活の基盤である水・空気が汚染され、食料確保が困難になりつつある地球環境に目を向けようとしていない。「１年以内に電気自動車に切り替えよう」というぐらいの発想さえない。公害企業をなくそうとする政策がないのだ。そのためには経済活動が低下しても、命を守るために仕方がないのだが、政治家はだれ一人口にしない。こぞって地球温暖化に向けて突っ走っている。<br />
　異常気象が、今の日本にも明白に警告を発しているというのに、である。麻生内閣のいう「日本を守る」という意味は、つくられた脅威である隣国から、軍事力で日本を守るということらしい。人間を守ることではない。お笑いの世界である。日本国総理大臣には、何もわかっていないのである。<br />
＜農業に打撃＞<br />
　ここにきて日照時間が著しく少ないことが、少しだけ報道されてきている。気象庁の能力の限界を露呈している。夏の太陽が降り注いでくれないのだ。過去にも経験した記憶があるが、その深刻さがまるでわかっていない。<br />
　野菜や穀物・果物の生産に影響を与えている。食料危機が起きるかもしれない。日本だけならまだしも、これが地球規模で起きたら人類は消滅するのであろう。他方で「１０年後に日本人の所得を１００万円増やす」という自民党の政策には驚かされるばかりだ。脳神経外科医に診察してもらってはどうか。<br />
　早くも農産品の値上がりが始まっている。便乗組も目立つ。家庭の主婦なら、この異常気象・気候変動がわかっているだろう。行政官も政治家もわかっていないが、家計を預かっているものは彼らと違う。<br />
　今年の米の生産はどうなるのか。農水省の担当官であれば真っ青になっているはずである。中には「在庫米を吐きだせる機会になる」と喜ぶものもいるだろうが、気候変動が１年で終わってくれるという保障は全くない。<br />
＜竜巻が日本でも＞<br />
　昨夜「トルネード」というドイツ映画を見た。巨大な竜巻というと、アメリカの専売特許とみられてきたが、それがドイツを襲うという政治家や役人に警鐘を鳴らす作品である。<br />
　アメリカでの多発もまた気候変動によるものである。それが世界のいたるところで発生するかもしれない。日本でも過去に何度か経験しているが、筆者ですら今年は２回も発生したことを確認している。人間だけでなく、家や車を空中高く巻き上げるすさまじい竜巻についての気象庁の対応はにぶい。竜巻警報など出せないらしい。被害が起きても、しばらくは「突風」でごまかしている。<br />
　これからは日本でも、この「トルネード」が発生するのかもしれない。寒気と暖気が交差して積乱雲が発生するという気象状況は、この日本でも、世界のいたるところで起きるかもしれない。地球温暖化に走る人間への警告の一つとして認識すべきであろう。<br />
＜科学も無力＞<br />
　アメリカでの竜巻を見ていると、それに全く無力な人間を思い知らされるだけである。人類を消滅させる核兵器を大量に保有している科学の国でも、この竜巻に手も足もでないのである。<br />
　自然の猛威に無力なのである。抑止力がないのだ。そうだとすれば、気象異変を引き起こしている地球環境を元の状態に戻すしか方法はないだろう。温暖化の根っこを断つしかない。先進国の優雅な生活を落とすのである。低炭素社会にすればいい。これは決断すれば可能である。G8、G20、国連の任務であろう。各国為政者全ての責任と義務なのである。<br />
２００９年８月３日９時５５分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-03T10:37:38+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-27.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２０５） </title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/03/</link_daily>
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<description>＜自由民主党の責任と義務＞ 　いよいよ総選挙の８月である。自公政権を信任するのか、それとも政権の交代なのか。歴史は後者の選択を必然視している。どうしてかというと、自民党・自公政権の失政が国民生活を破壊しているからである。隠しようもない事実な...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜自由民主党の責任と義務＞<br />
　いよいよ総選挙の８月である。自公政権を信任するのか、それとも政権の交代なのか。歴史は後者の選択を必然視している。どうしてかというと、自民党・自公政権の失政が国民生活を破壊しているからである。隠しようもない事実なのだ。「日本を守る」という総理大臣がいるが、日本国民を守らなかったことによって主権者は、公正な裁きをしようとしている。そこで国民政党・責任政党として為すべきことがある。それは、この時点で失政を総括する責任と義務があるのである。自民党の再生を期すというのであれば、独裁政党を拒絶するのであれば、これは何としても避けては通れないだろう。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p><br />
＜不安な日本にした失政を総括せよ＞<br />
　近年、日本は不幸な過去をかかえてしまった。天皇制国家主義という民主とは裏腹の政治制度に起因する。戦後、廃墟となった日本、そこから人々は立ちあがった。国際環境が幸いした。平和憲法でもって戦争を排除、ひたすら経済活動に専念した。５０年、６０年、７０年代と、そしてとうとう経済大国・福祉大国という地位を築いた。国際社会からアジアの奇跡とたたえられた。「日本に学べ」という合唱が巷で聞こえてきた。平和外交と経済重視の見事な成果を手にした日本である。<br />
　それをあっけなく破たんさせてしまったのも自民党である。８５年からの中曽根バブルである。円を大量に印刷して、それを株や土地にばらまいた。ついで世界の貴重な資産を買い尽くしていった。そして５年もの間、浮かれほうけた後に崩壊、１５００兆円の資産が消えてしまったのである。<br />
　そのあとも失政続きである。安心・安全の日本は、今日不安と不信が渦巻いている。日本沈没である。ここへと追い込んだ自民党・自公政権である。これを総括することが、両党再生の責任と義務ということになろう。<br />
＜中曽根バブル＞<br />
　８５年からの円高政策の背景にはロン・ヤス関係が存在した。悪しき日米同盟の行き着く先であった。超低金利政策を財政・日銀も主導した。中曽根バブルはこうして本格化した。世界をリードする日本である。<br />
　しかし、実態は博打・賭博そのものの経済だった。花見酒・浮草の日本経済に酔いしれる政財官だった。週末はゴルフに宴会とさながら酒池肉林の列島となった。政治家のみならず官僚までもが、財界が用意した黒塗りのハイヤーに乗り、御乱交にふけった。実体経済とは無関係なバブル経済は、間違いなくはじける運命にあった。バブル崩壊は財閥を含めて不良資産を無尽蔵に抱え込んだ。<br />
＜バブル崩壊と借金政策＞<br />
　どうして中曽根バブルだったのか。どうしてそれが５年も続いたのか。中曽根が後継者に竹下登を指名した理由はなにか。ワシントンとは何があったのか。幸い、まだ当時の関係者は生きているものもいる。検証は可能である。<br />
