チョン・ヨンスンの「ぽけっとジャーナル」

2009年8月24日

「あの日、あの時」≪131≫:鄭容順

■日韓条約の締結

「韓国での日韓条約締結反対運動」
韓国の反対運動は1つの独立した運動として展開され、より広範囲な勢力が参加した。1964年3月、政府が交渉の早期妥結方針を発表すると当時の野党議員は韓国政府の交渉姿勢を「屈辱外交」と批判し大学街では「韓日屈辱外交反対闘争学生総連協会」が結成された。

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2009年8月17日

「あの日、あの時」≪130≫:鄭容順

■日韓条約の締結
「日本での日韓条約反対運動」

1964年にアメリカがベトナム戦争に本格的に介入し、核実験に成功した中国が国際社会での発言権を強めた。

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2009年7月27日

「あの日、あの時」≪127≫:鄭容順

■朝鮮戦争と日本

「日本での日韓条約締結反対運動」
1964年にアメリカがベトナム戦争に本格的に介入し核実験に成功した中国が国際社会での発言権を強めた。

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2009年7月20日

「あの日、あの時」≪126≫:鄭容順

朝鮮戦争と日本

「朝鮮戦争の残したもの」
朝鮮戦争後、アメリカ政府は東アジア政策の転換を図った。
日本に対しては沖縄を切り離して東アジアの軍事的な要として位置づけ日本国内にも多くの米軍基地を配備した。

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2009年7月12日

「あの日、あの時」≪125≫:鄭容順

■朝鮮戦争と日本

「対日講話条約の締結と日韓条約締結交渉の開始」
朝鮮戦争は日本の講話問題にも大きく影響を与えた。アメリカ政府内には対日講話のあり方をめぐって意見の対立があったが、朝鮮戦争の緊張のなかで講話後の米軍基地存続を前提に講話条約締結交渉の開始が了解された。

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2009年7月 5日

「あの日、あの時」≪124≫:鄭容順

■朝鮮戦争と日本

「日本の兵站基地化と反戦運動」
日本政府は朝鮮戦争が始まる在日米軍に対する全面協力を表明した。また1950年7月にマッカッサーは7万5000人の警察予備隊の設置を指示し日本の再軍備への道を開いた。警察予備隊は在日米軍出勤後の日本の治安維持など、米軍の肩代わりを行い、1954年には自衛隊に改組された。

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2009年6月28日

「あの日、あの時」≪123≫:鄭容順

■朝鮮戦争と日本

「朝鮮戦争の前夜」
冷戦が深まる中で朝鮮半島では米ソの話し合いが決裂し、1947年秋、朝鮮の独立問題が国連で審議された。ソ連は、米ソ両軍の撤退と朝鮮の自主独立を訴えたがアメリカは国連監視下で総選挙を行い、それによって政府を樹立することを望んだ。

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2009年6月21日

「あの日、あの時」≪122≫:鄭容順

■朝鮮戦争と日本

<冷戦が東アジアにも波及するなかで朝鮮戦争が勃発した。日本では朝鮮戦争を契機に再軍備が始まり、講話条約が結ばれて主権が回復され人々に大きな被害をもたらしたが、他方で日本は戦争の特需で経済成長を軌道に乗せるなど朝鮮半島とは対照的なコースを歩んでいくことになる>

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2009年6月14日

「あの日、あの時」≪121≫:鄭容順

■日本の敗戦と朝鮮半島の解放「朝鮮半島における植民地支配の負の遺産の清算と挫折」
朝鮮半島で日本の植民地統治が終わり、日本人は本国に帰ったが朝鮮半島では植民地支配の負の遺産を清算するための運動が早くから展開された。各学校で日本語の使用が禁止された。さらに日本式の地名は取り消され、ソウルの明治町は明洞に、黄金町は乙支路に、竹添町は忠正路に変更された。

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2009年6月 7日

「あの日、あの時」≪120≫:鄭容順

■日本の敗戦と朝鮮半島の解放

「在日朝鮮人の帰還」
日本が降伏すると在日朝鮮人の間では朝鮮半島への帰還熱が噴出した。まっ先に帰還したのは、日本へ強制的に連行されてきた人たちであった。8月15日直後も、日本ではそれ以前と同様に強圧的な当時体制が維持されていた。その中で在日朝鮮人に様々に危害が加えられるかもしれないという不穏な空気が流れていた。そのような状況の中であからさまに解放を喜ぶことのできない朝鮮人は一刻も早く日本での生活を清算して帰還することを望んだ。

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2009年6月 1日

「あの日、あの時」≪119≫:鄭容順

■日本の敗戦と朝鮮半島の解放
「朝鮮半島を離れる日本人」
戦争の終息とともに朝鮮半島に住む日本人の本国帰還が始まった。
日本人が帰還を決心したのは彼らが直面していた受難と深い関連があった。
日本が降伏を宣言するや否や、日本人に対して敵愾心を持っていた多くの朝鮮人は報復攻撃を行った。警察署に対する襲撃・占拠・接収要求などが頻発した。

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2009年5月24日

「あの日、あの時」≪118≫:鄭容順

■日本の敗戦と朝鮮半島の解放
「1945年8月15日、歓呼する朝鮮半島」
朝鮮人も8月15日正午、日本天皇の放送を通じて日本の無条件降伏の事実を知った。この日、街へ飛び出したソウル市民は光化門一帯と鍾路交差点を埋めつくした。この日、解放を喜ぶ人たちの万歳の声で朝鮮半島全体が大きく揺れた。

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