2009年7月30日
「特別寄席企画」桂小春團治さんからのお知らせ:鄭容順
「特別寄席企画」・8月2日です。
普段あまりやらない新作をかける「蔵出し小春團治」がいよいよ迫って参りました。まだお席がございます。下記のTORII HALLで電話予約を。
〓雑記帳〓〈36〉:鄭容順
―出会い系サイトの危険―
また出会い系サイトで事件が起きた。千葉県から沖縄県那覇市で逮捕された事件。どうして安易にも出会い系サイトに知り合う機会を作って会って一緒に生活をしていく。筆者の年代では考えられない。
2009年7月27日
2009年7月23日
〓雑記帳〓〈35〉:鄭容順
―つまらない女―
「つまらない女」とはどういうこというのだろうか。
普通の女性がしていることを「つまらない女になりました」と発言した。
それは女性医師でタレント活動をする西川史子。この度、某男性と婚約、婚約発表をしたときにそう言った。
2009年7月20日
「あの日、あの時」≪126≫:鄭容順
■朝鮮戦争と日本
「朝鮮戦争の残したもの」
朝鮮戦争後、アメリカ政府は東アジア政策の転換を図った。
日本に対しては沖縄を切り離して東アジアの軍事的な要として位置づけ日本国内にも多くの米軍基地を配備した。
2009年7月15日
〓雑記帳〓〈34〉:鄭容順
―奈良市長選・若手市長に思う―
民主推薦で仲川元庸氏(33歳)が当選した。父親、鍵田忠三郎氏は1967年から80年まで奈良市長を務めた。その子息が鍵田忠兵衛氏(51歳)、今回の奈良市長に出馬したものの13749票という票差で鍵田忠兵衛氏が破れた。
この差は無党派層を大多数取り込んだ票だった。
2009年7月13日
7月21日解散、8月30日衆議院議員選挙:鄭容順
―これをどう受け止めるのか―
なぜこんなに自民党の信頼がなくなったのか。
小泉政権のツケを引きずってきた。
小泉政権で日本人拉致被害者の真相をつきとめ拉致したことを認めさせた功績は大きいと思っている。
しかし日本国内での国政は国民つまり庶民の生活をかえりみず1部の企業だけに利益を与えて中小・零細企業にはなんの恩恵もなく不景気の蒸気機関車に乗りひた走りに走ってきたがいつの間にか石炭の山が崩れていき石炭が入れられなくなった蒸気機関車は乗っている荷物を降ろしそして次に人間も降ろしていった。山の中に降ろされた人間は山に登ることもできず降りることも出来ず立ち往生しているのが今日の日本社会に住んでいる人たちの姿である。
2009年7月12日
「あの日、あの時」≪125≫:鄭容順
■朝鮮戦争と日本
「対日講話条約の締結と日韓条約締結交渉の開始」
朝鮮戦争は日本の講話問題にも大きく影響を与えた。アメリカ政府内には対日講話のあり方をめぐって意見の対立があったが、朝鮮戦争の緊張のなかで講話後の米軍基地存続を前提に講話条約締結交渉の開始が了解された。
2009年7月 8日
〓雑記帳〓〈33〉:鄭容順
―高校生たちと家族・学校―
先日、奈良県桜井市の近鉄大阪線桜井駅で男子高校生の事件が起きた。
この事件はあってはならないことなのに起きてしまった。
家庭も学校も話し合う場所がなくなっているのだろうか。
家庭では親は子どものすることにいつも否定ばかりして親は子どもの言葉に耳を傾けて子どもの言い分を聞いてそれに対する善悪を諭しているのだろうか。
子どもたちの声に耳を傾けている親ももちろんおられる家庭もある。
しかし学校教育はどうだろうか。
2009年7月 5日
「あの日、あの時」≪124≫:鄭容順
■朝鮮戦争と日本
「日本の兵站基地化と反戦運動」
日本政府は朝鮮戦争が始まる在日米軍に対する全面協力を表明した。また1950年7月にマッカッサーは7万5000人の警察予備隊の設置を指示し日本の再軍備への道を開いた。警察予備隊は在日米軍出勤後の日本の治安維持など、米軍の肩代わりを行い、1954年には自衛隊に改組された。
2009年7月 1日
〓雑記帳〓〈32〉:鄭容順
―奈良の町が変わっていく―
6月23日付けの新聞、奈良版で掲載されていた。
時代を支えた奈良の老舗旅館・日吉館が取り壊されることになった。
1914年(大正3年)に建てられた。日本の近現代を挟んで学術研究者や文学者がよく利用していた。栄華を極めた時代もあっただろう。
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