2009年10月 5日
秋です。蝶が心を和ませる:鄭容順
―堺市光明池にいた蝶です―
光明池は甲子園球場の約9倍の大きさで貯水量は370万トン。
1930年から1936年に完成した光明池の人口灌漑用地。地域の干ばつ被害を解消するために、高層ビルの高さほどもある危険な山を切り崩して工事が行われた。韓国の慶尚南道晋州周辺から工事労働者として朝鮮人300人が連れてこられた。
10数人が工事の事故で亡くなられた。
光明池の側に当時の工事関係者が建てた工事物故者の慰霊碑が建立されている。
筆者は仕事の関係でここに訪れた。
周辺は秋の草花が咲き乱れていた。
子どものころ町の中で見かけた草花、懐かしい草花の上にアゲハチョウがとまっていた。筆者がカメラを向けると蝶は向きを変えていく。
撮られているのがわかっているのだろうか。
(素晴らしいファッションだから撮られてもいいじゃない)
と、筆者は心の中で呟きながら蝶と一緒に回転しながら撮影した。
1枚、なんとかいいのが撮れた。
素晴らしい衣装を着たモデルのアゲハチョウ。「いいでしょう」といわんばかりのポーズです。
光明池の周囲は8キロメートル。付近は住宅街、散歩する人、ジョッキングする人、乳母車を押して子連れで散歩する人、この人たちもここに建つ慰霊碑の歴史を知っているのだろうかと思った。
そんな時、1人の高齢者の男性が草花に見とれている筆者に「今日はいいお天気ですね」と声をかけられた。筆者は「そうですね。散歩にはとてもいい日ですね」と言葉を返した。
言葉を返しながら思った。
大勢の人が集って韓国伝統文化の祭祀をしている光景にこの方は歴史を知っておられるのだろう。それでふと声をかけていかれたのだろうと思った。
こんな人もおられる。堺市でこの歴史を伝承していけば地域の人に知らせていくことに繫がると思った。ここに来ると懐かしい草花が咲き乱れ蝶々も飛んでいる。日本全国に散在する朝鮮半島からの強制連行の歴史、一部の人たちだが歴史は各地域で語り継がれている。このことをふまえて日本に住んでいる在日コリアンのたどった歴史を考えてもらいたい。
山を切り崩して作った光明池の灌漑用水、工事中はもっと多くのアゲハチョウが飛んでいただろう。当時を眺めた子孫の1つ。アゲハチョウが飛んでいる。
モデル並のアゲハチョウ。何を思っているだろうか。
【写真説明】光明池の側の草花に飛んでいたアゲハチョウ(筆者が10月4日、午後12時ごろ撮影)
2009年10月 5日 08:13
ご意見・ご感想は読者の広場もしくは、下記のコメント欄へ
コメントする
なお、著作権上問題があるおそれがある内容、特定の個人・民族・法人等への誹謗中傷、またアダルト・サイトへの誘導などの書き込みがあった場合、管理人の判断で断りなく削除します。