　それにしても、これほどの大きな被害・損出を出した経済失政は史上最大のものである。１５００兆円が消えてしまうというバブル崩壊は、今回のウォール街の金融危機に匹敵するのかもしれない。これの総括を避けることは許されない。既に２４年が経過している。<br />
　問題はその後も継続した。宮澤内閣は崩壊した金融機関・財閥の不良債権の天文学的損失に頭を痛めたが、それの処理を官僚が抑え込んでしまった。中曽根失政は官僚の失態でもあったのだ。<br />
　かくして歴代の政権は、非自民党連立政権も含めて莫大な借金財政を、安易に無責任にも踏襲した。借金は景気・経済の足を引っ張る。国家破たんを約束する。それを承知で借金をして失政に蓋をかけてきた。愚かな政治家と官僚の日本であった。日本沈没政策といってもいい。これに歯止めをかけようとする財政家・政治家が現れなかったというのも不思議である。<br />
＜小泉構造改革と格差社会＞<br />
　この悪政の極め付きともいえる政権が小泉内閣である。借金財政は日本を破綻へと追いやっているのだが、そこへと史上万能主義・弱肉強食の経済政策を導入した。規制緩和によって労働者を奴隷のような地位に引きずり込んでしまった。派遣労働者・非正規社員の氾濫である。<br />
　格差社会の現出である。年金制度の破たんに追い打ちをかけた。年金・医療にまで格差をまき散らした。貧困という言葉に現実味が出てきた。生活保護というと、従来の日本社会ではなんとなく忌み嫌われてきた。それが当たり前のようになってしまった。<br />
　郵政民営化で景気は回復するなどとほざいた構造改革だったが、結果は国民資産である莫大な郵政利権を三井住友といった財閥に無料で差し上げることだった。空前の汚職事件との指摘通りである。<br />
＜改憲軍拡と国家主義＞<br />
　経済が破たんする過程で、日本政治は改憲軍拡という潮流にのまれていく。中曽根内閣―森内閣―小泉内閣―安倍内閣―麻生内閣は、自民党最右翼を代表する政権であったからである。ずばり国家主義の政権だ。昭和の妖怪・岸信介が夢見た政策が、これらの政権によって花開いた。<br />
　中曽根はソ連を利用したが、森以降の政権は中国と北朝鮮を利用した。戦争体制は右翼政権の悲願である。軍需財閥の意向を体している。小泉内閣は遂に派兵を常態化した。戦争法制からミサイル防衛まで手を伸ばした。日本の借金は財務省公表数字でも９００兆円を超えている。実際は１０００兆円どころか１２００兆円とも指摘されている。<br />
　軍拡費用などない。しかし、国家主義は国民生活よりも軍拡を優先する。それが具体化してきた。自公政権の負の遺産なのだ。これの総括もまた、国民の安全という視点から重要なのである。<br />
２００９年８月２日１７時１５分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-03T10:35:58+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-26.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２０４） </title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/03/</link_daily>
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<description>＜拉致利用の総選挙＞ 　自民党の麻生太郎総裁は８月１日、地方遊説の第一声に拉致問題の場所となった新潟を選んだ。安保・外交の基本路線は、「対決」「強行」にあるとのメッセージである。拉致問題で国内右翼の票を取り込もうという算段のようである。一見...</description>
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<![CDATA[<p>＜拉致利用の総選挙＞<br />
　自民党の麻生太郎総裁は８月１日、地方遊説の第一声に拉致問題の場所となった新潟を選んだ。安保・外交の基本路線は、「対決」「強行」にあるとのメッセージである。拉致問題で国内右翼の票を取り込もうという算段のようである。一見まともなようだが、平和憲法を踏みにじるような強行姿勢は、祖父の吉田茂の経済重視と無縁だ。反吉田で安倍晋三の祖父・岸信介に似ている。戦前の国家主義が好みであることを、改めて露呈してしまった。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>　有権者の関心事は、政府与党が粉々にしてしまった福祉・医療・年金・雇用である。自民党の失点そのものだから、なんとか国民の目線を変えなければならない。それが拉致問題というのだろうから、実にさもしい戦術である。<br />
　そもそも小泉内閣以降の政府与党は、拉致問題解決ではなく、これをこじらせて北朝鮮脅威論を列島にまき散らした。拉致の政治利用である。自衛隊の海外派兵や戦争法制、改憲ムード作り、ミサイル防衛の導入に利用してきた。それは今も変わらず、とうとう総選挙にも使おうとの魂胆なのだ。<br />
＜蓮池さんは面会拒否＞<br />
　一部の報道なのかどうか、麻生周辺は新潟の拉致被害者の蓮池さんとの会見を工作した。この人は他の拉致被害者と違い、北朝鮮たたきよりも被害者問題の真の解決を望んでいる。対決路線を逆行化と否定、対話による信頼解決を訴えている。政府与党の政治利用には反対しているという。善良でまともな蓮池さんである。<br />
　自ら政治に利用されることを拒んだ。あっぱれである。恐らく友愛外交に期待しているのかもしれない。日本の戦後外交は平和外交にその特徴がある。確か彼は中央大学の法律を卒業している。日本国憲法を理解しているのである。政府に踊らせることを拒絶している真っ当な日本人である。<br />
　麻生を体よくあしらったのだ。やむなく彼は横田めぐみさんが拉致されたという海岸を視察してうっぷんを晴らすしかなかった。それにしても、民主党たたきに拉致問題を引きずり出そうとした自民党の策略には、あきれてものも言えない。<br />
＜藁をもつかむ麻生＞<br />
　彼は「日本を守る」「その責任がある」とほざいているのだという。政権担当者が、こんなことをわめくというのはどういうことか。守ってこなかった、からなのか。しかし、国民からすれば、国家よりも国民を守れ、といいたい気分である。<br />
　主張がちぐはぐなのである。頭脳が右に、右に傾いてしまっているせいかもしれない。<br />
　事実は、自公政権は莫大な借金によって日本財政を破綻させてしまった。日本を守れなかった。潔く下野すべきなのだ。責任云々ではないだろう。無責任のきわみ、である。ここは民主党連立政権のお手並みを拝見してみてはどうか。筆者も新しい政権の実力がどういうものか、判断はできないが、政権の交代は歴史の必然と理解している。お手並み拝見するしかない。おかしなことをすれば、国民の声をぶつけてゆくだけのことである。<br />
　右翼・国家主義からリベラル政治に変換するだけでも、大きな意味があるのである。<br />
＜強制労働どうなの＞<br />
　インターネットで本日の報道を検索していると、北朝鮮の反撃記事も出ていた。噂には聞いていたが、麻生家の麻生炭鉱が朝鮮人の強制労働に関係していたことである。北の「朝鮮人強制連行被害者・遺族協会」という団体が、７月２５日に謝罪と賠償を求めていたのである。<br />
