2009年6月28日
「あの日、あの時」≪123≫:鄭容順
■朝鮮戦争と日本
「朝鮮戦争の前夜」
冷戦が深まる中で朝鮮半島では米ソの話し合いが決裂し、1947年秋、朝鮮の独立問題が国連で審議された。ソ連は、米ソ両軍の撤退と朝鮮の自主独立を訴えたがアメリカは国連監視下で総選挙を行い、それによって政府を樹立することを望んだ。
2009年6月24日
〓雑記帳〓〈31〉:鄭容順
―喫茶店に集まる常連さん―
筆者の行きつけの喫茶店、銀杏やさん。いろんな人の常連さんがいる。
朝7時~8時半、近くに勤務する公務員に会社員、ほとんど男性でモーニングを食べながら新聞を読んで行かれる。
自宅から直行して近鉄沿線新大宮、西大寺、学園前などあたりに勤務する人、また反対にそのあたりから来た人がこの喫茶店で朝食を済ませて勤務先に向かう人もいる。
2009年6月21日
「あの日、あの時」≪122≫:鄭容順
■朝鮮戦争と日本
<冷戦が東アジアにも波及するなかで朝鮮戦争が勃発した。日本では朝鮮戦争を契機に再軍備が始まり、講話条約が結ばれて主権が回復され人々に大きな被害をもたらしたが、他方で日本は戦争の特需で経済成長を軌道に乗せるなど朝鮮半島とは対照的なコースを歩んでいくことになる>
2009年6月19日
韓国伝統芸術「パンソリ公演」:鄭容順
「名唱・南海星来日公演の案内」
魂を燃やし昇華させる民族の生命の唱聲です。
パンソリとは朝鮮半島の伝統民俗芸能の1つ、唱者と鼓手の2人だけで数時間にも及ぶストーリーを歌い語ります。
2009年6月18日
国宝「阿修羅像」仏教美術に関心:鄭容順
―ひきつけるものは何か―奈良に住んでいると多くの仏像を見ている。
東大寺、法華寺、不退寺に唐招提寺、薬師寺に法隆寺と数ある仏像に出会っている。
国宝「阿修羅像」は奈良公園の中にある興福寺所蔵の「阿修羅像」、凛とした顔立ちに手が両方に6本でている。顔も3面である。
2009年6月17日
〓雑記帳〓〈30〉:鄭容順
―癒し系のいろいろ―
筆者が1番の至福の時間は仕事もない。ただ銀行などの所用で外出をして午後から行きつけの喫茶店・銀杏やさんに行って新聞を読むこと。
そんなに長く歩かない時は新聞を2紙、鞄の中に入れていく(歩く所用の時は膝を痛めるので少しでも鞄の荷物を軽くしている)。
2009年6月14日
「あの日、あの時」≪121≫:鄭容順
■日本の敗戦と朝鮮半島の解放「朝鮮半島における植民地支配の負の遺産の清算と挫折」
朝鮮半島で日本の植民地統治が終わり、日本人は本国に帰ったが朝鮮半島では植民地支配の負の遺産を清算するための運動が早くから展開された。各学校で日本語の使用が禁止された。さらに日本式の地名は取り消され、ソウルの明治町は明洞に、黄金町は乙支路に、竹添町は忠正路に変更された。
2009年6月13日
鳩山総務大臣の辞任:鄭容順
―昨日のテレビニュース―
衝撃が走った。日本郵政の西川善文社長の更送要求を麻生首相に受け入れられなかったとして鳩山総務大臣は辞表を提出した。
テレビの会見に臨んだ鳩山総務大臣は記者会見で話す。
「正しいものは正しいのです。西川さんは何も私に謝罪して頂くことはありません。国民の税金をかすめていることだから国民に謝罪して下さい」と言った。
2009年6月12日
舞台劇―焼肉ドラゴン今日放映:鄭容順
NHK教育テレビ「芸術劇場―劇場中継『焼肉ドラゴン』の案内。
放送は今日、6月12日、10時36分から翌日午前1時10分まで(154分)。
収録は2008年4月26日、新国立劇場小劇場でされたものです。
同舞台劇は2008年の演劇賞を総ナメにしました。
2009年6月10日
〓雑記帳〓〈29〉:鄭容順
―企業窓口受付のサービス―
筆者が普段、思っていることが朝日新聞に投稿されていた。
5月27日付けの朝刊、見出しは「企業窓口案内に閉口」、投稿者は神奈川県の男性40歳近い男性からである。
読んで共感したので投稿原稿を切り取ってスクラップにして残した。
2009年6月 9日
けむりの木(その2):鄭容順
―煙の木、漆科、糸状のけむり状がモコモコと―
しかし筆者はモコモコとした花のイメージは雲を創造していた。
この木のことを「スモークツリー ヤングレデー4号ポット」というらしい。
けむりの木:鄭容順
―6月8日、行きつけの喫茶店で生けられた花―
夏を連想するのか一瞬、手前の花が雲のように見えた。
モコモコとしたイメージ、何の花だろうと。
2009年6月 7日
「あの日、あの時」≪120≫:鄭容順
