2009年9月30日
「高麗美術館―2009年度秋季企画展」:鄭容順
〓朝鮮の住まいと調度―木工家具にみる美意識〓
「温もりの家具から暮らしを見つめる」
儒教精神や道家思想が脈打つ朝鮮時代(1392―1910)、人々の住まいは身分や性別によって厳格に区分されていまし
2009年9月29日
2009年9月28日
「あの日、あの時」≪136≫:鄭容順
■ 日本の朝鮮・韓国人(日韓条約締結まで)
「『解放民族』としての朝鮮人と敗戦国の日本人」
日本に留まった朝鮮人にとって、敗戦国の日本で生活することも決してたやすいことではなかった。
2009年9月26日
2009年9月24日
〓雑記帳〓〈45〉:鄭容順
―朴尚任さんの半世紀(2)―
9月12日、午前10時40分頃、近鉄桜井駅に降りてタクシー乗り場に向かおうとした。桜井駅の北出口に出ると前にはバス乗り場がありタクシー乗り場がある。
2009年9月23日
研究紀要第2号「在日外国人教育」著書出版の案内:鄭容順
―全国在日外国人教育研究所からの出版―
このたび8月20日に初版として全国在日外国人教育研究所から「在日外国人教育」を出版。A5番136ページ建て。領価は600円。
問合せ先は全国在日外国人教育研究所、電話は075―212―1338
http://kenkyu.is―mine.net/
2009年9月22日
2009年9月21日
「あの日、あの時」≪135≫:鄭容順
■日本の朝鮮・韓国人(日韓条約締結まで)
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朝鮮が日本の統治から解放された後も数多くの朝鮮人が日本に留まることになった。これら在日朝鮮人として生きる権利の保障を求めながら、敗戦後の日本を生き抜いていく。しかし、冷戦が進行するなかで在日朝鮮人は日本に在留する資格さえ法的には十分に定まらないまま日本で暮らすことになった。
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「朝鮮への帰還と日本への残留」
日本の敗戦・朝鮮の解放以後、日本各地の引き揚げ港は、アジア太平洋一帯から引き揚げてきた日本人だけでなく、朝鮮の故郷に帰ろうと集ってきた朝鮮人でごったがえしていた。
2009年9月17日
〓雑記帳〓〈44〉:鄭容順
―朴尚任さんの半世紀(1)―
今回は取材に入るまでの経緯を紹介します。
敬老の日にちなんで民団新聞は90歳以上で元気なの高齢者の取材の要請が来たのは9月の第1週土曜日だった。はて誰がいいのか。検討がつかない。
2009年9月15日
2009年9月14日
「あの日、あの時」≪134≫:鄭容順
■日韓条約の締結
「条約が残した課題」
それにもかかわらず、この条約は自国民に対する十分な説得と合意のプロセスを踏むことなく両政府が急いで条約を締結したためにその手続きと内容に多くの議論の余地を残した。
2009年9月10日
〓雑記帳〓〈43〉:鄭容順
―李美子大阪公演―
李美子(67歳)は韓国では日本の美空ひばりと言われるほどの国民的歌手、不滅の歌手です。日本植民地支配時代の1941年に生まれ、幼少から成人になるとき韓国は南北に分断され韓国動乱(朝鮮戦争)を体験、軍事政権下と民主化運動の間で生きてこられた。そして李美子の歌で多くの人たちを励まし生きる活力を与えてきた。
2009年9月 7日
2009年9月 6日
もうすぐ秋:鄭容順
―稲穂が育っている―
やがてもうすぐ黄金色になって稲穂がこうべをたれるころになる。そして秋たけなわに入る。その前に田園に美しい光景を見せてくれる。
たんぼの畦道に彼岸花が咲きだすと彼岸の入りです。
2009年9月 4日
2009年9月 3日
〓雑記帳〓〈42〉:鄭容順
―韓国の歌大好きの若者たち―
故金大中元大統領が韓日文化交流の目玉として韓日文化交流を解禁をされた。そして日本は「韓流」になった。韓流で韓国のテレビドラマ「冬の恋歌(キョウルヨンガ)」は「冬のソナタ」に題名を変えて日本のNHKテレビで放映され日本フアンを虜にした。次々と放映される韓国ドラマにのめりこんでいった。
2009年9月 1日
自民党批判:鄭容順
―町で聞いた自民党議員の評判―
筆者は仕事の関係でタクシーをよく利用している。
小泉元首相の規制緩和で1番の影響を受けたのはタクシーを運転している運転手です。不景気で夜の居酒屋に通うサラリーマンは減少、そして飲酒運転の取り締まりが厳しくなって電車で通勤する人が多くなった。
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