　筆者は先に、この麻生炭鉱がイギリスとオーストラリアの捕虜を、同じく強制労働させていた事実を指摘、関係者が日本まで来て謝罪を求めていたことを、この紙面で書いた。麻生は面会をしなかった。こんな人物に拉致問題を処理する資格などあるまい。<br />
　いえることは、この麻生家の忌まわしい歴史が将来にわたって消えることはない、ということである。<br />
＜対話・寛容が外交の基本＞<br />
　外交は話し合いである。愚かな右翼人士は、特に日本外交官に多いのだが、軍事力を背景にしないと外交はできない、と信じ込んでいる。これらは日本の外交官として失格である。辞めてもらうしかないだろう。<br />
　武力背景の外交は戦争を前提としている。そういえば、麻生や彼の仲間の安倍らは、憲法が禁じる集団的自衛権の行使を容認する立場のようだ。アメリカの戦争に従属して戦争をする自衛隊というのである。<br />
　冗談にも程があろう。こんな輩を想定して日本国憲法は誕生したものである。右翼の暴走を拘束しているのが、平和憲法なのだ。憲法は対話の外交、話し合いの外交を政府与党に命じている。民主党の連立政権はこの約束事を守るであろう。守らねばならない。そうしてこそ日本は、各国の民衆の信頼を手にすることが出来る。日本人の誇りと生き甲斐なのである。<br />
２００９年８月１日２０時３５分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-03T10:34:35+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-25.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２０３） </title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/03/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-25.html</link_Individual>
<description>＜格差・貧困の世界＞ 　経済の大変動は、多くの大衆を貧困に陥れる。追い詰められた家庭・家族の将来は暗くなる。子供の教育さえままならなくなるからである。夢も希望もなくなるだろう。政治を操る財閥と関連企業は、血税を取りこんで生き延びてしまうが、...</description>
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<![CDATA[<p>＜格差・貧困の世界＞<br />
　経済の大変動は、多くの大衆を貧困に陥れる。追い詰められた家庭・家族の将来は暗くなる。子供の教育さえままならなくなるからである。夢も希望もなくなるだろう。政治を操る財閥と関連企業は、血税を取りこんで生き延びてしまうが、そうしたコネのない企業は詐欺的商法、はては沈没を余儀なくされていく。市場万能主義政策は格差の少なかった日本社会を完璧に破壊つくしてしまった。６００万人を超える企業内失業者が、今後首を斬られていく日本だ。若者の仕事がない。犯罪社会に突入することなのか。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>＜役人天国＞<br />
　例外は役人である。８０年代のバブル期の高給を今も継続している。日本の財政は破たんしてしまった。地方自治体も、である。確実に値下がりする国債を無知な国民に、あるいは日銀・銀行に引き取らせてきたやり口はどうなるのか。<br />
　かれこれ２０年前になろうか。北海道の自民党支部の講演でのことだった。案内役に「このあたりの金持ちはどんな人ですか」と聞いてみた。即座に「元教員ですよ。みな豪邸に住んでいる」と決めつける返事だった。その後に小学校で学んだ恩師の家で同窓会をする機会があった。教師夫妻の年金が話題になった。「二人で７０万円かな」といった。仰天したものである。実際はもっと多額であろうから、役人世界の恩給の高額に驚いた。その後に自民党幹事長をした加藤紘一が「これから公務員の年金が問題になろう」と発言し、大いに納得したものである。<br />
　だが、今も役人の高給に変化はない。日本丸の沈没・年金破たんで不安の人生を送っている庶民というのに、役人の世界に変化などない。官尊民卑もきわまっている。むろん、政治家・議員も同じ狢である。日本民族の資質を物語っている。こうして日本丸は再生の機会を自ら奪っている。日本の若者は哀れだ。年間納税額の大半、３６兆円が役人の懐に入っているという日本なのである。小学生でも先が見えてしまうだろう。自民党とともに自滅する日本なのである。<br />
＜補助金ばらまき景気対策＞<br />
　ウォール街の金融危機で各国は景気策を打ち出している。しかし、やっていることは政治力のある企業の製品に補助金を出しているだけである。車や電化製品、それも環境にやさしい商品というふれこみである。欧米どころか中国でもやっている。<br />
　これは文句なしに借金の山を作っていることなのだ。借金で首が回らなくなる国家の氾濫である。借金の少ない国であれば問題ないが、借金大国・日本は誠に厳しい。返すあてもない借金なのだから。既に子供の世代でも困難、孫の世代でも？どうするつもりなのか。<br />
　ハイパーインフレを狙っているのである。それとも戦争なのか。１０００兆円をチャラにする一大作戦が、密かに進行しているのであろう。要注意である。<br />
　補助金で車を買い替えられる恵まれた家庭と、そうでない家庭が出てくる。中国の山村でも補助金で家電製品を購入できる家庭もあるが、それさえ無理な家庭もある。新たな格差の誕生である。借金財政による補助金ばらまきでよくなる企業と、その恩恵のない企業との格差も生まれることになる。公正な平等とはいえない。格差は不満・争いを招くだろう。「景気は底を打った」といって安心ばかりはしていられない。<br />
＜借金はウナギ登り＞<br />
　アメリカでも補助金による自動車の買い替えが予想外の成果を挙げている。予定していた血税が不足、新たに追加予算を組んでいる。しかし、こうした買い替え家庭は、運よく金融危機の被害が少なかったわずかな家庭であろう。家を失い、仕事のない家庭では出来ない相談だ。財政の悪化はドルを下落させる。ドル暴落の要因である。だからこうした景気対策に対して反発も少なくない。<br />
　借金大国・日本は中曽根バブル崩壊後に起きてきたのだが、同じことを世界が演じているのである。日本は空前絶後の借金で、かろうじて生きているだけのことである。本当であれば、必死になって財政を健全化させる努力をしなければならない。だが、自民党の官僚政治は、それを棚上げしてきた。せっかく構築した経済大国・福祉大国を崩壊させてしまった。このことを国民はようやく気付いたのだが、いかにも遅すぎる。筆者でも先が読めない日本である。<br />
　これほどの無責任政治も珍しい。<br />
＜欧失業率９・４％＞<br />
　ヨーロッパも失業率が大きく拡大している。９・４％である。金融危機の被害の大きさを物語っている。欧米そろっての失業率９％台は、史上初めてである。この９％台失業率を９３年のアメリカ・カリフォルニア州で目撃したことがある。<br />
　航空宇宙産業のエリート社員が職を失い、ノイローゼが市民全体に及んでいた。精神科医の活動も無意味だった。シリコンバレーが立ちあがる前のことだった。これが先進国の全てで起きているのである。日本もこれから本格化することになる。<br />
