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2009年10月13日
寄稿「自著を語る」:金子マーティン(日本女子大学教員)
オーストリア人著述家ルードウィク・ラーハの編著作『私たちは存在すべきではなかった』の日本語訳を2009年夏に発表したが、その解説本である拙著『「スィンティ女性三代記(上)」を読み解く』も出版社(凱風社)は同時に刊行した。同書で訴えたかったことは二点に尽きるのだが、その一点についてのみここで言及する。
その一点とは、「ジプシー」などの他称=蔑称で呼ばれるロマの発祥の地がインドであるという起源説の正当性である。それを突き止めたのは「ツィゴイナーの言語とそのインド起源について」を1782年に著した比較言語学者のJ.C.C.リュディガー(Rüdiger, 1751-1822)である。古くからある説すべてが誤認であるわけでもないだろう。「雑多な民族の混合体」が「ジプシー」だとの主張は16世紀初頭からあり、ナチスも同じ説と唱えた。
現在、その説を掘り起こし「新説」として蒸し返す数名の研究者がいる。その急先鋒はイギリスのジュディス・オークリとオランダのウィム・ウィレムスだが、その立場に偏向した日本人研究者もいる。「ジプシーと呼ばれる人たちの起源は雑多な出自の貧民・流民層にある」との説は「いまだ試論の域を出ない」との冷静な判断を2006年段階でしていたその研究者は、翌年ある出版社を訪れ、「ジプシーを『インド起源の放浪民族』とした」ため、「もはや時代遅れとなった旧版『ジプシー』に代えて新版を出してはどうか」と提案し、出版社がそれを快諾したという。そして、ニコル・マルティネス著(水谷驍&左地亮子訳)『ジプシー』が白水社から刊行された。だが、その訳本の原書にしても二十数年前の刊行であり、「時代錯誤」もはなはだしいうえ、少なからぬ誤認を含む。さらに「近親結婚」「法犯罪率」「精神的退行性」「無気力」「中毒症」などを「ジプシー社会」の特徴として挙げる差別本でもある。「ジプシー/ロマ懇話会主宰」である訳者の水谷驍氏は、「訳者のあとがき」でその本が「ジプシーと呼ばれる人びとの理解に貢献することができれば幸い」と述べているが、どのような「ジプシー理解」を望んでいるのだろうか。ロマが集団として生活していない日本国でも、その少数民族に対する偏見と差別感だけは根強いものがある。日本へ初めて来たロマの名称は「西洋穢多」だった(『京都日出新聞』1901年9月17日)。
インド北西部から数百年かけたヨーロッパまで移動したロマが「純血民族」であろうはずはないだろう。そもそも、そのような民族はこの世に存在しない。ロマはその移動課程で雑多な人々を吸収し、それらの人々もロマ社会に同化していった。経済的理由から子どもの育児が困難だった極貧の多数派住民が自分の子どもをロマに託したり、多数派の未婚女性が産んだ子どもをロマが引き取った例などが、『私たちは存在すべきではなかった』にも紹介されている。血縁関係がないそれらの子どもたちもロマの子どもたちと分け隔てなく育てられ、ロマ社会に同化した。そして、それらの子どもたちは多数派住民から、当然のように「ジプシー」とみなされた。ロマの先祖がインド起源の人間を核にしていようと、数百年のあいだに多様な人々がロマ社会に吸収され、その社会の構成員となった。ロマ社会は閉鎖的だと言われるが、実際はそうでないため、それが可能だったのだ。ロマの起源を「雑多な社会的脱落者の集合体」と決めつける説は、あまりにも乱暴な論だと考える。
2009年10月13日 14:40
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