■日本の敗戦と朝鮮半島の解放
「在日朝鮮人の帰還」
日本が降伏すると在日朝鮮人の間では朝鮮半島への帰還熱が噴出した。まっ先に帰還したのは、日本へ強制的に連行されてきた人たちであった。8月15日直後も、日本ではそれ以前と同様に強圧的な当時体制が維持されていた。その中で在日朝鮮人に様々に危害が加えられるかもしれないという不穏な空気が流れていた。そのような状況の中であからさまに解放を喜ぶことのできない朝鮮人は一刻も早く日本での生活を清算して帰還することを望んだ。
2009年6月 5日
不便なバス停留所:鄭容順
―西大寺行き、自衛隊行き、加茂行きなどのバス乗り場で―
雨がしとしとと降っている。
バス乗り場で並んで待っているが時折、高齢者の男女3人が割り込んでこられる。注意したいがぐっとこらえて黙っている。
そしてカッパを着た中年女性が自転車を降りてバス乗り場を歩いて通り過ぎようとしている。
それが並んでいるバス停留所の反対の道を通るのが普通なのにこの女性はバス乗り場の時刻案内板の前を通り過ぎようとする。
我が家の癒し系その2:鄭容順
―葱の根っこを水につけると―
2日もすると切ったところから緑色の葱の茎というのか葉が細くでてきているのです。
そして4・5日すると切ったところから緑の茎それとも葉がでている。
普通ならこのままゴミ箱に捨ててしまうとそのままゴミになっている。
捨てないで身近にあった薬瓶の空き瓶に入れて水を入れた。
2009年6月 3日
〓雑記帳〓〈28〉:鄭容順
―福岡政行さんの話を聞いて―去る5月27日、奈良新聞政経懇話会・阪奈政経文化懇話会・現代奈良研究会・なら21クラブの「5月合同例会」が奈良ホテルで開かれた。会員ら約60人が集った。筆者はその1人に入っている。
テレビでおなじみの福岡政行さん(白鳳大学法学部教授・立命館大学客員教授)の講演会、演題は「政治が動く、政治が変わる―時代の潮目を読む」で現況の自民党・民主党の福岡政行さんから見たものを話した。
韓国の10年間、北朝鮮への支援:鄭容順
―朝鮮日報・6月3日付けで紹介されている―ホームページはhttp://www.chosunonline.com/news/20090603000019
金大中元大統領と盧武鉉前大統領の両大統領時代の10年間、支援の内訳が記述されている。支援した物は一切北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の一般国民に配布されていない。ほとんど対南工作に使われて現在の核実験に至っている。
本当に韓国は死に金をという無駄金を使ったとしか思えない。
筆者だけでなくほとんど人がそう思っているだろう。
記事を知らない人もいるので紹介しておきます。
朝鮮日報のホームページを開くと見られます。
【写真説明】韓国側の板門店から北朝鮮側を撮影(片山通夫現地で撮影)
2009年6月 2日
韓国ろうそくデモに思う:鄭容順
筆者が同感する記事が掲載されていた。
韓国の朝鮮日報に先日の訃報・盧武鉉前大統領の国民葬、ソウル市庁前も大勢の人が訪れ盧武鉉前大統領を偲び悔やんだ。
しかしソウル市庁前広場のすぐ側にある「徳寿宮」の側にはろうそくが置かれ放置したままだったと朝鮮日報の記者が国家的文化財の保護に問題点を挙げていた。筆者もまったくその通りで同感である。
記事のホームページ
チケットぴあ店頭、ファミリーマート、
―繁昌亭での楽しい催しです―
新しい月がスタートしました。お変わりございませんか。
繁昌亭で普段と変わった趣向の面白い催しをします。
2009年6月 1日
我が家の癒し系:鄭容順
この芽はマナの葉です。
パソコンの前で座って作業している。
情報は世界中が飛び交っている画面と向き合っている。
何でも入ってくる。情報には不自由しない。
しかしこれも時には不満になってくる。
ほんのしばらく何も考えない。
情報もいらない。
「あの日、あの時」≪119≫:鄭容順
■日本の敗戦と朝鮮半島の解放
「朝鮮半島を離れる日本人」
戦争の終息とともに朝鮮半島に住む日本人の本国帰還が始まった。
日本人が帰還を決心したのは彼らが直面していた受難と深い関連があった。
日本が降伏を宣言するや否や、日本人に対して敵愾心を持っていた多くの朝鮮人は報復攻撃を行った。警察署に対する襲撃・占拠・接収要求などが頻発した。
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