　欧米向けの貿易で潤ってきた日本・韓国・中国の近い将来は苦しい。反自公政権が誕生しても、経済再生は困難だろう。そうだとすると、従来の官僚体制下の制度・財政の無駄や矛盾を改めて、公正な健全な平らな社会システム・ある程度の自給自足社会に構造変換するしかない。財政のばらまきという人気とり政策の乱発だと、すぐに行き詰まるだろう。<br />
＜宇宙飛行士帰還に浮かれるのはテレビだけ＞<br />
　今朝のテレビニュースは、宇宙飛行士の帰還が明るい話題の最たるものとして、これを大々的に報じていた。一人マスコミが浮かれてはしゃいでいた。多くの国民はそんな報道に覚めていた。自分の生活と無関係と受け止めていたからである。<br />
　こうした暗い時代は９０年代からだが、マスコミ関係者は政府の意向にも沿って、強いて明るい話題を作ろうと必死になる。暗いテーマを避けようとする。宇宙はその点で明るいのだが、失業者や失業におびえる会社員にとって、子供と楽しげに飛行士の他愛のない会話になどに浮かれる精神的余裕などないのである。<br />
＜人事院は民主公約に腰を抜かす＞<br />
　民主党が少しだけまともな公約を掲げた。公務員給与の２割削減である。実際は５割でなければ、成果など出てはこない。この恐ろしくも高額な役人給与は、人事院という官尊民卑機関によって実施されてきた。<br />
　９０年代以降、大衆は失業と自殺でさんざんな目に遭っていたが、役人の世界は無関係だった。大衆の生活など無関心な人事院が、厳然と役人高給の方針を変えなかったからである。この役人天国を構築してきた人事院は、法律によって保護されてきているからで、官僚に操られる自民党政府では手も足も出なかった。第一、政治家とて彼らのさじ加減で高給を手にしてきたからである。<br />
　しかし、今やそれは許されなくなってきている。この１０年間、自殺者は３万人を超えたままである。豊かさから排除された人々の死が大半である。突出する役人天国は人々の怨念の対象となっている。<br />
　かくして人事院は、ここにきて雀の涙程度の減給を言い始めている。民主党政権の誕生に配慮するかのように、である。他方で、６５歳定年論をぶち上げている。冗談ではない。<br />
ワークシェアリングを役人世界に導入すればいいのである。そうすれば多くの若者の失業者を救済できる。犯罪予備軍の救済も。<br />
　役人給与の半額でも働く庶民はいくらでもいるのである。行財政改革の一番手に人事院解体を薦めたい。天の声である。これにどれくらい新政権が応えられるか、政権の存続期間と無関係ではない。<br />
２００９年８月１日９時５０分記</p>]]>
</content>
<dc:date>2009-08-03T10:33:40+09:00</dc:date>
</item>

<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/jlj.html">
<title>（第一日本ジャーナリスト同盟＝JLJ＝会員参考資料）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/02/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/jlj.html</link_Individual>
<description> 朱徳：掛替えのない総司令（第一回）：趙于平／著　　楊継縄／責任編集 　　　――『炎黄春秋』2009年第７期（第１～７頁）より―― 紹介/仮訳：中山敏雄（JLJ会員／無職）...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p><br />
朱徳：掛替えのない総司令（第一回）：趙于平／著　　楊継縄／責任編集</p>

<p>　　　――『炎黄春秋』2009年第７期（第１～７頁）より――<br />
紹介/仮訳：中山敏雄（JLJ会員／無職）</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p>（<br />
【解題】<br />
　北京、炎黄春秋雑誌社出版の同誌2009年第７期号に趙于平氏（経歴、肩書き等訳者不詳）による「朱徳：不可替代的総司令」と題する論文が掲載されている。７頁、1万字を超えると思しき分量である。<br />
「毛澤東思想」については「文革」後の第２次歴史決議（1981年6月）において、謂わば毛澤東を中心とする指導層の集団的努力の結晶として解釈されるに至っている。当然、「毛澤東軍事思想」についても同様解釈がなされているものと見られるべきであろう。<br />
基本的に毛澤東個人の独創的思惟と切り離すことは出来ないとしても、毛澤東個人の体験、経験のみを総括したものではなく、中国共産党及び広汎な人民の実践を総括する中で創生されて来たものであり、その作成、成文化過程において少なからぬ党軍首脳や、秘書、ブレーン等が参画するということはむしろ当然のことと解されるべきであろう。<br />
日本の首相の政府施政演説などを首相自身が全部書いているなどと考える日本人はいないであろうし、米国などでは大統領の演説文を練るスピーチ・ライターなるブレーンが専門配置されることも普通のようだ。そうしたことはまず各国例外なしであろう。<br />
ただ、中国の場合、周知のような政治的歴史的事情等を受けて、毛澤東の絶対的威信確立のため、且つ所謂個人崇拝のため（更には中農出身の毛澤東に家父長的性格や独断専行的作風などが残っていたというような事情もあってか）、全てが毛澤東に由来するかの如き、毛澤東思想本来に180度相反する倒立現象が生じたものと見られる。<br />
趙論文と同じ号に「『杜聿明（といつめい）らに投降を促す書』の作者は誰か」と題する荘重・元新華社記者の論文も掲載されている。毛澤東選集第４巻に収録されている投降勧告書の原著者が荘重記者自身であることを公開した貴重なものであるが、以前にはそうした内実を明かすことは到底出来なかったという。<br />
そう言えば、古田会議決議作成で毛澤東の手助けをした譚政将軍（最初の毛秘書）が、後、1944年に「軍隊政治工作問題について」の報告を書き、古田決議以来の歴史的文献（葉剣英元帥の言葉）として広く流布した歴史的事実があるにも拘わらず、「文革」後においてまでそれを毛澤東が自分で大部分書いたものだと歪曲された事例もある。<br />
とまれ、1928年の朱毛会師前、工農革命軍第１師師長であった毛澤東が、「自分は現在、師長であるが、武人ではなく、軍旅（戦さ）のことは学んだことがない」（第55頁）と語った上で、しかし３人寄れば文殊の智慧（中国では孔明で、毛の原語も文殊でないが、今こう訳す）で、我々にはこんなに大勢骨幹となる幹部がいるのだし、戦う中で経験を積めばよい云々の話をしたことは有名であろう（喬希章『譚政大将』より）。<br />
ここで付言しておくと、この喬著には1928年、譚将軍が初めて出席した軍前委と県委合同会議で、それまでの戦いを総括して毛澤東が、「敵来我走（走は逃の意）、敵駐我擾、敵退我追」（第48頁）という作戦原則を提起したことが記されている。本文中でも論及される16文字訣の理解の参考となし得るのではあるまいか。<br />
毛澤東は職業軍人のように専門に軍事を学んだことはないが、若干の従軍歴は確かにあり、上述の話には若干謙譲、乃至人心収攬の意も込められているとも見られよう。<br />
ただ、教師歴は同様に持つといえども、清朝末期の科挙で県試合格（省試は未受験）、高等小学堂の体育教師の後、川軍歩兵標（連隊）の一兵卒から雲南陸軍講武堂に入学、累進して、中共党創立前に既に滇軍（てん軍）旅長（旅団長）等まで閲歴された朱徳将軍とは、確かに趣を異にするということは言えるであろう。<br />
紅軍研究家として高名な宍戸寛氏（共同記者出身）が、三十余年前、訳者との雑誌対談（月刊『しんろ（進路）』）の中で、毛澤東を軍師に擬えられたことがあった。また、中国の歴史では、武官（科挙の一種、武挙）よりも文官（科挙）試験合格者を上位に置く時代も長かった。そうした点は、党の軍に対する優位、政治委員と指揮員の関係などとも重ね合わせて考えると興趣深いものがあるかもしれない。<br />
首題の中国革命史上の巨星朱徳将軍については、贅言を用いる必要はあるまい。ただ、数年前、訳者が詩人の吉田明弘氏や中国の知友、それに今は亡き息子と共に井崗山を訪れた折、在りし日の将軍（既に中年の）が歳若い兵士らと共に自ら荷を背負って登られたという有名な小道を辿ることの出来た感動だけは記させて頂こう。<br />
それと、朱徳将軍の、「村夫子」然（村の先生風）どころか一見「老百姓」（ラオバイシン。農民の意に近い）然とした懐の深い温容が正しく理解されなかったとも言われる問題について触れると、日本でも日露戦争の立役者大山元帥や東郷元帥について言われた事例と共通する。恐らく「大愚」の境地を理解し得ぬ若い群雀の性でもあろうし、無論、燕雀安（いずく）んぞ鴻鵠の志を知らんや（史記、陳渉世家）でもあろう。加えて、同じモスクワ帰りであっても、所謂頭のてっぺんから爪先まで赤い、権威主義的、インテリ書生気の「中国のボリシェビキ」指導者達とは対極的な姿勢でもあったろうし、将軍が史籍に通じ独語を解すとひけらかすことなど唯の一度もなかったに相違ない。<br />
陳毅元帥を悼む詩の中で、人の評価は棺を蓋（覆）ってから定まると将軍自ら詠っているが、朱徳将軍の評価について言えば、彼の真に尋常ならざる経歴そのものの中に明解な答が存していると評しても決して過言ではあるまい。<br />
お断りするまでもなく、訳者の意は誰かを立て誰かを落とすものではない。実事求是こそ歴史の深い理解に繋がるものであろう。以下に会員参考資料として紹介させて頂く趙論文も、会員諸氏の現代中国史理解増進の一助となるものと期す次第である。<br />
なお、なるべく忠実な訳文になるよう努めた積りではあるが、何分訳者の能力限界により思うに任せない部分も多くて、推量や意訳に近い箇所もあり、重厚な原文の真意を歪めていたとしたら、それは訳者の責任である。どうか各位の訂正、ご叱正を賜りたい。<br />
長い段落には一部改行を入れ、原註は〔　〕で、訳註及び読みは（　）で示した。】</p>

<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　※</p>

<p>前世紀50年代後期より多年来、一部の映画や文芸作品において、我が軍の主要な創始者、歴史上各界公認の「紅軍の父」、我が軍の永遠の総司令、中華人民共和国の筆頭元帥――朱徳が、一人の唯々諾々、平々凡々、不定見、無為に日を過ごす（原語の「無所作為」は或いは功績が無い意かもしれないが、今こう訳出）人、軍中の飾りの置物、甚だしきに至っては自分の下級者や部将にも及ばない人物であるかのように描かれて来た。これは単に朱老総（朱徳総司令に対する敬愛を込めた呼び名）を戯画化するばかりでなく、我が軍を貶めるものでもある。というのも、打ち勝つことの出来ぬ不敗の力であり、英勇善戦向かうところ敵無き軍隊が、長期にわたって、何とこのようにふがいない統帥に指揮されていたなどとは、まこと世間の物笑いになるのみであろう。<br />
朱老総は、我が軍が総司令（「総司令官」と言わずに「総司令」と言う）の職を設置して以来、1954年10月に廃止されるまで、一貫して、ずっとこの崇高な職務を担任し、従来ただ一度も交替したこともないし、今後もない。それ故、我が軍永遠の総司令と称することが出来る。他方、総政委（総政治委員）の職は、しばしば交替したのである。どうしてであろうか。それは簡単なことで、彼が軍事指揮に極めて造詣の深いエキスパートであったからであり、彼が我が軍の掛替えのない、傑出した戦争指導者であったからである。</p>

<p>　　　　朱老総と遊撃戦、運動戦</p>

<p>惨酷で激烈な戦争年代において、非常に長い期間、敵が強く我が弱かったので、我が軍が取った作戦の主要な戦略戦術原則は、遊撃戦と運動戦であった。そしてこの作戦原則の提出者で創始者は朱徳を筆頭とする（原文は「首推朱徳」）。私がこう言うのは奇抜な説を立てたり、危言を弄して他人（ひと）の注意を惹こうとするものでは決してなく、毛主席の著作が証明するところに由っているのである。<br />
毛澤東選集４巻本第１巻〔1966年7月、横組み版（1952年7月の版本に基いて横組みに改められた版）〕所載「中国革命戦争の戦略問題」の第188頁で、毛主席はこう書かれている。即ち、「我々の戦争は1927年から始まったが、当時は全く（「根本」）経験がなかった。南昌起義（蜂起）、広州起義は失敗し、秋収起義では、湘鄂贛辺界（湖南・湖北・江西省境）地区の紅軍も、数回敗戦をなめて、湘贛辺界の井崗山地区に転移した。翌年４月、南昌起義失敗後保存されていた部隊も、湘南（湖南省南部）を経て井崗山に転移して来た。しかし、1928年5月からは、当時の情況に適応した、素朴な性質を持つ遊撃戦争の基本原則が、既に生まれていたのであって、それが所謂『敵進我退、敵駐我擾、敵疲我打、敵退我追』（敵進めば我退き、敵駐まれば我擾し、敵疲るれば我打ち、敵退けば我追う）という16文字訣（原語は「16字訣」。４句訣と訳すのも可か）である」（第５章戦略防禦、第３節戦略退却の文中にある記述）と。<br />
明らかに、この遊撃戦の戦略戦術原則――16文字訣（「訣」は無論別れでなく、秘訣の訣で奥義の意）は、朱老総が1928年4月28日、毛主席との会師後、井崗山に帯同して来たものであり、それ故、「1928年5月から」、初めてそうした情況が発生したのである。毛主席はなお、その前の箇所で「当時は全く経験がなかった」と指摘されているが、これは朱老総が到着する前には、彼がこの戦略戦術を知らなかったということを説明するものである。<br />
聶帥（聶栄臻元帥）は1986年12月１日、朱徳生誕100周年記念の講話の中で、「朱徳同志は実践を通じて、一連の有効な戦い方を模索し、然る後、理論にまで昇華させ、有名な16文字訣を提起し、毛澤東同志の肯定を得るところとなった」と闡明した。彼の話は毛主席の上記の叙述を有力に裏付け、朱徳が遊撃戦「16文字訣」の創始者であり、毛主席が肯定者と応用者であったことを証明している。<br />
この外、当年井崗山時期の老将領と老戦士（「老」はベテランの意も込めた年長への敬愛の称）の記述も多くある。例えば、楊至成、何長工、宋裕和、範樹徳、龔楚（きょうそ）等である。彼等はかつて回想して、「朱毛会師後、元から井崗山にいた同志達が頻繁に急ぎやって来て告げ合って、『今度のこと（会師）は好かった、（お前さん方新しい同志達が）来てから上手く戦えるよ！』（『這下好了、来了個会打仗的！』を推量により仮にこう意訳）と話し、また『朱軍長には敵を御す16文字訣がある』と話すのであった」と語っている。<br />
南昌起義に参加し、当時南昌軍官（将校）教育団（連隊）総務処（課）処長を担任していた趙鎔老将軍は、1983年6月14日、中央文献研究室党史工作者の訪問に接した時、「貴君方が朱徳同志の伝記を書くことについては、一つ貴君方に注意を促したいことがある、それは『16文字訣』の問題についてである。一般に皆『16文字訣』は毛澤東同志が提起したと考えているが、実は朱徳同志が最も早く提起したものであり、彼は多くのところで試している。最も早い起源は1913年、滇南（雲南省南部）における騒乱鎮圧、匪賊剿滅である」と語った。彼はまた、「自分はかつて、『16文字訣』は貴方が提起されたものではないですか、どうして毛主席が提起されたということになったのですかと、彼に尋ねたことがある。彼は『革命のために有利でさえあれば、誰が提起しても同じことだ』と語った」とも語っている。朱老総のこの問題に対する回答は、彼の一貫した風格と同様、その極めて大きく寛く厚い偉人の器量を表している。<br />
運動戦については、毛選４巻本第１巻、同一論文の第214頁（第７節運動戦）に、こう書かれている。即ち、「勝てるなら戦い、勝てなければ逃げる（逃げるの原語「走」は『三十六計』にもある語で、立ち去る意でもあるが、こう訳出）、これが今日我々の運動戦の通俗的解釈である」と。また、それは運動戦の戦略戦術原則である、とも語っている。<br />
この原則は、早くも1925年、朱老総がソ連モスクワ郊外マラホフカ村の秘密軍事基地訓練班で学員隊長と軍事指導教員を担任していた当時、教官の「自分の国内に帰ったらどのように戦うか」という質問に回答した時に提起したもので、彼の元の言葉（「原話」）はこうである。即ち、「部隊が大なら大の戦い方があり、小なら小の戦い方があって、勝てるなら戦い、勝てなければ逃げ、必要な時には隊伍を引っ張って山に上る」と。これは明文記載のあるものなのである。そして、この言葉（「話」）は正真正銘の四川方言で、朱老総は自分の郷里の言葉を用いて自分の運動戦の戦略戦術思想を生き生きと表現したのである（原文「打得贏就打、打不贏就走」の「贏、えい」は勝つ意）。毛主席がそれをここに書き記しているということは、また同じ様に、この有名な運動戦の戦略戦術原則の発明権が朱老総に属するのであって、彼は唯受け入れて運用並びに発揮したものであるということを世人に告げているに異ならない。<br />
上記の史実、わけても毛主席自身の記述は、白紙黒字（白い紙に黒字を書く。証拠は確かの意の成語）、鉄証（揺るがぬ証拠）山の如しである。<br />
以上のように述べれば、我が軍遊撃戦と運動戦の戦略戦術の鼻祖が朱老総であるという結論に対して、なお疑いを容れ得る余地はあるまい。それでもなお争論する必要があるだろうか。（つづく）<br />
次回は　毛澤東軍事思想の核心部分の源は朱徳の軍事実践<br />
</p>]]>
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<dc:date>2009-08-02T22:09:02+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-24.html">
<title>蛇行社通信「明るい花を咲かせる会へ」：吉田智弥</title>
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<description> 吉野川流域にある下市町は、人口9000人たらずの古くて小さな町だが、一人の「障害」をもつ少女の町立中学への入学を断ったことで、全国的に勇名(?)をはせてしまった。   ドタバタ劇のあげくに、結局は下市町と町教委は、谷口明花さんの入学を認め...</description>
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<![CDATA[<p> 吉野川流域にある下市町は、人口9000人たらずの古くて小さな町だが、一人の「障害」をもつ少女の町立中学への入学を断ったことで、全国的に勇名(?)をはせてしまった。<br />
  ドタバタ劇のあげくに、結局は下市町と町教委は、谷口明花さんの入学を認めることになるのだが、そこに至る過程では、私たちもまた大いに振り回された。<br />
　あれは1979年だったから今から30年前のことになるが、「養護学校義務化」の制度が始まる直前に、「多動性情緒障害児」の梅谷尚司君は奈良市立中学校への「入学」が認められた。県教委、奈良市教委との交渉が連日のように続き、支援する仲間たちの座り込みがあり、母親である梅谷明子さんのハンガーストライキがあった。<br />
　それ以降、保護者が強い意志をもって「希望」すれば、就学指導委員会の意向がどうあれ、「障害をもつ子どもも地域の学校へ入学・進学できる」というタテマエがそれなりに実現してきた(筈だった)。法的にも、2006年の学校教育法等の改正によって、就学先の決定に際しては「保護者の意見聴取」が義務づけられるようになった。<br />
　残念ながら一般高校へ進学できた「障害児」の事例はまだ少ないが、義務教育に限れば、09年4月現在、県内の小学校で1501人、中学校で526人が在籍している。そのうち、学校の側で何らかの施設整備をしたうえで、入学が認められた「障害児」は約60名にのぼる(←6月25日、梶川虔二・県会議員の質問に対する県教育長の答弁による)。<br />
  県内でもそのような実績があるのに、今回の下市町は「下市中学校は階段が多く、当該生徒の命の保障ができない」という理由で、「養護学校が望ましい」という結論を押しつけた。これでは単なるイジメっ子の論理である。<br />
　谷口さん側からの訴えを受けた奈良地裁は、下市町側の言い分に根拠がないと判断して、7月3日、「仮の義務づけ」という形で、町立中学校への入学を認めた。<br />
　今後のために、三点ほど「覚え書き」を書いておきたい。<br />
　①奈良地裁の「決定文」の中に、明花さんに「知的障害や精神疾患は認められず」とか「障害を克服し」云々とある。マスコミ報道でも、彼女は(脳性マヒだが)「成績がよい」という評価が強調されたりした。もしそうでなかったら、どうなのだ?<br />
　②人権教育を看板に掲げていた諸団体の対応がきわめて鈍かった。もし梅谷明子さんが谷口さん宅を訪ね、ご家族を励まし、文字通りに連日、大車輪で地域の仲間たちに訴えつづけてこなかったら、誰が人権問題として受け止めていたか?<br />
　③下市中学の級友たちは明花さんを支えたが、地域社会の一部には誤解やデマが広がった。またネットの世界では「障害児は養護学校へ行くべき」「親はモンスター」「税金の無駄遣い」など、谷口さんの家族へのバッシングが繰り返された。下市町が「即時抗告」を撤回した後も、一番肝心の問題は解決していないままである。（<strong>吉田智弥さんの個人誌蛇行社通信第Ⅱ期第19号　2009年8月号より）</strong></p>]]>
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<dc:date>2009-08-02T14:29:25+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-23.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２０３）</title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/01/</link_daily>
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<description>  ＜格差・貧困の世界＞ 　経済の大変動は、多くの大衆を貧困に陥れる。追い詰められた家庭・家族の将来は暗くなる。子供の教育さえままならなくなるからである。夢も希望もなくなるだろう。政治を操る財閥と関連企業は、血税を取りこんで生き延びてしまう...</description>
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<![CDATA[<p> <br />
＜格差・貧困の世界＞<br />
　経済の大変動は、多くの大衆を貧困に陥れる。追い詰められた家庭・家族の将来は暗くなる。子供の教育さえままならなくなるからである。夢も希望もなくなるだろう。政治を操る財閥と関連企業は、血税を取りこんで生き延びてしまうが、そうしたコネのない企業は詐欺的商法、はては沈没を余儀なくされていく。市場万能主義政策は格差の少なかった日本社会を完璧に破壊つくしてしまった。６００万人を超える企業内失業者が、今後首を斬られていく日本だ。若者の仕事がない。犯罪社会に突入することなのか。</p>]]>
</content>
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<![CDATA[<p>＜役人天国＞<br />
　例外は役人である。８０年代のバブル期の高給を今も継続している。日本の財政は破たんしてしまった。地方自治体も、である。確実に値下がりする国債を無知な国民に、あるいは日銀・銀行に引き取らせてきたやり口はどうなるのか。<br />
　かれこれ２０年前になろうか。北海道の自民党支部の講演でのことだった。案内役に「このあたりの金持ちはどんな人ですか」と聞いてみた。即座に「元教員ですよ。みな豪邸に住んでいる」と決めつける返事だった。その後に小学校で学んだ恩師の家で同窓会をする機会があった。教師夫妻の年金が話題になった。「二人で７０万円かな」といった。仰天したものである。実際はもっと多額であろうから、役人世界の恩給の高額に驚いた。その後に自民党幹事長をした加藤紘一が「これから公務員の年金が問題になろう」と発言し、大いに納得したものである。<br />
　だが、今も役人の高給に変化はない。日本丸の沈没・年金破たんで不安の人生を送っている庶民というのに、役人の世界に変化などない。官尊民卑もきわまっている。むろん、政治家・議員も同じ狢である。日本民族の資質を物語っている。こうして日本丸は再生の機会を自ら奪っている。日本の若者は哀れだ。年間納税額の大半、３６兆円が役人の懐に入っているという日本なのである。小学生でも先が見えてしまうだろう。自民党とともに自滅する日本なのである。<br />
＜補助金ばらまき景気対策＞<br />
　ウォール街の金融危機で各国は景気策を打ち出している。しかし、やっていることは政治力のある企業の製品に補助金を出しているだけである。車や電化製品、それも環境にやさしい商品というふれこみである。欧米どころか中国でもやっている。<br />
　これは文句なしに借金の山を作っていることなのだ。借金で首が回らなくなる国家の氾濫である。借金の少ない国であれば問題ないが、借金大国・日本は誠に厳しい。返すあてもない借金なのだから。既に子供の世代でも困難、孫の世代でも？どうするつもりなのか。<br />
　ハイパーインフレを狙っているのである。それとも戦争なのか。１０００兆円をチャラにする一大作戦が、密かに進行しているのであろう。要注意である。<br />
　補助金で車を買い替えられる恵まれた家庭と、そうでない家庭が出てくる。中国の山村でも補助金で家電製品を購入できる家庭もあるが、それさえ無理な家庭もある。新たな格差の誕生である。借金財政による補助金ばらまきでよくなる企業と、その恩恵のない企業との格差も生まれることになる。公正な平等とはいえない。格差は不満・争いを招くだろう。「景気は底を打った」といって安心ばかりはしていられない。<br />
＜借金はウナギ登り＞<br />
　アメリカでも補助金による自動車の買い替えが予想外の成果を挙げている。予定していた血税が不足、新たに追加予算を組んでいる。しかし、こうした買い替え家庭は、運よく金融危機の被害が少なかったわずかな家庭であろう。家を失い、仕事のない家庭では出来ない相談だ。財政の悪化はドルを下落させる。ドル暴落の要因である。だからこうした景気対策に対して反発も少なくない。<br />
　借金大国・日本は中曽根バブル崩壊後に起きてきたのだが、同じことを世界が演じているのである。日本は空前絶後の借金で、かろうじて生きているだけのことである。本当であれば、必死になって財政を健全化させる努力をしなければならない。だが、自民党の官僚政治は、それを棚上げしてきた。せっかく構築した経済大国・福祉大国を崩壊させてしまった。このことを国民はようやく気付いたのだが、いかにも遅すぎる。筆者でも先が読めない日本である。<br />
　これほどの無責任政治も珍しい。<br />
＜欧失業率９・４％＞<br />
　ヨーロッパも失業率が大きく拡大している。９・４％である。金融危機の被害の大きさを物語っている。欧米そろっての失業率９％台は、史上初めてである。この９％台失業率を９３年のアメリカ・カリフォルニア州で目撃したことがある。<br />
　航空宇宙産業のエリート社員が職を失い、ノイローゼが市民全体に及んでいた。精神科医の活動も無意味だった。シリコンバレーが立ちあがる前のことだった。これが先進国の全てで起きているのである。日本もこれから本格化することになる。<br />
　欧米向けの貿易で潤ってきた日本・韓国・中国の近い将来は苦しい。反自公政権が誕生しても、経済再生は困難だろう。そうだとすると、従来の官僚体制下の制度・財政の無駄や矛盾を改めて、公正な健全な平らな社会システム・ある程度の自給自足社会に構造変換するしかない。財政のばらまきという人気とり政策の乱発だと、すぐに行き詰まるだろう。<br />
＜宇宙飛行士帰還に浮かれるのはテレビだけ＞<br />
　今朝のテレビニュースは、宇宙飛行士の帰還が明るい話題の最たるものとして、これを大々的に報じていた。一人マスコミが浮かれてはしゃいでいた。多くの国民はそんな報道に覚めていた。自分の生活と無関係と受け止めていたからである。<br />
　こうした暗い時代は９０年代からだが、マスコミ関係者は政府の意向にも沿って、強いて明るい話題を作ろうと必死になる。暗いテーマを避けようとする。宇宙はその点で明るいのだが、失業者や失業におびえる会社員にとって、子供と楽しげに飛行士の他愛のない会話になどに浮かれる精神的余裕などないのである。<br />
＜人事院は民主公約に腰を抜かす＞<br />
　民主党が少しだけまともな公約を掲げた。公務員給与の２割削減である。実際は５割でなければ、成果など出てはこない。この恐ろしくも高額な役人給与は、人事院という官尊民卑機関によって実施されてきた。<br />
　９０年代以降、大衆は失業と自殺でさんざんな目に遭っていたが、役人の世界は無関係だった。大衆の生活など無関心な人事院が、厳然と役人高給の方針を変えなかったからである。この役人天国を構築してきた人事院は、法律によって保護されてきているからで、官僚に操られる自民党政府では手も足も出なかった。第一、政治家とて彼らのさじ加減で高給を手にしてきたからである。<br />
　しかし、今やそれは許されなくなってきている。この１０年間、自殺者は３万人を超えたままである。豊かさから排除された人々の死が大半である。突出する役人天国は人々の怨念の対象となっている。<br />
　かくして人事院は、ここにきて雀の涙程度の減給を言い始めている。民主党政権の誕生に配慮するかのように、である。他方で、６５歳定年論をぶち上げている。冗談ではない。<br />
ワークシェアリングを役人世界に導入すればいいのである。そうすれば多くの若者の失業者を救済できる。犯罪予備軍の救済も。<br />
　役人給与の半額でも働く庶民はいくらでもいるのである。行財政改革の一番手に人事院解体を薦めたい。天の声である。これにどれくらい新政権が応えられるか、政権の存続期間と無関係ではない。<br />
２００９年８月１日９時５０分記</p>]]>
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<dc:date>2009-08-01T12:44:13+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-22.html">
<title>本澤二郎の「日本の風景」（２０２） </title>
<link_daily>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/01/</link_daily>
<link_Individual>http://j-net.obei.jp/contributor/2009/08/post-22.html</link_Individual>
<description> ＜自民・民主の機関紙＞ 日本記者クラブに置いてあった自民党と民主党の機関紙を拝借してきた。「自由民主」（７月２８日号）と「民主」（同２４日号）である。前者はタブロイド版１２ページに対して、後者は同８ページである。紙の質はよくわからないが、...</description>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p><br />
＜自民・民主の機関紙＞<br />
日本記者クラブに置いてあった自民党と民主党の機関紙を拝借してきた。「自由民主」（７月２８日号）と「民主」（同２４日号）である。前者はタブロイド版１２ページに対して、後者は同８ページである。紙の質はよくわからないが、「自由民主」のほうは一般紙に似てざらざらしている。１ページとバック面のみが色刷り印刷、対して「民主」は前面色刷り印刷である。一見して、お金持ち政党の機関紙が粗末な印象を与えている。作戦かもしれない。</p>]]>
</content>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja">
<![CDATA[<p><br />
　「民主党に任せられない」「日本の将来は堂々政策論争で」と、この政党にしては後者で珍しく正論を見出しに掲げている。民主党に政権担当の能力などない、と訴えているのである。事情通からすると、普段は役人任せだからいじらしくもある。<br />
　「民主」は、野党らしく自民党政治を真っ向から否定する見出しである。「官僚主導の利権政治から、国民全てが参加する政治へ」と腐臭の利権政治だと切り捨てる。「政権交代を実現し歴史的使命を果たす」と国盗りを公約している。題字横には「明日の日本・生活が第一」と謳っている。国民生活を守るというのである。大衆・庶民に目線を合わせているのであろう。自民党のように、国家や軍事にうつつを抜かすようなことはしません、とも読める。国家主義を否定してリベラルな日本にする、というのであろう。自公政権よりはましな政治を約束している。<br />
＜自民機関紙に広告＞<br />
　「自由民主」の特徴は、なんといっても広告がたくさん載っていることである。政権党の強みなのであろうが、これこそが民主党が決めつける「官僚主導の利権政治」を裏付けている。自民党の応援団なのだ。<br />
　参考までに一部を紹介してみる。日本歯科医師連盟、日本行政士政治連盟、日本看護連盟、全国不動産政治連盟、日本薬業政治連盟、全国理容政治連盟中央会、日本鉄鋼連盟、日本酪農政治連盟、全国社会保険労務士政治連盟、日本獣医師政治連盟、日本税理士政治連盟、全日本不動産政治連盟、日本自動車工業会、全国LPガス政治連盟、日本公認会計士政治連盟、日本医師連盟、日本土木工業会、日本薬剤師連盟、不動産協会、日本LPガス協会、日本保育協会などである。<br />
　日本の企業はそれぞれの職種で群れる。団体をつくり、業界として政府与党を突き上げて、都合のよい政策を実現している。官僚・族議員・業界団体が結合している。そしてそれぞれが政治連盟を結成して、個々の企業から政治資金をかき集めている。それが政治連盟である。<br />
　自民党機関紙に広告を載せるのも、同党への忠誠のあかしなのである。業界団体はこうして官僚と政治家・政党と癒着しているのだが、選挙では票と金を提供することになる。ほとんどの業界には官僚が天下っている。こうした権力と業界の結びつきを見ると、与党の強さを印象付けて余りあろう。金力による自民党政治でもある。<br />
＜財閥は裏に＞<br />
　００政治連盟だけだと、個々の企業は表には出ていない。大半が隠れてしまっていることがわかる。<br />
　一つだけ例外企業が存在した。CANON（キャノン株式会社）である。経団連会長が率いる会社で知られる。自民党との癒着の深さを裏付けている。本丸は財閥企業である。金融財閥の一つも、ここの広告に出ていない。出ない、出さないのだ。財閥の政治献金は常に水面下で行われるものらしい。<br />
　企業献金こそ公然たる腐敗そのものである。民主党は企業からの政治献金を廃止するとしているが、自民党はそれが出来ない。企業献金を頼りにしてきた政党だからである。腐敗を前提にしているような政党といえなくもない。<br />
　どうしても国民の姿が見えない政党である。そうした政党がよくぞこんなに長く存続することが出来たのか。不思議ではある。民度なのであろう。官僚や世襲の議員が多いのも、それを裏付けている。日本の民主主義の後進性といってもいい。<br />
＜党首力＞<br />
　民主党機関紙には企業広告は一切ない。全てが記事と写真で埋まっている。<br />
　写真は党幹部と新人候補ばかりである。わけても代表の鳩山由紀夫が８ページのほとんどに露出している。民主党の主役は鳩山なのだ。やや気になるのは小沢一郎が見えない。見えなくしているのだろう。それに無名の若手新人候補である。鳩山―小沢チルドレンである。彼らをどう政治家に仕立て上げるのか、相当苦労を強いられるだろう。不勉強で不正を働くものは、どしどしと辞めさせるようにしなければなるまい。<br />
　自民党機関紙には、なんと麻生太郎総裁の写真がない。麻生隠しをしている。細田幹事長のそれはあるのだが、政党の最高責任者の写真がまるでないのである。これも不思議な紙面である。機関紙にも嫌われている自民党総裁なのか。哀れだ。それとも機関紙編集者と喧嘩でもしたものか。<br />
＜二束のわらじ＞<br />
　政権交代は１００％の確立で具体化するはずだが、そうすると自公に忠誠を尽くしていたのでは企業経営者として失格である。露骨に敵対すると、腐敗を暴かれないとも限らない。どうするのか？<br />
　二股をかけることになろう。二刀流使いになるしかない。二束のわらじをはくのである。官僚もそうである。自民党と共倒れをする官僚や経済人は、この日本にはいない。だから民主党などにも予想外の金が集まることになろう。<br />
　選挙戦では裏切り・反乱も起きることになる。こうして風に乗る民主党の集票力は飛躍的にアップする。投票率いかんでは、自民党の総崩れもありうるだろう。両党機関紙にはそう書いてあるのが、筆者には読める。　　　２００９年７月３１日２０時５０分記</p>]]>
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